ある日のウサの行動記録
土曜日の20時更新です……
洗濯機とエアコンの室外機が置いてある。
ワンルームの狭いベランダはそれだけで結構な圧迫感だから、私は洗濯の時以外はあんまり出ない。
さっきからウサが……ベランダ柵手前に丸椅子をちょこんと置いて。何かやってる。
少し様子観察してみよ。
五階の手すりから身を乗り出すように下を見てる。何見てんだろ? まだ昼なのに何だか気だるい雰囲気が背中に漂ってて……
スカジャン、羽織ってるわぁ。
ハクトウワシの刺繍バリバリの。うさぎの天敵じゃん。つか、いつ買ったんだよこれ。
……何やってんのこの子? 違う意味で不安を覚えた私がウサの目線の先を追ってみると。川があった。
この川を境にこちら側はK市、あちら側はY市。堤防の向こう側には華やかなYの大学キャンパスがあって、Kサイドとは一線を画してる。
「はあぁぁ……」
何かため息ついてますけど。
「Kかぁ」
今、ハッキリと地域名言ってため息ついたよね。
ウサは前々からK市について、暗い情熱を感じてる風だった。「この街にはギャンブルと風俗と工場しかないの?」とか「女の子が嫌がるゲボタウン一位」とか。よく訴えて来てた。
「今の自分、この街を体現してるッス! どんよりして胡散臭い感じとかサ!」
叫んじゃってる。私のかわいい子が。理由はわかんないけど、やさぐれちゃってる。
まぁ確かに。きらびやかなYと比べるべくもない。川ひとつ。たった川ひとつ隔たってるだけでK市民。ウサがそんなに憂いてたとは……。
でもスカジャンてYS発祥なんじゃ? とか考えてるとウサが不安定な様子で耳洗いを始めた。あ、気分を落ち着かせようとしてるのね。すると、おでこの上辺りから白い雪の様なモノがひらり。
「? フケ出た!」
面白かったのか、両前足で頭をかきかきし出す。
はらはらはらはらはらはらはらはらはらはらはらはらはらはらはらはら。
陽の光に反射してキラキラと輝く白いフケ達。
「Kにはお似合いだぜーッ!」
突然叫んだかと思うと全力でフケを巻き散らかし始めるウサ。手すりから頭を突き出して、一心不乱にかきかきしてる。マンション五階ベランダから地上に降り注ぐ小動物の頭皮。
「僕のフケでKを埋めつくして、そんで日本からKが無くなれば……この街はYになれるかも!」
下から一気に上へ。天井知らずのアゲアゲテンションとなった白うさぎの妄想爆烈。狂ったように頭を掻きむしってる。しばらくすると
「はうあッ?」
フケ、終了。
かなりの時間。出なくなった頭を振り回してたウサは突然両手を合わせて拝み始めた。
「ナンミヨーホーレンゲーキョ、ナンミヨーホーレンゲーキョ……この街に住むと染まってく〜身も心もゲボ色に〜僕はこの運命に抗う〜」
どうやら信仰に救いを見出だした模様。
「僕はもっとマシな筈だ! K市民をかなぐり捨てて生きてくんだ! 光射す方へ!」
曇りのない目で、大きな声で、丸椅子の上に立ってまるで上人のように。ウサは涙を流しながらナンミヨーホーレンゲーキョを唱え続けてる。日光に照らされたその姿はとても神々しい。
「うさぎに市民権。ないからねウサ……」
そんなウサを優しく見つめながら。私はベランダドアの前に、そ〜っと歩み寄り。
静かにカーテンを閉めて鍵までかけた。
それではまた……