呪術パイセン
土曜日の20時更新です…
ヤツが来る。
もうすぐアイツがやって来る。
土曜日の昼前。精神障がい者の人の入居施設グループホーム『おだんご』
一階ロビーのオートロック玄関から。
ばんっ、パチ。ばんっ、パチ。ばんっ、パチ。
暗証キーをぴょんぴょんジャンプしながら押してる音が聞こえてきて。自動ドアが開く。
「こんちはー。あ、呪術パイセーン!」
ヤツはアタイのコトをこう呼ぶ。黒猫のジュジュが通り名なんだけど。
「……ウサ。遅刻」
「パイセン、呪う? 僕のコト呪う?」
うざっ。毎週土曜日だけアニマルセラピーのバイトで来るこのうさ公。アタイを『呪術師』とか言ってやたら術かけさせようとしてくんだよ。
「リョーイキ。展開する?」
「何だソレ。そんな術ないわ」
「えーッ、使えないのォ? ……パイセン何級スか?」
何言ってんのコイツ。アニメだか漫画だかの見過ぎだろ。んで、何で若干上からなんだよハラタツ。
ま、呪術は使えるんだけどね〜。
アタイんち黒猫の家系は代々限られた雌だけ能力を受け継ぐんだ。呪術って言うと聞こえがアレだけど。海外じゃ魔法とか魔術とか言うらしい。
「ねー、またアレやってよー。浮かすヤツ」
黒耳ピコピコさせておねだりしてくる。
コイツやらないといつまでもうるさいからなー。仕方ない。さっきまで寝転がってたテーブルに置いてある新聞……の隅を千切って、と。
「うわ、浮いてる! 浮いてる!」
術でプカプカ飛ばす。
ぴょんぴょん跳び跳ねてはしゃぐうさぎ。新聞の切れ端がプカプカプカ。プカプカプカプカプカプカ……。
にゃん! ばしっ。
思わず自分で飛びかかってしもた。猫の性ね。
ウサが冷ややかな目で見てくる。
「……アレだよ。その、アレだ。アタイはな、結界張ってこの『おだんご』に変なヤツ入れないよーにしたりしてんだからねッ」
「僕入れたけど」
変なヤツって自覚はあるのね。
そう。この子に術は効かない。
可愛いらしいオーバーホールなんか着てるけど。ウサは野生の野うさぎなんだ多分。
アタイの術は死線を潜った猛者には効かない。もう一匹のトイプードルにはジャンジャカ決まるんだけどね。ヤツは無害だからどーでもいい。
瞳術が得意サ。催眠術みたいなモンだけど。
たまに入居者とかでもしんどそうな人がいたらかけてあげる。
アタイはこのグループホームに住み込んでるからね。皆のコトを守ってやんないと。もうかれこれ二年程厄除けのリアル招き猫やってる。
「ねぇ、僕にも呪術教えてよパイセン」
「は? ムリだし。コレって血でやるもんだから」
「まさか……赤血何トカ!」
「イヤ、アニメと一緒にすんな。血統。血筋だよ。うさぎに呪力はないから」
「じゃ指。指食べたらオケ」
「グロッ。どんなアニメ見てんの。小動物は影響受けやすいからなー。教育上良くないわ。アンタの飼い主何も言わないのか?」
「リンは録画してくれるよ。夜中まで起きてたら怒られるの」
飼い主、か。
懐かしい響きね。
アタイも昔ある家で飼われてた。飼い主とその家族を守るのが自分の使命だって信じて疑わなかったっけ。
ちょいとセンチな気分になっちゃったな。
「いいか、よく聞きな。呪術ってのは、周りの大切な存在の『幸せの為』に使うモンなんだよ。遊びの道具じゃないのさ坊や!」
「うん、わかった。パイセンつまんね」
「シャーッ」
……ハラタツわ~この白うさぎ。
思わずシャーてなったわ。
効かないのはわかってんだけど。とりあえず何とかして呪いをかけたろうと思って。
アタイはウサの前を何度も横切ってやった。
それではまた……




