つまらない話をしよう
土曜日の20時更新です……
ぼくの名前は千頭。
五年くらい前からグループホームの『おだんご』で生活してる。
仕事はしてない。
でも、グルホの入居者は日中活動しなくちゃならないからデイケアに月~金で通ってる。デイケアに行くと皆に睨まれるから行きたくないんだけどデイケア。
今日は土曜日。デイケアがお休みなんで、ぼくは心の底からのんびり過ごしてた。
もう、お昼かぁ。
買い置きしておいた菓子パンを時間通りに食べる。ハンバーガーとドーナツ、デザートはアイスキャンディ。病院の……何だっけ? 栄養の人に糖尿病予備軍て言われてるけど。全然気にしてない。
ポンポコお腹をぺちぺちやりながらエレベーターで六階から一階へ。事務所の受付で昼薬を飲む。職員の里美さんは、あんま喋んないからいい。
お昼の儀式が終わるとぼくは隣にあるロビーへと向かう。
ロビーには四人掛けテーブルが二つ。
手前のテーブルの上、寝っ転がってタブレットで動画見てる白うさぎを発見。
毎週土曜はアニマルセラピーのお友達が来て一階でぼくらの相手をしてくれてる。筋肉お化けのトイプードルは……いないな。アイツ説教するからバツ。
ぼくは白うさぎの側の椅子にそ~っと座る。
ヤツはキックボクシングの〝ローブロー〟まとめ動画を一生懸命見てた。画面には金玉を押さえてうずくまる選手の姿。
金玉に興味あんのか。
「右の方が大きい」
一人言みたいな感じで呟いてみた。するとこっちを見もしないで白うさぎ。
「何が?」
「ぼくの金玉」
「ふーん」
ふーんで話がオワタ。
ぼくは慌てて次の金玉ネタを探す。えーと、何かないかな金玉金玉……。
「あ、子供の頃鉄棒で〝チンポ回り〟流行った」
「何それ」
「鉄棒をお股で挟んでグルんグルん回る」
「お股?」
「金玉痛いの我慢して風車みたいに回る」
「チンポは?」
「あんま痛くない」
「ふーん」
ふーんて。
金玉とチンポの話でふーんて。
何とかこっちに興味引かないと。金玉動画に夢中だからコイツ。
「…………何で耳だけ黒い?」
お。
白うさぎが初めてこっちチラッて見た。
「何、センズ。何か文句あんの?」
「べ別に」
文句は無いけど用はある。
ぼくは職員じゃなくて入居者でもなくてお前と話がしたいと思ってロビーに来たんだから。
「話ある」
「ジャンル」
「…………………………………………恋愛」
「得意分野」
得意なんだ!
「えと、若い頃一緒に暮らしてた人がいて」
「センズいくつ?」
「三十」
「ふーん」
聞いたクセにふーん?
「えと、病気になってその、迷惑……」
「ふ」
「待って! 違違ッ、その迷惑かけてぇ」
「…………」
「別れた」
「ふーん」
やっぱふーんて!
何かよくわかんなくなってアセアセになるぼく。
「えとえと…………そだ、DVとかもあった」
「センズ! コラ、てめ……ダメでしょうがーッ!」
「ぼくがやられた」
「ふーん」
「入退院繰り返して今はこんな感じ」
「ふーん」
ぼくの話、全部ふーんじゃね?
でも仕様がない。つまらないと思うぼくの人生。
この十年、最初はしんどい事ばっか。それからずっとどんよりしてて。今はここで何となく生きてる。
繰り返すだけの毎日。
だだ、今日はちょっぴり違ったんだ。
「さっき彼女から電話かかってきた」
「何だとぅぅおおおおおおおおおおうッ!」
前足を握りしめて立ち上がる白うさぎ。
「向こうも色々あったみたい。ワンターン終了して、やっと連絡する決心ついたって」
「ワンターンて何!」
「一回だけするUターン」
「意味わかんね!」
ヤツはゴロンて仰向けになるとそのまま居眠りを始めた。ツンツン突っついてみたけど全然起きない。
とりあえず満足だ。
電話の件でコイツが驚いてくれた。誰かを驚かせたかったんだよ、だってぼくも驚いたから。
あー今日はビックリしたなぁ。
部屋に戻るとぼくもベッドで横になってみた。ゴローンて。いつもの白い天井。いきなりスクリーンになって映像が流れ始める。
十年前のぼくと彼女。
マンションのベランダでプランターや鉢植えの花に囲まれて写真撮影してた。
カモミールにガーベラ。ラベンダーなんかもある。
ぼくはカメラ前に陣取って頭にはハチマキ。後ろで彼女が長い髪を手で押さえてる。風、強かったんだっけ。二人とも笑顔だ。
ひだまりの中にいたんだと思う。
これって夢なのかな……。
夢ならどうか醒めないで! 神様お願いします、あの頃のぼくに戻して下さい。
もう、何も失いたくないです。
ふーん。
遠くで聞こえた気がした。
それではまた……




