2.世界の書とバグりステータス
「あ・・・」
思わず笑みが浮かび、私は泉に向かって駆け出した。
飲めるかどうかも分からない水なのだが、今の私の頭には渇きを癒す事しかなく、縁に跪き顔面から泉に顔を突っ込み喉を鳴らして水を飲んだ。
「ぷはっ」
暫く飲み続けて漸く顔を上げる。
渇きに渇いた体にこの水は、今まで口にしたどんな水よりも甘く感じた。
家にいたので化粧もしていない。ついでとばかりに顔も洗い、顔を左右に振って水を落とした。
着ているTシャツは私の汗を存分に吸って、既に色も変わっている。
疲れ果てた体は動くことを拒否し、私はそのまま仰向けに倒れこんだ。
柔らかい草がひしめき合う様に生えている為、寝転んでも痛くはない。もう首を動かすのすら億劫で、目だけを動かして辺りを見回した。
今まで歩いてきた薄暗い森と違って、ここは日の光がしっかり入る場所だった。
泉は木漏れ日を反射してキラキラと輝き、周りには草花が生い茂っている。空気も澄んでいて美味しい。清浄の地と言う言葉が似合いそうな、それは美しい場所だった。
「きれいなところ」
思わず言葉が口をついて出た。
日本にこんな美しい場所があったなんて。
いや、私が本当に誰かに攫われて森に放置されたとして、こんな短時間で到着できる森なんてなかったはずだ。
見れば見るほど、どこか現実離れしたような神秘的な雰囲気すらある。
まさかの可能性に行き着き、私の体は強張った。
まさか・・・そんなはずはない・・・
現実に起こり得る可能性なんて万に一つもないはずだ。
成人してから私を産んだ女と双子の姉と完全に縁を切って独立し、方々を彷徨って今の都市に居ついた。自由になれたことが嬉しくて、今まで我慢していた色々な事をした。その中には小説や漫画を読んだり、アニメを観たりというのもあった。そんな事すらできない程に抑圧された生活をしていたのだ。
散々読み漁った中には、異世界物も多々あった。何らかの原因で転移した主人公は気付いたら森にいたというのはテンプレだ。
いや、あれはあくまで物語の中の事。しかも主人公は大体が20代までが多かった。それか余命幾何もないご老人か。私の様なアラフォー女がそうなるパターンはあまり目にしなかった。はずだ。
きっとここは日本の何処かの森なのだ。きっとそうだ。
日の光が眩しいこともあり、目元を腕で覆い隠して現実的な考えに戻そうと脳内を落ち着かせる。
≪そなたが今いる場所は精霊の泉という所だ。異世界から来た大賢者よ≫
「え!?」
突然男性とも女性とも判断しづらい機械の様な声が聞こえ驚いて飛び起きるが、周囲に人影はない。
疲れすぎて幻聴でも聞こえたか?
≪幻聴ではないぞ、大賢者よ。ワタシは世界の書。そなたの頭の中に直接話掛けておる≫
頭の中に直接?え??待って、いま
「いせか・・・い・・て、言った?」
間違いであってほしいと願うのと同時に、妙に納得している自分もいる。
物語の中だけだと思っていた非現実的な出来事なのに、やっぱりか、と。
≪この世界はデストーロイという。所謂、剣と魔法の世界だ。そなたはこの世界の神々の力により召喚された。本来なら、一度神界にて今回の召喚の経緯について説明をするはずだったのだが、手違いがあり、この森に落ちてしまったのだ≫
異世界転移のテンプレだったら、もしかして、もう日本には帰れない?
≪そうだ。今回はとある切っ掛けがあり日本とこの世界の空間が繋がってしまった為にそなたの召喚ができたが、空間を繋げるには多大なリスクが生じる。それは神とて同じだ。だからそなたを日本に帰す事はできぬと思ってよい。そのかわり、この世界では自由に、望むままに生きてよい。それを神々も望んでいる。ただ、時々でいいから神々に会いに来てほしいそうだ。神々に会うには神殿に行って祈ればよい≫
なんか、随分と濁した説明には引っかかる所があるが・・・
神々って事は、この世界は唯一神ではなく複数の神様がいるってことね。
自由に生きていいって、もしかして日本にいるよりいいんじゃない?
どうせこれから新しい家も仕事も探さなきゃだったし、これで戸籍上の母親や双子の姉にも、元婚約者にも大石日奈子にも絶対に会う事はないのだ。
これって私にとっては、かなりハッピーなんじゃない?絶望どころか希望しかないんじゃない?
と心が高揚した瞬間、とある現実に打ちひしがれてしまった。
「ねぇ、私今38歳なのよ。もう結構なお年なわけ。そんなおばちゃんが突然異世界で生活していけるの?剣と魔法の世界って言ってたけど、どっちも使った経験はないわよ。テンプレよろしく全属性使えて創造魔法でも使える様にしてくれてるの?それともどんな武器でも使える様なとんでも仕様な体に変化してるとか?じゃなかったら、超高性能な鑑定が使えて、どんな薬でも作れる薬師になれるとか?そんなチートでもなきゃ、この森からすら出られず次はあの世に行く未来しか見えないんだけど。しかも今の私って一文無しじゃない。運よく町に行けたとしてもいきなり詰んでるじゃん」
声に出す必要はないのだろうが(さっきから頭の中で思った事に返事が返ってきてるから)つい、誰かと話しているという実感が欲しいのか声に出して聞いてみる。
その時、なんとも言われぬ違和感を感じた気がしたが、一瞬だった為勘違いだったのかもしれない。
≪・・・それはまず、そなたのステータスを確認してから考えた方が良い。ステータスと念じてみよ≫
せかいのしょ?さんが言うので『ステータス』と念じてみると、目の前にはA4サイズくらいで半透明な画面が浮かび上がった。それを確認して私は絶句した。
・名前: フェンディア・アースフィオーレ
・年齢: 17
・種族: 神人族
・性別: 女
・職業: 大賢者、テイマー
・レベル: 100
・体力: 99999+/99999+
・魔力: ∞
・魔法属性: 全属性
・スキル: 世界の書、全言語理解、空間収納(無限)、テイム、創造、武器術【極】、神眼、完全調合、料理術【極】
・称号: 異世界人、巻き込まれし者、苦労人
名前が変わってる。しかもこれって、昔やってたゲームで使ってた名前だ。神人族って・・・何?
え?年齢じゅうなな・・・17歳!?
≪それが今のそなただ。召喚された影響で身体が創り変わっておる。名は、そなたに馴染みがありこの世界でも違和感のない様変えられたのだろう≫
そんな声を意識の遠くで聞きながら、私はステータスを凝視していた。
職業が大賢者とテイマー?何故にテイマー??
レベル100ってこの世界では高いの?低いの?
体力99999+って何?それにしてはさっきメチャクチャ疲れたんだけど!?
あ、でも、いつの間にかさっきまでのヘロヘロ感はなくなってる?
魔法は全属性か。お約束のチートってやつかな?あ、だから魔力無限?それは関係ない?
世界の書・・・あ、今話してるヒト?ってスキルなんだ。天の声的な何かかと思ってた。
にしてもスタートからこのスキルって多すぎない?
ていうか、異世界人、苦労人は分かるとして、巻き込まれし者って何?
まさか今回の召喚が何かに巻き込まれた結果って事??
『巻き込まれし者』異世界召喚者の中に血縁者がおり、その影響で自身も転移してしまった者に与えられる称号。この称号を持つと、これからも何かと巻き込まれるが、世界の慈悲が働き幸運値が最上になる。
スキルの神眼が働いたのか称号の説明が見えた。
召喚者の中に血縁者?父親は亡くなってるから、私の血縁者となると私を産んだ女と双子の姉だけだ。つまりどちらかがこの世界にいるという事。
「世界の書さん?今回の召喚者の中に津崎海華はいる?」
双子の姉である女の名前を出してみる。
常に私を見下し、奴隷のようにこき使い、散々暴力も振るわれた憎悪の対象。
≪いるな。今回の召喚については途中で神々の干渉が入った為、誤差が生じていてな。そなたが最後にこの世界に転移したのだ。津崎海華は1年ほど前に来ておる。他にも時期も場所もバラバラに来ておるぞ≫
もう二度と会わなくて済むかと思ったのに。しかも1年も前に来ているなんて。
ん?途中で神々の干渉が入った?
「どういう事?」
私の問いに答えるように世界の書は語りだした。何故か昔話を・・・
≪遥か昔、様々な知識や術を持った若者が、空間の歪みからこの世界に落ちてきた。その者を保護した国は大層栄え、その後千年その栄華は続いた。
それにあやかりたい各国が独自に異世界人の召喚術を構築し、一時期は多数の世界から召喚された様々な異世界人が数多いた。しかし、異世界から人を召喚するには世界の空間に歪みを作らねばならず、その歪みはこの世界に様々な悪影響を及ぼした。一つ一つは些細な事だが、それがいくつも重なり続ければこの世界自体の存続が危ぶまれる。故に神々は多大な力を使い、その歪みを修正し世界を維持していた。
だが、人族はその事を知らず、異世界召喚はより横行した。それにより修正が間に合わなくなり、空間の歪みが遂にこの世界自体に影響を及ぼすようになり、天変地異が増え星の存続も危ぶまれる事態になってしまった。
そこで神々は異世界召喚術事態を人々の記憶から消し、それに付随する文献なども全て天界に移した。そして召喚術は地上から消去され、神のみぞ知る術となった≫
世界の書さんの昔話はまだまだ続きそうで、覚悟した私は木陰に移動して腰を据えて話を聞く事にしたのだった。