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プロローグ

以前『八月の時』で連載していた物の修正版です。


ホラーではありません。

一台のセダンが、街灯に照らされながら走る。


 国道134号線を北上し、葉山の閑静な住宅街へと入っていく。

道はやがて細い山道になり、住宅はまばらになっていった。


辺りに家の明かりが無くなる頃、街の明かりが星のように広がっていた。


道が途切れる所に一軒の洋館が建っている。

窓には明かりはなく、月が照らす光が消えそうな存在を映し出していた。



彼女は部屋の窓から夜空を見上げている。


 夜空には星々が懸命に存在を誇示している。

時代が移り変わり、大気汚染に比例してその数を減らしていく存在。


 天体望遠鏡を使えば観測する事は出来きる。

だがその道具がなければ、見えなくなった星の事を忘れるだろう。


「認識」出来なければすなわち「存在しない」という事だ。


 彼女は、窓だった物を見つめ当時に想いを馳せる。

それが本来、窓として活用されていた過去はいつの事だろう。


 窓は割れ家具や調度品は、ある日を境になくなった。

彼女が住んでいた洋館は、ヨーロッパから移築された美しい建物だった。


 友人の訪問がなくなり、家族が館を去って行った。

家族にしてみれば、想い出が強すぎたのだろう。


 彼女にとっての幸運は、館に買い手がつかなかった事だ。

何ヶ月かに一度、背広を着た人間が建物と土地の状況の確認しに来る。

それと同じぐらいの頻度で訪れる怖いもの見たさの若者達。

安息を壊すほどの物ではなく、むしろ誰かが来たという事に喜びがあった。


その訪問者の誰一人として彼女の姿や声を認識できる人間はいなかった。


 この結果は彼女の予想どうりである。だが彼女は諦める事はしなかった。

数少ない訪問者達に声をかけ、時には服の袖を引っ張った。


 だが、その努力も最初の数年で限界を迎える。

声がでない訳ではない。体が動かない訳でもない。懸命に声をかけ服を引っ張った。


 声は耳に届かず、触れようとした物はその手をすり抜けていった。

次の人は、次ならばと微かな希望をつないでいく彼女に、現実は容赦なかった。


 彼女は、館の外に出ることにも何度も挑んだ。

館の大きな正面玄関を出て、草木が生い茂る庭を横切った。


 彼女は敷地外には出れなかった。

理由はわからなかった。何度挑んでも門からは先に進めないのだ。



 希望が落胆に変わり、孤独が絶望をかき集めていった。

彼女には移り変わる街並、夜空の月や星を眺める事が唯一つの楽しみになった。



ため息を一つ吐き出し、過去を振り返る事を辞める。


 過去と未来そして現在さへ関われない事象だと言い聞かせ目を閉じる。

風の音と遠くからに聞こえる車の音だけを聞いていた。




 彼女はふと、いつもと違う音が混じっているのに気がついた。

普段より車の音が大きいのである。音は徐々にだが確実に大きくなっているのを感じた。


徐々に近づく音が、忘れていた希望を思い出させる。


結末は同じだと期待するなと別の自分が諦めろと囁く。


彼女は目を開け夜空を見上げた。今日はいつもより空が明るい気がした。


 彼女の部屋は中庭に面しており正面の門は反対側である。

ゆっくりとそしてしなやかに立ち上がった。


 もう一度と自分に言い聞かせ、正面玄関へと向かう。

来訪者を玄関出迎えようなど今まで一度も行った事は無い。


 部屋を後にし、一階へ繋がる大階段を降りる。

途中、割れた姿見で自分の身なりを整える。

歳を重ねることはなく、18歳という子供でも大人でもない自分の姿。

髪を整え、白いワンピースの裾を確認する。


身なりを整えても誰にも見える訳ではない。わかっているのに何かを変えたかった。



 階段を降り正面玄関へとつながる廊下。

以前は絵画並び、ステンドグラスが鮮やかな廊下だった。

現在は無く、埃と破片が散らばる廊下。

このような館であることに彼女は初めて恥じらいを感じた。


 正面玄関のドアの前に立ち来客の到来を待った。

天窓からは月の光が差し込み彼女は祈った。

クリスチャンではないが思わず両手を組み天を仰いだ。


「良い事がありますように……」


 今日、彼女が発した最初の言葉である。

誰も視えず、誰にも聞こえず、触れる事さえできない彼女の願い。



目を閉じ静かに祈り続ける。



彼女は、玄関が開くのを静かに待った。

ここまで読んで下さってありがとうございます。


これからもよろしくお願いします。

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