第三話
膝下ぐらいまでしかない小人がお皿にクロッシュを乗せて行列を作って運んでくる。後ろの席からだったのですぐにやってきてテーブルの上に置かれた。
「なんだろう、なんか怖いんだけど・・・・・」
「だ、大丈夫だよ。きっと美味しいよ」
失礼なことを言うミルフィちゃんを制して、私はフォークとナイフを両手に持った。大きな鐘が再び鳴りフタが開けられる。三つ前のテーブルに座った先輩たちが一斉に食らいつく勢いで食事を始めた。
目の前にあるのは大きな肉。ところがカエルのような形をして頭に豚の顔がついてて怖い。他の同級生たちも戸惑っている。そのような中で少し高めの男の人の声が聞こえた。
「お前ら、大丈夫だぞ。そいつは見た目は醜いが中身は美味しいからな。安心して食べるといい。なぁに、目を瞑ってさえすれば・・・・・・」
じっと見ていると目があって目を伏せる。ちらっと校章が見えたけど二年生だった。女の子のような顔をしていて可愛いから、年下かと思ったけれどよく考えたら年下なんて居ないよね最下級生なんだから。
「ロカ・ロルム先輩よ。優しくて面倒見が良くて可愛いって評判なの」
そう言うミルフィちゃんの情報網の広さに関心していたけれど、手元を見てみるとまだ食事に手をつけていない。周りの同級生を見てもみんな固まっている。私は勢いで肉にフォークを掛けた。そしてナイフで切って口に頬張る。
「あ、美味しい」
一度口に頬張ると美味しいもので、次から次に口へと運ぶ。お肉がとろけるようで美味しい。夢中で食べているとまたロカ先輩と目があった。にっと笑って、席に戻っていく。
「あら、フェミンってば気に入られたみたいよ」
「え、そうかなぁ。ただ笑っただけだと思うけど」
ミルフィちゃんの顔を見ると、片方の目を半ば少し大きく開いて口を歪めている。怖いよミルフィちゃんとは、言わないことにする。
それにしても、研究室のことがまだ気にかかる。研究室、研究室。頭の中でぐるぐる考えていると、見透かしたミルフィちゃんが私に助言をくれた。
「そんなに、研究室の気になるの?」
「え、あ、うん」
「そしたら、明日にでも地下に行くべきね」
「地下・・・・・・?」
ふふふ、とミルフィちゃんは不敵な笑みを浮かべる。なんだか怖いけど、行くしかないよね。そう決意をして残りの鶏ガラスープと赤い炭酸飲料を飲み干した。炭酸飲料は笑いながら胃袋へと入って行った。うん、大丈夫、私。
☆
カルジュアム魔法大学校の地下室は、食堂の階段の遥か下の階にあって、古ぼけた床の隅に埃が溜まっていた。手すりも、食堂までは綺麗だったのに埃がついていた。
壁にいろんな張り紙があった。生活環境科、陽陰変異科、魔学専一研究科。他にもいろいろあったけれど迷ってしまう。そうして壁を見ながら歩いていたので何かにつまづいて転んでしまった。
「痛ったい、あ、すみませんっ」
足元を見ると白衣を着た男性がしゃがんでいた。あれ、この人どこかで見たことあるようなないような。
「大丈夫ですか・・・・・・?」
しゃがんで様子を伺うと、男性はこちらに顔を見上げた。鼓動が跳ねる。その顔を私は覚えていた。間違いなく、校章を失くしたとき拾ってくれた先輩だ。伝達魔法を使おうと思ったけれど、やっぱり直接聞いてみたい。
「あの、私の名前はフィミン・ナータです。あの、もしよかったらお名前を・・・・・」
「・・・・・・僕の名前はアイル・フォーランです」
そこへ先ほど見た入り口の手すりの端の四角い灯籠のようなランプが宙に浮かんでその先輩の顔を照らしてくれた。
先輩の黒い髪と黒い瞳が、光の中で輝いている。星が散らばるようでつい見惚れてしまった。
「あの、大丈夫ですか?」
「あっ、大丈夫です。それより、何しているんですか? 」
「僕は」
先輩がしゃがんでいた側には、大きな段ボールがありその中にはたくさんの紙が入っていた。先輩は一枚を取り出して私に見せてくれた。
「これを色んな所に貼り付けています」
先輩によると、この地下室だけではなく食堂や教室の壁にも貼り付けているらしい。私ってば毎日の生活に追われて気づけなかった。その紙をよく見てみる。
「恋愛色質科・・・・・・? 」
先輩はなぜか、寂しそうな顔をして言った。
「はい、恋の色を研究しているのですが研究員が足りなくて」
研究員が足りない、これはかなり困っているようだ。
この時の私は、先輩が寂しい顔をした本当の理由を知らなかった。
「恋の研究員、私にさせて下さい! 」
先輩はその澄んだ瞳で私を見た。その瞳は潤いを見せて綺麗に揺れた。そして、儚げな笑顔を見せて笑った。
「お願いします」
こうして、晴れて私は恋愛色質科研究員になれたのである。