ビューンてやつが欲しい話
土曜日の20時更新です……
我が生涯の宿敵。
白き稲妻の化身が今、目の前に…………。
我の棲み家、この公園の片隅にて兎が犬と庭球を用いて戯れていた。
「いくよロッキー。それー!」
ベンチの下から覗き見る我に気づかないとは。呆けたか、白兎のウサよ。
彼奴が両の前足で放るそれは。トイプーロッキーの遥か手前で落ちるとコロコロと転がる。嬉々として庭球に突っ込む筋肉団子。
「うわん、わん、わんわんわふうっ!」
咥えた庭球を振り回して生き生きと躍動する犬コロ。そのまま投げ返す。
「もっと、もっとだウサくん! ヤバいヤツお願い!」
「……いくよロッキー。それー!」
助走をつけて全力で投げ放つウサ。庭球はまたしても手前で落ちるとポテポテと地を転がる。それに反応して頭から滑り込むロッキー。短い尾を狂ったように振りながら。
「あっち、あっちまでビューンて投げて!」
「この遊びイヤなんだよロッキー。僕、ちっとも楽しくない」
「ウサくんムリだ。もう自分で自分、止めれないから。ホラ、投げて投げて!」
「かめ丸、パス」
我に向けて庭球を放ってきた。彼奴め、気づいていたか。幾多の死線を乗り越え戦い続けてきた亀と兎。この血が呼ぶ。この血が叫ぶのだ! 我が宿命の
「かめ丸くん、来いよ! ビューンてやつカマン!」
む、ロッキーが我の周りをグルグルと……よせ、犬コロ。我はウサとの決着が…………や、やめろよう。わかわかったからあああ。
「い、いーくーよー!」
ボクは鼻でボールを突っついた。コロコロコロ。
「コロコロ! コロコロ!」
テンションのおかしくなったマッチョ犬がボールに向かって吠えてる。何か怖い。
「君達ね、ビューンてしてくれないと私噛むから」
ム、ムリだよおお。ボクはただ、ウサと駆けっこがしたいだけなのにぃぃ。
その時、ウサがボールを蹴った。ポーンて。
「わ、わふウウウウウウウッ!」
ロッキーが喜び勇んで追いかけてく。やっぱ兎は脚の方が強いんだなぁ。
「逃げんゾ。かめ丸」
駆けっこだ! ボクは嬉しくなって叫ぶ。
「やーまーのーてーっーぺーんーまーでーきーょーうーそーうーだー!」
ウサの姿はもう、どこにもなかった。
一瞬だけ残像みたいなの見えたけど。さすが、伊吹山一番のスピードスターでボクのライバル。あ、ロッキー帰ってきた。
「はふ、はふ、はふ! 投げて投げて投げて!」
左右にステップしてんの怖いぃぃ。
「かめ丸くん! ほら早く、噛むよ?」
「え、え、えーとーボークーかーめーだーかーらー」
「だからッ? だから何? 何? 何?」
「……ご、ごーめーんーなーさーい……グスッ」
ボクはペーコーリーって頭を下げると。
少し涙出た。だってロッキーの圧に押されて「亀だから」って言いワケしたんだボク……。亀だから何だよ。頑張れば出来るハズなのに。
太い首で辺りをきょろきょろするロッキー。血管浮いてる。
「ウサくんは……逃げたんだね。そか、こちらこそゴメンなさいかめ丸くん。ついついハッスルしちゃったかなハハ」
「…………だーいーじーょーうーぶー?」
「平気平気。それより、その。何かお詫びをさせてくれないかな。何でもいいから言ってくれたまえ」
「えーえー、いーいーよー」
すっかり落ち着いたロッキー。ボクの顔見てじっと〝待て〟してくれてる。
うん。犬ってめんどくさいね。
「えーとーねー」
……そだ!
「おーんーぶーしーてーほーしーいー!」
「御安いご用さ!」
ゴツゴツした逞しい背中。
ボクは生まれ初めて地面より高い目線になった。
見慣れた公園の風景が、今は違う。視界がパッて開けた感じ!
「歩くよ、かめ丸くん」
ロッキーが物凄いスピードで歩き出した。こんなスピード、経験したコトないよ! ボクは思いっきり首を伸ばして前を見る。
「じゃあ走るよ!」
その瞬間、ボクは風になったんだ。
目が乾いて開けてらんない。それでも首を伸ばし続けた。こんな世界があるなんて、想像も出来なかったから。
たたらッたたらッたたらッたたらッたたらッ……
「何やってんの? ロッキー」
ウサが並走してるぅ!
あぁ、ご先祖様。伊吹山の神々様。ボクは今、ウサと同じスピードで同じ景色を見ています。遂に、遂にウサと……白き稲妻と肩を並べたのだアアア!
我は亀。
幾多の死線を乗り越えた末に。愛犬を駆り宿敵に勝利せし者。
いざ、死に狂おうではないか!
「よーいードーンー!」
戦いの火蓋は切って落とされた。
それではまた……




