僕の勇者
あれから僕たちは、すぐさま神殿から出た。そしてその勢いで、エフィアルティス王国も抜け出した。
「勇者様、どうか行かないでください。せめて一度で良いので名前を呼んで下さいませんか?」
金髪少女が何故かそう言って見つめてきたけれど、よく意味が分からない。
「すみません。興味が無かったので、あなたが誰かも知りません。僕はあなた方が嫌いです。ですので二度と会うことが無ければ良いなと願っています」
それだけいうと、翼の手を引いた。「こいつ鬼だな」 と翼は呟いていた。確かに少しきつかったかもしれないが、翼が言ったことより柔らかいと思うんだけど。
「ここさ、日本の海に似てない?」
「確かに」
勇者を追える訳もなく、僕たちは適当なところに落ち着いた。お互い魔力が有り余っているものだから、驚くスピードで移動できる。快適だ。
岸壁から海が見えるその町は、海の色が少しだけ、日本のものと似ていた。
「ねえ、あの夏の日。樹がいなくなったあの日。何を言おうとしていたの?」
そう、僕がどうしても戻りたかったあの夏の日。あの日、あの瞬間に戻りたかったのは、翼との約束があったから。
「好きだよって、言いたかったんだ」
「え!?」
翼が目を見開いて、少し仰け反った。4年前より小さく見える翼は、なんだか小動物っぽくて可愛さが増している。
あの夏、僕は大いに焦っていた。
幼馴染でいつも一緒に居たけれど、僕はずっと昔から、ただ翼が好きだった。勝気でわがまま、けれど情に厚くて努力家だ。そんな彼女が大好きだったけど、翼はおまけに可愛らしかった。
子どものころはその乱暴さから、男女なんて呼ばれて居たけれど、成長するにしたがって周りは彼女に目を奪われるようになっていった。周りの変化は僕を焦らせた。それはもう、毎晩のように翼に彼氏ができる夢を見るほどに。
どうにか僕の元にとどめたい、そう思ってすぐに告白しようと決めたんだ。一度断られたとしても、諦めるつもりなんて無かった。何度でも伝えて、翼の隣で生きる権利を勝ち取りたかった。
それなのに、あの茹だるような夏の日に、僕は一度も気持ちを伝えることなく攫われた。
エフィアルティス王国で、魔王によって多くの人が死ぬ。それでも僕は、翼に伝えられなかったことの方が苦しかった。
もう二度と親の顔が見られない。それでも僕は、翼に伝えられなかったことの方が苦しかった。
魔物の攻撃で、背中に大きな傷を負った。それでも僕は、翼に伝えられなかったことの方が苦しかった。
「翼、好きだよ。ずっとずっと大好きだった。会えたらやっぱり大好きだ」
僕がそう言うと、翼はぎゅっと抱きついた。
「私だって好きだよ。そうじゃなきゃ、世界中一人で探し回ったりするもんか」
照れたようにぐりぐりと頭を擦り付ける。でもちょっと待って。世界中を探し回ってくれたの!?
翼の地球での冒険譚と、僕のこの世界での冒険譚。僕たちは寝る間も惜しんで話し合う。4年の間を埋め合うように。
4年前、僕は勇者になった。
そして今日、勇者に救われた。




