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肆拾玖 ~ これは魚 ~

 五時きっかりに目が覚めた。まるで老人のような睡眠サイクルが身に着いてしまったような気がして、切ない気分で洗面台へ向かい、顔を洗う。

 今朝もダイニングには勤勉なヨチム組の姿があり、朝食の準備をしてくれていた。いつもありがとうございます。

 自分やヨリはまだしも、他の五人は食事の必要さえないのに、毎日毎食付き合わせてしまっているようで悪い気もしていた。しかし彼女たちにとっては、食事が娯楽として定着している。これはこれでいい形へ収まっているものなのだと、自分を納得させるのが建設的か。なんだかな~。


「おはやうございやす」

「おはようございます晴一さん」

「「おはやうございやす」」

 

 三人と挨拶を交わすと、チカとムツミがノリよく自分の挨拶を被せて返してくれた。何やらふたりは最近面白おかしい。

 今朝は日課のコーヒーは止めて、カロリーゼロコーラを飲むことにする。目的の物を入手して、テーブルへ移動しようと振り返ると、背後にはいつの間にかランがぴたりと張り付いていた。ちょっと驚いたけど、ひとまず彼女とも挨拶を交わし、横を通り抜けて席へ戻る。けれどランはそのままついてきた。なにか用事があってディスペンサーの方に行ったのではないのか。

 自分はシートへ着席したが、ランはずっと横で突っ立っている。いた堪れなくなり、彼女をひっつかまえて昨日と同じように席へ押し込む。また逃げ場のない壁際に追い込まれてしまったランは、そわそわと落ち着きがなくなり、居心地が悪そうにしている。なんかもう凄くかわいい。


「珍しく今朝は早起きだね。挙動不審な理由は分かっているけど、俺は別に接触禁止とまでは言ってないよ? 変に遠慮されるとこっちまでおかしくなるから、そこら辺は今まで通りで構わないと思ってるんだけれど」


 そう言うと、煮え切らない表情でちらちらと視線を巡らせていた彼女が、しゅんとしてしまう。今まで過剰だった積極性の反動で、量子脳を傷めでもしたかと馬鹿なことを考えたりして、黙っているランの様子をしばし観察する。


「……やっぱりまだ良く分からないんだな」


 浮かない顔で頷くランの頭へ手を置き、グラスに残るやや気の抜けたコーラを一気に片付ける。

 空になったグラスを返却するついでに、ディスペンサーへコーヒーを取りに行くと、ランはまたもやくっついてきた。しゃーないなと思いながら、オーダーボックスの前に移動し、新たなオーダーのためにランへバックアップを頼む。突然の注文に(いぶか)しげな表情をしながらも、ランは快諾してくれたため、イメージングは楽に進んでいく。

 数十秒後。オーダーボックスから生成完了の電子音が鳴ったので、成果を取り出して一口味見してみる。優秀なサポートのおかげか、これもほぼ同一の味を再現できたと思えた。そこでさらに三十個ほど追加オーダーを掛けて、個別包装状態の菓子を生成する。


「ほい、これでも食って元気出せ」


 ボックスから取り出した菓子を、ランの(たもと)にどさどさ放り込み、目当てのコーヒーを抽出して席へ戻る。

 矢絣(やがすり)の袂にはまだ余裕があるため、大量の菓子を詰めても平気だろう。後ろについて回るランを、また奥へ押し込んでコーヒーを飲みはじめるが、俯いたまま菓子を食べようとしない。しゃーないので、(たもと)に手を突っ込んで中をまさぐり、生成した菓子を一つ取りだす。

 前触れもなく袖口から手を突っ込まれたランは、おかしな音を出して激しく動揺していた。そんなことはお構いなしで、取り出した菓子の包装を破り捨て、半分にちぎった物を彼女の口へとねじ込む。状況が飲み込めず、初めは固まっていたランだが、皮のほのかな甘みと、卵の香りが強い濃厚なカスタードに釣られ、本能のまま咀嚼(そしゃく)を開始した。


「おいしい……」

「だろ?」


 もう半分は自分の口へと運んで、馴染みの味にほっとする。自分たちが食べている菓子の包装紙には、“~の月”と名状しがたい名が印刷されている。


「“~の月”ですの?」

「うむ、~の月だ。余談だが、オリジナルは日本の宮城が発祥のはずだ。しかし、なぜか日本各地に散在するこの月菓子は、製造メーカーも違うのに大体同じ味がするんだよ。多分大人の事情があるんだろうな。中には月が付かない物もあるけれど、やっぱり味は似たり寄ったりだったりするぞ」


 すっかり“~の月”に夢中になってしまったランは、次から次へと(たもと)から取り出しては、むしゃむしゃと貪っていた。

 ようやく笑顔が戻ったランが見られて、胸のつかえが取れた気もするが、このまま順調にいつも通りのランに戻ってほしいと自分は願う。でもスケベな攻撃を加えられるのは勘弁な。

 ふと視線を感じてキッチンの方を見ると、自分たちのやりとりを見ていたと思しきヨリが、柔らかな笑顔を浮かべ、微笑ましいといった表情をしていた。さらにチカ&ムツミまでもが微笑を浮かべ、また謎のサムズアップをこちらに向けていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 朝食後皆で操縦席に集まり、外界の様子を確認する。操縦席前部の壁面には、車両前方の映像が投影され、いつもの走行チャンバー内部の映像が表示されている。

 昨日リエが施してくれた処置から、約十四時間が経過した現在。チャンバーが修復された距離は 八キロメートル程にもなっていた。彼女が言ったようにその速度は非常に早く、リエが修復剤を散布した場所は、優先的に修復支援を受けることができるのだという。これは保守管理AIの特権というか、固有機能のようで、彼女は「直接指揮を取ればこんなものなのですよ~」と胸を張り、かわいいどや顔を見せていた。納得のさすリエだ。

 綺麗に直ったチャンバーへ早速車両を走らせて、修復中の末端まで移動を開始すると、一分もしないうちに現場まで到着してしまう。前方にはまた惑星中間層の雲海が見えていた。丁度そのタイミングで、三機の哨戒機が編隊飛行をしているのが見え、自分の緊張は一気に高まる。だが、あれらは要塞惑星の設備には攻撃を加えないようになっているので、この車両が標的にされる心配はないとのこと。おじさん一安心。

 哨戒機も無事通り過ぎ、索敵エリアからも外れたので、車両外へ出て昨日と同じ作業の続きをする。この先にある接続地点までの距離も六キロメートル程となり、昨日見た地点よりだいぶ近づいたので、ここからは直接修復材を向こう側へ送り込むということだ。

 リエは、また巨大な背嚢をあさって幾つかの球体を取りだすと、次々と空中へ並べてゆく。空中に浮かぶソフトボール大の白い球体は、表面が波打っている。それらは、表面張力によって球状化した液体のように見える。球を五つ並べ終わったところで、リエが端から順に触れてゆくと、球体は猛烈な速度で雲海の中に見えるチャンバーの断面を目掛けて飛んで行き、吸い込まれるように消えた。HUDから望遠してみると、五角形のように並んだ球体が、仄かな光を放っているチャンバーの断面へと着弾し、例のとろろのごとく体積を増やして、修復箇所を素早く覆い尽くしてゆく。


「あ~、あれ修復材なんだ」

「はいです。これで修復が早く進みますね~」


 えへへとリエは笑っている。激烈かわいい。


「修復材は空も飛べるのか……」

「いえいえそんなことはないのですよ。浮かんでいるのは、ぼくの物理保護操作ですし、移動には別の場所から運動エネルギーを分けてもらってますです」


 リエの説明はなにやら難しく、運動エネルギーをもらってくるとか、良く分からないことを言っていた。これはまた後で詳しく聞くことにしよう。

 相変わらずこちらの断面も、むにむにとうごめきながら構造体を修復して、徐々に距離を伸ばしている。もう四時間もあれば、完全につながるとリエは言っていた。次の哨戒時間まではまだ時間があるので、自分はしばらくむにむにを見ているけれど、ここで遮二無二(しゃにむに)むにむにを眺めていても仕方がない。

 そこで車内へ戻ろうとしたとき、ユカリに呼び止められる。何かと聞けば、彼女はこれからやる事に少し協力してほしいと言った。


「ちょっと哨戒機を一機ばかり調達したいのよね」

「……お前は何を言っているんだ」


 もうすぐ別のルートを通る哨戒機が近くへ来るから、おびき寄せてほしい。などと、ユカリはとんでもないことを言いだす。

 どういうことかと聞く前に、HUDにはユカリから送られてきた周回ルートが表示され、そこには近傍を飛行する複数の編隊の現在位置が、刻々と反映されている。しかし、距離が最も近い編隊でも二十三キロメートル程離れていて、なおかつ進行方向も違うため、こちらの位置は哨戒機の索敵範囲からは大きく外れているようだ。なるほど、それでおびき寄せか。でもやだなーこわいなー。


「それで、どうやっておびき寄せるのさ」

「うふふ。そこはランにお願いするわ」


 自分の後ろで、知らぬ間に服の端を摘まんでいたランへお呼びがかかる。

 衣類に触れられるくらいには彼女も慣れたらしく、距離感も徐々に戻りつつあるようだ。ランの頭をわしゃわしゃと撫でてみると、「髪が乱れますわ」と赤い顔で不満を言った。その口調は照れたように穏やかだ。

 ユカリからご指名のあったランは、ふたつ返事で承諾し、修復が進む開口部の方へ歩いて行く。物理保護によるチャンバー内の環境維持境界付近まで進んだランは、肉眼では見えない哨戒機の位置を確認すると、数メートル離れた胸の高さ程の位置に、目も眩むばかりの光球を発生させた。それと同時にHUDには、けたたましい警告音と共に脅威判定が表示される。早速哨戒機に気づかれたのかと思った自分は、それらに注視した。しかし、赤枠の警告は、ランの生み出した光球を示している。

 次々と表示される詳細によれば“有害光線、高強度電磁場及び電磁波、高熱、高放射線、有害雰囲気、放射性雰囲気”と、有害やら脅威やらの赤文字がごちゃごちゃと並び、光球の注釈には“陽電子プラズマ”という解析情報が点滅している。

 すべての周辺環境指数を見ると、一帯の放射線量は激増しており、もし生身でこの場にいたならば、放射線障害によって数分で絶命するレベルであると勧告していた。この陽電子の塊は、惑星の大気を電離させて対消滅を起こし、強烈なγ線放射を行っているのだ。いやいや怖すぎでしょ。死んじゃうって。

 あまりにも恐ろしい状況に、ランへ突っ込みを入れようかと思った瞬間、光球は直線状のビームへ変化し、哨戒機目掛けて一瞬で到達した。しかし、物理保護領域によってビームは()らされ、中心核となっている惑星表面へ落ちて行く。この攻撃は、(おとり)として十分な効力を発揮し、ランの放った熱烈なラブコールに応えるように、三機の哨戒機がこちらへ転進して急速接近してくる。

 HUDの脅威判定が更新され、哨戒機を示す黄枠が赤へと変わる頃。米粒ほどの機体が肉眼で確認できるくらいになる。編隊は、猛烈な速度でこちらへ接近しつつ射撃を行っているため、機体前部がキラキラと輝いて見えた。

 そのとき、自分の主観時間が自動的に伸長され、自分とラン目掛けて哨戒機の放った針状の飛翔体が十数本、ゆっくりと近づいてくるのを視認する。自分たちは、それぞれ距離の近い飛翔体を順番に捕獲し、周回軌道へ乗せた後、手近な哨戒機へ狙いを澄ます。射撃はランと連携した上で波状攻撃となるよう、一気に撃ち込み、互いに一機ずつ損傷を与えた。

 反撃を受けた編隊は射撃能力を失い、すぐさま後退して戦線を離脱しようとする。だが、残りの一機が放った援護射撃を利用し、ランが連続で追撃を行ったため、後退しつつあった二機は粉砕された。激しい戦闘のさなかに手放しで感心してしまう程、ユカリの提示した手法は絶妙だった。

 致命的な損傷を受けた二機の哨戒機は、機体構造の大半を失い、ナノマシンによる分解作用光の破片をまき散らしながら雲海へ消えて行く。

 残る哨戒機は一機のみとなり、相手は牽制(けんせい)射撃を行いながら退却をはじめる。そこで、自分たちの後方に控えていたリエが、謎の塊を射出する。プラズマを纏うほどの速度で飛んで行くそれは、大気層を引き裂く衝撃波を引きずりながら、残っていた哨戒機に猛烈な速度で命中した。赤茶色をした粘土のような物体は、やすやすと哨戒機の物理保護領域を侵徹し、機体側面にペタリと取り付く。やがて粘度は薄く広がって、白く同化してしまう。粘度に同化された哨戒機は、機能を停止したかのようにバランスを崩して、緩やかに高度を落とし始める。結果こちらもまた、雲海の中へと消えて行く。南無阿弥陀仏。

 緩やかに降下して行く哨戒機をHUDで追跡していると、しばらくして脅威判定が解除され、緑の枠で囲われた対象が一瞬で目の前に再浮上する。

 なんとも呆気ない勝利に肩透かし喰らいつつも、初の勝ち星をランと共にハイタッチで祝い、彼女をひしと抱きしめた。一気に気が抜けたおじさんは、豊満な女体に安らぎを求めてしまったのだ。マジで緊張してたから、ちょっとだけ勘弁して。


「やったなラン!」

「んひぃ!」


 いきなり抱きつかれたランは、また変な音を出した。


『制御系の掌握完了。もう大丈夫よ』


 そこで車両の陰に待機していたユカリから、通信が入る。

 HUDの示す情報から察するに、どうやらリエが作ったハッキング用ナノマシン経由で、ユカリがハッキングを仕掛け、哨戒機を乗っ取ってしまったことがわかった。良く言えば器用だが、悪く言えば手癖が悪い。まあ何にしてもユカリが頼もしいことには違いなく、また戦力が増えるのは嬉しい話だ。


「やっぱすげえなユカリは」

『でしょう? もっともっと褒めてもいいのよ? あ~、ついでに哨戒機の戦術リンクも掌握したから、今後私たちが哨戒機に攻撃を受けることはなくなったわ』

「まじかー! これからは平和になるのか。よかった」


 もうこそこそとチャンバーの修復作業を進めなくて済むというだけで、私的にはほぼ肩の荷が下りた感じだ。戦争反対。ラブ&ピース。メンテナンス中にいわれのない攻撃を受けるなど、誰だって願い下げである。だがしかし、やられっぱなしは性に合わないので、反撃は徹底的にさせて貰いたい。

 さて、ゆかいな仲間たちに迎え入れられたこの哨戒機。外観は乳白色で、滑らかな体表をしている。全体的に細長く、全長は十二・五メートル。胴体は楕円形をしており、重量は約〇・五トン、全高一・八メートル、全幅一・二メートル。大体そのくらいの数値になっている。

 機体前部に近い両側面には、目のように半球状に張り出した、ターレット状のセンサーアレイが付いていて、同じような物が胴体中央付近の上下にも搭載されている。前部ターレットの間は、魚の顔のように滑らかな丸みを帯び、口の部分に当たる場所には、飛翔体射出口が格納されているようだ。

 後端部はひし形に近い形をした板状で、端部に行くほど薄くなり、半透明な魚の尾ひれのようにしなやかに波打っていた。総評すると、突出部がなければ、ほぼナメクジウオのような形をしている。そしてこの哨戒機は、進行方向を変える際も、魚のように機体をくねらせて向きを変えるのだ。


「これ魚じゃん」

「ええ? 魚っぽいけど魚ではないでしょう?」


 ユカリと自分は魚討論をはじめたが、互いの意見は平行線を辿り、まったく纏まる気配がない。まさに水族を巡る水掛け論。

 そこで皆に意見を求めると、五人は満場一致でこれを魚とし、ユカリのみが反対という決となった。明らか過ぎる。


「うう……。私だけが魚じゃない派なのね……」


 残念そうに言うユカリは、アホ毛と共にしょぼくれてしまったため、不憫に思ったリエが慰めの言葉をかけながら抱き着いている。そのアホ毛どうなってるの。

 こうして哨戒機の脅威は去り、より安全に作業が進められることとなったが。実はこれは副次的なもので、ユカリの考えていた本来の目的は、哨戒機戦術リンク網の掌握と、機体を利用した修復材の運搬役確保だった。次の断絶地点は、三ヶ所の内最長距離で崩れている部分でもあり、その距離は四十二キロメートル弱もあるらしい。そこで哨戒機を投入して、対岸へ修復材の橋渡しをするというのが、リエとユカリが立てていた作戦らしい。ここに到着する前、ふたりでしていた内緒話はこれだったようだ。


「目的の物も調達できたし、あと三時間半程度でここもつながるから、修復が完了次第出発しましょうね」


 次の断絶地点までは十時間ほどかかるため、それまでの間はまた車内に缶詰めとなる。そんな辛い現実から逃れるために、自分は車両へ乗り込むと、すぐにソファに横たわりゴロゴロしはじめた。昼まではまだ時間があるし、そのころには丁度チャンバーも開通するので、昼食の間に出発となるだろう。ほんと、ここには飲食くらいしか娯楽がないのう。

 それまで昼寝でもしてやろうかとも思ったが、起きてまだ四時間程度しか経っていないので、眠気などあるはずもなく。早々と逃げ場を失った自分は、悶々とした時間を過ごすことになる。間食ばかりしてると寿命が縮むし、コーヒーばかり飲んでるとトイレが近くなって仕方がない。たばこはだいぶ昔に止めてしまって、酒もあまり飲むたちではない。小閑(しょうかん)時にやることと言えば、近頃はタブやスマホを使ったソシャゲ程度……。


「ソシャゲ!」


 弾かれたように起き上がり、ポケットからスマホを取り出して、攫われて来て以来初めてソシャゲを起動してみる。

 久しぶりに見るホームメニューには、フレンドからのメッセージ通知が数件溜まっていたので、まずはそちらを開いて読んだ。そこには、月一のクランイベントに参加していない自分を(いぶか)しみ、クランメンバーが心配しているとの文言があった。とりあえず、最近は忙しい(むね)のメッセージを送り返しておき、いつものデイリールーチンワークをこなしていく。

 このゲームはバッテリーの消費が早いので、プレイするときはいつもアダプターなどを接続しているのだが、スマホのバッテリーは一向に減る気配はなく、CPU使用率に応じた発熱などもない。そして、いつもならフレームレートが落ちる場面の描画も、一切の引っ掛かりを見せず、極めて滑らかにゲームは進行していた。よく考えると、これまで一度も充電していないなこのスマホ……。


「何かこのスマホこわい……」


 一抹の不安を感じたためゲームを閉じる。

 こいつのスペックがとても気になった自分は、設定画面からハードやソフトの仕様を確認した。しかし、特に変わった表記はなく、間違いなくそれは一年ほどの付き合いのある、自分のスマホと同等の物だった。

 どうにも合点が行かず、今度はベンチマークアプリをダウンロードして計測を掛けてみる。すると、計測結果に表示された数字は見たこともないようなスコアになっていて、端的に言えば、アプリ仕様の上限値と思われる数値でカンストしていた。


「こんなの自分の知っているスマホ(相棒)じゃない……」


 その後も、複数のベンチマークアプリを落しては、ひとつずつ試してみるが、どれもこれも計測結果が尋常ではない。こんなリザルトを送信しようものなら、他のユーザーから“チーター”や“ハッカー”呼ばわりされることは目に見えていた。

 悲しい気持ちでスマホをスタンバイモードにして、そっとポケットにしまいこみ、再びソファの上に身を横たえる。


「あのポンコツめ。何てことしてくれたんだ……。ハイスペックってレベルじゃねーぞこれ」


 これは世界レベルさんも驚く宇宙レベルの高性能だった。


「こんな怪しい端末でゲームやってBAN喰らうのも嫌だしなあ……」


 やっと暇つぶしの手段を見つけたと思った途端、はやばやとやることがなくなってしまった。まさしくぬか喜び。

 とはいえ、こんな所でくさっていても仕方がない。何かないかとテーブル席の方を見れば、ユカリの小さな後ろ姿が目に入る。また、奥のダイニングに目をやると、他の五人はそちらのシートに座ってお茶を飲んでいるようだ。昼食前だというのに、ダイニングの子らは、今朝方ランに出してやった“ジェネリック月”を食べて、大盛り上がりしているらしい。

 のそりとソファから身を起し、テーブル席まで行くと、ユカリは手元にコンソール展開して何かの作業に没頭している。今大丈夫か聞くと構わないと言うので、昨日ヨリにも話したポンコツの意向についてや、やつに対して権限が通っていないことなどの話をした。

 権限が通っていないことと、アレの言った要塞惑星復旧後の目的については、ユカリも大体予想していたらしく、やっぱりねといったようにため息をつく。それについての対策は、各AI達の権限を固定したので大丈夫なようだが、自分は何か引っかかるものを感じていた。そこで、ユカリの言っていた話と、ポンコツの言っていた話の齟齬(そご)についても話してみる。


「なにそれ? そんなの私の情報にはないわよ!? 銀河団だけを消費してこの星だけ無事にって……そんな計画私は知らない」

「やっぱここは違うんだな。俺はこの話について、ユカリの言うことが間違ってるとは思ってないし、ポンコツの言っていることも恐らく嘘ではないと思ってるんだよね」


 あのときのポンコツは、自分へ危害を加える意図はあるかという質問に対して、絶対にそんなことはしないと大慌てで否定した。あれはどう見ても素の状態だったし、根拠はないが、ポンコツ自身も自殺行為のような真似を容認するとは考えにくい。


「俺が思うに、恐らく互いに与えられた情報は、欺瞞されてる可能性が高いんじゃないかと思う。動力制御区画の侵入阻止装置の件にしてもそうだし。これはもう、自分たちやポンコツ以外の何者かが関与しているとしか思えないんだよな」


 ユカリはコンソールを閉じて膝の上で手を組み、何か考え込んでしまった。

 やつと話をしてから考えていたことだが、こんな事態にどうやってアプローチすればいいのか。考えたところで皆目見当がつかないため、自分もユカリの隣で黙り込む。


「こうなったら無理にでも現統括管理AIに権限を通すしかなさそうね……」


 唐突に口を開いたユカリは、真顔でちょっと物騒なプランを提示する。

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