残暑の蜃気楼
土曜日の20時更新です…
天音は今、水商売に精を出してるラ。
ホントはキャバ嬢やりたかったんだけど。見た目がおぼこ過ぎてどこも雇ってくんない。
仕方ないからスナックで皿洗いのバイトしてんのラ。
昼過ぎに起きてこれからコンビニに弁当買いに行くとこ。白のヘソ出しキャミに短パンつっかけ。黒のキャップ被って自転車コギコギ。
川沿いの道ダラダラ走ってると、すんごい珍しいヤツ見かけたラー。
「あッ」
川にプーカプーカ浮いてる小魚と目線がカチ合う。
あっちも天音に気付いたラ。頭が魚でボディが真っ裸のオッサン(小人)ワカメふんどし付き。
呪いの王、チカシラクビリだな。
「鬼だ鬼! 吸血鬼だっぺぇぇぇぇぇぇ!」
公の場で叫ぶなそれ。頭むしり取って七輪で焼くぞミニ半魚人。
ん?
何かこっち目掛けて走ってくるラ。チビだから時間かかんだけど。
「チカシラの。久しぶりラ」
「ハァ、ハァ……四百年ぶりだっぺさ! 島原の乱以来っしょ」
思い出したくないんだよそれ。天音の吸血鬼デビューの地ね。
「お前は相変わらずその姿なんラ。チカシラの」
「オメーはスナックの姉ちゃんみたいっぺさ鬼ィ!」
勘が鋭い。現代にアジャストしとる小魚のクセに。
「やーでも懐かしいっぺ。ワイみたいに長生きだと『ついこないだ?』みたいな感覚だけど四百年」
コイツに会うとイライラするんラー。
当時幕府側に飼われてたからなこの半生ヤロー。言わば敵同士。
「そんじゃ天音は用事あるかラ」
「えーッ! まだいいっぺさよー。籠城の話とか聞かせておくれよー」
地獄!
あ、脚にしがみついて登って来たラ。キモッ&生臭ァ!
「ちょちょちょちょ待ってチカシラのォォォ……」
「昼間っから生魚のセクハラショー。通報するけど? チカちゃんに天音」
い、いつの間に? てな感じで。
白うさぎが横に立ってこっち見上げてたラ。
「僕的にはねー、バンパイヤの設定って老害みたいなモンだと思ってる天音」
嬉しそーに何言ってんだ馬鹿ウサ。
「でも変態チビオヤジとの絡みは場末感が出てて……スナックぽくて感動した!」
「呪いの王! 数千年生きてる日本最古の呪霊だっぺウサ公!」
驚いたラー。
ウサのヤツ、チカシラとも知り合いなんか。だとしたら…………このマッチアップは危険ラ!
天音が島原の乱の生き残りとかバレたら最後。
骨の髄までしゃぶり尽されて……イジり倒されて何か色々全否定されて。自己肯定感地面にめり込むワ。
逃げるんラ! 一刻も早くこの場から!
「うん。島原の乱からの付き合いっぺさワイら」
オワタァァァァァァァァァァァァーッ!
知り合い? て聞かれてあっさり答えとるチカシラのー!
「シマバラノランて何?」
「知らないっぺかウサ。寛永十四年に起こったでっかい一揆」
「イッキて何?」
「こん時は百姓とキリスト教徒のヤツ。まぁ戦だぺ、天草四郎とかムッチャ名前売れたし」
あぁ、四郎様……
お懐かしゅうございます。つか、テメーがその名を口にすんな幕府の魚。
「ふーん」
ふーん出た! 全てを打ち砕くウサのふーん。
「ええええッ、いつも飢えたピラニアみたく喰い付いてくんのにィ? ポンポンの具合い悪いっぺかウサ?」
「僕マジもんの戦争とかNGなんで」
中指立てて逃げてったラ。
呆気に取られた魚面でこっち見てくるチカシラの。オモロいからヤメロそれ。
天音もそ〜っと自転車こいでその場を上手く離れたんラ。
キャップ越しのくっきり青空が目にキツぅ。
……あの頃の青はどーだったっけ。
少し想ってから笑う天音。
「そんなスナックぽいかなぁ」
遠くで魚の飛び跳ねる音がした。
それではまた…




