6話 お出かけ
6話 お出かけ
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ヴィーナに連れられて、例のおすすめのケーキ屋さんにやって来た。
結構あっという間、かなり近くのお店だった。
毎日でも放課後に通える距離感だし、美味しかったら私のルーティーンに組み込まれること間違いなしだ。
と言うか、また手を引かれてここまで連れて来られたんだけど……
私との移動の時は、手繋ぎがデフォルトなの?
まさか、手を繋いでおかないと私がどっかに行っちゃうとでも思われているのだろうか。
それほど危なっかしく見られてるのだとしたら、流石に心外だ。
外見は特に目立った特徴もない、至って普通の店構えだ。
まぁ、私が見たことあるお店は大抵戦地のものだったから、こうしてしっかり営業されている店を見る機会は滅多になかったしそう言う意味では新鮮かもしれない。
お店の外でもふんわりと甘い香りが漂っている。
これは、期待大だ。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「席にご案内いたします。こちらへどうぞ」
「ほら、リーリアちゃんこっち」
店内に入ると、外とは比べ物にならないほどの濃厚な甘い香りで満ちていた。
どんな味なのか、妄想が掻き立てられ思わず涎が垂れてしまう。
そんなトリップ状態になっていると、いつの間にかまたヴィーナに手を引かれ席に連れて行かれた。
……もしかしたら、私結構危なっかしいのかもしれない。
「こちらがメニューです。ご注文決まりましたらお呼びください」
結構色々な種類のケーキがあるらしい。
どれにしようか悩んでいたのだけど、ヴィーナのおすすめがショートケーキらしいのでそれにした。
他のケーキも美味しいらしいけど、シンプルなケーキだからこそ味に違いが出るらしい。
このお店で初めて食べるならこれとの事だ。
シンプルイズベストとも言うしね。
色々と凝ったのは癖もあるらしく、あんまり種類を食べたことのない私には普通が一番。
せっかくのケーキが口に合わないとかだとショックだし。
どうやら、ケーキというのは注文してから作るものではないらしい。
すぐに出てきた。
「あ、美味しい」
「でしょ?」
「本当に美味しい。すごいよ、これ!」
軍で出るケーキは偽物だったのかもしれない。
調教で出るのは、日持ちする乾いたお菓子しかなかったし……
ケーキってこんなに美味しいのか。
見た目も綺麗だし、
香りもいいし、
味もに甘くて濃厚だし、
私の美味しいものランキング。
今までは全て博士のとこからつまみ食いしたのと調教の時もらったお菓子で埋め尽くされていたけど、このケーキは一躍トップ3入りだな。
流石はヴィーナ、天使すぎる。
私に幸せを運んできてくれてありがとう。
「ほんと、リーリアちゃん幸せそうに食べるね」
「むふー」
「そんなに喜んでもらえて、私も嬉しい」
あっという間に食べ切ってしまった。
……
ヴィーナはまだゆっくり食べてるみたいだし、もう1個ぐらい頼んじゃおっかな。
ショートケーキとっても美味しかったしもう一つって言うのもありだけど、せっかくだし他のも結構気になるな。
どれにしよう。
「リーリアちゃん、もしかしてもう一個食べるの?」
「えへへ」
「食べ過ぎは体に良くないよ」
「はーい」
……なんか、さらに子供扱いされてる気がする。
でも、許しちゃう。
私、今とっても幸せだから。
どれにしようかなぁ。
チーズケーキもいいな、モンブランも、チョコも……
テンションマックスでメニューとあーでもないこーでもないと睨めっこしていたのだが、店に1人の男が入ってきてそれどころではなくなった。
それぐらい本来なら気にする事じゃない。
さっきから何人も人の出入りはあった。
ただ、今入って来た男からは嗅ぎ慣れた匂いがする。
軍で、特に戦場で嗅いだ匂い。
私の日常にありふれた匂いの一つ。
これは、火薬の匂いだ。
すっと心が冷えていくのを感じる。
笑顔が抜け落ち、思考が切り替わる。
不要なものが遮断され、世界が研ぎ澄まされていく。
店内に充満した甘い香りが気にならなくなり、口内に残っていたはずの甘美な後味も感じなくなった。
別に火薬の匂いを戦場以外で嗅がない訳じゃない。
警察は銃を携帯しているし、工場など職場で取り扱ってれば作業員にもその匂いはつく。
だけど、誰からでもする匂いではないので目立つことは目立つ。
それに、微かだけど化学繊維と金属の擦れる音が聞こえた気がする。
火薬の匂いと金属の音、その2つの存在を感じながら警戒するなという方が無理な話だ。
「リーリアちゃん?」
「静かに。動かないで」
「……?」
私は男を視線に捉えたまま、そっと懐に手を伸ばす。
さっき驚いて咄嗟に服の下に隠した拳銃、タイミングを逃してそのまま持って来たのだ。
ずっしりとした硬い感触が手に馴染む。
男がまっすぐこちらに来る。
杞憂だと思いたい、だが残念なことに心当たりがありすぎる。
何処かから私の事を嗅ぎつけたのだろうか?
おそらくは、国や軍との交渉に使うつもりなのだろう。
いくら実験体とはいえ、私自身にそれほどの価値はない。
でも、私の存在自体が国に取ってマイナの価値を持つ。
元少年兵であり、実験体。
平和路線を進む国を交渉のテーブルに付かせるだけの価値はあるのかもしれない。
もしくは、国がそのリスクを恐れて今さら私の存在を消しに来たとか。
どちらにしても……ちらりと周囲に視線を向ける。
民間人を巻き込んでしまったな。
ヴィーナも、短い付き合いだけどいい人だしまさかこんな事になってしまうとは。
もう、かなり近い。
でも……
見てるのは、私じゃない?
目的は私じゃないのか。
ただの勘違い、たまたまか?
たとえ本当に銃を持っていたとしても、私服警官とかそういう可能性もある。
ただ、あの目は明らかに、
瞬間、男の動きが明らかに加速する。
わずかに拳銃を取り出そうと手をかけたのが見えた。
反射的に奴の腕を撃ち抜き、こめかみにもう一発撃ち込んだ。
致命傷だ。
発砲したせいで四方八方から強い視線を感じるが、こういう奴ら特有の殺気のこもったどろりとしたものがない。
付近に他の仲間はいないようだ。
クリア、だな。
ゆっくりと世界が元の形を取り戻していく。
悲鳴やらパニックになっている人の声がうるさい程に聞こえ、甘い匂いと鉄のような血の匂い、焦げた火薬の匂いが鼻腔をから脳へと伝わっていく。
男の狙いはあの動き的におそらくヴィーナだったのだろう。
自分に向かられた視線はともかく、他者に向けられた視線に鈍感なのは昔から私の弱点だ。
これが優れていれば死神なんてあだ名で呼ばれることもなかったんだろうな。
それにしても、治安がなかなかに悪いな。
終戦して平和に向かって行ってるとは言っても、ついこないだまで戦争してた訳だしな。
まぁ、こんなものか。
……しかし、何をするつもりでヴィーナを狙ったのだろう。
殺害?
だが、撃つだけならあれほど接近する必要もないし、と言うか殺す理由も分からない。
怨恨だとでもいうなら、それほどの強い感情流石に鈍い私でも分かる。
そもそも10歳そこらの歳の女の子相手に怨恨って。
銃を突きつけて人質にでも取るつもりだったのか?
だが、人質にしたところでここはケーキ屋。
出来るとしても店の売り上げを……って、そもそもそれなら店員を狙うよな。
ああ、そうか。
詳しく知ってる訳じゃないけど、この学校って確かいいとこの子供ばっかり集まってるんだったっけ。
ということは、そこに通うヴィーナも何らかのお偉いさんのところのお嬢様って訳か。
親が恨みを買って復讐目的で殺し屋でも頼まれたのか、単純に誘拐でもして身代金目的か。
どちらにしても、敵は多そうだ。
なるほど、納得が行った。
あとは、自らの手で煙を上げる銃に視線を落とす。
撃っちゃったけどこれどう考えても不味いよね?
メリットデメリットとか考えるまでもなく、つい反射で撃ってしまった。
というか、あの時頭に撃つ以外の選択肢浮かんでなかったし。
どう考えても大事になるよね。
誤魔化すのは無理、目撃者が結構いるもん。
消す?
もっと無理だ。
弾が足りない。
第一、私に仲間は殺せない。
そう育てられたから。
クラスメイトで、ルームメイトで、こんな美味しいケーキ屋を教えてくれて。
私の思考回路はヴィーナを仲間と認識しているのだ、だから咄嗟に銃を抜いた訳だし。
目撃者自体は最悪いい。
私が銃で人を殺してるところを見られた。
問題といえば問題だが、本質はそこじゃない。
問題は、まず間違いなく警察沙汰になることは避けられないこと。
警察沙汰になって仕舞えば、さっき部屋で考えていたことが現実になりかねない。
しかも銃が見つかったレベルではなく、実際に撃って人を殺してしまっている。
……
どう考えても、処分の未来しか見えない。
とりあえず考えても仕方のないことは置いておこう。
こういう時、被害者のメンタルケアは意外と重要なのだ。
「ヴィーナ、大丈夫だった?」
「……」
手を差し出した、さっきまでのお返しだ。
私もただの子供じゃないんだよ。
今回は私がお姉さんということで。
……
あれ?
ヴィーナからの視線がさっきまでと明らかに違う。
恐怖、
恐れ、
拒否、
……これ、やらかした?
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