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伍拾参 ~ 狭霧消ゆる湊江の 猫はこたつで丸くなる ~

 ユカリと別れた後も、同じ内容でさらに二時間ほど反復練習を続けた。が、さすがに疲れたため、二機を開放して社へ戻る。

 だいぶ汗もかいていたので、ユニットバスのシャワーで、さっと汗を流してから居間に入る。部屋が拡張されてから、初めて使うバスルームだが、なぜかここは初期状態が保たれたままだ。居間では、丁度お昼の用意が始まったところだったため、いいタイミングで帰ってこれたらしい。なんか無意識に腹時計に合わせて帰ってきたみたいでやだな。


「ただいま……。ってなんか寒くない?」

「あ、晴一さんおかえりなさい。実は今ユカリが社内の環境試験をしてまして」


 部屋の奥から、「こちらをご覧ください」と声を掛けられ、広縁の方を見ると、チカとムツミが障子戸を両側へ開いてくれる。

 そこに広がっていた光景は、結構な雪で埋もれた中庭の風景だった。数日前に見た中庭では、小さな区切りごとに春夏秋冬ごちゃ混ぜで草木が花をつけていたけれど。今は真っ白に雪化粧をして、がらりと(おもむき)が変わっている。しかも薄雪ではなく、なおも降り続くドカ雪で。


「どかあああああゆきいいいいじゃないか。これじゃ寒いわけだ。縁側と雪の高さが同じだし」


 濡れ縁の板には、屋根の内側へ向けて雪のグラデーションが掛かっていた。

 板の端はもう完全に同化しているため、境界も判別できない。外が雪に埋もれているのは分かったし、環境テストをする意義についても理解と納得はしよう。設備の総合試験は大事だからな。


「だがなぜ部屋の中まで寒いんだ。なんで寒くする必要があるんだ」


 ヘルメットを展開した自分は、室内の気温を計測して疲労感が増してしまう。どういうつもりかは知らないが、内気温度はマイナス八℃とかいうふざけた気温になっているではないか。おかげで床から壁から、何もかも触れるものが皆冷たすぎる。というか、部屋の各所がうっすらと霜を被ってないかこれ。融けたらびちょびちょになっちゃうやつじゃん。ここではならないように出来てるんかもしんないけどさ。


「やいユカリ。マジでどういう目的があるんだこれは」


 あまりの寒さにちょっぴり怒りがこみ上げ、座卓で湯気の立つお茶をすすっているユカリへ問い正す。

 見ればこの場にいる三人は、一様に厚着をしているではないか。それぞれが袢纏(はんてん)を着込み、座卓は家具調炬燵(かぐちょうこたつ)に変化している。

 リエに至っては、スヌードと合体したような、ケモ耳付のニット帽まで被っていて、それはピンクと白のコントラストがかわいい一品だ。そんなリエを抱いて、こたつに入っているランは、マフラーをぐるぐる巻きにし、余った部分を頬被りのようにして背中を丸めている。


「察しが悪いわよ晴一」


 猫の顔を象ったイヤーマフを付け、アホ毛がカッチカチになったユカリが、こちらを向いてぴしゃりと言い放つ。そのアホ毛凍るのか。イヤーマフは右耳が八割れブチ猫で、左耳が茶トラになっているようだ。


「この状況で何を察せというんだよ。外は雪で真っ白で、部屋ん中は氷点を大幅に下回る気温。皆は厚着してこたつに入っていると。たったこれだけで一体……」


 そこまで言って考える。

 環境テスト名目で、ユカリはこんなことをしているとヨリは言っており、今は温度を下げて、空調機能試験でもしている最中なのだろう。だが、室内の気温が低いからといって、この社の面々が厚着をする理由は分からない。そのまま宇宙空間に出るくらいは、造作もない性能を持つ彼女たちなのだ。寒い暑いなどという感覚とは、本来無縁のはず。

 しかし現状を見るに、いまの彼女たちが耐環境機能を使っている様子はなく、生身の人間と同じように、低い外気温に対して震えるといった生理反応まで示している。それは、HUDによる解析結果からも間違いなく、現にランやリエは、先ほどから寒いと愚痴をこぼしているのだ。

 ふと気付けば、今しがたまでいたヨチム組が姿を消している。こたつの上には、昼食の用意がされつつあり、取り皿用と思われる小鉢や、小さな木製の汁杓子(しるしゃくし)。あるいは薬味入れなどの小物が並ぶ。さらには、灰汁取り用の壺なども置かれているではないか。


「分かったよユカリ……。謎は全て解けた。超技術の申し子であるお前たちが、わざわざ体の耐環境機能を止めてまで自分を追い込み、こたつなどという前時代的暖房にあたるという、ちぐはぐな対応をとっている事実。環境試験と称して、状況を最大限に利用し、他人を巻き込んででも己が欲求を満たしたいという念の籠ったこの空気は、ユカリのお祭り嗜好によるものだろう。つまり答えは簡単なことだったんだよ……」


 一同は、固唾をのんでこの馬鹿馬鹿しい高説を清聴していた。

 緊張したユカリのこめかみには冷や汗が滲み、室内灯の光を反射してキラキラと光っている。全開になった広縁の窓のおかげで、ますます冷え切ってしまった室内の空気は、極度に上昇した皆の緊張感と共に張り詰め、さながら先に動いた方が痛い目を見るという、野良猫の睨み合い的様相を呈している。そんな場の空気に耐えかねたユカリが口を開こうとした時、ランとリエが「くしゅん」とくしゃみをして、同時にどこでも襖が開いた。

 その時である。襖の奥からは眩しい光が差し込み、後光を背負った阿弥陀如来とその従者がふたり、白い霧と共に室内へと降臨した。かのように見えた。見えたかな。


「ふっ。どうやら答の方からやって来てくれたようだな。この事件の真犯人は……。ヨリ、君だ!」

「ええーっ!?」


 昼食を運んできただけなのに、ヨリはとんでもない濡れ衣を着せられてしまい、実にかわいそう。


「つーかさユカリだろ。いくら昼が鍋だからってこんなにして。もっと普通に食べようぜ……」


 ハーパンとTシャツ姿でずっと立っていた自分は、とうに限界だったため、ユカリセットを展開して急場をしのぐ。あ~寒かった。


「馬鹿ね~晴一。何のために私が四季を作ったと思ってるのよ。冬の食べ物はおいしいのよ? それに、凍死するような酷寒の中で鍋料理を食べるのは、日本の伝統文化じゃない」

「そんな危ね~文化聞いたことね~よ。何が悲しくて鍋料理如きに命を張らにゃならんのだ。どうせまたフェイクニュースにでも踊らされたんだろ? ぴょっきーゲームの時だってそうだったしな」


 ネットで拾ってきたネタを、たまに自慢げに語ることがあるユカリは、結構な確率でフェイクニュースを掴まされてくる。嘘は嘘であると云々(うんぬん)かんぬん如何(どう)たらこうたら。

 

「あ、あれは、少しだけ勘違いしてただけじゃない。晴一しつこい……」


 ユカリはかわいく口を尖らせている。


「なら学習しないとな。アンサイクロペディアっていうすごく参考になるサイトがあるから、今度見てみるといいぞ」

「何よそれ、便利そうなサイトね……。あとで見てみるわ」


 まったく、そういうとこだぞ。

 などとしょうもないやりとりをしている間に用意は整い。七人のもこもこ厚着集団が、巨大な鍋を囲んで“いただきます”をすると、お待ちかねのお昼ご飯が始まる。ユカリセットを装備して寒さをしのいでいた自分に、チカが接触通信で冬物衣料のテンプレをくれたので、お礼を言って一瞬で着替えた。

 鍋の直径が異様に大きいのは、主にAI三姉妹の需要のせいだが、おかげで縁が近くなり、身を乗り出さずとも具材がとりやすい。労力の軽減効果も狙ったのだろうか。卓内に組み込まれた保温機構も深く落ち窪んでいるため、鍋の高さを低くできるのも便利だ。これなら、リーチが短い食いしん坊のリエも喜びそう。

 先ほどからそんな食いしん坊な三人が、恐るべき速度で具材を消費している。でも、不思議と鍋の中身が目減りすることはない。そこでよく目を凝らして見てみれば、チカとムツミが瞬時に具材を補充していることがわかる。食の暴君のような三人を相手に、よくもふたりで対応できるものだと感心していたら、隣でランと共にリエのサポートをしているヨリと目が合い、苦笑してしまう。


「何だかいろいろ入ってて何鍋かは分からないけど。とりあえず白菜と春菊ばっか食っちゃうよ」

「そうですね~。春菊も白菜も本当においしいですよね」


 ヨリも葉物好きなようで、野菜を中心に箸を進めている。特に水菜とキノコとネギが好きらしい。ああ、なべのネギ鉄砲は熱いから気を付けてね。昔から葱鉄砲出女というくらい警戒されてるし。嘘だけど。


「ね~。しかし、これだけ海やら山やら入ってるのに、一切喧嘩してないのもまた凄い。やっぱ三人はエキスパートだ」


 豚とか鶏とか魚とか。あと貝類と甲殻類も入っているけれど、それらが程よく纏まっていてとても美味しい。自分とヨリ意外には必要なさそうだが、栄養も満点だろう。


「うふふ。喜んで頂けたようで何よりです」

「鍋奉行より鍋将軍でありたい」

「奉行職は桜吹雪の紋々が必須とか」


 ヨリは誇らしげだったが、チカとムツミはまた良く分からないことを言っている。鍋と言えば、灰汁()代官とかいう役職もあったような。

 ふと我に返ると、自分の手には灰汁取りの網が握られていた。周囲をちらりと見やり、そっと壺の中へそれを戻してから、煮えた具材を自分の小鉢に盛り付ける。寒い(過ぎる)部屋の中で食べる鍋は美味すぎて、そっちのけで食べまくっていたら、いつものように食べ過ぎて、食後はいつもの寝転がり満腹ダウン状態へ移行した。いつにも増し、今回は色々過ぎる点が多い。

 過酷な昼食が終わるとともに、環境テストの方も終了し、室内の気温は快適なレベルまで戻される。中庭では相変わらず雪が降り続いていて、積雪量もうなぎのぼり状態だ。そして畳の上に寝転がっていれば、お決まりのようにリエの襲来を受ける。しかし、ダメージは大したことない。かわいいリエを乗せたままうんうん唸っていたら、ランが寄ってきて何やら自分の手を取った。


「なん? どした?」

「いえ……。何となく」

「ランも気持ちの耐久試験か何かい」

「もう。意地悪ですわ」


 頬を膨らませて怒るランの両手に力がこもり、自分の手はぎゅっと握りしめられる。

 彼女の手は女の子らしく華奢で、小さく柔らかだ。今朝から降ろしっぱなしの前髪は、ややまつ毛にかかるくらいに長く、この間までのおでこを出した彼女の印象とは全く違うものとなっている。


「どこぞの文学少女みたいだな」

「え?」

「うん。いや、なんとなくランがね……」


 その言葉に彼女は小首をかしげた。前髪を手のひらで持ち上げると、彼女は覗き込むように下げていた上体を、逃げるように起こす。ランは背筋をピンと伸ばし、ぎゅっと目を閉じて硬直してしまった。

 昼食の時は気づかなかったが、皆の服装は、各々色は違うものの、おそろいのスウェット姿だ。上に羽織っている半纏の柄も、すべて漫画調の猫の顔がデザインされたものだった。その様子は、大晦日に両親の実家に集まった親戚一同のようで。幼少期の思い出がよみがえり、懐かしさを感じてしまう。ジャージやスウェットが楽でいいのは、宇宙共通の認識なのかもしれない。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 先ほどあれだけ寒い寒いと言っていたのに。今は性懲りもなく、売店先のベンチで食後のアイスをなぞを(かじ)っている。

 先日、ヨリに依頼された結晶体用の紐を作るため、やって来はしたけれど。ここにあるものは、そのまま括るには太すぎる紐しかなく。どうしたものかととりあえずこうなっている。考えごとをして無心に食べ続けていたら、すでにアイスはなくなっていたらようで、勢い余って棒にまで(かじ)りついてしまった。

 バキッという音で我に返り、棒を見れば、亀裂の入った平板に“当たり。もう一本”と焼き印が押されていた。カウンターへ行き、売店担当の仲居ヨリへそれを渡すと、いつもの営業スマイルで、祝辞を述べられてしまう。こうみえて、おじさん子供のころから割とくじ運は悪くない。


「やあ、ありがとう。それとちょいと聞きたいんだけどさ、紐ってバラのやつはないのかな?」

「と、申されますと?」

「うん。あのね、ここ組紐のアクセは売ってるけれど、紐に組む前の糸状態の物はないのかなって」

「少々お待ちくださいませ」


 そう言った仲居ヨリは、サッカー台の陰にしゃがみ込み、ごそごそと何かを探しはじめる。ほどなく台の上には、細長いビニール袋に入った刺繍糸のような糸束が広げられた。


「こちらは三重県産の染め撚糸(ねんし)となります」

「う、宇宙伊勢木綿……」


 仲居ヨリがごぞごそしていた台の下からは、伝統工芸品が出てきた。

 お試しにと彼女が出してくれた糸束は、皆紫系の上品な色合いで染められていて、落ち着いた風合いをしている。数えてみると、それらは三十色の種類があり、この中から決めてしまってもいいと思える数だった。自分は袋を重ねて、組み合わせたときの色をイメージし、二色選ぶ。この組み合わせならばヨリの大人びた印象に合うはず。


「じゃあ、この紅桔梗(べにききょう)というのと、こっちの牡丹(ぼたん)ていう色をもらおうかな~。あ、あとセロテープも一個貰ってくね」

「かしこまりました。お包みいたしますか?」

「ううん。すぐに使いたいから、このままで大丈夫だよ」

「ではこちらの二点の撚糸(ねんし)とセロハンテープの一点で」


 特に支払いはないけれど、仲居ヨリはレジを打ちレシートをくれた。

 この売店も、言えば不思議と何でも出て来るものなのか。仲居ヨリにお礼を言い、二本の撚糸(ねんし)を受け取って部屋へ戻る。この糸を三束に分けて、三つ編みの要領で細い組紐を作るのだ。しかし、このレシートどうしたものか。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 部屋に帰ると、居間にはヨリしかいなかった。皆どこへ行ったのかと聞けば、外で雪遊びをしていると言う。広縁の障子を少し開けて外を見ると、いやに暗いガラス戸の向こうは、濡れ縁の軒部分まで雪に埋もれ、壁になっていた。


「降らせすぎなんだよなあ……」


 濡れ縁のガラス戸を開けて外へ出ると、左の方の雪壁に人ひとり分ほどの幅で穴が開いている。穴の壁面は滑らかな氷で覆われ、強固な雪洞のようになっていた。奥を覗くと、(かす)かにリエの笑い声が聞こえていた。ヘルメットを展開して座標を捜索すると、奥へ百五十メートルくらい入った所で、皆激しく移動し、何かやっている様子だ。各人の距離が判明したため、位置関係を上空視点へ切り替えると、迷路状に入り組んだ雪洞内を駆け回る五人の緑枠が見える。雪洞内は広いようで、駆けまわれる程度には空洞があるらしい。

 皆は雪塊を飛ばしているようなので、雪洞迷路内で、インドア雪合戦というレアな遊びをしているようだ。しばらくその様子を見ていると、突然ユカリセットが展開された。同時に主観時間伸長が発動し、周囲の景色が瞬時に固まる。HUDには、高速飛翔体急速接近という警告が表示されており、赤い脅威判定枠には距離三メートルと表示されていた。それと共に、理想回避運動方向と示された、左方向五センチほどの位置へ頭を傾ける。ほぼ同時に雪壁を打ち破って貫通して来た雪玉が、顔の横を掠めるように通過し、背後にある離れの壁面に激突して光を散らした。同時に衝撃波が大きな破裂音を生じさせ、縁側のガラス戸がびりびりとわずかに震える。貫通された雪壁には、不思議と雪玉と同径の穴しかなく、その内面は融けたようになめらかだ。

 雪玉は壁に当たらず、建物を保護する物理保護領域で分解された。また、飛来した流れ雪玉の速度は、秒速十三キロメートルなどというバカげた数字になっていた。そこで、雪玉の弾道ログを呼び出して射点を割り出すと、そこにはランの座標履歴があった。こちら側に立っていたムツミへ向けて放った雪玉が、彼女にやや()らされ、自分の所まで貫通してきたらしい。危ないんですけど。


「この雪合戦はエクストリームが過ぎる。生身なら確実に死んでた」


 流れ弾に驚かされたこともあって、ちょいと悪戯してやろうという気持ちになる。

 自分は雪の壁に分け入って屋根の上へ出た。雪壁の高さは、濡れ縁の(ひさし)を数十センチほど上回っていた。屋根全体に積もった大量の雪を、残らず物理保護領域を使ってかき集め、圧縮する。三メートル程積もっていた雪を集めて作られた雪玉は、直径が二十メートルを超えている。これを(たけのこ)状になるように適当に絞り、先端部分だけに小さく物理保護領域を設定して、自分は空へジャンプする。二百メートルほど上空に達したところで、重力制御を使って静止し、雪合戦が繰り広げられているエリアの中心へ向けて、(たけのこ)を投げ落とした。

 雪塊の直径は底面部分で十八メートルほどあるので、着弾後はつぶれてほぼ同径のエリアが雪に埋もれるはずだ。視界が利かない彼女たちでも、上空から小さな脅威判定を持った物体が落下してくることには気づくだろう。だが、質量や体積などを見ていなければ、回避範囲は脅威判定部分だけだと思い込むはず。なので、油断していればその場から動くことはないと思われる。すなわちそれは、思う壺というやつだ。

 放った円錐は底面を下へ向けて一直線に落ちて行く。底面から先端まではそれなりの長さがあるため、脅威判定部だけで見れば、その誤差に気づかないまま手前で雪塊にぶつかる事になる。

 やがて雪塊は真っ白な雪原へ同化するように消えて行き、低い地鳴りのような音と共にもくもくと雪煙を上げた。雪塊の直径に被るエリアには、チカとムツミ以外の三人が丸々被っていたため、屋根に着地して三人が出て来るまで高みの見物を決め込む。すると間もなく、雪の中から被害者たちが顔を出す。早速ユカリが屋根の上に自分の姿をみとめると、非難囂々といったように、雪玉を高速連投しはじめた。

 ひらひらと雪玉を(かわ)していると、業を煮やしたユカリはいよいよ物理保護を持ち出して、ミニガンのように雪玉を連射してきた。その雪玉を周回軌道に回収後、圧縮して盾と化し、止まぬ連射をさらに受け続ける。

 怒りに燃えるユカリは、盾を目掛けてがむしゃらに連射を続けており、盾はどんどん肥大化してゆく。その隙に、ユカリセットの識別コードを止めた自分は、屋根の陰から回り込んで無事な雪洞へ入り、ユカリの背後に迫る。そうして、なおもムキになって盾を攻撃しているユカリを後ろから捕獲し、くすぐり攻撃を加えてやった。


「うははははうりゃうりゃ~」

「え! 後ろかわひゃひゃひゃやめりぇぇぇ!!」


 自分はすぐにくすぐる手を止めて、ぐったりしたユカリをお姫様抱っこし、雪の上でしょぼくれているランとリエに近づいた。


「ユカリは沸点が低いから隙が多いよね。ふたりとも怪我はないかい? 無茶な事してごめんな。まさかここまで思惑通りになるとは思わなくて。それにしても、チカとムツミは流石というか。ちゃんと観測してたんだ」

「はる様つめたーいのですよ~!」

「そうです! 酷いですわ!」

「ごめんごめん。ちょっとやり過ぎました、すみません」


 ふたりはまだあちこち雪を被ったままだったが、怪我などは皆無だった。あの程度の雪塊でどうこうできるほど、この子達はやわではない。人間なら間違いなく圧死するけど。

 ユカリを降ろしてまだ若干埋まっていたリエを引っこ抜き、ふたりの雪を払っていると、ユカリは萎えてしまったように文句を言う。


「もう。せっかく盛り上がっていたのに、晴一が邪魔するから台無しよ。どうしてくれるの?」

「え、なに? どんな戦況だったの?」

「「わたくし達が、お三方を圧倒していたものと思われますが」」


 奇麗に陥没した雪原の断面に露となった雪洞から、チカとムツミがハモりつつ顔を出す。

 もぞもぞと雪山を上り、こちらにやってきたムツミは、自分の肩に触れて合戦のログを見せてくれた。そこに記録された皆の命中回数を見ると、チカとムツミ以外は満遍なく雪玉を当てられていた。ここでの命中判定は、物理保護での分解のようだ。

 チカとムツミの機動ログを見ると、どれもこれも紙一重でかわすか、雪玉を往なしていて、一つたりとも分解には至っていなかった。また攻勢についても、ふたりは絶妙な連携で三人を翻弄し、確実に命中数を稼いでいる。


「これで一体どう盛り上がっていたと言うんだ。コテンパンじゃないか」

「それは……気分の問題ですわよ……ね、ねぇユカリ(ねえ)さま!」

「そうよ! 高揚感よ!」

「無茶苦茶だなお前たち」


 そんな中、どこか付き合わされた感のあるリエは、ずっと「つめたーい」と文句を言っていた。正直すまんかった。リエに抱き着きながら、冷えてしまったので風呂に入ろうとユカリが言い出したため、ゆっくりしてくるよう言って自分は部屋へ戻る。

 居間では、ヨリがお茶を飲みながらテレビを見ていた。ヨリのお気に入りは、関東ローカルで十三時三十分ごろからやっている午後の映画らしい。

 主にB級作品を扱う枠なので、内容は御察しではあるのだが、エンターテイメントとしては、かなり良質な番組ではないだろうか。そういえば、ヨリとユカリが初めて入れ替わったあの日も、『サムラァイ』とか『ブシドー』とかいう映画を見ていたっけ。

 じっと画面に見入っているヨリの隣に座って、売店で貰った撚糸(ねんし)をポケットから取り出し、完成後に手ごろな太さとなるように三束へ分ける。それらをひと揃えにしてから結び目を作り、一緒に貰ってきたセロテープで座卓に張り付けて、ちまちまと三つ編み作業を開始した。糸巻代わりに折ったつまようじに巻いた撚糸(ねんし)を解きながら、全長二・二メートル程の糸をただひたすら編み込んでいると、番組にCMが入る。そこで、作業に気づいたヨリが声を掛けてきた。


「まあ。お上手ですね~」

「あ、そう? ありがとう。この間ヨリに頼まれた紐をようやくね~。小一時間もあればできると思うから、テレビでも見て待っててよ」

「あ……はい! ありがとうございます」


 満面の笑みを返したあと、ヨリは目を閉じて横から自分に寄り掛かった。彼女のほど良い体重と温もりが心地よい。

 冬の空気を持つ室内で、おっさんと少女が肩を並べてこたつに入っている。おっさんはただ黙々と紐を編み続ける。それはちょっと奇妙な絵面かもしれない。

 三十分ほど無心に編んでいたら、寄り掛かっていたヨリは、いつの間にか寝息を立てていた。放っておくと後ろへ倒れてしまいそうなので、自分の腿の上に頭を置くように、そっと寝かせる。そばに脱ぎ捨てられていた誰かの袢纏(はんてん)を掛け、さらに紐を編み続けていると、露天風呂に入っていた五人がワイワイと部屋へ帰って来る。しかし、自分の膝枕で眠っているヨリを見つけた皆は、声のトーンを下げて、それぞれこたつの周りへ静かに座った。


「はる様、それはなんですか?」

「ん~、これは組紐なんだけど、ヨリの青い石を首から下げられるようにってお願いされてね。やっと落ち着いて作れる時間ができたからさっき編みはじめたんだ」

「おお~、はる様器用なのですよ~」

「ホントよね。見かけによらずマメなのよ、晴一って」

「晴一くんは、思いを形にするようなことが得意なのですわね……」


 皆、銘々にそんな感想を述べる。

 まったく。彼女たちの方が、自分などよりも遥かに優れた超能力を備えているというのに。大したことをしていないこんな場面でも、皆は掛け値なしに褒めてくれる。そんな皆の純粋な気落ちはこそばゆい。いつの間にか近くにきていたチカとムツミのふたりも、自分の手元を静かに眺めて微笑んでいる。こんな地味な作業を眺めていて、退屈ではないのだろうか。


「褒めてくれるのは嬉しいけれど、皆から比べたら、俺にできることなんて大したことじゃないよ。ほんと」

「「それは違うのではないかと」」

「生成を行えば簡単に済むところを、丹精込めて手作業で作られているではありませんか」

「ヨリ様のことを深く思慮されて、思い至った結果の行動とお見受けいたしますが」


 チカとムツミふたりに言われるまで、自分がどう思っていたのかなんて、全く考えもしなかった。果たしてそこまで深く考えていただろうか。色々思い返してはみるが、良く分からない。


「そうかね。俺はただ売店に丁度いい太さの紐がなかったから、糸を貰って作ろうと考えたまでだよ。正直それ以上の考えがあったかどうかは良く分からないな。まあ、デザインや色合いがヨリに似合いそうな物の方がいいと思ったりはしたけど。それに、こんなことで喜んでもらえるならお安い御用だし」

「う~。はる様はちゃんと考えているのです。それは間違いないのですよ~」

「リエの言う通り、それって自分でも気づかないうちに、相手のことを思っているってことじゃないの?」

「本当ですわよ。それは、あまりに鈍感というものではありませんこと?」


 どうも五人がかりで責められているらしい。自分は鈍感なのかな。ただ単に、売店には納得できるものがなかったというだけなのだけれど。

 考えてみれば、今までも誰かからの依頼を自分の納得するようにこなして喜ばれたことは、比較的多くあった出来事だ。でもそれは自己満足なだけであって、相手を喜ばそうとしてやったことではないと認識している。誰かのためになることが嬉しくないわけではないけれど、それが相手を思っての行動かどうかという話となると、やはり良く分からない。


「晴一のことだから、どうせ自己満足だからとか思ってるんでしょ?」

「う。また心を読まれてしまった……」

「やっぱりねぇ……」


 間違いなく図星だ。何でこうもユカリの洞察力は鋭いのだろう。あるいは自分が分かりやすいだけなのか。それとも、深い絆で結ばれている――なんて言ったらちょっとおこがましいか。


「そうだな。ユカリの言う通りなんだけど、でも結果的に誰かが喜んでくれるなら、それでいいかなとも思ってはいるんだよ? 誰かが嬉しいと思ってくれるのは、俺も嬉しいし」


 ユカリとランがやれやれと言った感じで、大きなため息を漏らしている。


「「晴一様は、どうかお変わりなく何時までもそのままでいて欲しいと、私共は考えます」」

「ぼくも~」

「え~? なんだそれ~?」


 良く分からないまま話もまとまり、紐も編み終わった。けれどヨリはまだ眠っているので、石を括るのは目が覚めてからで良いだろう。そう思って、できた紐をポケットにしまい、ヨリの髪をそっと撫でた。

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