「?」を切り取るシャッター音
今にも雪が降ってきそうな寒さの中、彼女と僕は空を見上げていた。
あまりの冷たさに手はかじかみ、僕は肩をすくめ両手を擦り合わせる。
遠く深い青に散らばる星々の群れの中、三日月は太陽の反射とは思えないほどの光を放っていた。
大きな、大きなその三日月をバックにして、彼女は振り返る。
冷たい風が僕らの間を吹き抜け、彼女の黒く長い髪の毛が、サラサラと揺れる。
ねぇ、写真撮ってよ。
彼女がそう言いながら、僕にデジカメを渡してきた。
突然のことに少し戸惑いながらも、頷いてデジカメを受け取る。
デジカメの電源を入れ、はいチーズ、となんの面白みもない合図を出し、写真を撮った。
逆光であるにもかかわらず、彼女は美しく輝いて見えた。三日月とは違い、太陽のように光を発しているように見えるのだ。
そんな魅力的な彼女に惹かれ、のめり込み、今日もこうして時間を共にしている。
僕なんかでいいのだろうか。
そんな疑問を振り払えないまま。
ふわり、と自分の鼻頭に冷たい何かが落ちてくる。
びっくりして思わず鼻をこすると、指に水滴がついた。
上を見ると、ぱらぱらと雪が降ってきていた。
本当に降ってきてしまった。でも雲ひとつないこの空から?
彼女を横目でチラリと見ると、僕と同じように上を見上げていた。
…風花だ。
そうぼそりと呟いた彼女の言葉に納得する。
初めて見た。すごい…こんなに綺麗なんだね。
ものすごく幻想的で…冷たくて…柔らかい。
初めての出来事に僕たちはぽかんとしながら、ただただ、その美しさに見惚れていた。
そんなとき、彼女が思い出したような表情をした。
ねぇ、もう一回写真撮ってよ!記念に。
そう言って僕が持っていたデジカメを指差す。
僕はまた、なんの面白みもない掛け声で、彼女がいるその空間を切り取る。
彼女の髪はふわりと浮かび、満面の笑みでピースサインをしていた。風花が舞い降り、後ろの三日月は圧倒的な存在感がありながらも、彼女の引き立て役となっている。
そんな彼女を見て、思わずポツリと言ってしまう。
この写真をとるのは、僕なんかで良かったのかな。
も〜、良いに決まってるじゃん。というか、君じゃなきゃダメなんだよ。
間髪を容れず彼女が答える。
私が、君を選んだの。だから、君じゃなきゃダメ。ほら、ちょうど私の後ろにあるこの三日月、なんだか満月より魅力的じゃない?私はそう思う。私は、完璧な人間より、君みたいな人がよくて、君にしたの。
そう言って、ふふっと笑う。
正直1mmも理解できなかった。でも彼女の言葉を聞いて、彼女を見て、笑って、何も理解してないのに納得してしまった。
僕で良いんだ。
もう一度デジカメを起動させ、彼女の名前を呼ぶ。
不思議そうな顔をしながら振り返ったその瞬間に、今度は掛け声も何も言わずに写真をとる。
彼女は少し怒ったような口調で僕に愚痴を言う。
僕は笑いながらそれを軽く流す。
カメラの中の写真を見ながら、想う。
特別すごいことなんてできないし、話したり写真撮ったりすることが上手いわけでもないし、彼女と恋人の仲というわけでもない。今は。
そんなただのモブの位置である僕の呼びかけに、嫌な顔一つせず振り返ってくれる、そんな彼女が、
好きだ。