破魔のロケット
赤絨毯の敷かれた廊下を歩きながら、秀晴、直志、清蓮、一人の使用人とで、碧の寝室へと向った。
「秀晴兄さん、この館に武器はあるか?」
秀晴は不思議そうに首を傾げた。
「もちろん。有りはするが・・・?」
「俺に刀か剣を貸してくれないか」
秀晴は大仰に目を見開く。
「まさか・・・それで妖を斬ろうとでも言うのかっ?」
「そうだ。不可能ではないだろう?」
直志が清蓮の方を向くと、清蓮は頷いた。
「確かに妖は、霊と違って実体を持っていますから、斬ろうと思えばできない事もありませんが・・・腕に自信はおありで?」
「俺は剣術が一番得意だ。義塾でも大学でも、一位二位を争っていたぞ。師にも、師範代免許を貰ったばかりだ」
「しかし・・・敵の力は今だ知れぬのです。普通の刀で立ち向かうのは、いささか無謀かと―」
「そうなのか・・・?」
明ら様に気落ちする直志を見て、秀晴は少し思案する。後ろに付いていた使用人に告げた。
「お前、『龍牙丸』を持っておいで」
使用人の男は目を丸くし、「しかし・・・」と言う。
「いいから。持っておいで」
と言いながら、秀晴は使用人に持たせていた盆をとる。
使用人の男は軽く会釈したあと、慌てて踵を返した。
「龍牙丸とは?」
「うん。私はその方面は詳しくないのだが・・・父上は私達兄妹が幼い頃に、これを呉れたんだ」
秀晴は背広を探って、西洋風の首飾りを取り出した。楕円形の飾り部分には、細かい花の装飾がしてあった。
「本来は妬き絵などを飾るようなのだが・・・父上は、これと同じ物を、碧にも御渡しになった・・・」
中を開くと、そこには飾り彫りをした刃物の欠片が入っていた。手のひらの中で角度を変えると、廊下に灯された光で、微妙に色が変化する。
「これは、我が家に伝わる宝刀の欠片だ・・・言い伝えでは、どこぞの剣豪が鬼を退治する時に使ったものらしい・・・真か否か定かではないのだが、百人斬っても刃毀れ一つせず、百年手入れせずとも、錆びる事はないと聞いている」
「百年―凄いな」と感嘆する直志に対し、「百年―嘘臭いな」と清蓮は同時に呟いた。
直志は顔を顰めたが、秀晴は曖昧に笑っただけだった。
「実際その刀は、いつまでたっても新品同様、打ち立てのような姿だったらしい・・・そんな刀がどうしてか、ある日突然折れてな。それが父上の父上―爺様の命日で、父上は慌てて刀鍛冶に修理を命じた・・・しかし折れた刀はいくら溶かして打っても、何故かひとりでに暴れだし、折れた形に戻ってしまったそうだ。仕方なく二本の小太刀にすると、何故かこの時にだけ、刀は何の抗いもしなかったらしい・・・」
「それが―今もここに?」
秀晴は頷いた。
「この刀には破魔の力が宿っていて、持つだけで魔除けになるんだそうだ。父上は西洋の物を好んで収集していたが、迷信事などには滅法弱くてね・・・この話も本気で信じていたらしい。折れた時に飛び散った破片も全て回収して、それに飾り彫りと加工をして、このロケットにはめ込んだ。それを家族分作らせ・・・父上自身も亡くなりになる寸前まで持っていたよ」
直志は幼少の頃を思い出し、遠い目をする。
「そう言えば・・・家に遊びに寄られる度、各地の御守りだの魔除けだの、貰っていたっけなぁ・・・なつかしい」
(あれのおかげで、今まで陰陽師の世話にならずと済んだのだろうか・・・だとすれば、小父上に感謝せねばなぁ)
直志はしみじみそう思ったが、どうにもその土産、貰った後に何処に置いたのかが思い出せなかった。
「今でも父上の寝室には、数え切れぬ品々が溢れているよ」
秀晴はふっと、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「しかし破魔の刀も、病までは防げなかったようだ・・・」
どうやら秀晴は、父の病的な破魔具収集のせいで、その類に関して信用を欠いているようだった。陰った顔が、痛々しい。
「秀晴兄さん・・・」
秀晴は我に返って、いつもの笑顔を直志に向けた。
「いけない、いけない。こんな時に湿っぽい話をするもんではないね。最近感慨する事が多くなって・・・はは。嫌だなぁ。私もまだまだ若いと言うのに―」
感傷的な響きだった。
何となく直志まで沈んだ気分になっていると、清蓮が目を細めロケットを覗き込んだ。
「それを、手にとって見てみたいのですが・・・」
「これを?」
秀晴は大事そうに、白手袋をした清蓮の手のひらに置いた。
清蓮はそれを興味深か気に、じっと見つめている。
「なるほど―これは、飾り彫りではありませんね」
秀晴と直志は、首を傾げた。
「では何だと言うんだ?」
「これは真、魔除けの印ですよ。今は廃れかけている、梵字の一種です。欠片事態にも、確かに破魔の気が感じる・・・この大きさではさすがに微力なので、印で力を増させたのでしょう」
直志は、少年のように目を輝かせた。
「へぇ、これが・・・と言う事は、実際にこれが、秀晴兄さんを妖や鬼から守っているのか?」
「ええ多少は・・・」
「では―碧さんが無事でいるのも?」
「彼女の場合は、先天的に呼び寄せやすい体ではありますが、常人より抵抗する力がおありのようです・・・碧様も、これを常に御付けになられて?」
「ええ。一応、父の形見なので―」
「それが良かったのでしょう。妖はこれによって、菊子様に近づけなかったんだ」
「へぇぇ」
直志は再び中を覗き込んだ。だが何を現しているのか、直志に分かる筈もない。確かに筆で払ったような形ではあるものの、模様にしか見えなかった。
これに魔除けの力があると言われても、いまいち解せないものがあるが、言葉や字に力が宿るという考え方は、その昔に廃れた事だと思っていた。
(興味深い話だ)
「では碧さんも、陰陽道を教われば、陰陽師になる事ができるのか?」
「その資質は、無くも無いですよ。陰陽道にも幾つかの段階がありますが、初めから霊や雑鬼が見える者は、比較的飲み込みが早いと言われていますから」
ふぅん、と、直志は感慨深く何度も頷いた。
「では清蓮殿も、産まれつきでそういう力を?」
「ええ・・・まぁ」
「ふぅぅん」
直志の感心した顔を見て、清蓮は眉間に皺を寄せた。
「やはり、変わった御方だ」




