13話 本物
13話 本物
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リーリアちゃんはどれを頼むか決めかねているようで、まだメニューと睨めっこしています。
味を想像しながら選んでいるのか、笑みが溢れて見ていて本当に可愛いらしいです。
リーリアちゃんをおかずにケーキが良く進みます。
そうやって眺めていたのですが、突然リーリアちゃんの表情が固まりました。
溢れていた笑みが、すっと消えていきます。
「リーリアちゃん?」
子供っぽくケーキにテンションが上がってるリーリアちゃんはそこには居なくて、はじめて見た時と同じどこか儚げな雰囲気を漂わせる少女がいました。
どうしたのでしょう?
さっきまで楽しそうにしていたのに……
もしかしたら、何か嫌な事でも思い出しちゃったのかもしれません。
さっきまでそんな様子なかったけど……いえ、幸せすぎると不意に良くないことを思い出してしまうこともありますよね。
私もそういう経験ありますし。
何を思い出しちゃったのかは分からないですけど、幸いここはケーキ屋さんです。
そういう時は美味しいもの食べて忘れちゃうのが一番です。
「静かに。動かないで」
「……?」
もしかして、違う?
おかしいです。
ただ嫌な記憶を思い出したにしては、明らかにリーリアちゃんの様子が変です。
彼女の視線は一点に固定されています。
その先に原因があるのは明らかです。
私のリーリアちゃんにこんな顔をさせるなんて、許せません。
チラリとそちらに目をやると、男のお客さんがいました。
知らない人です。
もしかしたらリーリアちゃんの知り合いなのかもしれません。
誰、なのでしょう?
リーリアちゃんの雰囲気からして、少なくとも仲の良好な相手ではないことは確かだと思います。
でも、リーリアちゃんとあの男の関係があまり想像出来ません。
年齢差からして、お父さんぐらいの歳の差はありそうです。
まぁ、家族相手にこんな雰囲気には……
いえ、私も父に好感を抱いているとは言い難いですし、これに関しては説得力がないのですけどね。
リーリアちゃんが、親のコネ作り目的でこの学園に転校して来た訳はなく、私と同じようにただ学園生活を送ろうとしていたのを見るとその線も否定は出来ないですが。
でも、あの男からは人の上に立つ者特有の自然体な上から目線と言うものを感じません。
あと単純に、着ているものもそれほど高価には見えないです。
普通に考えるなら、使用人とかでしょうか?
リーリアちゃんおそらくは結構なお嬢様なわけですし、荷解きの手伝いとかでお手伝いさんが派遣されてきてもおかしくはないです。
ただ、使用人だとしてもこうは……
まさか「2個目のケーキ食べるの邪魔されるかもしれないと思ったから」みたいな理由じゃないでしょうし……ないですよね?
いや、あの喜びようを見ると案外そんな理由でもおかしくない気がしてきました。
家が厳しくてケーキなんて滅多に食べられないからあんなに喜んでたとか、なんか結構あり得そうですね。
よくよく考えてみれば、そうですよね。
禁止でもされてなければ、ケーキぐらい食べようと思えばいつでも食べられるはずです。
もしよく食べていたのだとしたら、いくら好物だったとしてもあんな風にはならないですよね。
このままだと、リーリアちゃんは2個目のケーキを食べられず寮に連れ戻されることになるのでは?
あんなにウキウキだったのにお預けなんて、そんなの可哀想すぎます!
食べ過ぎさえしなければケーキぐらい好きに食べてもいいじゃないですか。
私がガツンと言ってあげます。
リーリアちゃんの事は私が守ってあげるんです。
使用人(仮)がリーリアちゃんというよりは私の方を見ている気がして少し不思議でしたが、その理由もこれで分かりました。
大切なお嬢様をこんなところに連れてきたのが私だと見当がついているからでしょう。
目が合い、一瞬悪寒のようなものが走りました。
流石に大人の男の人は怖いです。
でも、これもリーリアちゃんの為、
そんなくだらない思考は、耳元で響いた聞き慣れない破裂音によって一瞬で吹き飛ばされました。
……
気がついたら、視線の先で男が倒れました。
男の体から、真っ赤なドロドロとした液体が流れ出ています。
目の前の光景が理解出来ませんでした。
音の発生源に目を向けると、リーリアちゃんがいました。
儚げな雰囲気すらなくなり、無表情で無感情などこまでも冷徹そうなリーリアちゃんがいました。
そして、手には見慣れない黒光する金属の塊、先からは煙が出ていました。
銃です。
訳が分からなすぎて、理解するのに時間が掛かりました。
いや、現状が全てだと察してはいてもそう理解するのを脳が拒んでいました。
リーリアちゃんが人を撃ったのだという事実を、私は素直に受け止める事なんて出来なかったのです。
「ヴィーナ、大丈夫だった?」
「……」
彼女は無表情のまま、私に視線を落としてそう問いかけてきました。
その声は酷く落ち着いていて、人を撃った直後とは思えずそれが余計に非現実感を高めます。
出来の悪い夢を見ているようでした。
その問いに私は言葉を返すことが出来ません、ただ彼女の瞳を見つめる事しか出来ませんでした。
その瞳には何が映っていたのでしょう。
私には、何も読み取ることは出来ませんでした。
怖かった、現実だと思いたくなかったのです。
人を撃った、その事実で彼女のことが何も分からなくなってしまいました。
彼女に対する忌避感が湧き上がり、しかしこの彼女への否定的な感情も否定したいとも感じています。
きっと何か理由があったはずで、でも理由があったところで当然許されるはずのない行為で……
そんな思考が私の中をぐるぐると周り続けます。
でも、何も話さないという訳にもいかなくて、何もまとまらないままに口を開きました。
「……リーリア、ちゃん?」
何も続けられませんでした。
なんで、とも。
酷い、とも。
肯定する言葉も、否定する言葉も出てきませんでした。
自分が情けないです。
また、です。
勝手に理想を押し付けて、理解した気になって、結局私は彼女のことを何も分かっていなかったのです。
「ちょ、ちょっとこれは違くって。その……」
彼女も私に釣られるように口を開き、しかし数瞬して閉じてしまいました。
言い訳して欲しかった。
もしくは、開き直って欲しかった。
そうすれば、私は……
なんで人を撃ったんですか?
なんで銃なんて持ってたんですか?
さっきまでのあなたは嘘だったんですか?
聞きたいことは山のようにあって、でも口に出すことが出来ません。
何も信じられなくて、何を言ってもダメな気がして。
あなたの事が分からないんです。
その姿が、コロコロと変わりすぎてしまって。
儚げなあなた、
幼いあなた、
冷徹なあなた、
どれが嘘で、どれが本物なのか、なにも分からない……
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