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魚のこどもたち  作者: 山田 花男
2/17

02:めざめ


(リン)、今日午後予定はあるか?」


 家だろうか。

 叔父が台所で洗い物をしていた。一通り片付いたのか、手をぬぐい私の真向かいの椅子に座った。

 今日は新入生の入学式で早めの帰宅で用のない私はさっさと家に帰り、たまりにたまっていた本を読むことにする…はずだったのだが。


「…休みだけどどうして?」


「母さんの墓参り、行かないか?」


 顔がすっと真顔になる。

私は母に大した感情は持っていないし、空箱の骨壺に手を合わせる墓参りはどうも落ち着かない。

母は小さい頃から虚弱な体質で育児のほとんどを叔父に任せ、病院に入院していた。

物心ついた3歳くらいの時に何度か叔父に連れられ会ってはいたが、ほんの少し言葉を交わす程度だった。その時から私の中での母の認識はたまに会って話す綺麗な女の人。

 そのあと退院こそしたが、3歳の幼い娘を残し海に投身自殺。

その後懸命な捜索が行われたが10日ほどで捜査は打ち切られてしまった。彼女の手がかりとなるものは一切発見されることもなく。なにも見つからなかった妹のため、遺体の代わりに骨壺を作り仏壇と墓を建てた。たとえ肉体がなくても叔父にとって歳の離れた妹は、彼の唯一血の繋がる家族だったのだろう。


「叔父さん。もう母さんのこと気にしないでいいと思うんだけど。」


(リン)はそうかもしれないけど…家族の墓参りだよ。…いつまでも忘れたくないんだ。」


 ─家族、ね。─

 チクリと心がざわつく。物心ついた頃の記憶でも叔父は虚弱な母を優先していた。

もちろん体の弱い母のことを心配していたから、そういう行動をとっていたのだろう。

それでも私には理解できなかった。私にとって家族は叔父だけだったから。

叔父は毎年必ず母の墓参りをする。そして必ず私も誘う。

この事実が、叔父の中の家族には必ず母が付き纏っているように感じてしまう。

ひどい話だが、私は母のことを家族と認識していない。だから墓参りに行ったところで、家族の繋がりを感じることはなかった。

もはや手元に置いていた読みかけの本をもう一度読む気にはなれない。

チラリと部屋の隅に置いてある粗末な仏壇に目をやる。そこには私が生まれる直前の母の写真が飾られていた。

唯一覚えている透明な髪の色、そして見るものの全てを奪い去る美しい女が写っていた。


そう、たとえば今目の前にいる女のような。


「やっとおきた?」


にこりと母の生写しのような女が女神の微笑みをする。

女は私の眼前にほぼゼロ距離の近さで顔を覗き込んでいた。


「誰…あなたは、えと、私は海に…?」


 先ほどまで見ていた叔父との記憶で脳が混乱し、目に閃光がはしる。

声も喉がかすれ、音以外に空気が漏れた。

それにしても女の顔の距離が近すぎる。

体中が海水独特の匂いと、水を吸った服の冷たさが体を包む。女の後ろには焚火らしき炎が見える。それをみて体を温めようと重たい体をゆっくりとおこし炎に近づく。

 どうやら洞窟のような場所にいるようで、少し湿った風が吹き外から眩い光が洞窟内を照らしていた。

光の方に目をやるとそこにはコバルトブルーとマリンブルーが混ざり合う透明度の高い海。そしてその青に負けないほどの快晴が広がっていた。自分が落ちたはずの岩山は…なかった。

脳内を整理する。確か私は従兄弟とともに崖から落ちて、そう、溺れて…。

フッとある結論に至った私は一度唾を飲み込み、女に質問をした。


「…ここは天国ですか」


質問内容は正直0点に近いものだが、絶賛混乱中の私の脳内ではこの言葉をひねりだすことが精一杯だった。

すると女はぶふぅ!と息を漏らしたあと、私から離れ身をよじりながら爆笑していた。


「あははっはははは!そんな!わけ…ふっ、ないでしょ、!」


─いや、私だってこの質問はどうかと思うけど…。

混乱していた上での質問だからしょうがないだろというやるせない気持ちと、ここまで笑わなくてもと苛立ちが募る。

 ひとしきり笑った後流石に悪いと思ったのか笑うのをやめ、

もっと火に近づいた方が良い。洞窟内とはいえ風通しがあって寒いだろう。と私に近づいてきた。

何かされるのではと焚火からサッと離れ身構える。すると女は危害を加えないと、手を上げた。

─笑っちゃってごめんね。決して君を笑ったわけじゃないんだよ。と、目尻の涙を拭きつつ焚火の側に座りこむ。

─信じられるか。

思わず心の中で悪態をついた上に、半目になってしまったのは仕方がないはずだ。

だが初対面でここまでバカにされた上に事情も不明な状況なのだ。この女への警戒レベルはいろんな意味でマックスである。しかし寒いことは寒いので、女の動きに警戒しつつ焚火に近づく。

もちろん女との距離を空けた。信用ないかーとケラケラ笑っているが…。それにしても見れば見るほど写真で見た母そっくりである。がそれ以外にもおかしなところがあった。

それは─


「私はリコ。見ての通り私は人間じゃありません。なんたって透けてるしね。さて…君の名前を教えてくれる?」


そう、彼女の体ははるか遠くの風景を写していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


魚子(ナナコ)(リン)。」


リンというのね。これからよろしくとありがたくないよろしくを頂いた。

では早速確認したいのだけれど。

そう切り出したリアル半透明女─リコといったか─は立ち上がり、私の座っている岩の近くに落ちていた枝に向けて指をさした。

なんだと思い枝に目をやると─


「エ・シュラ!」


指先から突然炎がでてきて枝にボッ!と火がつき、一瞬で燃えかすとなって落ちた。

え、燃えた…?


「は…?」


「今の何が起きたのかわかる?」


リコはこてんと首を傾げ、私に近づく。


「わかるわけないし、近づくな!」


危険を感じ、思わず悲鳴のような大声を出す。

いきなりの大声で、喉から血のような味がする。

だよね、とリコは座った。指先から炎をだした。あまりの事態に心臓も爆音を鳴らしているし、脳味噌もパンクしそうだ。

確認のためとはいえ、ちょっと荒っぽくなっちゃった。えへ、なんて呑気に曰う。

─この女…。

たまりに溜まった鬱憤が暴発しそうだったが、グッと堪えた。

さてと…と、仕切り直し体をこちらに向け説明し始めた。


「まず一つ目。あなたは死んでない。」

そう前置きし、リコは人差し指を私に指した。


「この世界では数十年に一度(オール)とよばれる稀人(マレビト)が訪れるの。

彼らはニカナイアという死後の世界から恵みをもたらすために、この世ユニへやってくるとされているわ。

…死後と言ってるけど、意味合い的には別世界という意味に近い。だからどちらかというと違う世界からやってくるって意味の方が合ってるかな。

(オール)の特徴は、この世界全てにある魔素(エーテル)を無尽蔵に使えること。魔素(エーテル)って言うのはこの世界における魔術を発生させるのに必要なエネルギー源で、今これを大規模に使える人間はほとんどいない。

だから、(オール)の生まれ変わりであるあなたは、この世界ではたくさんの魔術が使える。これはこの世界の人間にとって魔術は重要な意味をもつの。特に…魔女にとってはね。

それに、あなたは海に落ちて、ただ運が良くて、無事に流れ着いたと思っているようだけど…実際には違う。海に落ちて生命の危機に陥ったあなたは無意識に魔術を使った。まず自らの体を仮死状態にする、その後水海流を変え推進力として利用した。なぜここに来れたかはさておき、無事陸に上がったあなたは、体温上昇のため焚火を起こした。これはかなりの魔素(エーテル)を使う行為で、普通の人間なら1分もたずに死んでいるでしょう。

それほど上位の魔術を無意識に使ったのよ。」


真剣な目でリコは私を見つめる。

私はあまりの情報量に呆気にとられ思わず俯き、後ずさってしまう。

先ほどから心臓の動悸が止まらない。


「意味がわからない、魔術ってなに…」


─…冗談でしょう…?…わたし、ほんとうにいきてるのかな…。


脳の理解を超え、どさりと地面に倒れ込む。

とりあえず、暖かい飲み物でも作ろうか。今のめるもの持ってくる。まってて。

呆然とする私を残し、リコは洞窟から姿を消した。

リコの言ったありえない話を頭の中で反芻させる。彼女の目は真剣そのもので、冗談なんて言える雰囲気ではなかった。もし冗談ではなく、本当のことなら…

ゾクリと体が一層冷えてしまった。ゆらゆらと燃え盛る焚き火の炎は、物理的な暖かさこそ与えてくれたが心の不安を緩めてはくれない。一人洞窟で不安と孤独に苛まれた私にできたことは、自らの体をただ抱きしめただ待つことだけだった。




文章の書き方が間違ってるかもしれませんので、そっとおしえてください.

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