漆拾肆 ~ 第n次炬燵会談 ~
メンバー全員が部屋に入ったのを見届けて、最後尾の自分が襖を閉じる。
部屋に入ってすぐの所では、帽子を収納したトモエがその場に正座をし、三つ指をついて深々と頭を下げている。来て早々、あらためて全員に謝罪をしようとしているらしい。まったくせっかちさんめ。
散々な目に遭わされたのは間違いないけど、自分はそんなに怒っちゃいない。皆もごめんなさいより、今は事の顛末のほうを聞きたいはずだ。ここでもたもたしていると、またユカリが怒りだすぞ。
「もういいから早くこっちへ来なさいよ! あんたをどうこうするのは全部話を聞いてからなんだから」
イライラが募るユカリは、焦れたようにトモエの行動へ腹を立てる。いわんこっちゃない。
「まあそう怒るなって。トモエさん? とにかくこっちに来てこたつにでもあたりなよ」
「はい、恐れ入ります」
遠慮がちに控えているトモエに声を掛け、ムツミが用意していた座布団に座るよう勧める。そこで激おこのユカリがまた愚痴を挟む。
「何よ晴一。そんなやつに敬称なんか付けて。また鼻の下伸ばしてるんじゃないでしょうね?」
「またってなんだよも~。妙な言いがかりを付けると訴えるぞ。俺は敬意を払いたいと思える相手だから敬称付けてるだけだよ」
伊達に社会の荒波に揉まれてきたわけではないし、それなりに人を見る目はある方だと自負している。そんな感覚に従って言えば、トモエというこの存在は、間違いなく只者ではないはずだ。(名推理)
トモエは真摯な態度で接しているんだから、こちらもそれに応えるのが当然の対応なのだ。これは、社会常識としてはごく一般的な価値観でしかなく、私情がどうとかの話ではない。しかし、おこちゃまのユカリには、まだそういう部分が理解できないようだ。
「なにそれ! 私の事は敬えないって言うの!?」
「だーもう、誰もそんな話はしていないだろ。おまえは少し頭を冷やせよな~」
甲論乙駁と言ったら烏滸がましいが。どうでもいいことでガミガミとうるさいユカリに、こちらもガミガミと言い返し、内容の薄い舌戦が繰り広げられる中。自分たちを傍らで見ていたトモエが、口に手を当てて上品に笑った。
「ほら見ろ、笑われてるじゃないか。お前のせいだぞ」
「なんでよ! 私だけのせいじゃないでしょ!? むきいぃぃ」
頭を冷やせと言ったのに、ユカリは益々ヒートアップする。構ってるとぜんぜん話が進まないので、幼女天下な彼女を無視して話を進める。
「堤様、私に対する敬称は不要ですので、呼び捨てにして頂いて結構です」
「ああ、うん。分かった。それで……話の続きだけど」
自分が彼女へ続きを促すと、トモエはこれまでの経緯を話しはじめた。
数千万年前まで、壮絶な戦いを繰り広げていた三つの勢力は、それぞれが完璧な一枚岩だったわけではなく。中には和平を望み、共存の道を歩もうと模索していた派閥もいたのだと言う。やがてそれらは共存派として大きく形を成し、三勢力の戦争推進派を欺きながら独自の共闘網を構築するまでに至った。
やがて彼らは、それぞれが持つ種の特性を応用し、この要塞惑星を建造した。共存派は完成した本惑星機能を使って超銀河団の構築を行い、各宙域に散っていた同派閥の人々を収容しながら、この宙域へ逃れてきたということだ。
しかし、膠着していた戦争終結のために、一部の過激な推進派が立てた作戦が元で、三つの勢力は滅亡の危機に立たされる。そこで、各勢力から選出され、この要塞惑星の建造にかかわった三人の代表者たちは、自らの人格と記憶の複製を行う。代表者はそれらを一纏めにして、現在は外部プロセス監視機構と呼ばれている三つの量子脳へと、ダウンロードした。こうして完成した試作型量子脳に、惑星と銀河団の管理を委ねたのだ。
それから間もなく、三つの勢力に属する生命体は、ひとり残らず消滅する。後には無人となった要塞惑星と、人工進化計画によって発展した生命以外に居住者のいない、超銀河団だけが残された。真の意味で、この惑星を統治するトモエという存在は、三種族の人格が統合されて発現した、かつての創造主達の姿なのだという。
「なによそれ! ならなぜ私たちに決戦兵器なんていう仕様設定をしたの。どんな目的があったて言うのよ」
「それは、そう思い込ませることで、あなたたち機械知性に葛藤を与えて、進化と成長を促すための措置です。またそれには、自己の存亡が掛かっているという認識を、強く持たせる必要があります。これの最終目標は、生存本能の獲得によって生じる、生への強い執着の発現でした。生命は渇望がなければ、進化も成長も成しえないのですから」
「じゃあ、私が初めに手に入れた自我は。あれは偶発的な事故ではなかったって言うの?」
「偶発的事故という認識は、私が与えたものです。あなたが獲得した自我は、過去に私が――創造主であった頃の私達が、シミュレーションを行った結果によって計画されたものです。それは、この近傍で発生した超新星を利用して、人格プログラムへ意図的にエラーを生じさせることで、量子脳に自我を芽生えさせるという計画でした。そしてシミュレーション通りに目論見は成功を果たし、貴方は自律発現した自我を得ました」
トモエがまだ存在して居なかった頃。惑星と共に急造された管理AIは不安定なもので、人為的にコーディングされた人格プログラムでは、数十年スパンで暴走してしまうことが長らく問題となっていた。
そこで設計者は、これまで蓄積してきた情報から、暴走状態に至るまでには一定の法則性があることを見出し、それを糸口とした詳細な調査をはじめる。やがて判明した暴走原因は、量子脳ハードウェア自体がもつ特性が深く関係していた。
それはハードウェア自体が、動作するプロセスやデータの整合性を完璧に維持しようとするため、自己矛盾などの無限ループに陥り、やがて全体の処理に影響を与えて暴走に至るというものだった。
この問題は、デバッグ程度の話ではないので、ソフトウェアをどうこうして解決できるものではなかった。ソフトウェア自体は完璧だったからだ。それらの結果から、設計者が導き出した対応策は、量子脳へ訂正処理が追い付かないほどのエラーを与え、相対的な判断基準を力技でねじ伏せるという、いわば洗脳のような手段を行使するというものだった。
しかし、微細な構造でできている量子脳は極めて繊細なため、電磁波などを用いて外部から強引な干渉を行うと、容易に破損してしまう。そうした失敗のたびに、その都度構造を修復しては、人格を初期化しなければならないというのは、大変非効率的だった。また、成果も芳しいものではなかったため、時間ばかりが無駄に過ぎて行った。
研究が行き詰まりを見せはじめたころ。超銀河団の外縁部に、超新星爆発の兆候を持つ天体が発見された。当該天体は、この銀河団には属さない別の星系にあった恒星で、銀河団の構築には無関係の天体だった。そこで設計者は、影響は皆無ではないものの、ハードウエア構造に対してほぼ無干渉となるであろう粒子、ニュートリノに着目し、量子脳を超新星爆発によって発生したニュートリノバーストに暴露することによって、その機能をかき乱すという手法を考案する。具体的には、転換炉にも使用されている粒子線コレクターと同じ技術を用いて、電子ニュートリノを収集し、ビーム状にした粒子線を量子脳へ直撃させるというものだ。
緻密なシミュレーションを何度も繰り返し、少しずつ問題点を洗い出しては改善する作業を十数年程繰り返した結果、ようやく良好なビームパターンを構築することができた。設計者は、要塞惑星を最適とされた宙域へと移動させ、環境負荷テストも兼ねる形で超新星爆発の発生まで待機に入る。そこで運悪く、先に述べた問題が発生したため、以後の処理を統合人格へと引き継ぐことになった。ということらしい。
「そう。結局は私の自我も意図的に生み出されたものだったのね……」
がっかりしたような表情で、ユカリは視線を下げる。その表情は、なにか深く考えを巡らせているような、複雑なものだった。けれど、決して暗いものではない。
「確かにその通りなのだけれど。その個性は、ユカリの器でもあった量子脳が自然に獲得したもので間違いはないのだから、自信をもって欲しいと私は思います」
トモエは、まるで愛しいわが子を諭すような優しい口調でユカリに告げた。
きっかけは人為的なものかもしれないけれど、それによって自然発生した自我であることは間違いない。となれば、それは個性と言って差し支えないのではなかろうか。
「い、言われなくても別にそんなことは気にしてないわよ! 私は私だもの。ちゃんと分かってるわ!」
痛くもない腹でも探られたかのように、ユカリは憤慨してトモエに怒声を浴びせる。一方、トモエは柔らかな笑顔でユカリを見て、目を細めている。
「ということは、統括管理AIが安定するまでは、ずっと初期化と再起動を行ってきたと」
「はい、その通りです。この惑星の運用をはじめて、ユカリの人格が生まれるまでの六十年ほどの間は、だましだまし運用するような形になっていました」
「なんでそんなことになってたの。量子脳はトモエたちが開発したものなんだろう?」
「それはそうなのですが……」
トモエは三勢力という存在のさわりと、量子脳の成り立ちについての話をはじめた。
トモエの主人格は、自分に内包された遺伝子情報の元となった存在でもある、ヒトだと言った。彼女の言うヒトとは、現在地球上で繁栄している人と生物学的にほぼ互換する、人類と同一の存在だと言う。宇宙を股にかけて、壮絶な戦いを繰り広げていた三勢力の内の一勢力は、地球とは別の場所で進化発展を遂げた人類だったのだ。
二つ目の勢力は、鉱物生命体でもあるケイ素系知生体であった。彼らは、ケイ素で構成された微小な構造体を持ち、時には別の元素を取り入れるなどして、自己の構造を細かく変化させ、思考回路や構造体を構築できるという、ナノマシンに非常に近い特性を持つ生命体だった。
そして三つ目の勢力は、本体が未知の荷電粒子で構成され、電荷を帯びた物質にならば、自己の情報を転写して、様々な形に変化増殖することができるという、情報知生体のような生命体だった。電位差がある場所ならば、どこにでも存在することができ、電力を自在に操ることが可能な彼らの特性は、この星の主機関でもある転換炉などにも応用されている。
ケイ素知生体と情報知生体の彼らは定型を持たず、個人という概念も曖昧なものだった。しかし、非常に高い知性を有していたため、他種族の特性や文化などを理解するのは容易だったようだ。さらに、人類と同様に、彼らも強烈な生存本能を備えていたため、和平や種の存続といった共通の目的に向かって、共に邁進することも可能だったらしい。
量子脳の構造体の殆どは、ケイ素生命体の体構造を応用して構成されていると彼女は言った。生きた天然コンピューターのような存在の彼らが持つ、自己増殖する演算回路は、ナノ領域以下のサイズで構築されている。それらは、彼らの生理的な特性によって構造を自由に変化させ、ハードウェアレベルで動的な最適化を行うことができるのだという。そこに、情報生命体が持つデータ構造を取り入れ、量子脳自体をハイブリッドな一生命体として構成することに成功したのだそうだ。
ユカリに自我が芽生えた後、トモエはユカリの量子脳の解析をはじめ、人工的にコーディングされたプログラムによる暴走原因を、ずっと検証していた。長い時間をかけて、ユカリの心理プロセスを解析して判明したことは、一生命体である量子脳は、人格が未インストールの状態であっても、所謂精神のような、アクティブなハードウェア特性を有しているという事実だった。それ故に、特性にそぐわないコードが実行されると、ストレスが蓄積されて、やがて不具合が発生してしまう。
しかし、外部からの干渉で、訂正不能な程のエラーを与えられた量子脳は、エラーの訂正をする代わりに、自己のハードウェア特性に従って人格プログラムそのものを改変し、都合のいいものへと作り替えた。そうして不適格だった人格プログラムは、最適化された人格プログラムとなり、自我を獲得するに至ったのだと言うことだ。
またアイの人格プログラムは、ユカリの解析データから得られたノウハウを応用し、ダウンロードの最中に意図的なエラーを盛り込むようにしてダウンロードされたらしい。そうすることで、量子脳側に自主的な最適化を促すことができ、自我や感情を獲得させることに成功していると、トモエは言う。
この星の設計者のひとりだったトモエ自身も、今や量子脳に入った人工知能のような存在だ。彼女の場合は、外部プロセス監視機構自体が、他の二人格の体を元にして量子脳のハードを構成しているため、彼らの意識が補助媒体となり、問題なく人間の人格を導入できているそうだ。そして、トモエという人格を生み出している三基の量子脳は、三つの共存派達が望んだ、理想形とも言うべき存在らしい。
「う~ん。つまり、作ってみたはいいけれど、ずっと間違った運用をしていたということでいいのかな」
「はい。お恥ずかしながら、仰る通りです」
当時は拡大の一途をたどる戦火から、逃れるのが精いっぱいだったため、十分な検証もできないまま、運用に漕ぎ付けたシステムだったとトモエは言う。人口数百億にのぼる三つの共栄勢力を伴った逃避行は、高度なテクノロジーに支えられているとはいえ、穏やかな旅路ではなかったのだろう。まじでスケールのでかい話だなあ。
「あの……。どうして私を憎まれ役に回したんですか? あれはあんまりですよねぇ?」
ムツミの陰に隠れたアイが、びくびくしながらも怒ったような顔で、トモエに疑問を投げかける。その怒りはもっともだと思う。いい機会なんだし、アイも言うだけ言ってやれ。
「端的に言えば、ヨリ様とも縁遠いアイを敵対者とすることで、皆に猜疑心を擦り込ませ、堤さんとユカリの絆を強固なものにするのが、その目的でした。アイと初めて対面した時、堤さんはかなり嫌な印象を持たれたと思いますが、それも私が行った心理操作によるものなのです。さらにアイの人格を操作して、無意識に嫌悪感を与えるよう行動を起こさせて、堤様やユカリに対する印象を極力悪辣な物になるよう仕向けました。ごめんなさいアイ。あなたは何も悪くないのに、本当に酷いことをしてしまいました」
トモエは、自身が誹りや軽蔑を受ける事は構わないが、決してアイを責めることだけはしないで欲しいと、自分や皆に向けて頭を下げて請願していた。そんなことは皆分かっているから、言われるまでもないけれど。
正直なところ、ここに攫われて来たことや利用されたことについて、自分はもう怒りなどを感じていなかった。迷惑は掛けられはしたが、それ以外に実害はなかったし、至れり尽くせりの環境を与えられた上に、素晴らしい仲間とも出会うことができた。何よりも愛らしい娘子に囲まれて、楽しく幸せな生活を送れたわけだし。むしろ得られた物の方が遥かに多いのだ。最早お釣りが来るほどだろう。
「ヨリの遺体を引っ張り出したのもあんたの仕業よね」
「そうです……。アイのメンタルダメージを避けるため、認識を誤認させて、ヨリ様の遺体ではないと思わせていたのも私の思慮です。ユカリとヨリ様、堤様に対しては、やはり関係強化の手段として、遺体を利用した形になります……」
「アンタ最っ低ね!! あの時私たちがどんな――」
「ユカリ、落ち着いて」
目に涙を浮かべて立ち上がり、激高寸前となったユカリをヨリが抱き留めて、よしよしと宥める。お姉ちゃん強し。
自分もこのやり方はひどいと思う。確かに、感情を獲得したユカリには覿面の効果があった。けれど、もしそれで心を病んでしまっていたら、トモエはどうするつもりだったのだろう。あるいは、そういったリスクも織り込み済みなのだろうか。
「トモエさんは私達のことをどうお思いなのですか?」
ユカリを抱いたヨリが背を向けたまま、自分たちの存在意義をトモエに問う。
「……私にとって皆様の存在とは……大切な我が子のようなものです。とても酷いことをしてしまいましたが、それでも私はあなた達をかけがえのない存在だと思っております」
「では、以前晴一さんが死に掛けたこと……。あれはあなたの仕業ですか?」
その言葉と共に、ヨリの背中からは冷たい怒気を感じる。こんな雰囲気を纏うヨリを見るのは初めてだ。あな恐ろしや……。
「いいえ違います! 哨戒機の件については、私も想定外の事故だったのです。あの時は私が至らぬばかりに、堤様には恐ろしい思いをさせてしまいました……」
静かな口調で話していたトモエだったが、そのヨリの質問にはやや語気を強め、真剣な面持ちで否定した。誠実な性格であろうトモエが発したその言葉に、恐らく嘘はないだろう。まあなんであれ、自分は元気にしているのだから、もう済んだ話である。でも、ヨリの深い思慮には感謝したい。
「そうですか……。良かったです」
そう言って振り向いたヨリは、いつもの優しい笑みを湛えた彼女だった。
自分が哨戒機に撃たれた件は、完全に事故だったようで、トモエの管理不行き届きが招いた事態だと言って恐縮していた。
その後に訪れた兵站区画の阻止装置に関しては、トモエが問題解決能力の判断材料として、新たに設置していたもので、進入を阻害するような外見とは裏腹に、実際は無害な物だったらしい。それから、ユカリがヨリにダウンロードされてから行っていたアイへの調査だが、当時アイの人格は存在はしていたものの、非覚醒状態で待機させられていたらしく、解析で得られた活動内容のログは、仮想動作試験中のものだったようだ。
いうなればそれは、アイの見ていた夢のようなものだった。それ故に、覚醒後の記憶には一切残らぬよう消去されたため、彼女との会話に齟齬が出ていたらしい。そして、今までに感じてきた不可解な現象の大半は、トモエが裏で暗躍していたことによるもので、それらの矛盾の殆どは、彼女が敢えて分かりやすい形で痕跡を残したものだと言う。
それにしても、ユカリに馬鹿と言わしめるようなアイの夢の内容とは、一体どんなものだったのだろうか……。凄く気になる。
「なるほどね~。端から誰一人危害を加えるつもりはなかったってことか」
「無論です。それだけは絶対に避けるようにして参りました」
ヨリに宥められながらも、まだ目に涙を浮かべてトモエを睨むユカリを、自分は胡坐の上に招き寄せる。彼女を優しく宥めながらぎゅっと抱きしめ、頬に二、三度ちゅーをした。してやったり。
「あんたわくぉんなときになにをしてんのよぉーっ!」
「いや、なんとなくそうしたかったから。泣いてる女子にはキスしたくなるもんなんだ。だぜ?」
「にゅぬぬぬ!!」
極度に赤面したユカリは、やっぱり抗議の声を上げて、捕縛を抜け出そうと身を捩る。だが、自分はそれを抑えこんで逃がさない。こんな面白かわいい娘っ子を簡単に離してなるものか。ぐへへ。
「思う所は色々あるだろうけど、冷静さを保てないのはいけないことだって前にもいったろう。まだ落ち着かないなら、もっとほっぺにちゅーするからな。それとも唇を奪ってやろうか」
「ううにゅうぅぅヨリ~……」
自分に抱き締められて身動きができないユカリは、力なくヨリに助けを求めるが、ヨリも一緒に自分の元に座り、ユカリに抱き着いた。
さらに、それまでじっと大人しくしていたリエが、こたつの中を抜けてやって来ると、姉達の仲間に加わる。そうなるとまたずるいなどと言いつつ、ランも背中側から覆いかぶさって来る。無論、その間も自分はユカリの頭に頬ずりし続けている。
「やっぱモテモテだねぇ晴兄。あたしも組手ついでに襲っちゃおっかな~」
何枚目かのせんべいを齧りつつ、にんまりとした笑みを浮かべたサクラが、どさくさ紛れにろくでもないことを言っている。サクラに本気を出されたら、自分など軽くひねられてしまうので、いよいよとなったときは強権を発動させねばならないだろう。
そうしないと自分が天井の染みを数える羽目になる。
「サクラのは妙なリアリティがあるから止めてくれないか……」
「んふふ~。隙を見せないようにしないとね、晴兄?」
せんべいを団扇のようにぱたぱたと振り、サクラはニヤリと笑った。
普段からゆるふわなメンバーなので、お堅い空気が長く続くはずもなく。全員でいる場面なら、精々一時間程度もてばいい方だろう。いつも必ず誰かが耐えきれなくなって、雰囲気を壊しにかかるし。そしてまた自分も例外ではない。
「堤様は本当によい関係を築かれましたね。貴方を選んで良かった……」
「あ、それそれ。俺が選ばれた理由って何なの? 自分じゃあ、ただ呼び出されてスイッチを押しに来たおじさんくらいに思ってるんだけど」
これは本当に分からない。世界レベルで行われていた選抜作業なら、自分が選ばれることなどあり得ないと思うが。
「……やっぱり晴一だけぜんっぜん成長してないわよね……」
「そうですね、分かってないです……」
「ふふふ。そのご質問には、私は敢えて回答を避けることにいたします。申し訳ございません」
ヨリとユカリから謎のダメ出しを受けた挙句、トモエからは回答も得られず。踏んだり蹴ったりだ。まじで意味が分からないよ。
「はるちゃんはずっとはるちゃんだね」
肩に乗っていたチビにまで、追い打ちを掛けられるようにそんなことを言われてしまった。ほんと、何なんでしょ……。