5話 銃
5話 銃
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シーンとした室内に、何処となく気まずい雰囲気が流れる。
どれもこれも、全部ヴィーナが悪いのだ。
あんな不意打ちしてくるから。
いや、「お帰りなさい」「ただいま」なんてありふれた挨拶だってことぐらいは知ってるよ?
けどさ、経験ないんだもん。
ちょっとぐらい恥ずかしがったって、仕方ないでしょ。
遠慮がちにヴィーナの方に視線を向けると、さっと目を逸らされてしまった。
心なしか頬が赤く色付いている気がする。
なんであんたまで恥ずかしがってんのよ。
「……ちょっと、トイレ」
よほど気まずかったのか、ヴィーナが視線から逃げるようにトイレに駆け込んで行ってしまった。
ちょろちょろと音が聞こえてくる。
私の優秀な聴覚は、些細な音も聞き逃さないスーパーハイスペックなのだ。
……さらに気まずい。
トイレにいる時に隣の個室の音が聞こえてくるとかならどうとも思わないんだけど、こうやってベットに腰掛けた状態で聞こえてくると、やけに音が……
と言うか、こんなことしてる場合じゃない!
武器なんとかしないと。
本当は、ヴィーナが寝静まってからこっそりやろうと思ってたんだけど今ちょうど見られてないし。
隠せるものだけでも隠してしまおう。
この部屋は予想通りワンルームだった。
ベットと机が二つ、左右に分かれて置いてある。
それぞれ分かれて使うことになるのだろう。
片方にダンボールがいくつか積んである。
特に説明は受けてないないが、ダンボールの積んである殺風景な右側が私の領土なのだろう。
多分、荷物はかなり少ない方だと思う。
服やらお金やら、本当に最低限のものしかない。
まぁ、元から最低限の物しか持ってなかったしね。
不必要なものといえば、銃やらナイフぐらいだろう。
一応箱を開けただけじゃ簡単には見つからないように詰めたつもりだけど、それでも多少探ってしまえば……あ、あった。
簡単に見つかってしまう。
とりあえず、こいつらを隠して……
「ねぇ、リーリアちゃん」
「ひゃいっ!」
「あ、ごめん。ビックリさせちゃった?」
「うんん、大丈夫」
ビックリした……
急に話しかけないでよ、もう。
咄嗟に服の下に隠したけど、見られてないよね?
普段なら近くに誰か近づいて来たりしたらすぐ気が付くんだけど、音が気まずすぎて聴覚抑えてたから全然気が付かなかった。
ダメだな。
こんなくだらない理由でバレたりしたら一大事だ。
……というか、バレたらどうなるんだろう?
ナイフぐらいならまだしも、銃を所持しているのが見つかったら即警察沙汰だろう。
私の銃なのだから、調べれば軍で使用されていたものだと分かるだろうし、もう少し調べればそのまま私という今の社会にとって非常に不都合な存在にたどり着くことになる。
と言っても、上層部は私のことなんて元から知ってるし、別にデメリットなんてないのか。
いや、学校に武器を持ち込んでいるという状況はよろしくないかもしれない。
私が今も生きているのは、国が平和路線へと大きく舵を切ったからだ。
そのせいで私がクビになったんだけど、それはいったん置いておいて、この状況私が平和への意志がない危険因子という判断を下されるのではなかろうか?
存在も邪魔だし、
思想も邪魔、
=処分……
あり得る話だ。
昔なら迷うまでもなく確定だった。
あり得るレベルなのは、そもそも今の私への対応が昔ならあり得ないものだから。
正直、国がどれぐらい本気で平和路線に舵きりしてるかなんて私にはわからない。
それに平和路線の邪魔者をどれだけ本気で消しに行くかも。
「……本当に大丈夫?」
突然、視界にヴィーナの顔が現れた。
私が考え込んじゃってたからだろう、横から覗き込まれたらしい。
めっちゃ近いんだけど。
天使の顔がすぐ目の前に……
「う、うん」
「あの……良かったらなんだけど、ちょっとお出かけしない? 近くにオススメのお店があるの」
「……うーん」
今から外か、正直断りたい。
でも、これから同棲生活するのに関係悪くしちゃうのは悪手だよね?
それに、慣れない学校生活サポートしてくれそうな面倒見のいい人だし。
でも、流石に武器放置して外出はあり得ないか。
ヴィーナいい人っぽいし、一回断るぐらいなら多分大丈夫でしょ。
「ごめん。転校初日で疲れてて」
「……そっか、残念。美味しいケーキ屋さんがあったんだけど、また今度だね」
「……ケーキ?」
「うん、ケーキ」
……
武器放置したまま部屋を出るのは、不安っちゃ不安だ。
でも、この荷物は少なくとも結構前に運び込まれてただろうし、さっきまで私が授業受けてる間この部屋に放置されてたわけだ。
部屋にヴィーナを1人残して外出するとかならまだしも、一緒に行くなら問題ないんじゃないか?
「行く」
「え?」
「ケーキ屋さん、行きたい!」
「さっき、疲れてるって」
「知ってる? 甘いものって疲労回復の効果があるんだよ」
本当にあるのかは知らない。
でも、私は甘いものを食べると疲労なんて何処かに吹き飛ぶので多分そう言う効果もあるはずだ。
私は甘いものが好きだ。
生まれた時から兵士でも、分かることはある。
それは、軍のご飯は美味しくないと言うことだ。
いや、全てが美味しくないわけじゃない。
たまに美味しいのが出るせいで、余計普段の酷さが際立つのだ。
それに、スナイパーなんてやってると前線で1人籠って数日過ごすことなんてザラにある。
その時に食べる携帯食が、それはそれは酷いものだった。
まぁ、味よりも優先しなきゃいけない事項があるのは理解できるが、かといって蔑ろにされるのは困るのである。
そんな私にとって、たまに調整で食べることのできるお菓子はご馳走だった。
初めて食べたのは、博士の茶菓子を盗み食いした時だ。
あまりの美味しさに感動した。
当然すぐバレたけど。
また食べたいと思っていたが、次バレたらどうなるかわからないので必死にこらえていた。
そんな私で遊んでいるのか、博士は私の前でこれみよがしにお菓子を食べ始め途中で放置して何処かへ行くというのを繰り返した。
新手の拷問だ。
罠だと分かっていても、抗うだけで一苦労だった。
しばらくして、調整のメニューの中にお菓子を食べるというものが加わっていた。
世の中不思議なこともあるものだ。
私にとって非常に都合がいい不思議なので、別に深く考えることもなくその権利を享受させてもらったが。
「……まぁ、リーリアちゃんがいいならいいけど。誘ったのも私だしね。ただ無理はしないでよ、いつでも案内するから」
「大丈夫、今日行きたい」
「とりあえず、リーリアちゃんが甘いもの大好きなのは理解したよ」
なぜか呆れられてしまった。
天使のお墨付きのケーキ、楽しみだ。
実際多少疲れてはいるけど、ケーキのためと思えばこれぐらいどうってことない。
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