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魚のこどもたち  作者: 山田 花男
7/17

07:へんせい


あれから私はずっと泣き続けた。今まで抑えきれなかった感情の赴くままに。

私がこの世界に来た時、空は曇天で何時かは検討がつかない。だが唯一部屋にある小さな換気用の窓が、先ほどに比べ随分と暗くなったから、多分夜だと思われた。その推測を肯けるかのように、先ほどカイン君が夕飯を運んでくれた。(今のところ唯一の癒しである。)盆には少しばかりのパンらしきものと、野菜のスープが木製の碗に。パンは日本で食べていたものに比べて、フランスパンのような硬さと、独特の酸味がある。そのせいかあまり口には合わなかった。スープのほうは野菜の出汁を飲んでいる感じで、正直に言ってしまえばあまりおいしくない食事と言わざるを得ない。カイン君がいる手前だったから、なんとか表情筋を駆使して笑顔の体裁を保つ。おかげで体の疲労に拍車がかかったのは言うまでもない。

─おじさんの作った味噌汁が飲みたい。

ふとホームシックに近いものがまたこみ上げてくる。どうしても戻れないのだろうか。…それともこの世界を助けたら、ゲームクリアみたいに帰れるようになるのだろうか。

思い浮かべた空想に思わず頭をふる。ここはゲームじゃない。念のため頬をつねて見たが、やっぱり痛かった。


「…私は帰りたいだけなのに。」


泣いた代償は大きく、先ほど治まったはずの頭痛が再発してしまった。ずきずきという痛みをなんとか堪え、ベットのかけ布を頭からかぶる。こちらに来てから全てのものが冷たく感じる。(かじか)んで冷え切ってしまった手をさする。少しでも暖かくなると信じて。部屋の明かりは、食事終えた食器を回収しに来てくれたカイン君が消してしまった。…今光と呼べるものは小さな窓枠から入り込むかすかな光だけである。

眠気についてだが、昼間たっぷり寝てしまったせいかとんと来なかった。かと言って逃げる気があるかと言われればそうは思えない。今ここで逃げたところで、この国人々は死にものぐるいで私を見つけ出すに決まっている。逃げようのない閉鎖感が私を包み込んでしまう。結局、私はただ朝になるのを待ち続けることしかできなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


目を開く。小さな窓から強烈な日の光が差し込み、部屋全体を明るく照らしていた。あれから一睡もできていない。当たり前なのだが疲れが取れるわけがなく、頭と体が重いまま。まさに最悪な朝。なにより─


「…今日、神殿ってところに連れて行かれるんだっけ」


これから起こる出来事の気重さを思い出してしまった。異世界なんて早く滅んでくれ、それで私を家族の元に返して。彼女の頭の中にはこれしか浮かばなかった。


「おはよう、リン!」

リンの部屋に元気な声が響く。カインの手元には何やら湯気がたつものがあった。朝食を運んできたのだろう。


「これ、かーちゃんが!昨日は寝れた?」


朝の子供独特の声は、元気である。だが一睡もしていない人間からすればただの拷問なのだ。つまり今のリンにとって会心の一撃だった。


「…おはよう、カイン君」


リンはカインの少しばかり大きい声に、思わず耳を塞ぐ。カインはリンの様子を不思議そうに見ていた。


「顔色悪いぞ?今日は神殿に行くんだから、ちゃんとおめかししないとだめなんだぜ!」


今の私は、エヴァさんの寝着にあたるものだから、私がもともと着ていた服を着て欲しいとのことだ。服は私が寝ていた間にエヴァさんが洗ってくれたらしい。

カイン君が小さな体で私の服を持ってきてくれた。ただの白いシャツと、ブラウンのロングスカート。上着は叔父から渡されたぶかぶかのグレーのダウンジャケットだ。本当は自分の上着も来ていたのだが、叔父の上着の下に着てしまうと動き辛かったから、それはあっちに残してきた。それと厚めのデニールのタイツと靴下。履いていたスニーカーもびしょびしょでとても履けたものじゃないはずだが、魔術とやらで完全に乾かされていた。

ただの市販の服にさえ、郷愁感を感じてしまう。捨てられなくてよかった。朝食もそこそこに、早速服を着替える。

─そういえば下着ってどうなったんだ?

今来ているワンピースの下にはパンツしか履いていない。他に着ていたものがないか服の中をごそごそと探すと、なんとか残りの下着も発見した。…これでなんとかなる。


全ての服に着替え、久方ぶりの部屋の外にでる。叔父の上着が私を寒さから守ってくれるような気持ちになった。これから、私はなにをされるんだか。その日は憎たらしいほどの快晴だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


イシュリアという街の多くの家が石造りでできている。それはこの街の地形が主な理由だ。ラオール王国はオアーン大陸の南の方に位置しており、他の大陸から吹いてくる南風─ラオールではミカザと呼ばれる─がこの国に大量の雪と冷気をもたらす。なので家自体の耐久性が重視されるのだ。また街の近くにキルデ山という山があって、その山の岩は加工がしやすいということもあり、この街のほとんどが石造りの家になっている。

さて、リンがこれから向かう神殿、街の名前をとってイシュリア神殿と呼ばれているが、その建物は街の中心にある。その神殿の入り口には巨大な生き物の石像が2つあった。モチーフは何やらずんぐりとした寸胴の体に巨大な爪を持つ生き物。…正直にいえばそこまでかっこよくはない。何方かと言えば残念とよばれる類だろう。さてその残念な石像の間に、ぽっかりと開いた入り口らしきものがあった。そこから紺色の服を(まと)った男が中から出てきた。すると前を歩いていたエヴァが、男の足を触り、挨拶を始めた。


「おはようございます。エリス神官様。こちらの方が件の(オール)様でございます。」


「こちらの方が…」


エリスと呼ばれた男はリンの髪色をみて一度顔を曇らせたが、すぐにその顔は鳴りを潜め微笑みを浮かべた。


「エヴァ、ここまでの案内ありがとう。あとは私がご案内差し上げる。お前はもう戻ってよろしい。お前に光の道筋が辿れますように。」


「もったいなきお言葉、ありがとう存じます。お言葉に従いまして、ここでお別れさせていただきます。」


そう言ってエヴァはリンの方に振り向いた。その顔はなぜか、苦悶の顔を浮かべていた。


「神殿に入る前に一つ。」


リンは訝しげにエヴァの言葉を待つ。エリス神官は何も言わず止まっていた。


「私たちを救ってください。我らが主の実よ。」


エヴァはリンに跪き、手を胸元で組むそして目を瞑り祈りを捧げた。その姿はまさしく、神に畏怖する人間の姿そのものである。その姿を見たリンは顔を白くさせた。リンはその姿を早く視界から外したくて、目をそらす。エリス神官は、では参りましょうかと声をかけ、リンはその声に従う。神殿内は外に比べて灯りが少なく暗く、まるで深い穴の底を見ているようだった。

─もう後戻りはできない。

そう言われているような気持ちになる。思わず足が止まってしまうが、エリス神官は何も言わずに先に進んでしまう。リンは意を決して足を踏み入れた。すると開いていた石扉は、人知れずゆっくりと引きずる音をたて、外との繋がりを絶ってゆく。


エヴァはリンの姿が見えなくなるまでずっと祈りを捧げていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「そう言えばまだ自己紹介がまだでしたね。」

目の前を歩いていた男が唐突に私に話しかけてきた。


「私の名前はこのイシュリアの神殿で神官をしております、エリスと申します。ほんの少しの間ですが、貴方様の案内をさせていただきますね。」


にっこり。美男とはいかないものの人が良さそうな顔つきだった。だが身長は大柄で、どうも威圧感が拭えない。


─色のこと何か言われるのかな。


内心冷え切った感情を持ちながら、エリスのことをじっと見つめる。エリスはずっと微笑んでいるままで、全く感情が読めない。その仮面を剥がしてしまえば、きっと。計り知れない緊張感の中、自己紹介をする。


魚子 鱗(ななこ りん)です。…(オール)っていうやつらしいです。」


当たり障りのない範囲で自分の説明を終える。エリスはニコニコしたまま、ええこちらこそ。と一言、言ったっきりお互い黙り込む。そのあとは目的の部屋へとただ静かに二人で向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


─時は遡ること数時間前


大地の魔女(アースラ)様、そろそろ準備していただけます?。」


王宮の一室、魔女の間にて大地の魔女(アースラ)と呼ばれた美しい女は、自分の弟子に呆れたように見られていた。魔女は服装をだらしなく着こなし、頭をポリポリと掻いていた。顔には何か書き物をしていて、その上に頬を乗せていたのだろうかインクがべったりと付着している。現在8光と15の刻(午前8時15分)だ。今日の予定を考えると、準備に取りかからなければならない時刻である。…だが非常に残念─悲しいことに、いつものことともいえるが─この魔法使いはつい先ほど起きたばかりだった。


「あー、えとー何かあった?」


大地の魔女(アースラ)は、えへといいながら弟子の男に今日の予定を尋ねた。弟子は慣れたように、その辺に落ちていた礼服を腕に取り込みながら、予定を伝えることにする。…一応このラオールにおける最重要人物の一人であり、普通の人間が同じ態度を取れば最悪、拿捕(だほ)されてしまうのだが。しかしこの弟子は自分の師の本来の姿を知っているが故に、本人も楽にしていいとのことでこの対応に落ち着いてしまった。魔女はこのことについて特に留意はしていない。


「本日は9光の刻(午前9時)に第三妃様の触診、その後クオルタ(正午)、王との会食。1の転寝の刻(午後1時)から、薬学省での薬学師への教鞭、こちらの内容は、先月のヒュアが持つヒトに対する鎮静効果と、魔物たちに対する鎮圧効果実験についてだそうです。覚えております?」


「覚えてる、覚えてる。前の稔月(ユーツァ)の時期に、生贄用の鹿1000頭に対して行ったやつだろ?よくやったよね、あれ。というか会食あるんだ、ちょっと面倒。あの子、私に頼りすぎじゃないか?リアン、それなんとかならないか?」


…自国の最高位にいる王のことを、あの子と呼ぶのはこの魔女だけだろう。ましてやその弟子ってだけの身分の自分が何かできることはあまりない。冗談とわかりながらリアンと呼ばれた弟子は腰に手を当て、ただ一言言った。


「無理です。」



ちょっと区切りが悪いような、気がしないでもないと感じる。


たぶんリアンくんは苦労性です。がんばれ。


更新遅くなってすみません!よろしくお願いします!

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