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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

逃がした子供が勇者になって、私に執着してきているのだが!?

作者: 家具付

ちょっと寂しいハッピーエンドです!

魔王様、見逃してやりましょう。ただの子供一人です。

その日、魔王直属の魔物の一匹は、そういって魔王から子供を一人、かばったのだ。


こんな小さな力のない子供です。あなたの覇道の邪魔など出来ようはずもない。


その魔物はそういい、がたがたと震えて、死の瀬戸際にいる小さな子供に、一言こう言った。


さっさと逃げるか隠れるかしたまえ。魔王様の気持ちが変わり、人の子一人も逃さないと決めたら、私は小僧を切らなければならないのだ。

お前は昔、私が脆弱な魔物の小物だった頃、がりがりにやせ細った兎を恵んでくれた猟師に似ている。あの兎の味だけは、この長く生きている身の上でも、忘れられない。その味に誓って、似ているお前を見逃し、生きながらえさせてやろうと思うのだ。

さあ、速く隠れるか逃げるかをしろ。この村から川を渡れば、強い聖なる力を持つ神官がいる村だ。そこまで逃げたものを、追いかけたりはしない。


出来る限り優しい声で、私は小僧にそういい、小僧ははじかれたように走り出した。

ほんの一滴、私が小僧を見つけた時に飛んだガラス片で切った傷から滴った私の血液は、小僧の服についていて、それは乾ききるまでならば、強力な魔物除けになる事を、私は知っていた。

だから速く逃げろと言ったのだ。小僧の背中は遠くなっていく。足はなかなか速い様子だ。韋駄天のようである。

私はそれを確認した後に、配下の魔物達を見やり、こう言った。


さっさと勇者を見つけだし、血祭りに上げろ。魔王様の覇道を邪魔するもっとも強い存在だという。この村にはなかなか強い戦士が多い。そのどれかが、覚醒前の勇者だろう。探せ!


魔物達はうなずき、おのおの散っていく。私はそれを見送って、やがて一匹の魔物が、集団で戦ってもなかなか殺せないほど強い戦士がいる、と報告したためそちらに出向き、事実強いのだろうその戦士を勇者だと判断し、血祭りに上げたのだった。



魔王の配下達は勇者を殺した、と噂は流れ、人間達はおそれおののき、絶望し、魔王の覇権は近いかに思われて十数年。意外と人間達は抵抗し続け、領土は拡大したものの、全大陸の掌握には至らず十数年とも言えた。私はたびたび魔王軍の中将として出向き、指揮を執り、人間達と戦い続けてきたわけだが……それもどうやら終わるらしかった。



まさか勇者が新たに現れ、光の巫女と力を合わせ、魔王軍が支配する大陸の町を一つ一つ解放していき、魔王様の前にまで現れるとは思わなかったのだ。

魔王様の指示の元、北の覇権のため出向いていた私は、馳せ参じる事に遅れ、魔王様がとどめを刺されるその瞬間に居合わせた。


魔王様、と私は怒鳴り、反射的に手は動いた。魔王様から与えられた凍れる闇の力を放ち、勇者も光の巫女も凍り付かせようとして。


魔王様が首を落とされ、私が与えられていた力は掻き消え、私は脆弱な小物の魔物に戻ってしまったのである。

そう、私は魔王様に適性を認められ、魔王様の力の一部を与えられて、魔王軍中将にまで成り上がったという出自の小物の、魔物だったのだ。

空を飛ぶ事も出来なければ、速く大地を駆ける事も出来ぬ、泳ぐなど犬掻き程度、特徴もなければ有望な物など何一つない、それが私だったのだ。

そんな、魔王様の力頼みの私は瞬く間に強い肉体も強大な魔力も溶けるように失い、光の巫女が放った光の矢に打ち抜かれ、死ぬのだと思った。

魔王様のために闘い、魔王様が死ぬとき運命をともにする。

魔王様があの世に下る際の道案内にはなれるだろう、と運命を受け入れようとした時の事だ。


あなたは……!! 巫女、彼女に手を出すな!


勇者が目を見開き、今にも私を消滅させようと構えていた光の巫女を制止し、魔王様の血をぬらぬらと纏いつかせた大剣片手に走り寄ってきたのだ。


あなたにお会いしたかった、あなたがあの時僕を助けてくださらなかったら……

あなたは魔物であるかもしれませんが、それ以上に、僕の命の恩人なのです!!!


意味がまるで理解できなかった。勇者を助ける義理はないし、助けた事もなかった。

だが勇者は涙を拭い、こう言った。


あの時あなたが、恩人の猟師に似ているから、と見逃してくれた事を、僕は十二年、忘れた日などありません!


耳を疑った。あの時の脆弱な、弱々しい、人間達にも暴力を振るわれ、逃げるための盾にされていた子供が、勇者だったなんて、思いつきもしなかった。


同時に自分を嘲笑いたくなった。なにが脆弱な子供だ。勇者とはあの時の小僧だったのだ。

私はあの時、あまりにも弱々しかった子供を曇った目で見、勇者ではないと判断し、魔王様を結果討ち果たさせてしまったのだ。

私は力もどんどんと失われていく体と、溶けていく意識に身を任せ、一言こう言った。


「殺すなら、殺せばいい。お前の仇の一人である事に、間違いなどないのだからな……」



そこで私の意識は途絶えた。次に目を覚ました時、私は生まれ落ちた時と同じ脆弱な獣の魔物の姿をしており、大きな檻に閉じこめられていた。

魔王様の力の器になる獣の魔物など、珍しいから人間達が、研究のために閉じこめたのだろう、という予想はあっという間に裏切られ、なんと勇者が毎日世話をしにきたのだ。

獣の体では人の言葉など話せない。声帯が異なるのだから当然だ。

何度も威嚇音をならし、近づくなと警告しても、勇者は近づいてきて、私を抱き抱えて、なでて、言う。


あなたのおかげで生き延びられた、そして仇の魔王を討ち果たす事も出来た。ありがとう。あなたがあの時、見逃してくれたから。


それは人生の最大の汚点であると、私は思っている。だが勇者は自分以外誰も近寄せず、私を人が暮らせるほどの大きな檻に閉じこめたまま、時間だけが過ぎていった。


あなたの存在だけが、僕の生きる力だった。あなたがあの時、ああしてくれたから今の僕がいる。


勇者はそういって、逆立つ私の背中の毛をなでた。やめろと言ってもやめないだろう。言葉は通じない。


そうして数える事もばからしいほどの歳月が流れ、勇者は年老いて、それでも私を解放するつもりはない様子だった。


僕はあなたと旅がしたかった。あなたと世界が見たかった。

あなたは僕の初恋だった。あなたは魔物の姿をしていたけれども、人間の誰よりも優しくて暖かかった。

命を助けてくれる相手なんて、あの頃僕には一人も居なかった。そんな中であなたは燃え上がる炎とともに現れて、僕を助けてくれた。

それがどんなにうれしい事だったか、あなたにはわからないでしょう。

僕はそれはもう、うれしかったんです。あなたに再び会うために、勇者になったくらいです。

僕の寿命は人間の普通の物でしょう。命がつきる時、この檻も消えるでしょう。あなたと人生を送りたかった、僕のわがままが終わる時です。



これほど執着し、閉じこめておきながら、死んだら自由だとのたまう図太い神経はまさに、勇者だ。感心する。潔いほど勇者の傲慢さが現れている。

聞く限り子供も持たず、妻ももたず、こんな魔物だけに執心の勇者。哀れだとどこかで思うほど、人間を信用していない世界の救い主。

これも程なく寿命がつきるだろう。それは私がみる事の出来る、魂の炎が弱々しくなっている事からも明らかだった。




そして勇者は明くる朝冷たくなっていた。まだ天への門に向かわない魂がふわふわと揺れていたから、私は自分の力を解き放った。


それはさまよえる魂を自分の仲間にしてしまう、私の種族特有の能力だ。

私たちは生まれ落ちた時はとても脆弱だが、五百年も生きられれば、その能力を最大限まで発揮できるのだ。


魂が私と同じ魔物に変じた勇者は目を瞬かせ、私は年上の余裕でこう言った。


おはよう、私の仲間よ。これからはどこまでも旅に出られるだろう。

慣れぬ魔物の姿でも、お前は自由になったのだ。


勇者は跳びはね、私に頭をこすりつけた。


あなたの言葉が一字一句わかる事がこんなにうれしいことだとは思わなかった、ああ、うれしい!!!


これからは私と世界の果てまで旅に出ることになるぞ。私の種族は世界を旅し、魂の行くところを見守る種族なのだからな。

人間達が信仰というもので、私たちを邪悪だと判断するずっと前から、私たちは魂の果てを見守ってきたのだ。

お前も私の仲間になったのだから、やれるな?


勇者は獣の顔で笑った。


はい、ではあなたの名前を教えてください、恩人さま。


私はそれを聞き、初めて勇者に名乗ったのだった。


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