秀晴の思惑
直志の方から碧の姿は、側に立った秀晴の影になって見えなかった。それは碧の方も同じだったようで、彼女は直志に気づいていないようだ。
「碧。今夜は宴会を開いただろう?それで、日向の直志を呼んだのは聞いているね?」
「ええ。勿論。忘れる筈がありませんでしょう?」
秀晴は穏やかに笑みながら、妹の感激を思い浮かべた。
「それがわけあって、今夜は此方で、妖退治を手伝ってもらう事になったんだよ」
「えっ?」
秀春の予想に反し、碧は顔を引き攣らせた。
「お久しぶりです。碧さん」
直志は一歩、斜め前へと踏み出す。
途端、碧の目に美男子が現われたことになり、碧は驚きに目を見開いた。
「まぁっ」
碧は、小さく色白な顔に細い鼻、小ぶりな唇、美しい瞳を持つ少女だ。今年で十八、九になる筈だが、華奢な体がそれよりも幼く見せている。
良く手入れのされた艶やかな黒髪と、化粧をせずとも僅かに朱を含んだ唇が印象的な少女であったが、今顔を出した少女の髪は軽く横でまとめてあるだけで、唇も少々色抜けしていた。
会う時は常に手の込んだ結い髪で、愛らしく洒落た格好をしていたのだが、今回はさすがに不測の事態、素顔の碧は直志の目に更に幼く見えた。
当初青白かった碧の顔は、直志を瞳でとらえた刹那に、紅葉。驚いて見開いた瞳にも涙が浮いて、彼女は秀晴の影に隠れた。
「お、お兄様っどうして直志さんがここにいるんですかっ」
「いや、それがだ―」
言いかけた言葉に被せて、碧は掠れた声で叫ぶ。
「どうして、私がこんな姿の時にっ」
碧は秀晴を責めて、叩いた。
しかし片手で顔を覆っているために、それほど威力があるものではなかった。
直志は当惑するばかりだ。
「あの、碧さん・・・?」
「お呼びになるのなら、事前に言ってくれても良いでしょう。そしたら、おめかしする事もできたのにっ」
「あの―」
「お兄様はどうして、こういう時にだけ気がきかないのっ」
秀晴も困惑しているようで、きまりが悪そうに頬をかいた。
「そうは言っても―気をきかせたつもりだったのだが・・・」
秀晴は碧の様子に内心首を傾げた。彼に悪気は無いのだが、どうもこの友人二人。人は好いが、女心と言うものに疎い。
しかし幾らか秀晴の方が勝っているのは確か。碧が引き取られてから初めての年、別荘に遊びに来た直志に一目惚れしたのを、秀晴は気づいていたのだ。ここは兄馬鹿の秀晴。妹の為にと何度か口実を作っては直志を呼ぶのだが、ここぞと言う所で詰が甘く、上手くいったためしがない。
直志は直志で、碧の想いも秀晴の思惑にも気づかず、今まで安穏と過ごしてきた。そしてこの、明ら様な碧の照れようにも、思い当たる所がないらしい。
「碧さん、すまない。突然決まった事とはいえ、やはり来るべきではなかった。秀晴兄さん、俺は部屋の前にいるから―」
「そんなっ?それは駄目だっ」
珍しく秀晴が大声をあげるので、直志は驚いた。
秀晴自信も我に返り、必死の作り笑顔で直志の肩を叩いた。
「ああ、いや・・・一人でいるのは危険だ。妖の事をよく知らんのに、単独で行動するのはいかん。そうでなくとも、お前は狙われてるんだ。な、な、清蓮殿?」
「しかし―」
清蓮は直志の肩越しに、助けを求める秀晴の視線を感じた。
少し状況を考えたあとで、結論に達する。
「そうですね。単独はいけません。契約内容に彼方の安全が上乗せされた以上、彼方には私の側にいてもらいます」
陰陽師に言われては、直志も残るしかない。
秀晴は密に喜んでいるようだった。
しかし碧の方は、秀晴の言葉に反応した。
「直志さんが狙われていると言うのは、どういう事です?」
秀晴は、思わずにやけていた顔を元に戻した。
「あ―・・・それは、だな?」
秀晴は先ほどの出来事を、かいつまんで碧に話した。
「では・・・宴会場で奇妙な術をかけられたのですかっ?」
碧は心配そうに直志を見た。
直志は勤めて明るく笑う。
「大丈夫だよ。清蓮殿に解いてもらったから、今は何ともない」
碧は安堵の溜息を吐いた。その姿は、実に儚げで可憐だ。
「と―言うわけだ。直志がいる事を、承知してくれるね?」
秀晴の言葉に碧は俯き加減に、しかし少々嬉しそうに言った。
「仕方ありませんわね・・・」
清蓮は、何と分かりやすい者達だ、と思った。




