第四話
次の日私はさっそく研究室に入れてもらった。
色の抽出器は瓶でできたものだった。上が冷却器でその下が紙でできた「ろ紙」というものが折られてそれまた瓶に入っている。そうして最下部にフラスコが置かれている。先輩はそのフラスコに指で焼熱魔法を使って火をつけた。焼熱魔法とは先輩がしてくれた通り手で火を起こしてその場に火を置くという魔法だ。火が熱を帯びるのは置いた後なので痛くないのでご安心。
フラスコには透明な溶媒という色を溶かす物質が入っているらしい。
「アイル先輩、どこに恋の色素が入っているんですか?」
横に並んで立っていたアイル先輩は眼鏡を持ち上げて、答えてくれる。
「残念ながら、恋の研究はまだできていないんです」
「そうなんですか・・・・・・、でもどうして」
わたしがそうたずねると、先輩はその瞳で私を見下ろした。目があって、しばらくの沈黙が流れる。相変わらず綺麗な瞳だなぁと眺めていると、アイル先輩は顔を赤くして目を逸らした。
「そ、そんなに見ないで」
「あ、すみません綺麗だなぁと思って」
アイル先輩は咳き込むと、格子窓をガタガタと開けた。地下にも窓があるんだ。そういえばこの研究室は壁に沿ってたっけ。
この学校はとても高くできていて、雲が浮かんでいた。
間が悪くなったので、私はそっと話題を変える。
「それでは、この一番上のやつに入っている綺麗なものは何ですか?」
「あれを見てください」
アイル先輩は指差した。その先にはやはり雲が浮かんでいる。アイル先輩はその指を回して、ふっと振った。すると雲が跳ねのけて、朱く薄まって見えた空がはっきりと見えた。
「あれが、この冷却器に入っているものです」
アイル先輩は最上部の瓶を捻って、私に見せてくれた。そこにはあの景色と同じ光景が小さく覗いて見えた。
「わぁ、綺麗」
さらにアイル先輩は私に、その抽出物を見せてくれた。抽出物は丸くなって固まっていた。
「すごいすごい、とても綺麗!可愛い! 」
「喜んでくれて、幸いです」
アイル先輩が微笑む。胸がきゅんと鳴った。だけどなぜかアイル先輩は寂しそうな目で私を見ている。
「どうしたんですか、アイル先輩」
「ん、なにが? 」
「寂しそうな顔、してます」
べつに何もないよ、とアイル先輩は眼鏡を掛け直して視線を横にずらした。
私たちは一緒に研究室の片付けをして、研究室を出た。フィミンさん、と声をかけられる。はい、と返事をするとあるお願いをされた。「人を、集めて欲しいんです」
「人・・・・・・研究員達ですね!わかりました!」
「お願いします」
先輩にお願いされてなぜか嬉しくなる私。よし、がんばろう。
⭐︎
私は寮の部屋に戻ると、先輩と会った出来事をミルフィちゃんにすべて話した。全て話した後で、自分の下のベッドに後ろにゆっくりと体を横にする。
「恋する乙女って感じねーっふふ」
「ななな、なんて?!」
私はミルフィちゃんの言葉に跳ね起きた。あんた、そんな急に起きたら頭のおかしくするわよと強めに怒られる。
「もう、心配性なんだから」
といって頭に手を乗せて、けれど心配されてなんだか嬉しい。
「でもまあ、安心したわ」
「え、なにが」
「なにがって、鈍臭いフィミンが先輩と仲良くなれて。なかなかやるじゃない。これからが心配だけどね。あーあ、ハラハラドキドキするぅ」
ミルフィちゃんはピンクの枕を持って足をバタバタさせている。ミルフィちゃんってば自分の親みたいに言うんだなぁ。こんな会って間もない私をこんな風に思ってくれてるなんて。
「あーあ、早く付き合んないかなー」
「ミルフィちゃんってば気が早い」
「そんなしげしげした顔で見ないでよ」
今度は怒られた。ミルフィちゃんは顔が忙しい。私はベッドから降りて机に向き合った。日記を書くのを忘れていた。黒皮の日記帳でこの日記帳に書かれていることは全て故郷のお母さんお父さん達に伝わる。ちょっぴり恥ずかしいけど先輩のことも書いとこう。怒りんぼなお父さんが怒るのが目に見てわかるけど。
騒ぎ出す賑やかな家庭を思い描きながら、目を瞑る。ミルフィちゃんのズガーズガーという寝息が聞こえた。この大きな寝息が私の睡眠を少しく妨げていることは内緒にしとおこう。
お母さん、私は元気ですよ。恋も勉強も頑張りますね。と黒皮の日記帳を胸に握りしめて、黒い木製の机の中にしまった。