ぺいぱーびゅん
土曜日の20時更新です…
「ウサー。アホの樽本から電話だよ」
夜の八時。池上何とかの番組を死んだ魚のような目で見てたウサが、背中でハイハイしてきた。
「スピーカーにするからね」
樽本はウサの数少ない人間のお友達なんだけど。私はコイツが嫌い。
だってクズなんだもん。
ウサの保護者として、会話の内容は確認します。黒のショーパン部屋着で三角座りして。耳を澄ます私。
「もっしー。どした樽本ォ」
仰向けのまんまウサ。起きる気はないらしい。
『ウサ……。明日何の日かわかってるか』
「日曜」
『あ、うん。やねんけど。東京ドームでおたけるとオナスカワの世紀の一戦、ある』
「おたけるぅ!」
ウサが飛び上がった。
おたけるってキックボクシングの世界チャンピオン……だよね? 彼の試合ウサはよく私のスマホで見てる。
「金蹴りのチャンピオンだ!」
ウサはキックボクシングを金玉蹴り合う競技と認識してて。ウサにとってのKOはインローやヒザが下腹部に直撃して試合が中断になった時の事を指す。
『ボクシングに転向するオナスカワが最後におたけるとやんねんけどな。落ち着いて聞けよウサ。……この試合、地上波テレビではやりまっせん!』
「あー、いいよ。僕リンのスマホで見るから」
『それがなー。スマホでも無料配信はやらんねん。ペイパービューだけなんや』
「じゃ、そのぺいぱーびゅんで見る」
『金かかるで』
「僕、働いてるから平気」
『六千円な』
ウサがフリーズした。
六千円だと二ヶ月分のお給料でも足りるのか足りないのか……ってトコまでは自力でたどり着いたと思う多分。勿論貯金はゼロうさぎ。
耳からうっ……すらと白い煙が出てる。
『ウサ。実は一生のお願いがあるんや……』
ライーンで画像がバンバン送られてくる。不審者に勝手に私のアドレス教えとるウサが。
何だこれ。金髪男の土下座連写でキタけど。
『ぺいぱーびゅん買って試合見せてくれッ!』
はい、出た見事なクズっぷりー。小動物に土下座決めれるヒューマンで拡散してやろっかなー。ウサに合わせてぺいぱーびゅんとか言ってる時点でキモー。
ピッ。
通話切ってやった。着拒をして……と。
後はどーやってうまく事を収めるか、ですな。さっきからレーザービームみたいな視線を飛ばしてくるよウチの子が。もう煙出てないから考えがまとまったんだねきっと。
「リン……。お願いがあります!」
「(キタキタ)どしたのウサ?」
「僕、東京ドームに試合観に行きたい!」
おおお。てっきりペイパービューのおねだり来るかと思ったけど。試合っていくら位かかるんだろ?
「ぺいぱーびゅん高くてムリだから、もう直接観に行きます僕。今三百円持ってる!」
三百かー。スマホで明日のチケット代調べてみる。
「えとねー。リングサイドが三百万」
「やたーッ! じゃ、行けるね三百……」
ウサより先に私がフリーズしちゃったよ。
さささ三百万円て! 冷凍チャーハンが一万個買える! 三十年くらい晩御飯作んなくていいじゃん!
はっ……ウサ、大丈夫?
恐る恐るウサの方を見ると。
肩をすぼめてお手上げポーズしてた。
えと……大丈夫かな?
「サンビャクマンて、どんなお菓子かなー? サクサク系? メンドーだから僕〝ようつべ〟で我慢する」
聞いた事ない単位に脳ミソの安全装置が作動しとるあああ!
「きっと、よーつべの神様が試合をあげてくださるよリン。だからお金無くても平気!」
あ……うん。まぁ、そうかもだけどね。その、あまり大っぴらに言っちゃダメなのよそれ。
「お父とお母とお姉と伊吹山の神々に感謝します。よーつべ様にも感謝します……」
穏やかな表情で小動物が動画共有サービスに感謝の祈りを捧げ始める。
テレビでは池上某が芸人とくっちゃべってた。
それではまた……




