14話 覚悟
14話 覚悟
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どれぐらい経ったかはよく覚えていません。
気がついたら警察が来ていました。
銃の発砲なんてことがあったのだから当然でしょう。
「銃を持って暴れる少女がいると通報があったが、嬢ちゃんがそうだな」
「そうだよ」
警察が銃を向けながらそう問いかけ、彼女はそれにこともなさげに答えます。
私に対して見せていた葛藤はそこにはない様で、淡々と一切の迷いすら見せず返したその言葉に澱みはありませんでした。
銃を向けられているという緊張感すら感じ無さげなその言葉に警察も少し気圧され、場の雰囲気が彼女に呑まれたかの如き錯覚を覚えました。
もし警察が発砲したら、そう思うと彼女のその余裕ありげな態度が私の心を締め付けてきます。
何かしようとしていると判断されて仕舞えば、彼女もあそこで倒れている男の様に物言わぬ存在と成り果ててしまうのです。
そんなこと……でも、あの男をそうしたのも他ならぬ彼女なのです。
私は彼女にどうなって欲しいと思っているのでしょう。
大人しく警察に捕まって罪を償って欲しいのでしょうか?
それとも、この場があやふやになってこの事件が起こる前期待していたような学園生活が始まってくれる事を望んでいるのでしょうか?
こんなものを見せられて、気持ちの整理なんてものがつくはずがないのです。
整理のつかないバラバラな思いがぐるぐると私の中を回り続け、そんな単純な自分の望みすらも出力できないほど脳の処理能力が低下してしまっています。
ただ、せめてその出力が終わるまで手遅れになる様なことにはなって欲しくない、死んでしまったらどんな結論が出たところでもう無意味になってしまうのですから。
だからです。
彼女が素直に武器を捨て手を上げるのを見て、どこかホッと胸を撫で下ろしたのは。
これで彼女が警察に撃たれる事はない、そう思いました。
それに、これ以上銃を持っている彼女を見ていたくありませんでした。
……殺人を犯した相手にこんな思いを抱いてしまってる時点で、彼女ほどではないにしろ私もどこか壊れているのかもしれません。
「警官さん」
「なんだ?」
その声を聞いて、また胸がキュッと締め付けられるような思いがしました。
あの、耳元で響いた破裂音が脳内で幻聴の様に思い出され、彼女の体から流れ出る赤い液体を幻視します。
今回は銃で軽く背中を押されるぐらいで済んだけど、もし警察がその引き金を引けばその幻覚はすぐにでも現実のものとして私の目の前に現れることでしょう。
撃たれてもおかしくなかったのです。
何を考えているの?
死にたいの?
私には何も分かりません。
私と彼女の思いは全くもって別方向を向いてしまっている様です。
生きていてほしい、そんな願いですらも……
「そこに倒れてる男の人の右手、」
「ん?」
「拳銃持ってるから、早めに回収しといて」
え?
その言葉に私は耳を疑いました。
倒れている男の人が銃を持ってる?
そんなはずないです。
銃なんて誰でも持っているような物でも無いですし、私も彼女に撃たれる直前まで男の事を見ていましたが、銃を持っている様子なんて全くありませんでした。
撃った相手も銃を持っていれば多少罪が軽くなるのかもしれないですが、賭けに出るにはかなり無理筋なものだと思います。
しかし、彼女の目は相変わらず冷めていて、そんな細い希望に望みを託しているとは到底思えませんでした。
警察も彼女の言葉を怪しげに思ったのでしょう。
一応チェックはするつもりのようですが、被害者である男性を不必要に辱める発言をした彼女に怪訝な視線を向けざっくりと探ります。
仮に銃を持っていたとしても、少し隠し持つような事をすれば見つからない程度の杜撰な触診でそれは見つかりました。
彼女の言う通り、男は右手に拳銃を握り込んでいたのです。
本当にあった……
私はその今日で見慣れてしまった鉄塊をまじまじと見つめ、真意を確認する様に彼女に視線を送ります。
その顔に驚きはなく、ただ分かりきっていた事だとばかりに興味すらなさそうです。
なんで?
だって、そんな様子どこにもなかったじゃないですか。
私はあの男が銃を持っているなんて想像もしませんでした。
そんな危険な存在を前に、私はくだらない妄想して……
少し前の記憶が思い起こされます。
そして、さっきの男が彼女に撃たれる直前私のことを見ていたのを思い出しました。
あの時感じた悪寒が今になってフラッシュバックし、全身がビクッと震え冷や汗をかきます。
もし、あの男が私の方を見ていた理由がその銃だったとしたら。
もし、彼女があの男のことを撃たなかったとしたら。
ただの妄想です。
証拠なんてありません。
でも、
……
何が、「私がガツンと言ってあげます」だ。
何が、「リーリアちゃんの事は私が守ってあげるんです」だ。
「正当防衛だと、そう主張するんだな?」
「まぁまぁ、今は別に。そういうのって、署でやるんじゃないの?」
「……嬢ちゃんは聞き分けが良くて助かるよ」
男が銃を右手に握り込んでいたのを見て、警察の彼女への態度も大きく変わりました。
罪なき一般人を撃ち殺した殺人犯では無くなったからでしょう。
それを見て、このままでも何も問題もないのかもしれないそう思いました。
相手も銃を持っていいた以上、警察のいう通り正当防衛になるのかもしれません。
そうすれば……いえ、そうは言っても一方的に相手を殺してしまっているのは覆り用のない事実です。
罪が軽くなっても有罪は免れない、ですよね。
もし仮に無罪になったとしても、学園は退学でしょう。
銃を持っていた時点で確定で、それ以降の撃ったとか殺したとか無罪とかそんなものは関係ありません。
でも、そんなの嫌です!
だって、
「待ってください!」
「ヴィーナ?」
彼女が少し驚いた様子で振り向きます。
冷めていた表情に少し色が差した様に感じました。
「リーリアちゃんは……、私のことを守ってくれたの?」
そんな訳ないという当たり前の思考はあります。
リーリアちゃんにはそんなことをする理由もないし、そう行動に移す明確なきっかけも存在しません。
これはいつもの、私の勝手な押し付けです。
でも、そうかもしれないと思ったのです。
もしかしたら、私が撃たれていたのかもしれないのだと、
私を守るためにリーリアちゃんがこんな事をしたのだと、
どうなるかなんて分かっていたはずです。
警察が来ても全然慌てず冷静だったのですから、リーリアちゃんは人を撃てばこうなる事なんて想像つくなんてレベルではなくちゃんと分かっていたのです。
それでも、私のことを守るために行動してくれたのかもしれない、そう思ったら……
「まぁ、一応そうかな? 本当にそこの男の狙いがヴィーナだったのかは分からないけど、少なくとも銃を抜こうとはしてたからね」
「そう、なんだ。なのに、私……」
やっぱり、そうなんですね。
なのに私は勝手にリーリアちゃんのことを、心底自分が嫌になります。
捕まるかもしれない、それを天秤に掛けて、その覚悟を持ってまで私の事を守ってくれたのに……
まだ出会ったばかりの私のことをです。
何が守る、ですか。
そんな意図にも気づかず、勝手なことを思っていたくせに。
私が心の底から欲しがっていたモノを、リーリアちゃんは私に与えてくれていたのに。
「人を撃ち殺すような人間がまともなわけ無い、私に対してヴィーナが持った感情は正しいと思うよ」
「……」
私に気を使ったのか、リーリアちゃんはそんな事を言ってきました。
いえ、きっと本心なのでしょう。
私もそうは思います。
確かに、まともじゃなかったです。
あの時のリーリアちゃんは怖かったです。
そもそも、銃を持っていたのも意味わからないです。
でも、殺人を犯した相手にこんな思いを抱いてしまってる時点で、リーリアちゃんほどではないにしろ私もやっぱりどこか壊れているのです。
それは、こんなことを目の前で見たせいかもしれないし、幼い頃からの積み重ねのせいかもしれません。
ともかく、原因がなんであれ今の私がそう感じているのだからそんなものは関係のない事です。
だから……
「警官さん、殺人の容疑者の連行中なんだからこんなとこで立ち止まってないでさっさと仕事しなよ。逃げ出すかもだよ?」
「あ、あぁ」
一度守るって決めたんです。
私は、リーリアちゃんの事を。
そう決めていたのに、いつの間にか私が守られてしまっていました。
リーリアちゃんは法律さえ無視して私の事を守ってくれました。
私だって出来る事は全部やるべきです。
リーリアちゃんの事を守るんです。
でも、今の私にリーリアちゃんの現状をどうこうする事なんて不可能です。
ただの子供でしかない私に、警察に口利きをするような力があるはずありません。
なら、どうするか?
簡単です。
いつも見て来たことじゃないですか。
父に、
「……パパにお願いするから」
「え?」
コネを使うんです。
それを作るためにクラスメイトも親も必死でした。
なんでそんな事のために、そう思っていました。
くだらないなんて見下していました。
でも、自分で出来ないことを、自分では不可能なことを実現するには人の力を利用するしかないのです。
私は世の中を斜めから見ていたのかもしれません。
「私の命の恩人だからって。リーリアちゃんが捕まるなんておかしいって」
「そんなグレーどころか真っ黒なこと、こんなところで口に出すんじゃないよ。警察が横にいるの見えないの?」
リーリアちゃんは呆れ顔です。
自分でもちょっとバカなことを言っているって思います。
冷静になれば、余計なことなのかもしれません。
私は結局全然リーリアちゃんの事を知らないのです。
私が何もしなくても、もしかしたらリーリアちゃんの親がなんとかするのかもしれません。
……でも、見ているだけなんてあり得ない!
出来る限りの事の最大限を、そうやってリーリアちゃんのことを守って見せるのです。
じゃないと後悔してもしきれません。
私はまだリーリアちゃんと一緒にこの学園に居たいです。
必ず迎えに行きます。
だから、
「待っててね」
「……はいはい」
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