17話 博士
17話 博士
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「はぁー、」
とある研究者の書記……、ね。
こんなの書いちゃうなんて、私も随分と病んでるな。
あぁ、嫌だ嫌だ。
あの子を送り出した途端にこれだよ。
やっと、最後の一仕事を終えたと言うのに。
仕事を辞めたら一気に老化するって本当なんだな。
こんな残るものを書いて、もし誰かに見つかりでもしたらどうなるのかね。
素直に殺してくれたら御の字って所か。
拷問されるなり、実験材料にされるなり、あまりいい未来は迎えられそうにないな。
それを分かっていて、いまいち処分してしまおうという気にならない。
これは重症だ。
別に今から自殺しようって気はないんだが、特段生きる理由も見当たらないときた。
今度、精神病院にでも行った方がいいのかもしれない。
今のままだと、明日にでもコロッと死んでしまいそうだ。
ただ、なにぶん込み入った事情があるし話せない事も多いから、治療になるのかはいささか疑問に思う所ではある。
こんな事どう相談しろっていうんだ、軍事機密の塊だぞ?
それに気が進まないのには別の事情もある。
最近、そっち系の界隈の動きが怪しいんだよね。
どうも最近の精神病院は信用ならない所がある。
まぁ、もともと精神なんて不安定な場所を治療する場所だ。
元から医療とは思えない方向に傾倒したりってきらいはあった。
しかし、最近のそれはそっち系統ではない。
ロボトミー手術だったか。
どっかの医者が考えた治療法らしい。
精神病に効果的だなんて話で、あちこちの病院で導入されてるんだとか。
軍人のPTSDに有効で、終戦のタイミングで需要が一気に増加している。
基地でもそんな噂は良く聞いた。
戦争でトラウマを負った軍人は多い。
目の前で人が死んだとか、
友達を失ったとか、
人を殺したとか、
理由は様々だが、一様に戦争の被害者であることには変わりない。
あの子と同じ様に。
一応あまりお勧めできないとは言っておいてが、さてどこまで響いていた事やら。
治療方法が何とも斬新で、鼻やら目から棒を突っ込んで脳の一部を切断するのだとか。
それ大丈夫なのかって話だが、まぁそれで上手くいってるならやり方に疑問こそ覚えても専門外そういうものかと納得もする。
だがどうもその手術、術後患者がロボットの様になるって話じゃないか。
明らかに失敗だ。
まぁ、失敗はいいんだ。
失敗っていうのは先に進む糧だ。
犠牲になった患者には悪いが、未来のための犠牲と納得してもらうしかない。
だが、それを成功だと解釈するのは違うんじゃないかと思う。
そういう部分が信用ならないのだ。
失敗なら失敗で、次に進めばいいと思うのだがな。
そうならないのは多分、失敗の理由が分からない、そもそも何を根拠に失敗とするかもいまいち定ってない、そんな業界の事情からなのだろう。
精神なんて目に見えないからな、治ったかどうかなんて見た目じゃ分からない。
それが最先端医療の結果ともなれば尚のこと、見た目じゃ分からないのはもちろん、検査でもその検査結果自体が正しいのかすら不明になってしまうのだろう。
そもそも準備が足りていないのだ。
こんな実験をしておいて何だが、こんな実験をしていたからこそそう思う。
感情という部分に人間の科学が立ち入るのは少し早い気がする。
生命を弄ぶ様な実験を繰り返してきた私の直感だ。
もっとも、わざわざ口を挟むつもりはないが。
私にはそんな元気はない。
結局これに帰着してくるという。
難儀な事だ。
精神病院への不審で精神の不安定を治せず、精神の不安定を理由に精神病院への不審を取り除く様な行動をしない。
詰みとも言う。
まぁ、別に困る事もない。
明日思い立って死んでしまったとしても、思い残すことも……
429番、いやリーリアのことは少し気になるが、まぁそれぐらいだ。
この書記自体はただの気の迷いで書いてしまったものだが、彼女に幸せに生きて欲しいと思っているのは本当だ。
でなければあんな面倒なことする気が起こるわけもない。
急にこんなになっちゃって、母性本能って奴なのかね。
戦争中はそんな本能なんて死んでた気がするが、残り少なくなったから強くなったのか。
随分と理性的な本能じゃないか。
最後に残った、唯一の子供ぐらい生き残って欲しいってか?
それにしても、私もなかなか上手くやったものだと思う。
国の方針が平和に傾いていたとはいえ、リーリアを学園に通わせようなんて我ながら狂気の発想だ。
あの老人どもにこんな無茶な話を通せるとは、案外政治家とかも向いていたのかもしれないな。
まぁ、やってみたかったかと聞かれれば答えはノーだが。
あんな所にいたら息が詰まって仕方がない。
でも、あそこにいれば私はこんなこと……
いや、あそこはもっとだな。
国を動かすんだ。
国民を数として見でもしないとやって行けないだろう。
一人一人の気持ちなんてもちろん、一人一人の命なんて考えていたら身動き取れない。
そう言う場所なのだろう。
だからあんなふざけた老人しかいないのだ。
奴らの思いつきの発言で何人の人が死んでることやら。
まぁ、命に重さはないとも言うし、私も奴らと本質では何も変わらないと言われればそれまでだが。
でも、断言できる。
私は多分政治家になった時の方が人を殺していた。
自分の才能が憎いね。
科学者としても天才で、政治家としても天才か。
才能の方向が完全に人の心が無い人向けだな。
……
少し散歩にでも行こうかな。
気分転換になる。
研究を辞めたせいかこう意味のない思考が常に頭を回っていて気が滅入る。
私が椅子を立つと、タイミング悪く電話が鳴った。
何だろうか。
このタイミングで私にかけてくる用がある人間なんてあまり思いつかないが。
軍だろうか?
もう身を引くといったはずなんだがな。
しつこい引き留めがやっと終わったと思っていたのに。
本当は辞めたかった所を席だけ残してやってるんだ。
ありがたく思え。
まぁ、辞められるなんて初めっから思ってなかったが。
私はリーリア以上の軍事機密の塊だしな。
軍を離れるのは、まぁ無理だろう。
別の国にでも行かれたらたまったもんじゃない。
実際どこから嗅ぎつけたのか、私が身を引いたのを左遷とでも勘違いしたのか引き抜きの話が大量にきた。
全部軍に通報しといてやったが、この国スパイだらけだな。
こんな情報筒抜けで良く勝てたものだ。
おそらくどこの国もそんなもんなんだろうけどね。
人である以上情報漏洩の完全な阻止は不可能だ。
その点、私の実験はある意味都合が良かったのかもしれない。
情報がバレても被人道的すぎてデマだと思われる可能性大だ。
……しかし、なかなか切れないな。
これは出るまでかけ続けられるやつだ。
「はい、もしもし」
「博士ですか?」
「あぁ、君か」
予想外の所からの連絡だ。
「何の用だ?」
「博士の所の実験体のことで、少しお話が……」
「なに、リーリアが?」
一応ちゃんと話は通して問題はなかったはずだが。
まぁ、あの老人どものことだ。
簡単に前言撤回なりして約束を反故にしても何も驚かない。
しかし、面倒なことになったな。
手の返し方にもよるが。
また交渉して学園へってのは厳しいだろうし、軍に逆戻りかね。
しばらくは戦争はないだろうけど……
でも、なんでコイツから掛かってきたんだ?
コイツは警察関係者だろ。
そりゃ多少政治の方にも顔は聞くだろうが、その前に私に情報が入ってもおかしく無いはずなんだが。
「なに、違う? リーリアが発砲事件を起こして警察に捕まっただと!?」
……何をやってるんだリーリアは。
「すぐに向かう。そうだな、そっちには母親が面会に来たとでも適当に話を通しておいてくれ」
なんか私、リーリアの名前を聞いて随分と……
相変わらず難儀な性格してるみたいだな、私って人間は。
これじゃまるで、自分で遠ざけておいて寂しくて精神参ってたみたいじゃないか。
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「全く、転校初日からやらかすとは……。リーリア、君はやる事がいつも豪快だな」
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