悪戯うさぎと女ボクサー
土曜日の20時更新です…
「何やろこれ?」
黒い豆粒みたいなんが落ちてる。さっきから三個目。ウチは店の床で見つけたそれを処理する。
ドレッドヘアーに空色のユニフォームは罰ゲームとしか思えん。K市にあるスーパーマーケット。ここのクリーンスタッフとして先月からバイトしてる女ボクサー。それがウチ、京子。
高校中退で大阪からプロボクサー目指してこっちのジムに移籍。いよいよ来月プロテストなんやけど。
「あ……うさぎおる!」
生鮮品売り場。五メートル位先に白うさぎ(耳だけ黒い)が床の上に座って、鼻ヒクヒクでこっちをジッと見てる。
パッ、て走って逃げて行きよった。
「?」
何かメッセージ性感じたウチがその場を確認したら……ある。一個だけ豆粒。
うんちなんか、これ?
プロテスト控えて減量中。感覚が鋭うなってるウチは後ろからの視線に気づく。
ピボットターン!
ほしたら五メートル先の果物コーナー横で、うさぎがこっち見ながら……うんちしとった。
「ちよっ! やめッ。しなや。こんなとこで脱糞」
「ダップンて何? しなやって?」
「ウ・ン・チ・す・ん・な、って意味!」
は? て顔しよる。
少しイラつく。減量中やから。
「お客だからしたい時にしたい所でダップンします」
「イヤ、アカンやろ客でも。トイレでしいや!」
「しいやって何?」
「し・ろ! トイレでうんちしろって意味!」
「すんなって言うし、しろって言うし。よくわかんないや……」
どーすんの? みたいな顔でうんちポロポロ。わからん時のしない選択肢ないんかコイツ。
「もーッ! ……外でしいや。それか自分で食っとき。うさぎって自分でうんち食うんちゃうん?」
「食わない。お客を侮辱したから偉い人、呼んで」
「偉い人やなくてケーサツ呼ぼか」
ポリ公め……とか言うて逃げた。
ウチの前から姿は消したけども。念のため店内をパトロールしてみる。
……おった!
レジ打ちのおばちゃんの足下でうんちしとる。おばちゃん気づいてへんけど、ヤツはウチの方ジッと見てる。
耳ピーンて。用心深いうさぎやなー。
距離、遠いわ。
ウチはロングレンジが得意やからフットワークには自信あるけど。さっきのうさぎの動きでこの距離やと……攻撃は届かんと思う。
あ、もうシバく前提で考えてますけどね。
「藪下さーん。足下、見てーッ」
おばちゃんに声掛け。
「京子ちゃん? ……ありゃま!」
目線落としたらうんちポロポロで「うそッ?」てなるわな、そりゃ。
また逃げ出すうさぎ。余裕こいてるけど。
さっき片っ端から店員さんに声かけまくっといた。逃げる先々でヤツに追手がかかる。ウチはカップ麺の棚にヤマを張って、身を潜めてその時に備えた。
タタタタタタ……隣の棚を突っ走る足音。
タンッッ! て白いのが目の前にターンして来た。
ザスッて踏み込んで一気に距離を詰める。左の当たる間合い。
届いた! その時、うさぎの顔が目に入る。
…………な、な、泣いてるやんんんッ。
次の瞬間。
ぶゥわぁああああああああああああ! て。
母性が溢れ出てきた。
何か、もう……堪らんくなってウチ!
うさぎ、抱きしめとった。
「ごめんごめん、堪忍やでぇ〜。怖かった? 怖かったんやな。もうフロアでうんちしたらアカンで?」
ウチの腕の中で震えるちっちゃい子。何度も頷きながらこう呟いとった。
「お前、虎……」
リングネームはタイガー京子に決めた。
それではまた……




