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陰陽堂狂都支店  作者: ジオサイト
11/39

乙女の寝室


 間もなく、三人は碧の部屋に到着した。

 守衛しゅえい会釈えしゃくをする。

 秀晴の話し通り、守衛が扉の横に立っていた。

 左の鎖骨から肩に掛けて、金色の紐が付いている青い制服姿だった。


 秀晴がいざ扉を叩こうとした時、直志は重大な事に気が付く。


「秀晴兄さん・・・これは、いいんだろうか?」


 秀晴は意図が汲み取れず、「何がだ?」と聞く。


「だから、その・・・こんな特殊な状況であっても、碧さんは嫁入り前のお嬢さんじゃないか。それなのに男が寝室へ訪ねるというのは、どうも、その―」


 直志が尻つぼみに言うと、秀晴は笑った。


「今更何を言っているんだ。自分から来ると言い出しておいて」


「いや、しかし―乙女の寝室だと言う事を、失念していたんだ」


「私も、お前以外の者ならば別室でお待ちいただいたさ。お前はこういう時に、よこしまな事をしないよ。それが分かっているから、ここまで連れて来たんじゃないか」


 直志が不納得に恥じてうなると、清蓮はそれを横目で見た。


「まるでそちらの方が、嫁入り前の乙女のようですね」

「なっ?」


 直志は紅潮こうちょうした顔で、涼しい顔の清蓮を睨んだ。

 だが清蓮には、爪先程も堪えていないようだ。

 その横にいる秀晴は、ぼそりと呟いた。


「あまりに邪心が無いと言うのも、困りものなんだがな・・・」

 直志は清蓮から、秀晴に振り返った。

「うん?」

 直志は聞き取れなかったようだが、清蓮は位置的に聞こえた。

 秀晴は曖昧に笑った。

「いいや。独り言だよ」

「ふぅん?」


 秀晴が扉を叩き、「碧、私だ」と声をかける。

 扉が内側に開くと、女中じょちゅうが顔を出した。邸の使用人は古の西洋を意識しているらしく、旧英語読みの『メード』と呼ばれる、濃緑色のドレス。


 今では『異国語を極力禁じる』という法の下に、日本語風に漢字あてするのが一般的なのだが、何ぶんこれほど古の西洋風を貫いている邸も珍しく、世に浸透していない異文化を、いちいち日本語あてするのは骨が折れる。どうせこの館の中でだけなのだからと、ここではそのまま「メード」と呼ばれていた。


(不思議な格好だ)


 そう思いながら、直志は秀晴に続いて部屋に踏み入った。

 

 部屋は広く、どうやら続き部屋になっているらしい。

 直志達が入ったのは、外側から寝室に直通する扉らしく、すぐ向うに、天蓋の掛かったベッドが見えた。白い布を垂らした天蓋と、内側には紗のとばり。その向うに、枕を背に布団をかぶって座っている人影があった。


 細い腕が布団から出て来た。腕は、細く白い。

 それを見て、メードは濡れ布を受け取った。


「氷を代えて参ります」


 メードは平桶を持って、会釈をすると退室した。秀晴は洋寝台ベッドに近づき、その端に座った。いつもより幾分穏やかな声で、妹に話しかける。


「具合はどうだ?」

「ええ。昨日よりは、大分良くなりましたわ・・・」


「昼間清蓮殿に頂いた、清めの塩が効いたのだろうかね」

「そうかもしれません」


 直志はそれほど碧と話した事はなかったが、それでも彼女の声が発熱によって掠れ、意気消沈いきしょうちんしている事は分かった。


「粥を持って来たんだ。元が華奢なのだから、少しは食べて精を付けた方が善い・・・今取り分けよう」


 秀晴が立ち上がろうとすると、碧は秀晴の腕を弱弱と掴む。


「いいえ、お兄様。今はまだ食欲がありませんの・・・そこに置いていて下さいな。あとでちゃんと食しますわ」


 秀晴は渋い顔をした。


「そうか?ではまたあとで、温かいものを持ってこさせよう・・・ああ、水は?」

「いいえ、先程飲みましたから」

「ふむ、そうか。何か不自由があったら、すぐに言うんだよ?」

 碧はくすりと笑った。

「ええ。分かっていますわ」


 ―直志はきょうだいを持たないが、それでもこの兄妹が、特別仲が良いのだと分かっている。

 ・・・秀晴の母、碧の義母は秀晴を産み、すぐに別宅へと移っている。

 年に一度、会うか会わないかの仲らしい。


 幼少期は寂しい思いをして過ごし、人見知りの気があった義塾時代は、親しい友人もいなかった。そこに現われたのが、義妹の碧であるから、秀晴の寵愛振りは仕方ない事だとも言えた。


 庇護する者ができるという事が、嬉しかったに違いない。


 直志は二人の関係を羨ましいと思ってはみるものの、兄か弟が欲しかったので、姉や妹を想像するのは難しかった。

 しかし出来うる限り想像してみると、それは碧のような性格の子かもしれない、と直志は思った―


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