第十九話 ウェポンショップ
「……不可能だ」
ヨルガオは否定する。
「ウンディーネは天候すら操る悪魔だぞ。勝算はあるのか?」
「それを今から探すんだ」
ヨルガオは溜息を挟み、
「本当に不思議な奴だな……根拠はないのに、お前には賭けてみたくなる」
ヨルガオの声はどこか嬉しそうだ。
「いいだろう。お前の無謀に付き合ってやる」
「本当か!?」
「ああ。無謀だが、お前のストーリーの方が面白い」
「俺はパスだ」
ヴィードは2人に背を向ける。
「王女様が犠牲になって雨降らせるのが安定安全の道だ。わざわざリスクを冒す気はないね」
「お前……!」
「薄情だと思うか? 別に構わないぜ。王女様にそこまで思い入れがあるわけでもないしな。悪いなアラジン、金にならんことには興味ないんだ。あばよ」
ヴィードは手を小さく振って、アラジンたちと別れた。
「うぅむ、戦力は2人か。望みは薄いのう」
「やかましい、足掻くだけ足掻くんだよ。まだ時間は7日間あるんだ」
アラジンは宿に帰り、今日のところは眠った。
◆
水霊の儀まで6日。
アラジンが朝、目を覚ますと、ヨルガオの姿はなかった。
「ヤミヤミ」
アラジンが呼ぶと、宙に浮きながらヤミヤミが「なんじゃ?」と問う。
「スノーが死んだ後、49日以内ならスノーを生き返らせるのは可能だよな?」
「可能じゃ」
「その後でオカリナを壊したらどうなる?」
「また死ぬだけじゃ」
「だよな……」
最悪スノーが雨を取り戻し、命を落とした後に蘇生すればいいと考えた。
だけど、それをやってしまえばアラジンはオカリナを壊して元の世界へ帰るという手段が取れなくなる。
(『雨を取り戻す』、『ウンディーネを倒す』もしくは『代償を無くす』。どれも叶えた後でオカリナを壊せばどうなるか予測がつかない)
ならば、とアラジンは思考を凝らす。
「『荒神千夜をウンディーネより強くしてくれ』と願えば、丸く収まりはするか」
これなら荒神がウンディーネを倒した後でオカリナを壊し、なんの問題もなく人間界に帰還できる。
「いいや、その場合じゃとおぬしがどのような存在になるか読めん。ウンディーネより強くなるということは、精霊よりも上の存在になると言ってるようなものじゃ。最悪、人間としての形を失い、人間でも精霊でもない歪な存在になるやもしれんぞ」
「別にそうなってもオカリナを壊せば元通りだろ?」
「どうかのう。肉体が人間でなくなれば、精神構造も変わる。超常の存在になった後、果たしておぬしはオカリナを壊すという選択をとれるかのう」
「なるほどな……ウンディーネより強くなった俺が、元の生身の人間に戻りたくないと考える可能性があるのか」
「強さを得れば誰だって変わるものじゃ」
現実世界に帰る手立てを残し、尚且つウンディーネを打倒する都合の良い願いは思いつかなかった。
(まぁ、なんにせよ、3つ目の願いはまだ使うわけにはいかないか。願いを3つとも使えばヤミヤミが消える。そうすれば俺はこいつに借りを返すことができなくなる。俺が納得できる傑作を描くまでは、こいつに消えてもらっちゃ困る。願いは使わない方向で全てを丸く収める方法を探さないとな……)
「アラジン」
部屋の窓からヨルガオは入ってくる。
「……階段から上がってこいよ」
「こっちの方が手早い。アラジン、とりあえずウェポンショップに行ってはどうだ?」
「名前からして霊器が売っている店か?」
「そうだ。ウンディーネを倒すほどの物が置いてあるとは思えないが行ってみて損はないだろう。それにショップの店主なら強力な精霊や霊器の情報を知っているかもしれない」
「わかった。行こう」
というわけで、アラジンは朝一番ウェポンショップへ足を運んだ。
ウェポンショップは表通りにある。
露店であり、商品の並べ方は射的屋台に近い。高低差を付け3列に商品を並べている。3列全てに様々な種類の筆が並べられている。
「あの筆はなんだ?」
「鍵筆だ。霊器を呼ぶための筆だな」
「霊器は陣で、精霊は笛の音色で呼ぶって聞いたな……もしかして、鍵筆で召喚陣を描いて、霊器を呼び出すのか?」
「そうだ。お前、鍵筆について詳しくないのか?」
「ああ。ついでに教えてくれると助かる。今後必要になってくる知識だろうしな」
アラジンはネタ帳を取り出し、メモの準備をした。
「誓約碑を読むことで誓約碑は鍵筆もしくは精霊を呼ぶための鍵笛になる」
「誓約碑を読むには適性が必要だって話だったが、一度誰かが鍵筆にすれば誰でも鍵筆を使って対応する霊器を呼び出せるってことか?」
「それは違う。適性のない者が鍵筆を握っても描けない。鍵筆からインクが出ないんだ」
「インクなんてその辺の絵の具とかじゃダメなのか?」
「鍵筆はその鍵筆から滲み出たインクでないと召喚陣を描いたところで霊器は呼べない。次の説明に移るぞ、あの鍵筆を見ろ」
ヨルガオが指さしたのは中段一番右の鍵筆だ。羽ペンの形をしており、商品名には“シルバーダガー”と書いてある。値段は3万オーロだ。
「あれはシルバーダガーの鍵筆だ。あの鍵筆で呼び出せるのはシルバーダガーのみ。だが、上段の一番左を見ろ」
「なんだあれ……商品名のところに3つも名前が書いてあるぞ? “シルバーダガー”、“シルバーランス”、“シルバーシールド”……」
「多機能の鍵筆だ。あの鍵筆ならば3種の霊器を呼ぶことができる」
ちなみに値段は30万オーロ。シルバーダガー単品より10倍もする。
「呼ぶ種類はどうやって指定する?」
「多機能の鍵筆で描く召喚陣には必ず番号が入る。その番号を変えることで召喚する霊器も変えることができる。あの鍵筆の場合、召喚陣に“1”を入れればシルバーダガ―、“3”を入れればシルバーシールドが召喚される」
「結構複雑だな……嫌いじゃない! よく作りこまれた設定だ。えーと、まとめると」
①誓約碑に書かれた精霊文字を読むことで誓約碑は鍵筆もしくは鍵笛になる。
➁適性のある者が握らないと鍵筆はインクを出さない。鍵筆から滲み出たインクじゃないと召喚陣を描いたところで霊器を呼べない。
➂鍵筆には多種類の武具と適応した物もあり、種類は召喚陣に入れる数字によって指定できる。
「ちなみに鍵筆を握ればその鍵筆に応じた召喚陣が頭に浮かぶ。頭に浮かんだ召喚陣を描き、念じれば霊器が現れる」
➃鍵筆握ることで対応する霊器を呼び出す召喚陣がハッキリとしたイメージで頭に浮かぶ。
「とりあえず基礎知識はこんなものだな」
「これで基礎かよ……」
ヨルガオはウェポンショップで働くスキンヘッドの男に話しかける。
「お前が店主か?」
「そうだ」
「この店で一番高い商品を見せてくれ」
「そこにある100万オーロの炎の剣さ」
上段の一番左の商品だ。真っ赤な筆である。
「もっと高値の物があるだろう? G3(グレード3)の商品を手に入れたことは知っているぞ」
「G3っていうのは?」
「鍵筆や鍵笛のランクだ。G1からG7まであり、数字が小さいほど価値は大きい。G3なら4000万ほどで売れるはずだ」
スキンヘッドの男は「まいったな」と困った素振りを見せた。
「さすが五竜星殿、耳が早い」
「どうして店頭に出さない?」
「どうせ売れないからだよ。4000万なんて王族ぐらいしか出せねぇからな。リスクを考えて店頭には出さないようにしている。近々先進国へ出張販売するつもりだ」
「物によっては買ってやる。どんな商品か教えてくれ」
「え?」
「おお! 本当か!」
「ちょ、ちょっと待った!」
アラジンはヨルガオの肩を引っ張り、店から距離を取る。
「お前、4000万なんて大金払えるのか?」
「金は持ってない。状況が状況だ。もしもウンディーネを倒せるほどの強力な霊器なら、盗み出す」
「……盗むって、お前……いや、手段を選ぶ余裕はないか」
盗んで使った後、返せばいい。そう考えてアラジンは店に戻る。
「商品の名は砂上の追跡者。車両霊器だ。この世界には無い、バイクって乗り物だ」
「バイク!?」
「ばいく? 聞いたことないな」
人間界で言うバイクと同じならば、移動手段としてかなり有用な物だ。
「1人乗りの乗り物さ。速度は馬車の10倍以上! しかも砂上でも安定した運転が可能だ。形状は説明しにくいな……」
「私が聞きたいのは1つだけだ。その霊器は強いのか?」
「車両霊器だって言ってんだろ? 戦闘を目的とした霊器じゃないさ」
「わかった。すまないが、私が求めているタイプの霊器ではない」
「ちっ! そうかよ」
「最後に、強力な霊器や精霊の情報を知っていたら教えてほしい」
店主は溜息をつき、
「俺が教えてほしいぐらいだ」
と肩を竦めた。
アラジンとヨルガオは店を離れる。
「ウェポンショップはダメだったか。ならば次は、精霊を売っているビーストショップに行くぞ」