ヤークト、イェーガー、半額弁当 ~神話編~
土曜日の20時更新です……
TT線のM駅。
駅前商店街のとあるスーパーに私はいた。ヤバい緑のジャージ上下姿で、相棒のウサと一緒に。
ここへ来るのは久しぶりなんだけど。その目的はひとつ。『ヤークト』に参加する為。
二十時過ぎのお惣菜コーナー。
これからこの場所で、見切り品弁当を狙ったヤークトが始まる。そして、ウサと私は『イェーガー』って呼ばれるプロの半額弁当消費者なのね。
「プロって何?」よく聞かれるけど、これは単にスピリットの問題だと私は思ってる。イェーガーは〝定価の弁当を買う位なら飢えた方がマシ〟って人達で普通じゃないから。だからプロ。
だいたいこの時間帯になると、イェーガー達が狩場にしれっと集まってくる。
あ、あのピンクのモヒカン〝500の佐古さん〟だ。500キロカロリー以上の弁当は狙わない健康オタ。さっきから床で寝てんの〝ビッグ市川〟柱の影に〝ザ・フライ吉田〟もいる。
「やってやる……やってやんよーッ!」
黒パーカーに耳穴付きフードを被ったウサがエキサイト中。揚げ物狙いのウサはフライ専門の吉田を敵視してるから。
柱から出て来い吉田ーッ、とか騒いでる小動物は別として。本来イェーガーはお互い微妙な距離を保ちつつ、狙った品に半額シールが貼られるのを「ただひたすら」待つのが基本スタイル。
イェーガー界のレジェンド。サダヨ・カシマはかつて言った。
「……わしらの仕事は待つ事さね~」
サダヨは現役時代に誰よりも早く、むしろ店頭に並ぶ前から弁当を待ち構える為、閉店後のスーパーのトイレに隠れていて警備員に捕まった軽犯罪者。
彼女の行動は全然理解出来ないけど。イェーガーの仕事は待つ事ってのはホント。
待って。待って。待って。
獲物にシールが貼られる瞬間、店員の呼吸を見計らってゲットする。これがヤークトの醍醐味なんだ。
吉田に中指立てられてぶちギレてるウサをなだめながら。私はふと、前に通ってた別のスーパーの狩場の事を思い出してた……。
『店員がシールを貼る前に、弁当をカゴに入れてキープしてはならない』
これはヤークトで唯一、イェーガー達が暗黙の了解としてるルールなんだけれど。この鉄の掟を守らないヤツはイェーガーとして皆から認知されない。
イェーガー間の承認を得られないとそいつは『荒らし』認定される。荒らしが増えるとその狩場はダメになっちゃうから、お互い自浄作用が働いて異物は自然淘汰される。ここはそういう世界。
ただし、どんな世界にも例外はあって。それが前の狩場に現れたスペシャルな荒らし。
彼は五十代位の細身の男性だったけど、いつも
髭。
ベレー帽。
茶髪内巻きロン毛のヅラ。
ハンカチのスカーフ。
JKブレザー。
短パン。
ていう属性不明の出で立ちで、造花の花が飛び出た鞄をぶら下げながら店内を徘徊。
あらかじめ買い物カゴに弁当や惣菜をキープ。店員がハンドラベラーを持って現れたら、それらを差し出してシールを貼ってもらう典型的な荒らしだった。
けれど、この人は〝荒らしの貴重種〟としてイェーガー達から認識され保護の対象になった。
例え荒らし行為があっても皆見て見ぬフリする。何故なら貴重種は『神の遣いとして恵みをもたらす』って信じられてたから。イェーガーは普通じゃない人達の割には皆信心深いの。
現にその狩場では彼が姿を見せていた間、見切り品が大量に出てイェーガー達も獲物に困る事はなかった。これは私も目の当たりにしてたから確か。
貴重種に遭遇する事は凄く稀で、イェーガーとして非常に名誉な事。それ以来、私は若手の中でも一目置かれる存在になったんだ……。
何故かそんな事を思い出しながら。吉田とやり合ってテンションアゲアゲのウサを見つめてると。
頭の中に霧のような靄がかかってる事に気付く。そして私は確信した。
「今夜のヤークトは荒れる!」
それではまた……