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伍拾玖 ~ 兵站AI ~

 出店(でみせ)での買い食いで、お祭りの雰囲気をたっぷりと味わった後。部屋に着いた一同は夕食をとり、昨日再起動を掛けた兵站区画担当AIの元を訪れるため、転送室に移動した。

 今回からは、どこでも襖からここへ来られるようユカリが設定を変更してくれたので、今後も部屋から出ずに直接各所へ出向けるようになった。転送室から真っ直ぐ格納プール前室へ向かうと、兵站区画担当AIは、室内に置かれた学校机の上で片膝を抱えて座り、自分たちの到着を待っていた。しかしなぜ学校机。


「お? やっと来た~。みんなおそーい! も~二時間くらい待ったよ~?」


 前室に入り、兵站AIのインターフェースを発見した自分たちは、こちらに気づいた彼女の方から先に声を掛けられた。

 机の上からぴょんと降りた彼女は、う~んと伸びをして、机を分解して片づける。早速、HUDから彼女をターゲッティングして情報を呼び出してみると、緑の枠で囲われた兵站AIの右上部へ、“身長百五十八センチメートル、体重五十五キログラム、八十九E、六十二、八十五”という数値が注釈として追加される。やはりそのバストは豊満であった。

 大きく切れ長の目に金色の虹彩を持つ彼女は、十六から十七歳くらいの女子高校生のような風貌。肌はヨリと同じくらいに日焼けしているため、なんだか活発そう。また、あからさまにそのものではないが、黒ギャル的な雰囲気もある気がする。ノーメイクなんだけどなあ。

 ユカリ由来の栗色なセミロングヘアを左側へサイドテールに纏め、右の手首には、ピンク地に小さな水玉模様の入ったシュシュをふたつ巻いている。トップスは、胸にブルーのリボンが付いた半袖ブラウスで、裾をスカートの上に出し、サマーセーターを腰に巻いている。ボトムは、ブルーグレーのチェックスカートを短くチューニングし、紺のソックスに靴は革靴という、こてこての女子高校生スタイルだ。JKなのか。宇宙JKなのか。スペースJKは宇宙のJKなのか。


「今度のAIはJKときたか。ところでユカリ、HUDの仕様詳細にはなぜスリーサイズまで表示されるんだ」

「なんで? 嬉しくないの?」

「まてい。なんで俺が喜ぶ前提になってんだ。そもそも答えになってないじゃないか」


 (まこと)に、(まこと)に遺憾である。

 遺憾の意を表明するため、失礼にも心底不思議そうな表情をしているユカリへ視線を向けたとき、HUD内にユカリの情報も一緒に表示され、ふたりの格差は数値として明確化された。“身長百三十六センチメートル、体重三十五キログラム、六十三、四十七、六十五”。 そうピンクの丸文字で、ちんちくりんなデータが表示された。

 自分はちょっぴり悲しくなって、うかつにも憐憫(れんびん)を含む眼差しを彼女に投げてしまう。


「あ……」

「ちょっと、なによその目は!」


 不穏な空気を感じたユカリは、ぷんぷんと抗議の声を上げた。何も言ってないじゃないか。


「何でもないぞ。それと、なぜユカリを見るとフォントが変わるようになってるんだ。少し前まではヨリだけだったと思うんだけど」

「だってその方がかわいいでしょ? 私のUIも似たような環境だし。あ、リエも同じフォントになるわよ」


 言われて視線を向けてみれば、確かにリエの注釈もピンクの丸文字フォントになっていた。わざわざフォントでまでかわいさアピールをしなくても、この子らはかわいいのでアレなのだが。ま、読めないこともないし、どうしても気になるようなら変えてしまえばいいか。


「んじゃ、挨拶の前に……」


 主役である兵站AIを放置して、ユカリに駄目出しをしていると、彼女はいきなり構えに入る。

 その瞬間、HUDには脅威判定警告が表示されると共に、UIが戦闘支援表示へ切り替わる。それに伴い、主観時間伸長が開始されるが、同じタイミングでチカとムツミが滑り込むようにして、自分を守る形で前に立ちはだかった。そして背後では、ヨリ、ユカリ、リエを庇う体勢で、ランが臨戦態勢に入った事が通知され、皆と戦術リンクが確立される。

 チカとムツミが体勢を整える前に、動き出した兵站AIを見て、咄嗟にふたりの間をすり抜け、上段回し蹴りの体勢で突っ込んできている兵站AIの懐へ飛び込む。

 直感的にそうした方がいいと思っただけの勢いに任せた立ち回りだったが、どうやらこれは正解だったらしい。兵站AIの蹴りが、自分に接触する寸前で、僅かに身を捻って掠めるように回避し、伸びきった彼女の足を肩へ担ぎあげた。そして次の攻撃に移らせないよう体を密着させて、股割り状態で押し込むように、背後にある壁目掛けて思い切り突っ込む。

 ここで主観時間を元に戻すと、ズシンという重い衝撃音が前室を揺るがすのを感じた。強い衝撃により、室内には施設保護警告アラームが鳴り響き、同時にアナウンスが流れはじめる。その後も身動きができないように、彼女の足の間に半身を入れ、力いっぱい壁へ押さえつけていると、追いついてきたチカとムツミが兵站AIの両腕を拘束し、サポートしてくれた。

 彼女と拮抗している自分の筋力強化倍率は、百六十七倍前後で推移しており、兵站AIの恐るべき怪力ぶりを垣間見て、少々恐怖してしまう。一方絵面的には、JKを壁に押し付けて、直接的且つ強引な痴漢行為に及ぶ中年男性にしか見えないため、目撃者には通報の必要性がでてくるだろう。おじさんはJKにも遠慮なくセクハラをするのだ。


「せ、せ、せくはらーっ!」


 真っ赤になった彼女はイヤイヤと身をよじり、絶叫した。悲鳴のせいで耳がキーンとなり、頭に軽い衝撃を感じる。人聞きが悪いじゃないか。おじさんにも世間体というものがあってだね。

 そんな兵站AIの悲鳴を聞いて、後方で防御態勢をとっていた残りの四人も、こちらへ駆け付けてくる。このまさかの事態にも自然と体が動いたため、日々こなしてきたなめ子やくろ子とのじゃれ合いが成果として結実していることを、身をもって感じた。ちょっと感動。


「やらし~! はなせ~! うお~」


 むふふと少しだけ自分の世界に浸っているところへ、二度目の絶叫が発せられ、またも頭がくらくらしてしまう。

 まるきりY字バランス状態の彼女の股間に、自分が腰を押し当てているのだから、騒ぐのも無理はない。ほんとただの変態行為だよ。それにしても。


「あ~もう! うるさい!」


 あまりにもうるさいので、イラっと来た自分は、兵站AIの額へ頭突きを入れる。

 ボコッという間の抜けた音が前室内に響き、ヘルメット越しの頭突きは、見事に兵站AIの額にめり込んだ。が、少し力を入れ過ぎてしまったため、申し訳ない気持ちになる。


「ぐは……いたぁい」


 力なくそう言った彼女は、いい勢いで決まった頭突きに目を回し、全身が弛緩して崩れ落ちそうになる。本体は量子脳のはずなのに、目を回すのか……。

 へなへなの彼女を抱えるように支えて、チカとムツミにも手伝ってもらい、そっとその場へ座らせた。水を打ったように静かになった兵站AIを皆が囲み、あらためて警戒の目を向ける。こうしてひとりを囲うと、何だかいじめの現場みたいでやだね~。いじめかっこ悪い。

 

「ふあぁおでこが痛いよ~」


 兵站AIは、頭突きを喰らった額を押さえて唸るようにこぼす。


「いきなり襲い掛かって来るなんて、あんたどういうつもりなのよ!」

「再起動が失敗してしまったのでしょうか……」


 ヨリとユカリが突然の暴挙に対して、文句や不安を口にしている。


「何度精査しても機能にはまったく不具合を検出できませんわ……。これはこの子が故意に起こした行動だと思うしかないようですわね」


 ランは兵站AIの行動分析などの情報を共有し、状況の理解に努めている。リエはランの陰に隠れ、じっと兵站AIの様子を窺っていた。

瞳はぐるぐると渦を巻き、なおも壁にもたれ掛かっている彼女だが、ゆっくりと皆の言葉を制するように手を上げたかと思うと、弱々しく口を開く。


「ごめんよ~。少し試してみたかったんだ~。ユカリ(ねえ)たちがベタベタしてる晴兄(はるにい)いがどんな感じの人なのかと思ってさ~。そんで手加減しようと思ってたら、いきなり全力なんだもん。びっくりだよ~」


 なるほど、彼女は手加減をしていたらしい。

 最近やりはじめたばかりの(にわ)か格闘術が、あっさりと管理クラスの兵站AIを制圧できたことには、これで納得がいった。それと同時に、ぬか喜びをしてしまったことに恥ずかしくなってしまう。そんなにうまく行くわけないんだよなあ。


「それにしたってやり過ぎよ! 晴一は生身なのよ? もし何かあったら――」


 ガミガミと兵站AIを叱りつけているユカリをまあまあと制して、話に割り込む。


「こっちこそ悪かった。俺も必死だったから、つい力を入れ過ぎた。少し前の苦い経験のおかげで、こういうことには全力で対処しようと思っているもんでさ。それに、実力不足だから加減が利かないってのもあったし……。ほんとすまない」


 自分が未熟であるが故に、うまく立ち回れなかったことを兵站AIに詫びて、ヘルメットを格納して頭を下げる。すると、回復してきた彼女が、いきなり自分の頭をぐいっと引き寄せ、なぜか撫ではじめた。


「ううん、あたしこそごめんね晴兄(はるにい)。記憶の共有だけじゃ伝わらないこともあるからさ~。でもねぇ、晴兄(はるにい)の動きかなり速かったよ? あたし咄嗟に対処できなかったもん」

「そうかい? たとえお世辞でも嬉しいけど。あと俺はお前の兄貴じゃないが」

「お世辞抜きだし、晴兄(はるにい)でも別にいいじゃん? それよりも~、はやくあたしの名前きめてよ」


 軽い口調でそう言う彼女の表情は嬉しそうなもので、心配そうに覗きこんでいる一同へ、にこやかな笑顔を振りまく。

 こちらも無茶な対応をしてしまったので、彼女にケガもなく安心した。けど、後ろの方でユカリがスケベだの変態だのとうるさいので、いい加減に彼女から離れて、願いにこたえるべく名前の考案に移る。


「なんで私に似ないであちこちでっかくなるのよ、まったく」


 不満を口にしながらも、兵站AIをしげしげと眺めて、サクラの赤い額を撫でるユカリ。この姉属性溢れる幼女は、心から妹を心配しているようだ。やはり尊い。


「そのガイノイドボディなら自由に変形できるんじゃなかったんかい。文句言ってないで、ランや兵站みたいに大きくなってもいいだろうに」


 本来、ユカリの作った仲居ヨリのガイノイド機能を使えば、外観などいくらでも変更可能なのだが。なぜか彼女は頑なにそうしようとはしない。いい機会なので、そのこともたずねるつもりで話を振ってみる。


「私が大きくなったら、ロリコンの晴一が悲しむでしょ?」


 ただの風評被害だった。

 彼女の気持ちが知りたいだけなのに、どういうわけか蛇が這い出て来る始末。おじさんは藪をつついたわけじゃないんですよ。


「風説の流布は犯罪だぞユカリ。それに俺の名誉も大きく棄損している。これは由々しき事態だ」


 事実は風説とは言わ――いや断じて事実ではない。だが、このままでは立場が危ういので、効果のほどは分からないにしても、弁明だけはしておこう。名誉棄損は被害者側だけが損する仕組みなんだよなあ。


「それに……。私だけ大きくなるのは筋違いでしょう? もとはと言えばこの体だってヨリの物なんだし、ヨリは成長固定されて三十五年間も容姿が変わらなかったのよ。散々罪もない人達に酷いことをしてきた私が、好き勝手していい理由なんてないもの」


 ここで引き合いに出されてしまったヨリは、困った顔をして、ユカリを背中から抱きしめる。だが、特に言葉もかけずにそうしているヨリも、抱かれているユカリの方も、暗い気持ちでそうしているようではない。それは、ふたりの見せる笑顔がすべてを物語っている。


「そっか。俺個人としては、ヨリとユカリの成長した姿も見てみたいけどなあ」

「今後も皆一緒なら、そういう機会もあると思いますよ?」


 ユカリの後ろから顔を出したヨリが、そんなことを言って笑う。かわいい。


「で~、晴兄(はるにい)。あたしの名前は?」


 いつまでも(ほう)けた顔で、尊み溢れるヨリとユカリを眺めている自分へ、()れたように兵站AIが急かす。ちょっと忘れてた。


「おっとそうだった。待たせて悪い。お前さんのその制服? なのか分からんけど……左肩に校章みたいのついてるんだな。なんだいそりゃ?」

「え~? ああ、本当だねえ。けど、あたしはしんないよ~」

「知らないのかよ」


 知らないらしい彼女はけらけらと笑う。かなり明るい性格のようだ。

 兵站AIの着ているブラウスの肩口には、校章のようなエンブレムが刺繍されており、その中央には桜花章(おうかしょう)のような、桜と思しき花がデザインされていた。

 そこで思いついた安直な閃きには、自分でも少しばかり辟易するが、拒否されたら代案を捻りだせばいいと開き直り、兵站AIに告げる。


「毎度の安直ぶりで心苦しいんだが、サクラという名前でどうかな……」

「うん、いいんじゃない? じゃ今からあたしはサクラってことで決まり~」

「そんな一瞬でか」


 兵站AIは即答でOKをくれたが、最終確認のために、後ろにいるユカリに目線を送る。すると彼女の方も異論はないようなので、今回もすんなりと名前は承認された。その流れで権限固定作業も完了し、兵站区画の復旧作業はこれにて完了となる。

 起こしてと差し出されたサクラの手を取って、彼女を引き起こすと、立ち上がった彼女は伸びをしてスカートのしわを払う。


「しっかしチカとムツミも反応いいよねぇ? 今度あたしと手合わせしてよ? あ、晴兄(はるにい)もだよ?」


 サクラの要求にチカとムツミは無言で首を左右に振る。とりあえず嫌らしい。


「俺は別に構わないけど、サクラは格闘技とか好きだったりするの?」

「ん~、好きってゆーか担当だから?」

「担当……?」

「そう、担当。あたしは兵站てことになってるけど、武装も自分で使うし。なんていうか~、ま~、端的に言えば~……暴力?」

「「「「暴力!!」」」」


 自分とヨリとユカリ、ランは、サクラの物騒な発言に対し見事にハモる。言わんとしていることは分からんではないが、それはあまりにも端的過ぎて怖い。


「確かにそうだけど。だけれども」

「変に言い回さない方が分かりやすくていいっしょ? あはは~」


 頭の後ろで手を組んで、けらけら笑いながら軽いノリで恐ろしいことを言うサクラだが、恐らく彼女の性格も、そういった分かりやすいものなのだろう。

 どこにでもいる女子高校生のような格好をしたこのAIは、その見た目からは想像できないような、男気溢れるキャラクターなのかもしれない。


「はいはーい。いつまでもここにいたってしゃーないんだからさ。ほれほれ~早く帰ろー? あたしなんか食べた~い」


 先陣切って前室を出て行ってしまうサクラに、皆は一瞬後れを取るも、気を取り直して後を追う。こうしてサクラも無事仲間へと迎え入れられ、また一人新たな家族が増えた。

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