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勇者の勇者  作者: 柊と灯
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僕はある日、勇者になった

「......ぅぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」


 僕はただ叫びながら、ああ、こんなにも大きな声が出るんだな、なんて考えて、このどうしようもない現実を引き裂いてしまいたいのに、ただ叫ぶだけしか出来なかった。


 隣町のいじめっ子にやられた時も、あの夏の日に突然全てを失った時も、初めて手に聖剣を握らされた時も、この手で命を奪った時も、僕はこんなに叫びはしなかった。僕はどこまでも、ただ自分のことが大事なんだ。


 そう思ったら、真っ白な光の中でぼやけて見えない目の端から、涙がぶわりと溢れた。熱くなった頬を冷やすかのようだ。




 僕は勇者だ。


 4年前、勇者になった。


 日本で生まれ、日本で育ち、そして今後も日本で生き続けるはずだった僕は、高校1年生の夏、突然真っ白な光に包まれて、あの懐かしい灰色の世界から脱落した。



「成功だ!! 勇者様が召喚に応えてくださった!!」


 黒のズボンに白い半袖シャツ、そんなありきたりな学生服。いきなり降り出した雨でそれらが張り付いて、少し気持ちが悪い。けれどもそれよりも現状を把握する方が大事だと、呑気すぎると幼馴染から常々怒られている僕にだって分かった。


「ここはどこですか?」


 喉が震えそうになるのを拳を握って抑え込み、僕は聞く。


「勇者様、わたくしたちをどうか助けて下さい」


 そうやって僕の元へ歩いてきたのはお人形のような少女。年は同じくらいだろうか。真っ白な肌に金髪碧眼。彼女はなんだか煌びやかな剣を大事そうに抱えてやってくる。僕の話が聞こえていない。ゲームのNPCみたいだと思い、じんわりと汗が出た。


「あの、ここはどこですか!?」


 今度は少し強めに言ったからか、彼女は一瞬驚いたように目を見開き、そうして 「エフィアルティス王国の大神殿ですわ、勇者様」 そう笑って言った。彼女の笑顔には自信が満ち溢れていて、見ているとどこかむず痒い。


「家に帰りたいんですけど」


 僕はただ当たり前のことを言っただけなのに、その一言でお祝いムードだったその場の空気がカチンと凍った。


「ぇえっと、あの、すみません。ちょっと事情が分からないんですが、もしかして簡単には帰れないんですか? 何をすれば帰してくれます?」


 今日は幼馴染と約束があった。家の近くの公園で待ち合わせていたのだ。土砂降りになってしまったから、翼はきっと濡れている。早く帰らないと絶対に殴られる。


「勇者様! 我が国は勇者様を国賓としてお迎えいたしますわ。ですのでどうか安心してくださいませ」


 金髪少女が胸の前で両手を合わせ、励ますように声をかけてくる。やはりどうにも言葉が通じない。


「いや、待遇に不安がある訳じゃないんです。ただ僕は、帰らないといけない」


 僕はもうこの時点で大体察していた。ああ、これ、帰れないやつなんじゃない? そう思っていた。けど僕は、幼馴染である翼のことだけは、諦めることが出来なかったんだ。



 有無を言わさずとはこういう事かといった具合に、ぐいぐいと馬車に乗せられて、僕は威圧感たっぷりの王城へと連れてこられた。あれよあれよという間に赤い絨毯が敷き詰められた、何だかキラキラした部屋へと放り込まれる。


 僕の前には金色の玉座に座るおじさんと、他にもキラキラした人が数名。神殿に居た金髪少女も居た。その現実感の無い光景を眺めながら、僕は「あの人達、やたらと偉そうだな」 なんて思ったんだ。


「勇者よ、よく来てくれた」


 いや、無理やり連れてこられましたが、などとは言えるはずもない。僕は翼からも日々臆病者と言われてる。


「其方の使命は魔王を倒すことだ」


 王らしきおじさんにそう言われ、さすがの僕も顔を上げる。なんせ僕は運動神経も悪い上に臆病者。どう考えても僕を勇者にするだなんてミスマッチだ。


「なに、聖剣を持つ其方に敵う者などおるまい」


「魔王を倒したら、帰してくれますか?」


 正直言いたいことは沢山ある。けれども僕は、そういった文句を相手にぶつけるよりも早く帰りたい。


「召喚は片道なのだ」


 端的にそう言われた時の僕の気持ちが分かるだろうか? もし分かるという人がいるなら、今から僕は闇討ちに行く。



 緊張で強張った筋肉が無理に心臓を早く動かす。だから指先は冷え切っているのにドクドクと煩くて、背中や首筋を不快な汗が這う。怒りなのか、恐怖なのか、絶望なのか、悲しみなのか、もう感情がぐちゃぐちゃで分からなかった。けれど僕はただ、結局のところ翼に会いたいのだ。


「…っそんな!! そ、そ…な勝手なことってあります!!??」


 気づいたら玉座に近づいていた。そもそもいきなり誘拐して、高い位置から喋るとか失礼だろ。怒り慣れていない僕は、声が裏返ったりどもったり、けれどもはっきりとおじさん相手に怒鳴っていた。


 そしてさらに一歩踏み出した途端、膝から力が抜けて、意識が遠ざかる。ああ、夢ならいいのに。

 今なら翼に殴られても良い。やりかけのゲームだって貸す。寝起きが悪い翼を起こして、返り討ちにあったって笑うだろう。

 

 でもこの嗅ぎなれない匂いも、毛足の短い絨毯を踏む感触も、どれもこれもがリアルすぎて、夢じゃないことに気づいてた。




 それからの僕は、荒れに荒れた。もう反抗期かよというほどに。


 まずは定番のハンガーストライキだ。食べ物を残すと翼が怒るけど、あいつはやられっぱなしの方が怒るから、見逃してくれるだろう。


 そして僕の世話をしてくれるメイドさんや騎士さん方は、徹底的に無視をした。心が痛むが仕方ない。


 金髪少女は毎日のように僕の部屋まで訪れて、何とか機嫌を取ろうとあの手この手で話しかける。これにも勿論無視をした。



 けれどもこれらの反抗は、ただ僕の心を虚しくさせただけだった。エフィアルティス王国の印象は最悪だ。けれどもこの国に住み、僕の世話をしてくれる人たちは、どこまでも温かかったのだ。


 反抗しても、無視をしても、こちらの抵抗が虚しくなるほどに優しい。だから僕は、じわじわと、抵抗する気力も奪われていった。



 そこからのことは、大して面白くもない。聖剣を振るい、敵を薙ぎ払い、魔王と会って、そいつも殺した。騎士たちだけで良かったのに、なぜかサポート役とか言って金髪少女までついてきたけれど、旅は大きなハプニングもなく終了した。


 肉を斬る感触を知って、翼との世界が遠のいた。もうそれだけが、僕にとっての悲劇だった。二度と会えない距離なのに、それでもまだ離れていく。


 


 魔王を倒した後、僕は思いっきり引きこもった。世界を救ったんだから、死ぬまで引きこもるくらいの権利はあるはずだ。



「勇者よ、魔王討伐の褒美として爵位を授ける。そしてわが娘、ヴィオレータを妻に娶るが良い」


「あ、結構です。いりません」


 魔王討伐後にもなると、僕は完全におじさんに対する敬意を忘れていた。敬う心は敬うべき相手に示すものだ。それにそもそもヴィオレータさんとは誰なのか、僕は知らない。



 なんだかんだと褒美を取らそうとする王やその周りの人々。そしてなぜか泣いて怒る金髪少女。そういった人たちを締め出して、僕は引きこもった。


 魔物討伐で得た素材をこそこそ換金し、さらに途中に立ち寄った町でひっそりと買った画材。それらで僕はただ、翼を描いた。


 本当は召喚された時に描きたかったのに、僕には時間が無かった。召喚されて3年、魔王を倒せてようやく自由を手に入れた。

 スマホは召喚時にデータが飛んでいたし、写真なんかも持ち歩いていなかった。思い出せないかもしれないことが怖い、そんな気持ちは描き始めると消えてなくなった。



 猫のような目。長いまつげ。風が吹くと前髪の隙間から見える額の傷。小さくてツンとした鼻。少し焼けた頬。小さな歯が見えるピンク色の唇。癖の無い真直ぐな髪。


 目を閉じるといつだって翼が居たから、僕は今でも忘れていない。


 自転車の二人乗りする時は何故か漕ぎたがること。昼寝してると僕のお腹を枕にすること。悪巧みするときに上がる唇の端。驚くほど華奢な手首。


 僕は翼を、翼だけを忘れられない。



 引きこもって、ただ思い出の中の翼を描いて、気付いたら1年が過ぎているだなんて思いもしなかった。だから僕は、たった一つ残った大切なものを、奪われそうになっているのだろうか。


 翼。ねえ、翼。ごめんなさい。どうか許して。忘れられなかった僕を。翼の絵を描き続けた僕を。「翼」 と大切なものと分かるように名を呼んだ僕を。どうか許してくれないか。


 結局僕は、翼に嫌われることだけが、それだけがただ一つ残った怖いことなんだ。

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