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魚のこどもたち  作者: 山田 花男
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01:おかえりなさい


海の底には魚がいるんだよ。


亡くなった母が幼い私に残した言葉だ。

そんな走馬灯が、ゆっくり海に落ちながら再生される。

母は顔立ちも所作も美しい人だったらしい。

だったというのも彼女は私が3歳の時に海難事故に遭い2度と帰ってこなかったから。

幼いながらも覚えているのは、白ではない珍しい透明な色の髪色だけ。


…ぱしゃん!

打ち付けられた衝撃で息が詰まり、走馬灯はブツリと映像が消えた。

その瞬間苦しいという現実が私を飲み込みこむ。


─なんでこんなことに…


私は叔父に連れられ、近くに来ていた従兄弟と一緒に海岸を歩いていた。

まだ3歳だという従兄弟が、岩山に登って海を見たいとせがんだので、叔父たちに一言かけ二人で崖を目指した。

結構な高さの岩山をのぼり、眼前には荒々しい波が崖に打ち付けられている。

従兄弟は高い!すごい!と騒いでいたので手を繋いで落ちないようにと手を繋ぐ。


おねーちゃんの手、あったかいね!

無邪気な従兄弟に心がふんわり暖かくなる。

かわいいと思っていた次の瞬間。

突然ガクンと引っ張られ、体は空中に投げ出される。

それはもちろん幼い従兄弟も同じで、驚愕と恐怖で顔が染まり、唯一掴んでいた私の手を思わぬ力で握りしめる。私はこのまま海に打ち付けられてしまえば従兄弟は無事では済まされない、そう思いとっさに従兄弟をギュッと引き寄せた。しかし海に打ち付けられたと同時にあまりの衝撃で意識が遠のき、従兄弟の体を離した。


…ごぽり。

肺の中にわずかに残った酸素が二酸化炭素へと変換されてゆく。口、鼻から泡が溢れる。


─あの子の手を離してしまった…。


後悔と体の酸素はどんどんに消えてゆく。海流も強く、海面に向かって泳ごうにも水の中でもみくちゃにされてしまう。


…苦しい。


濁った水面ははるか上で、ぼやける視界、酸素が欠乏することで体も言うことを利かなくなる。


─せめてあの子だけでも助かってほしい。


すでに手中から消えた幼い従兄弟の無事を願う。私は保護者失格だ。

走馬灯や思考に回る酸素すらもうなくなる。

肺はただただ水を吸い込み溺れていく。


体が重い…。

このまま死ぬのか。


最後に目に写ったはどこまでも続く黒々しい海の底と真っ白な光だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ある王宮内にて緊急の会議が行われていた。

会議室は王宮内でも風通しも良く、美しい風景が見られる場所であったが、生憎の雨で重々しい空気が流れていた。

会議に参加しているのは王国の政治を行う宰相たちで、最初に口を開いたのは薬学を担当する男であった。


「大地の魔女アースラ様、マイアが咲いたとのことですが…。それはつまり…」


宰相は一番上座にいる大地の魔女と呼ばれた美しい女を、期待を込めた目で見つめる。

女はひどくつまらなそうな顔で、肘を椅子についていた。


「落とし子が生まれたかもしれない。…蜘蛛たちは何か掴んだか?」


女は不意に天井を見上げ誰もいない場所に話しかける。

すると音もなく近くに白い蜘蛛が糸伝いに降りてきた。

ギョロリとした四つの目が女を見つめる。


「いいえ、今のところ落し子の発見に至っておりません。他の国の密偵にも調査させておりますが、現段階にて発見の旨はございません。」


「そう…ならば引き続き他の蜘蛛たちに落し子の調査及び捜索を続けさせなさい。発見次第保護、管理をお願いします。これは最優先事項に。」


「御意」


人語を話した白い蜘蛛は返事と共に天井の暗がりへと姿を消した。

魔女は一旦思案するかのように顎に手を当てる。

するとすぐ近く右側にいた警護を担当する隻眼の宰相に問いかけた。


「カジロ、マイアの咲いた場所はどこだったかな」


「エルラ庭園です。…帝国の遺産と呼ばれておりますな。こちらを見ていただきたい。」


カジロと呼ばれた隻眼の宰相は部下に最新の地図を広げさせた。

低音で重厚感がある声が会議室に響渡り、自然と周りの宰相たちの視線も集まる。

広がれた地図は今年度測定した地理学者たち渾身の一枚で、この国の国土がこと細やかに記載されている。

カジロは王宮の近くを指さした。


「我が国、ラオール王国の王宮の北東近隣にある庭園です。…む?」


リーンッ!リーンッ!

突如として外付けの呼び出しベルがけたたましく鳴り響いた。


─会議中失礼いたします!カジロ様へ火急の知らせを報告しに参りました!


慌てた様子の文官だろうかドア越しに声をかける。

カジロはチラリと魔女を伺う。魔女は分かっているとばかりに手を上げた。


申し訳ございません一度席を外させていただきまする。断りを入れカジロは一旦外へ行き報告を聞きに姿を消した。

場はマイア開花の知らせで持ちきりだったが、魔女にとって不快な話題でもあるため、控えめなざわめきとなって部屋を包みこむ。

廊下からはカジロと部下の男の声がわずかにくぐもった声が聞こえる。


─カジロ様…が…咲き…現在…海から…─

─つまり…で…?…なんだと…!─

─わかった、引き続き観察を怠るな。─


ガチャリ

報告を聞き終えたカジロは疲れた顔だったが、隻眼がギラギラと輝き、微々たる興奮を窺わせていた。


「火急の知らせとはいえ、

私の部下が大変失礼を致しました。」


カジロは詫びをいれ、それに対し室内の宰相たちは苦笑いが広がる。魔女は気にしていない、報告を続けなさい。と声をかけた。


「お心遣い感謝申し上げる。では二点報告させていただきます。一つ目は先ほどイシュリア神殿にて、マイアの開花そして発光も観測されたとのこと。二つ目は生誕の湖で鮮魚たちが大量の血水を放出。海まで流れているとのこと。…神殿の魔術師は魚上りの前兆ではないかとのことです。念のため他言無用にはしてありますが…。」


なんと─!会議室中が熱気とどよめきで包まれる。

それもそうだろう、前回この国にいた魚は卵の段階でこの世を去り、恵の種子すら残してくれなかった。

しかもどんなに遅くても18年で転生をする魚が、いつまでたっても生まれない異常事態。前回から53年も経ってしまった影響で、国の土地は徐々に痩せてゆき、国庫の食料もかなり困窮している。隣国から輸入された食料がなければ飢餓や暴動が発生しかねないほどの。

それに─


─エルラ庭園、その次はイシュリア神殿ときたか。


エルラ庭園とはこの国の前身にあたるオール帝国の王族が末期に作らせた庭園。

まだ魚が生きていた時代の遺産で、園内にはオール帝国内の様々な植物を収容、また解読されていない古代文字による魔術結界が貼られており、人の立ち入りを禁止ずる特級機密区域である。最も、そのほとんどが帝国が滅んだ後の大洪水で水の底に沈んでしまった。

現在その園内の全貌をしるのはこの国でも少数で、王家の息のかかったものしかいない。

次にイシュリア神殿。

これはこの国の宗教であるラース教の神殿で、近くに魚が生まれたとされる生誕の湖がある。

魚の生誕の地がこの国にあることで、隣国からずいぶんとやっかみがあるのだが…ここではその話はまたの機会にしよう。

さて今回両方の地で咲いたマイアは、ラース教の聖典によると神聖な花で、厳重に管理された植物されている。それはある生き物の生誕─天より降りし魚が恵みを与えるため地上に近づいていること─を人間に伝えるとされる。

そして生誕の湖の鮮魚が体から流す血のような水。

これを血水と読んでいるが、鮮魚と呼ばれる白い魚が主神である魚に自らの血を捧げることで、生誕を早める力を与える行為であるとされる。イシュリア神殿の魔術師には他言無用としただろうが、信仰熱心な彼らの口は下女より軽い。近日中に魚の話がこの国中に蔓延することに頭が痛くなる。


それにしてもイシュリア神殿の前兆と水に沈んだエルラ庭園のマイアか…。


()()()()、こんなに長い間戻ってこなかった。…前回の周期では胎内還りまでに時間がかかっていた。まるで何かに阻まれるような…それに()()


「…マイアの開花、イシュリア神殿での鮮魚の血水…実を捧げたるは我らの母、そして生誕祝うはこの世の理─」


会議室の中央に手折にされたマイアが置かれていた。

女はおもむろに花へと手を伸ばす。

その花弁はまるでガラスのように透明で、形は人工的に作られた蕾のよう。

雌べは反射角度によって虹色に乱反射し、記憶にこびれついている同じ色の髪を持つ母を思いだした。


「さて、落ちた子供は恵みの種子となるか…?。」



大地の魔女はマイアの花弁をぐしゃりと握り締めた。





初めて筆を取ったので誤字脱字ございましたら、こっそり教えてくださいね。





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