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陰陽堂狂都支店  作者: ジオサイト
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龍牙丸


 間もなく先程の使用人が、蝶足ちょうあしのに盆に乗せた龍牙丸を、仰々しく持って来た。秀晴に指示され壁沿いの木製棚の上に置くと、深々と頭を下げて退室する。


 盆の上に乗っているのは、二本の小太刀。黒い柄に黒漆塗りの鞘。紫と緑の飾り紐が、龍の髭のように垂れていた。二本の内一本を秀晴から受け取って、直志はそれをしげしげと見つめた。柄に手をかけ、中程まで引く。


 鈍色にびいろの光が出てくると、清蓮は眉間を寄せた。


 鮮かで毒々しい、赤紫色の照りだった。手首をかえして角度を変えると、それが七色を含んで刃の上を走った。


 美しい―と、直志は素直に思った。

 静かに、脈が速くなってゆく。

 とくん、とくんと、血潮ちしおの音が何処からかし、妖しい光から目が離せなくなっていた。刃を先端まで、引き抜くか否か。ばちん、と乾いた音が直志と龍牙丸の狭間でし、それと同時に火花が散った。


「うわっ?」


 直志は驚き、小太刀を床に投げ出した。尻餅をつく。

 秀晴も碧も驚き、目を見開く。


「どうしたっ?」


 心臓を鷲掴みにされたようだった。どくんどくんと、心音がうるさい。

 直志は動揺していて、自分の手を開け閉めしていた。指先には感覚がなく、腕は痺れて痙攣けいれんしている。


「大丈夫かっ?どうしたんだっ?」


 秀晴は心配そうに駆け寄り、直志の腕を擦る。


「い、今・・・鼓動が―」


 秀晴は訝しみ、「鼓動?」と聞き返す。


「この刀、生きてるぞっ?」


「直志―何を言っているんだ・・・?」


 呆れた様子の秀晴に、直志はかぶりを振った。


「本当だっ。今鼓動がしたんだっ。聞こえなかったのかっ?」


 秀晴は心底心配そうに、直志を同情の目で見る。


「お前、まだ術が完全に解けていないんじゃ―」

「それは、ありません」


 心外だとばかりに、清蓮は言うとしゃがんで龍牙丸を手に取る。

 直志は真剣に忠告した。


「おい気をつけろっ、痺れるぞっ」


 清蓮は切っ先から柄までを流し見て、小太刀を裏返してみたりしたあと、「ふむ」と納得したように声を出した。


「直志殿が言っていた事は、あながち間違ってはおりません・・・これは確かに、自分の意思を持っています」


 部屋にいた誰もが、目を見張って呆然とした。


「なに・・・?」

「意思?刀に?」


 清蓮は頷き、龍牙丸を眺める。


「物にも長い年月が加わると、意思を持つ事が可能になります。その作り手や、周りに在る者の『想い』を糧にするのです。人の念が乗り移った―とでも言いましょうか・・・しかしある程度の時が加わる事で、今までの残留思念ざんりゅうしねんを含んだ―『自我』を持つ物が生まれるのです」


「人の―、念・・・」


 直志は呟いた。

 そんな物を作りだす程、人の念とは強いものだろうか。


「そういう物は、本来百年程で『付喪神つくもがみ』と呼ばれる者になるのですが・・・そうなると会話もできますし、ある程度なら自分の意思で動く事も可能です」


「動く?」


 直志は、龍牙丸に足が生えて歩いている所を想像した。

 夢に出そうで、何とも受け入れがたい。

 直志はそれを追い払う為に激しく頭を振ったが、すぐに神妙な面持ちへと変わった。


(意思が有り動けるという事は、そのものに『魂』が宿るという事なのだろうか・・・人や動物と同じに―?)


 考えたが、答えは出なかった。  

 秀晴は未だ、信じられない、という口調で言った。


「では、我が家にある言い伝えは―真だと仰られるのか?」


「おそらくそうでしょう。しかしこの刀は元付喪神であって、今はそうでない。付喪神は完全体でなければ力を保つ事ができないのです。これは折れた末の小太刀。完全体とは呼べません」


「そのツクモガミとやらは、日常にいるものなのか?」


 直志が興味津々に聞く。


「付喪神事態はあまり・・成りかけなら、意外と多いですよ」

「へぇぇ」


 直志は、今度実家に帰ったら古い品を見てみよう、と思った。


「本来は体を破損してしまえば、たちまち品物に戻ってしまう筈なのですが―どういうわけか、この小太刀は二本に折れて尚、常人に影響を与える事ができる・・・だとすれば、相当な年月を付喪として過ごしてきた、高等位だったと思われます・・・」


 秀晴は首を傾げた。 


「では何故、高等のツクモガミが、ある日突然折れて―?」

「それは―何とも・・・」


 清蓮は肩をすくめた。


「しかし言い伝えが真ならば、龍牙丸は代々小野家の守護者―鬼や妖、何らかの災厄さいやくを、己の身をていして守ったのではないでしょうか・・・秀晴殿、そういう話を聞いた事は?」


 秀晴はかぶりを振って、唸りながら腕を組んだ。


「それは―爺様の命日と何か関連があるのかな・・・」


 直接祖父に会った事がないので、詳しい事は知らない秀晴である。 


「付喪神が完全体でなくなって―それでも意思を留めているというのは、非常に珍しい事なのです。もしかすれば、また歳月をかけ付喪神に戻れるかもしれない。そうすれば、何故龍牙丸がこうなったのか、本人の口から聞けるやもしれませんよ」


 直志は顔を顰めた。その場面を想像する。


「清蓮殿―付喪神になると、口が出てきたりするのか?」

「いいえ・・・今のは言葉のあやです」

「なんだ。そうかっ」


 直志は明ら様に安堵した。


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