伍拾弐 ~ 自主トレ的 ~
朝食の間中、リエはずっとゆらゆらしていた。それでも食べることは滞りなく、食事が終わる頃になって、やっと目が覚め切ったようだ。そして、寝ぼけていた分、いつも以上に食べこぼしも多かった。
食事の後にあまりごろごろするのも良くないし。ふと思い立った計画を実行したかった、というのもあったため、今朝は海岸に出てきている。哨戒機の脅威もなくなったおがけで、今後は戦闘になるようなこともないだろう。でも、万が一ということもあるので、ユカリセットの応用や、緊急対応の訓練を自主的にやってみようと思ったのだ。
ウエストポーチに触れてユカリセットを展開し、HUDを呼び出して戦術データリンクに接続する。戦術リンク上では、ユカリがハッキングした哨戒機が、ハブ機能を持つように改造されている。そこから彼女がリンクに割り込みを掛けることで、全体の制御を奪っている状態だ。その他の保安機構も、ユカリの手により連携から次々と掌握されていった。本来は、統括管理AIから独立していた惑星全域警戒警備網だが、それも今や彼女がほぼすべてを手中に収めている。
これらの仕組みを自由に使っていいとも言われているので、今回は早速その一部を活用させてもらおうと思う。但し、無茶な使い方はしないようにと釘も刺されているので、あまり派手なことはできない。仮にそういうことをしたい場合は、必ずユカリや皆に相談してほしいとも言われている。ここでもほうれんそうは大事だね。
「でもこれはきっと大丈夫な範囲だろう」
独り言を言い、ハブとなっている哨戒機を呼び出してみる。しかし、一分ほど待っても反応がない。
おかしいなと思い、戦術リンクの接続を確認しようとしたとき。沖合約三キロメートルほどの位置で突如生じた水柱と共に、哨戒機が姿を現した。機体は海を割りつつ、閃光と共に猛烈な速度で瞬時に自分の元へやって来ると、目の前にぴたりと静止する。それとほぼ同時に、自分はとんでもない爆音と衝撃波に襲われ、一瞬熱を感じた
だが、直前で自動起動したユカリセットの防御機構が発動し、事なきを得る。物理保護領域が展開されるとともに主観時間伸長も連動し、周囲のあらゆる動体は見る間に減速された。
膨大な運動エネルギーの暴力が砂浜を大きく抉り、大量の砂が撒き上がったため、周辺は砂嵐のようになってしまう。勢いの衰える様子がない衝撃波が、破裂音を残して自分の横をすり抜けて行く。実時間に戻しながら振り返ると、衝撃波は箱庭富士の山体を駆けあがり、一瞬上空で新たな雲を生んで消散した。
手前の樹海にある木々は、かつてない規模の暴風に掻き乱され、激しい破壊を受けた。それらは葉を引きちぎられたり、枝をへし折られたりして、無残な姿になってしまい、中には根こそぎ倒壊させられたものもある。
箱庭全体を揺るがさんばかりのエネルギーの奔流に晒されたことで、海岸に埋まっていた四角錐が一斉に六脚状態へ変形し、周辺を警戒しはじめる。これによって警報は連動し、島全体は蜂の巣をつついたような騒ぎになってしまった。これらの機体が起動したことは、ユカリにも通知されているに違いない。また小言を言われてしまうかも。
「ユカリセットがなかったら確実に俺は爆発四散してたな。しかし、こりゃあ……。色々とまったく大丈夫じゃないぞ。ユカリに怒られるかもしれん」
周囲の無惨な状況を眺めながら箱庭の警備項目を呼び出し、警戒レベルをリセットする。すると、島全域に展開して警戒に当たっていた八十余りの六脚たちは、速やかにホームポジションへ帰還した。それと同期して、HUDへ表示していた箱庭のステータスも、通常状態へ復帰する。
その間も、ずっと足元は地鳴りのように揺れていて、相変わらず強風がどうどうと渦巻いて砂をまき散らしている。そんな状況でも、背後の岩屋はびくともしないまま、吹き付ける砂粒を全て弾いていた。どうも岩屋の入り口には、物理保護による境界が設けられているようで、異物などの侵入を阻むようになっているらしい。
衝撃波の爆音は周囲に何度も反響し、ようやく風が収まる頃になると、今度は巨大な波が海岸に押し寄せて来た。ここに自然はないが、例え大規模な自然災害が発生したとしても、箱庭はびくともしないだろう。けど、大きな騒ぎを起こしていることに違いはないので、本当に怒られてしまうかもしれない。などと呆けた考えをしている間に、大波が砂浜に到達する。
大量の海水は浜を洗い流し、樹海まで及ぶかと思われたが、透明な壁にでもぶつかったように、波海岸線を境界にして砕けてしまう。海底の堆積物を含んだ後続の黒い濁流も、当然島の外周に沿って、横方向へと逸れて行く。そうして十分少々で嵐は過ぎ去り、周囲は元の静けさを取り戻したのだが……。
砂浜は爆撃でも受けたように変形してしまい、背後の森も広範囲でほとんど丸坊主となってしまった。他にも、深く刻まれた破壊の爪痕が方々で見受けられる。一方、この騒ぎを起こした張本人でもある哨戒機は、どこ吹く風とでもいうように、体を魚のようにくねらせて自分の周りを悠々と泳いでいた。いや飛んでいた。
あまりにも無惨なため、修復手段はないものかと箱庭の機能を検索してみたが、特にこれといったものは見つからない。これはもう、製作者に何とかしてもらうしかないと諦め、ユカリへ連絡しようとしたとき、辺りに変化が起こる。
暴風によって舞い上げられ、あちこちへ堆積した砂粒が、障壁の分解と同じように光の粒となって消滅し始めたのだ。また、抉れた砂浜も徐々に隆起し、見るまに元の状態へ戻ってしまう。粉砕された木々にも、あっという間に豊かな緑が生え揃い、何事も無かったかのように樹海は復活した。そこでHUDから詳細を呼び出すと、ここでもナノマシンが仕事をしていることがわかり、ものの数分で完全に元通りとなった。
ともかく、酷い有り様になってしまった箱庭も無事修復され、自分は安堵のため息をつく。哨戒機を一機呼び付けただけで、ここまで大事になってしまうとは、ぜんぜん思っていなかった。またもや何もしないうちから精神的な疲労を感じ、海岸に出てきた目的を忘れそうになる。それから暫く呆けていたけれど、ユカリは現れなかった。ひとまずここで怒られることはないようだ。
気を取り直し、ようやく当初の予定を実行するための下準備に入る。近くにあった四角錐に触れて、ユカリが行ったように起動を促す。ユカリセットのイメージ読み取り型思考制御機能が働き、四角錐は六脚状態へ変形する。起動が上手くいったことに気を良くして、六脚に手を触れたまま、今度は専用機となるよう識別コードを付与するイメージを伝える。すると六脚からHUDへ返答があり、名称の入力欄が表示された。ここで、音声対話型UIを導入するかという質問も同時に行われる。
「音声UIは便利だから有効化するとして。名前はどうしようかな……」
砂浜に胡坐をかき、傍らの六脚を撫でながら空を見上げた。そこには抜けるような青空が広がっており、天空に輝く眩しい太陽が、辺り一帯に鋭い日差しを降らせている。
「ここでこうしてると、俺も日に焼けて黒くなりそうだ。お前さんはすでに黒いから暑そうだな……。てことで、機体名はくろ子にしよう」
HUDに表示された入力欄を目で追ってフォーカスし、思考入力で文字を並べてゆく。
「よし、これでお前さんは俺専フラグが付いた専用機に生まれ変わった!」
自分の音声入力に対して、くろ子はHUDへシステムメッセージを返す。
“機体情報並列化継続。但し個別化フラグにより、本機は最上位権限保持個体、堤 晴一の専属機体としてタスクを受諾。……音声対話UI有効化。……完了”
「テスト。キコエマスカハルイチ」
「お、大丈夫だな。ちゃんと聞こえる……けど抑揚がないのはなんか寂しいな」
「ヨクヨウパラメータヲ、ジョウイカンリシャユカリよりじゅ信……適用完了。これで安定した会話となるでしょうか?」
「おっけーおっけー。ちゃんと自然に聞こえるよ。ところでユカリ、モニターしてるな?」
『当然。さっきからずっと丸見えよ』
「あらやだ、丸見えとかいやらしい!」
「なっ……」
かわいい声と共に、HUDにはユカリのアバターウインドウが表示され、“音声通信”とウインドウステータスの表示が変わる。
彼女のモニタリングについては、予想通りだから驚きはしない。そして、勝手なことをしている自分に対して、ユカリが怒っている様子もない。これはちょっとだけ意外。とか言ったら怒られるだろうなあ。
事後承諾にはなってしまうが、このくろ子と哨戒機に個体識別フラグを付けたと言うと、あっさり了承してくれた。
「どのみち晴一が全権を握っているんだから好きにしなさい」
「あい」
やや投げやり調子のユカリだったが、自分のやっていることに興味はあるようで。彼女は、少ししたら行くと言って通信を切った。
製作者からの許可も得られたので、お次はと辺りを見回し、回遊する魚のようにうろうろしていた哨戒機を呼び付ける。哨戒機はすぐこちらへ寄って来たので、くろ子と同様にイメージ対話を行い、ひとつずつUIなどをカスタマイズした。こちらにも個体識別フラグを設定し、いよいよ機体に名前を付ける段となる。
「さて、お前は白いからな……。なめ子でいいか」
色は全く関係ない。
見た目がナメクジウオっぽいので“なめ子”としたが、気持ち美味しそうな名前になってしまった。これがしろ子(白子)とかでも、また美味しそうになってしまうだろうけれど、白とか黒では捻りがない。
さて。個体名も決まったことだし、本題に入るとしよう。なめ子のスペックを見ると、戦闘速度がマッハ二十前後となっているのを発見した。その速度領域を試してみたくなり、海岸から障壁までの往復時間を競ってみることにする。
自分の方はセットの限界地まで速度を上げられるので、なめ子の速度上限値に合わせておく。そうしないとフェアじゃないし。
「くろ子の合図でスタートして、障壁へ接触してここへ戻って来る。判定もくろ子で頼む」
「「了解しました」」
「それと、衝撃波を出さないように物理保護領域の前後で物質置換領域を形成すること」
「了解しました」
単に物理保護領域と共に大気中を移動すると、高速で大気を押しのけて進むことになるため、どうしても巨大な衝撃波が発生してしまう。しかし、大気に影響を与える作用点に真空領域などを作り、進行とともに大気を順次入れ替えれば、それを防ぐことができる。これは、どれだけ箱庭が堅牢な作りであっても、余計な波風(物理)を立てるのは良くないと判断したための対策である。たとえ直ぐに修復が行われるとしても、無益に環境が破壊されるのは辛いし。
戦闘支援AIのカスタマイズ項目を呼び出して、物理保護領域の制御条件に手を加える。HUDのUIは、曖昧な言葉やイメージからユーザーの要求を類推し、様々な提案を寄こす。そこから目的に適合した要素を選択し、有用な条件のいいとこ取りをしてゆくと、理想的な雛型ができる。さらにそれを戦闘支援AIがブラッシュアップすことで、完璧無比の新機能が完成し、実装されるのだ。
この新機能はなめ子とくろ子にも導入されるため、この二機が今後衝撃波を生じさせることはないだろう。機能の検証については、イメージングの時点でシミュレーションが開始されるため、ぶっつけ本番の使用でも問題はない。これが人力開発と機械開発の決定的な差である。すごいネ。
こうして三分ほどで準備は整い、波打ち際でブーツが水上に立てるのを確認してから、海面上でスタートの体勢を取った。
「くろ子たのむ~」
指示を出すと、くろ子は三秒前から減算をはじめた。
カウントがゼロになると同時に主観時間伸長が自動起動して、自分となめ子は沖へ向けて弾丸のように飛び出して行く。実際は、弾丸などよりもはるかに速い速度で移動しているので、加速の瞬間に弾丸など置き去りになるだろう。この速度域で自分たちを追跡できる地球人類の兵器は、電波や光を直接用いたものしかないはずだ。
HUDの速度表示は、時速二万四千七百キロメートルを指し、ひとりと一機はスタートから一・四五秒ほどで十キロメートル沖の障壁まで到達する。慣性制御のおかげで瞬時に停止する自分と一機は、障壁に触れた瞬間復路に入り、再び海岸目指して突っ走る。そしてまた一秒と少し後には、お互いほぼ同着で海岸へ到達し、同時にくろ子からHUDへ送られてきた計測時間に目を通した。
“なめ子:二・八三二四一秒。晴一:二・八八六五四秒”
くろ子は、数字とグラフを寄こし、詳細な情報を示す。そこには自分となめ子の加減速タイミングが曲線で重ねて示され、互いのタイミングが微妙なずれを持つことを表していた。
「む~。出走タイミングとか折り返しが響いてるみたいだな。やっぱり人間は機械には勝てないか」
ユカリセットの移動速度に関しては、まだ大幅に余力があるけど、相手と同等の性能へ設定してしまうと、どうしても操る側のスペックが出てしまう。恐らくこれは、戦闘でも同じことが言えるだろう。やはり補助性能が圧倒的に上回らねば、人は機械には勝てないのだ。
「んじゃ次はくろ子と追いかけっこするから、くろ子は全力で逃げてくれる?」
「了解しました」
指示の受諾と同時にくろ子は目の前から消える。
「いや、速いな~」
HUDでくろ子をの座標を追うと、樹海の中に反応を確認した。
しかし、残念なことに森林戦は想定していない。この星には森林など存在しないし、そもそも自分たちに森林戦闘なんてものは全く意味がない。樹木などの遮蔽物がいくらあったところで、破壊も回避も自由にできる自分たちには、何の障害にもなりはしないのだ。探査能力も高いから、欺瞞や隠蔽にも使えないしね。
『くろ子、悪いけど戻ってきて』
指示を出した途端、瞬時にくろ子は帰還する。ちょっとかわいい。
「追いかけっこは海上でやろう」
「了解しました」
行動範囲を明確に指定して、新たに指示を出すと、くろ子は海上へ逃げて行った。
なめ子との競争と同じように海面を蹴り、逃げて行くくろ子の追跡に入る。くろ子の移動速度は、時速二千三百キロメートル前後で安定しており、これは確認した仕様とも大差ない数値だ。しかし、くろ子はトリッキーな動きで自分を翻弄し、その高い機動性が相手では、追従することもままならない。それはまるで、水面に浮かぶアメンボのように素早く、ときには高く飛びあがり、三次元機動を用いて複雑な回避行動をとっている。
そこで生身の思考で追跡すること止めて、HUDから戦闘支援AIを有効化し、今までのくろ子がとった機動情報から、回避軌道を推測するように設定を変える。それを踏まえて、さらに自分の直感、というよりも、博打のような行動を織り込んでかく乱して、徐々にくろ子を追い込んでいった。
平均化されたデータや傾向などを参考にして、行動予測を立てているくろ子は、突如組み込まれる非合理的な行動に、まんまと影響を受けるようになった。そして、やがては起点となる目標行動を見いだすことができなくなり、単調で相対的な軌道を描くようになってしまう。それはすなわち、こちらが行動を誘導できるということにほかならず、事実自分は容易く誘導に成功して、くろ子を捕らえることができた。
しかし、これも学習が進めばやがて通用しなくなるだろう。場当たり的な遭遇戦ならいざ知らず、時間をかける訓練のような場面や、幾多の攻防を重ねる長期戦には不向きだ。とはいえ、この訓練の目的は自分の反応速度を養う物なので、その辺りはどうでもいい。
何度か同様の追いかけっこを繰り返すうちに、何となくコツのようなものが掴めて来た。忘れないうちにヘルメットでイメージのバックアップを取り、後日の練習やイメトレに活用しよう。
次に難易度を上げるため、追いかけっこと同時に、なめ子へ非致死性の射撃を交えてくれるよう指示し、訓練を再開する。なめ子から放たれる飛翔体を、物理保護領域で周回させ、タイミングを見てなめ子に撃ち返しながら、くろ子を追い掛け回す。けれど、こんなハードな内容がいきなりこなせるわけはなく。反撃の命中率は一割にも満たず、またくろ子の捕縛率もがた落ちとなった。
それから二時間程ぶっ通しで海上で戯れていると、外に出てきたユカリから通信が入る。そろそろ休憩もしたかったので、二機を引き連れて文字通りマッハで海岸まで戻る。海岸に着くと、岩屋の前でユカリが待っていた。追加された日差しの下でも彼女はかわいい。ふふふ。
「ただ~いま」
「おかえりなさい晴一。海上にいたのね」
「うん。ちょっと二機と遊んでた」
「……ふ~ん。ちゃんと使いこなしてるみたいじゃない」
後ろ手に手を組み、自分の顔を上目遣いに見上げるようにして、笑みを浮かべたユカリが言う。なんだこのかわいこちゃんは。
「ん? どして?」
「だって、晴一たちは超音速で戻って来たのに、動力区画の時みたいな衝撃波は起きなかったでしょ。細かいパラメータなんかも弄っているようだし、それってちゃんと機能を理解している証拠でしょ」
暇を見てマニュアルなんかを読んではいるけど、それでもまだ多機能過ぎて、まるで追い付けていない。
今使っている運動機能の強化でさえ全く馴染んでいないし、まだまだ装備に使われているような状態だ。とはいえ、ここで謙遜してもまた自己評価が低いと文句を言われそうだし、製作者の審美眼を素直に認めておこう。
「そうだな。まだまだ見様見真似って感じだけど、作った本人が言うんだからそうなのかも」
「そうよ。間違いないわ。ふふふ」
ユカリはその場で軽やかに回転し、なにやら嬉しそうに笑った。




