なめとこ村の熊事件 発生編
なめとこ村の熊のことならおもしろい。
滑床なめとこ村は東北地方の過疎地区だ。一番近い都市の春巻市からでも、列車でがったんごっとん1時間。そっからバスでぶんすかぶんすか1時間。そこから更に歩いてえっちらおっちら1時間はかかるんだ。
滑床村には医者がいない、いわゆる無医村だ。やれ屋根から落ちて骨折だ、包丁で指を切り落としたなんてことが起こるとさあ大変。
春巻から医師がえっちらおっちらやってきて、滑床村につく頃にゃもう傷が治っちまう、ってなもんだ。
臨月のおっかさんが産気ついたらこりゃ大変だ。
春巻から産婆さんがえっちらおっちらやってきて、滑床村につく頃にゃもう赤ちゃんが立って歩いてる、ってなもんだ。
その滑床村に、薬を届けるのを生業なりわいにしているのが何を隠そう
藤沢小十郎フジサワこじゅうろうだ。
薬ったってただの薬じゃない、闇の業者から不正に仕入れているヤミ薬だ。闇のルートなのでべらぼうに高い薬だ。
滑床村には『タゲニ』という独特の通貨が通用している。1タゲニ=14.28円くらいだ。
なんでも、数十年か昔に当時の村長が、『滑床タゲニリゾート村』という計画をして、何億という金がつぎこまれたんだそうだ。
バカなことをしたもんだ。そこで『タゲニ』という独特の通貨を先行して作っちまった。
計画の途中で、ばぶるだかはんぶるだかが崩壊して、計画は頓挫し、村長は夜逃げしちまったらしい。
それいらい滑床村は、よりいっそう東北の陸の孤島みたいになっちまった。
だいたい薬の値段っちゅうと、メーカーで原価1タゲニで作られたものが、卸の大問屋で10タゲニくらいになる。
大問屋で10タゲニで買われたものが、仲買で100タゲニくらいになる。
仲買で100タゲニで仕入れたものを、だいたい400~500タゲニくらいで村人に買わせるっちゅうわけだ。
それでも他に薬を手に入れる術がないので、滑床村のみんなはたいそう有難がって小十郎から買ってくれる。
小十郎は何も悪いことはしてない、これが『経済』ってもんだろう。
そんな小十郎が薬を仕入れているのが鶴亀仙吉だ。
かなり阿漕な商売をしているようだが、これも生きる為には仕方が無い。
それでも小十郎の九十になる母親が危篤になって、どうしても欲しい薬があった時、鶴亀がその薬に通常の10倍の値を付けてきたのには、さすがの小十郎も血相をかえた。
「うらみはらさでおくべきか」
鶴亀も0.1インチも表情を変えずに言ったもんだ。
「うらみはらさでおくものか」
そんなことで、小十郎は仕入れた薬をえっちらおっちら滑床村に売りにいく。
滑床村で売りに歩くときはそりゃあちっとやっかいだ。なんたって二十余軒あるすべての家が『熊』っちゅう表札掛けてるんだ。
めったによそ者は来ないんだが、来た人はだいたい面食らう。
この村に住み着いた先祖の苗字が『熊』だった。それでこの村には『熊』って奴しかいないんだ。
面倒だから小十郎は『熊1番』から『熊二十何番』と通し番号を付けて区別している。
さて、そんな小十郎に大変な事件が起こった。仮住まいの小十郎の小屋で死体で発見されたんだ。それもただの死体じゃねえ、首なし死体だ。
首がチェンソーで切り落とされて、その首はどこにもみつからねえ。証拠隠滅ってとこかな。
誰が殺したんだ、てったって小十郎に怨みを持ってる奴は何人かいる。
容疑者① 熊1番
苗字が全部『熊』なので紛らわしい。まずは熊1番
こいつは小十郎の筋向かいに住んでいて、かっては村長までやった男だ。
なんでも熊1番が腰を痛めて田んぼも畑も不自由になった時に、腰痛の薬の金が続かなくなって、薬代の支払いを待ってくれと小十郎に泣いて頼んだんだそうだ。
ところが小十郎は首を縦には振らねえ。小十郎もかっては薬代を売掛にしては踏み倒されたりして、そりゃあまあ酷い目に遭ってもいたもんだ。
そのうち薬がなくなって、熊1番の土地は使いもんにならなくなっちまった。熊1番はそりゃあ怒り狂って、小十郎を訴えて10億タゲニの
訴訟を起こしてる。
「うらみはらさでおくべきか」
小十郎も少しも表情を変えず
「うらみはらさでおくものか」
小十郎はちっとも悪くない。これが商売ってもんだろう。
容疑者② 熊6番
熊6番は『熊無道くまむどう』と異名を取る、小十郎と反対の鬼門の方角に住んでる。まあ胡散臭い祈祷師ってなもんだ。
『タゲニ教』っちゅう怪しげな宗教でな、薬売りの小十郎が滑床村に居つく前は、お祓いで病を鎮めとったそうな。
まあ治らんでおっ死んじまうのも多かったそうな。
熊無道はまあ商売敵っちゅうか天敵の小十郎を面白く思うわきゃあない。
事あるごとに嫌がらせをする。あること無いこと触れ回る。小十郎の家の前には落とし穴まで作ってしまう。子どもかっ!
一度自分で作った落とし穴に誤って自分で落ちて苦しんでいるところを小十郎に見つかり、穴の上から屁をかけられた。思わず熊無道は
「うらみはらさでおくべきか」
小十郎は、仕っ方ねえなあちゅう顔をして
「うらみはらさでおくものか」
おや小十郎、それじゃ同じレベルまで落ちちまうぜ。落とし穴だけに。
容疑者③ 熊十一番
熊十一番はな、村の駐在さんだ。(まあ警察だからな、ゼロを付ければ110番になるし致し方無い)
熊十一番はな、とっても気のいいやつじゃが、少々一本気で、頑固で、早合点なところがある。
小十郎もこずるい方ではないが、堂々と法に触れることもする。当然熊十一番と衝突するところもある。
小十郎があんまりアコギな商売をするもんで、熊十一番が小十郎を何日かブタ箱にぶち込んだ事があった。
熊十一番は一晩中、小十郎が堅気の商売につくように熱心に説得したもんだ。だが小十郎も承知はできねえ。
返って何日も営業を妨害されて、恨みがましく言ったもんだ
「うらみはらさでおくべきか」
熊十一番もあきらめた顔で
「うらみはらさでおくものか」
いや熊十一番さん、あんたはそんなに小十郎に恨みはないだろう。
そんなこんなで村中がワイワイガヤガヤ大騒ぎだ。
だんだんと村中の世論?が、いちばん小十郎に怨みがあって怪しいと、熊無道6番に疑いの目が向けられるようになっていった。
駐在の十一番に事情聴取された熊無道6番は
「お、おれじゃねえよ、オレはだいたいあの日小十郎の家の方に人が行くのを見たぞ」
「ウソつくなよ、だいたいなんで小十郎の家のまわりを監視みたいなことしてるんだよ」
「あの男は、あれだな、前に一度見た事がある。あの小十郎の薬問屋の・・・」
「ははーん? 鶴亀仙吉か? 鶴亀が小十郎の家に行ってたってか?」
熊無道のいう事だから眉唾かもしれん、ただこれでまた容疑者候補が増えちまった。
念のため鶴亀の所に連絡して確認してみたが、しばらく姿を見てないちゅうこった。
さて困った駐在の十一番は、なんと小十郎が事故で自分でチェンソーで首を切り落とした、ってことにしてかたずけちまった。
あーあ。まあ十一番も容疑者の一人に入ってるから仕方ないか。
さあ、この事件の真相は一体どうなっているのかね? 名探偵利根川ドイルくんでも連れてくるかね?
〈続く〉