表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/75

漆拾 ~ 保管区画 ~

 部屋に帰ってからも、アイとユカリは浮かない顔をしていた。もちろんそれは自分も同じだ。その原因は当然、情報収集解析区画での出来事である。


「仕様上絶対複製できないと言っておきながら、複製ありきであんな条件をぶっ込んで来るとは。もう変な笑いしか出ないよ……」


 ユカリやアイの話で何度も聞いたことだが、仕様上AIの人格は簡単に複製できるものではなく、ユカリは裏技的手法でその隙をついて、やっと成功にこぎつけている。そんな通常禁止されている人格の複製を、要塞惑星の機能復旧条件に盛り込んでくるなど誰が予想し得ただろうか。最早隠す必要さえないと開き直っているようだ。


「今回で最後の復旧作業だし、私の把握している範囲では、これ以上やることはないのだけど。看過できない疑問は沢山残ってるわね」

「ほんとですよねぇ。このままというのは納得ゆきませんし~」


 新旧の統括管理AIはひざを突き合わせ、完全復旧後の方針について小会議を開いている。

 主な議題は先の疑問点であり、情報収集解析区画担当AIとの合流を果たした後に、徹底的に再調査をする方向で一致していた。彼女たちは完全復旧を果たした惑星の機能を使用して、全域の詳細な調査を行うつもりらしい。これには皆乗り気で、リエなどは探査機を無数に生産して、惑星を埋め尽くす勢いでやりたいなどと大胆な発言をしている。


「やる気を出すのも結構だけど、計画的にしような」

「もちろんよ。やみくもに突っ走るつもりなんてないわ」


 小会議を終え、膝上のリエと手遊びのようなことをしているユカリが、真面目な顔で言う。けどかなり鼻息荒かったよね。


「でもまずは、保管区画から彼の遺体を回収して、地球へ返還したいわね」


 ヨリの件と同様に、アイのプレゼントとして供されると思われた彼の遺体は、まだ保管区画に格納されている。管理者権限の取得などでごたごたしてしまったが、これも早めに手を打ちたい案件だ。


「私は明日の朝にでもやってしまいたいと思うのだけど……」

「いいよ。ユカリのやりたいようにしよう」

「あの……。それって、部外者のわたしも行っていいんですかぁ?」


 遠慮がちに、アイはユカリにうかがいいを立てるが、断る理由はない。そもそも、今更部外者云々(うんぬん)という話でもないだろう。


「いや普通に参加でいいでしょ。アイには何も後ろめたいことないじゃん」

「そうよ。ぐずぐず言わずに来るの」

「そうですかぁ。本当にいいんですかねぇ……」


 自分もユカリも異存はないのだけれど、アイは煮え切らない様子。そんな彼女を見て、ユカリはまだ何か言いたそうだったが、結局何も言わずにため息だけをついた。

 まあ、そのときになれば、たとえアイが拒否したとしても強制連行になるだろう。日時に関しても、皆すんなり了承してくれたため、早速明日の朝執り行うことになった。基本的にここの皆は暇してるし。なんて身も蓋もないことを考えてはいけない。その暇筆頭は自分なのだから。悲しいね。

 時計は、二十時前くらいを指していたが、夕飯はまだ食べていない。そこで、今日も適当にコンビニで済ませてしまおうかと思った矢先。いつの間に用意していたのか、チカとムツミがどこでも襖から現れて、夕飯の用意をはじめる。それを見たアイも慌てて手伝いに加わり、やがて少し遅めの夕食となった。

 夕食の後は、ヨリを背負って大急ぎで風呂へと向かい、早々(そうそう)に終わらせて逃げ込むように即座に布団へ入る。おやすみー。


「晴一さん、どうしてこんなに急ぐんですか?」


 振り回されるように自分に付き合わされたヨリが、困ったように聞く。


「そうよ。急に忙しいじゃないの」


 同じように、反対側を固めているユカリもなぜと聞くので、今日はなんか眠いから早く寝たいのだと、ふたりに適当なことを言って目を閉じる。

 本当のことを言うと、なにか気が急いているような感覚があり、落ち着かないのが嫌だったのだ。それに、そんなことをふたりへ言うのは(はばか)られるような気がして、誤魔化すように布団へ逃げ込んだのである。ほんと、なんだろうこの気持ちは……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 明けて翌日。朝食を終えた後、予定通りに皆で保管区画へ入る。目的は、昨晩話に出た彼の遺体の回収だ。

 この区画は、物質生成時に使用するマテリアルストックや、生成データ用にスキャンされた後の実体サンプルなど、色んな物が保管されている場所だ。それから“IMAKUL”で頼んだあれやこれやも、使わないときはここで保管されるようユカリが設定してくれた。

 だだっぴろい周辺一帯には、自動管理棚が大量に(そび)え立ち、高すぎる天井は白く霞んで果てが見えない。水平方向へ目を向けても、視界が利かないほどの距離まで棚が続く。この区画はどれほどの広さを持つのだろうか。ざっと見ただけでは見当もつかない。某外資系巨大通販企業の倉庫でも、この広大さには及ばないだろう。


「ユカリ……。ここの広さってどのくらいあるの?」

「え~と、確か約一億七千五百万立方キロメートルくらいになるかしらね」

「なるほどそうか。意味が分からん」


 ユカリ曰く。ここは要塞惑星の中心核となっている、岩石惑星地下に作られた空間であるとのことだ。すでに火山活動も終息しているし、核も完全に冷え切って久しいとかなんとか。

 具体的には、岩石惑星の二割近い容積があるとのことだが、全てが保管区画に割り当てられているわけではない。この岩石惑星地下には、度重なる掘削によって生まれた空洞が散在し、スポンジのようになっているため、それらを超空間リンクで繋ぎ合わせて大きな空間を作っているそうだ。動力区画の風呂で見た粒子転換炉主機本体も、惑星の中心部をくりぬいて設置されていたし、利用可能なスペースは他にもまだあるのだろう。


「それでもここはまだ表層に近い部分よ。各量子脳の置かれている区画は、もっと深い部分になるから」

「そうなのか。そこいらじゅうゲートで繋がっていたりすると距離感がおかしくなるな。ご近所のイメージしかないぞ……」

「量子脳同士も分散配置になっているし、互いの距離はかなり離れているわ」

「へ~」


 いつでも転送で簡単に行き来できるため、そういう感じは全くしない。そうなると当然、この保管区画内部も、悠長に歩き回って目的の物を捜索できるような、生易しい場所であるはずがない。そういった事情から、ここの管理棚には、超空間リンクを利用した入出庫ユニットが搭載されている。

 なわけで。そのユニット操作のために、一同は保管区画の制御室でもある預け入れカウンターへやって来た。荷物の出し入れは、預けた者の暗号鍵情報で認証が行われる。基本的には本人しか取り出せないが、統括管理権限以上を持つ者ならば、その限りではないそうだ。

 ユカリセットや、皆の使っている収納空間もここに設定されていて、虚空からの物の出し入れはここに要求を行っている。たとえ乱雑に放り込んでも、管理機能が勝手に判断して、カテゴリ別で収納を行う。取りだしの際も、手を入れるだけで棚の転送機能が同期して、収納場所へ誘導してくれるのだ。凄い便利。自律機械最高。


「私が大事にしまっておいたものを、アイが持ち出せた理由はこういうことなのよね」

「うぅ……。その節は大変申――」

「その話はもういいから。気にしないの」


 ユカリはアイの言葉へ重ねるように言う。例の箱の件では、その都度アイも肩を丸めがちだ。

 ユカリは彼女が委縮するたび、本当にもう気にするなと尻を叩く。なにかとぶっきらぼうに言いはするが、それも気を遣わせまいとするユカリなりの優しさだろう。


「でも――あの時は何とな~く開いた目録から、何とな~く気になった収蔵品を選んで引き出しただけだったんですよぅ。それがこんな大変なことになるなんて……」

「それだって、アイの意図とは無関係に起こるべくして起こったことだと思うぞ。そしたらそれを言っても仕方ないじゃないか」


 アイの頭をなでなでして凹んでいる彼女を慰める。気をよくしたのか、アイは大げさな嘘泣きを盛りに盛って、横からしがみ付いてきた。慰めがこれまでの反動的に作用したのだろうか。どうも調子に乗らせてしまったようだ。

 するとすかさず、容赦のないユカリの拳がアイの頭部へ叩き込まれる。ほぼ頭頂部を撃ち抜かれたアイはたまらず目を回し、襟首をつかまれてカウンターに引きずられて行った。かわいそうに。

 カウンターの端末を操作して、ユカリが目的の物となる保管容器を取りだす。彼女は容器に設けられた窓をしばし覗き、遣る瀬ないような笑みを浮かべた。自分も箱に近付いて中を覗いてみる。そこにはアルバムの付録にあった写真と同じく、生気に満ちた血色のいい中年男性の髭面があった。物心ついたときには、すでに過去の偉人として語られていたような人物と、間接的ではあれ接点を持つようなことになるとは。


「で、どうするんだい。現地まで行くのかい」

「ううん。探査機と転送機を使って送り届けるわ。現地の人間に目撃されても厄介でしょうし。擬装もできなくはないけど、なるべく痕跡は残したくないのよね」


 確かに。皆で押しかけて、奇妙な怪談や伝説を増やすのは得策ではない。とは言え、いうほど普段から人がいるような場所とも思えないし、過度に警戒する必要もないのではないだろうか。

 ユカリは皆を仮想共有空間へ招待し、持ち出した格納容器を転送装置へと運ぶと、地球に待機する転送機内へ一瞬で送り込む。送り先となる探査機と転送機が潜むのは、彼の遭難地点とは大きく離れた、飛行機の発着場(ランディングポイント)上空だ。当初の予定では、は山頂に安置するつもりだったのだが、それでは現地での回収が困難になると予想されたため、山頂からはだいぶ下った所にあるこの場に変更された。ここならば、飛行機で移動することができるし、発見された彼は速やかに収容されるだろう。

 時期が夏のためか、現地は意外にも人が多く、警戒し過ぎなどと思っていた自分は反省する。正直山をなめていた。いや、山好きをなめていた。夏だと言うのにこんなに雪も残っていて寒いのに……。

 それにしてもこの有様では、人目を避けて容器を展開するのも難しいのではなかろうか。しかしユカリは物理保護領域と位相移替偽装をうまく使い、機体と周囲の空間を見事に隠ぺいしてしまう。それから格納容器を慎重に降ろして、万年雪となっている地面に安置した。そこで容器の稼働を停止させ、折りたたむように収納する。

 彼の遺体は、数十年ぶりに地球の大気へ晒されることとなった。胸の上には、鳳凰の間から持ってきたピッケルが置かれ、眠るように横たわる彼の腕にしっかりと抱かれている。しばしの間、一同は探査機からの映像に注目し、自分とヨリは手を合わせて目を瞑り、冥福を祈る。

 やがてユカリは一言だけ謝辞を述べると、彼の周囲の擬装を解き、探査機と転送機を上空へ引き上げさせる。すると、彼の遺体を見つけたのであろう数人の人物が駆け寄り、現場は俄かに沸き立つような様子を見せた。それを最後に現地の観測映像は閉じられる。


「これであの人は帰郷できるはずよね……」

「あるいは現地に埋葬されるかだな。あとは遺族の人達がどう判断するかだから」


 自分は言いながら、少し前傾になった丸いユカリの頭に手を置く。


「そう……」


 彼女は、何事かを逡巡するような表情を見せたが、すぐにいつもの表情へと戻り、部屋へ帰ろうと言う。皆無言でそれに従い、彼女を追いかけるようにひよこの間へ足を向けた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 客室内の空気はどことなく重く、自分はその発生源を探して室内を見回す。本当は見るまでもなく発生源はわかっている。


「なんだか空気が重いぞ。特にユカリ。そんで、なんだってアイまで凹んでるんだよ」


 ふたり以外のメンバーの殆どは、ただ黙ってお茶と茶請けに群がっているだけだが。

 静かになっているユカリは、黙っているというよりは、どこか影が差しているように見え、アイは見たままにどんよりとした雲を纏い、三角座りしていた。ユカリへ声をかけると、今は浸りたいみたいなことを言ってお茶を飲んでいる。今はそっとしておこう。

 代わりに、少し離れた位置で燻っているアイへ近付くと、何やら小さく口を開けてぼーっとしているではないか。このままではいけないので、茶櫃(ちゃひつ)から塩化アンモニウム(サルミアッキ)なお菓子を取りだし、半開きの口へ放り込む。これは以前、話のネタに生成したものの、不評のために殆ど残ってしまっていた物だ。

 一拍置いて、彼女は口内に広がる意味不明の不味さに悶絶したようで。呻きながらひとしきりゴロゴロと転げまわった後、(あお)向けで静かになってしまう。その顔は大変安らかなものであった。可笑(おか)しい人を亡くしてしまったよ。なむなむ。


「おお課長アイよ、死んでしまうとはなにごとだ」

「だーっ! 何っっってことをするんですかぁっ!! 残念、わたしのぼうけんはこれでおわってしまった。じゃないんですよぅ! 命を奪われかけた挙句、その主犯に罵られなければならない理由をわたしは知りたいですぅ!!」


 突然飛び起きたかと思うと、アイは唐突な暴挙と理不尽に対して、両手振り上げ不服申し立てを行う。激おこの模様。


「しかもこれなんですかぁ!? いくらなんでも不味すぎますよっ! 不味すぎて意味が分かりませんよぅ!」

「なんだと。フィンランドの人に謝れ。向こうでは大人気らしいぞ」


 らしいぞ。

 老若男女問わず、幅広い層で支持される伝統的な菓子でもあるということなのだが。自分には難易度の高い菓子だ。以前輸入雑貨店で見かけて初めて購入したときも、残念ながら半分も消費できなかったし。


「普通は美味い物を食べると元気が出るもんだが。不味いものでも出るんだな。これは貴重な実験結果だ」

「も~っ! も~っ! またわたしに酷いことをしてぇ! 一体何がしたいんですかぁ!」

「俺こんなことはしたくなかったんだが、アイがいつまでも凹んでいてだな。仕方がなかったんだよ。アイムソーリーヒゲソーリー」

「あなたは小学生ですかぁ~! 止むを得ないみたいな顔してますけど、全然意味が分かりませんからね! もっと別の方法だってあるでしょうに~! もぉ~っ!!」


 彼女は激おこだったけど、とりあえず元気にはなったようだし。良しとしよう。

 とりあえず。襲い来るアイの頭を押さえて、接近を阻止する。こうなると、振り回された拳はぶんぶんと空を切るしかない。いやしかし、ギャグ漫画のひとコマのような場面をリアルで体現してくるとは。(あなど)れぬエンターテイナーよ。


「ちょっと静かにしなさいよ。まったく子供みたいに」


 少し騒ぎ過ぎたようだ。子供のユカリから子供みたいに騒ぐなと怒られてしまった。これもアイがうるさいせいだ。仕方のない奴め。

 ユカリも怒ってるし、アイをからかうのを切り上げてこたつに連れ込み、お茶を飲む。じゃれているうちにユカリの調子も普通に戻ったみたいだし。

 茶菓子を取る際に、件の菓子を久しぶりに自分でも味わってみたが。やっぱり無理な物は無理だな。自分の中でこの味は、年一回程度味わえればいいものなので、一箱を食べきるには、恐らく五十年はかかると思う。

 恐らく五分程、しょっぱいんだか苦いんだか甘いんだか分からないブツを、口内で行ったり来たりさせていた。しかし、口内のどこにおいても、美味しくないものが美味しくなるなんてことはない。やがてやり場に困り果て、最終的には錠剤でも飲むように、お茶を使って胃の中へ落とし込んで難を逃れる。

 アイには悪いことをしたので、ちゃんとごめんなさいしておいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ