肆拾捌 ~ ヨリ35歳 ~
行程を確認したくなり、ヘルメットを展開して壁のパネルを見る。このまま何事もなければ、小一時間ほどで一つ目の断裂ポイントに到着すると路線図は告げている。実際は到着というより、チャンバーが致命的な損傷を受けていて、緊急停止せざるを得ない地点までの到達予想時刻だけど。
何度目かのため息をついて視線を戻す。横ではヨリがソースせんべいを食べている。かわいい。
HUDの表示項目を切り替えると、現在視界内にあるオブジェクトなどについて、詳細な情報が表示されてゆくのがわかるのだが……。なぜかヨリへ視線を向た時だけ、HUDの文字はピンクの丸文字になり、ファンシーさがアップした。なんぞや。
「何だこの不思議機能は……」
内容に関しては、身長体重スリーサイズに至るまで様々な情報が出るのだけれど、彼女の名前表示欄の横には、アルファベットで“SP”という意味深な二文字と、“4”という謎の数字が付いているのだ。この間ランの胸囲を調べた時には、こんな表示は出ていなかったはず。
この機能が少し気になって、拡張によって一セット増えたテーブルに陣取り、打ち合わせをしているリエとユカリを見た。しかしこのふたりには、特にそういったおかしな表示は出ず、名前のほかには、所属や既知の素性のような情報しか表示されない。
ふたりとヨリをHUD越しに見比べて腕組をしていると、ヨリと目が合う。彼女は「えへへ」と笑いかけてきた。超絶かわいい彼女の笑顔に、こちらも笑顔を返す。そこで、気になる文字の話を切りだした。
「あのねヨリ」
「はい」
「HUDにさ、ヨリの名前が出ているんだけど、その名前の横にアルファベットと数字が表示されてるんだよね。こんな感じなんだけど、これってどういう意味か解るかな?」
言いつつHUD上からヨリをターゲットし、視界情報共有の申請を飛ばす。
「え? わ! なんでしょうこれは! あ、ああ……えと、はい、はい。うん、じゃあこうかな……。あ、できました! すみません、この機能を使うのは初めてなもので」
ヨリは、いきなり視界に表示されたと思われる承認申請の文字に驚き、戸惑っていた。しかしそれも一瞬で、ユカリから操作法のサポートを受けたらしく、無事視界の共有が開始される。そこで視線追従で、気になっている領域を選択し、ヨリに見せたい部分を拡大表示してみせた。
「なんか突然でごめんね。ここの所なんだけど……」
「あ~、SPと4ですね。これはですね、ユカリが私の体をクローニングした時に、特殊な機能を盛り込んだので、スペシャルの意味でSPと付けたそうです。それから4ですが、こちらはこの体が四体目になるという意味ですね」
「え?」
なんか初めて聞く衝撃の事実。
「あはは……。実はこれまでの三体は紆余曲折あって、上手くいかなかったようでして……はい」
ヨリは笑ってそう答えていたが、その様子は少し辛そうで。まるで触れたくない過去の記録を閲覧しているようだった。
「ああ……。ごめんなさい。聞かない方が良かったね、この話」
そんな彼女の丸く形のいい頭に手を置いて自分は謝る。
「いえ。これについても決別はできていますから大丈夫ですよ。それに本当に嫌ならば、この表示は消すこともできますので」
言いながら両手でバイバイするように小さく手を振る。彼女の言うように、思い出したくない過去なら、文字列を残しておくようなことはしていないだろう。
「実は生い立ちの部分については、わたしも少しお話しておきたいと思っていましたので……。あの、続けてもよろしいですか?」
彼女は穏やかな表情で自分に問う。
「じゃあ……お願い」
ユカリが自身を複製して宇宙へ逃れる少し前から、四体目となる彼女のクローニングと育成はすでに開始されていた。これは次に箱庭計画を再開したときに、等速成長させた生身のヨリを投入しようと考えていたためだ。
今までのクローン体は、オリジナルと同じ十二歳までの成長と学習を極めて短時間で行い、運用しようとしていたらしい。けれど、そうして製造されたクローン体は、全て精神が不安定な個体となってしまったため、不良個体として処理されてしまったそうだ。
それとは別に、今自分の横にいるヨリは、オリジナルから抽出された記憶を、きっちり十二年分へと編纂し、体と共に時間をかけて育まれた個体となっている。その育成途中で、不慮の初期化に見舞われたユカリは、苦肉の策として宇宙へ旅立ったわけだが。結果的にその大胆な行動が功を奏し、成長に成功したヨリからは、良好な結果を得ることができた。そしてさらに自己の保存をも完遂させ、果ては感情をも獲得するという、奇跡のような偉業を成し遂げたのだ。
「今のヨリやオリジナルのヨリ以外にも三人いたんだね。やっぱり悲しくなっちゃうな」
闇深い裏話を聞いてへこんでいると、ヨリが体を預けてくる。
「暗い顔をなさっていますよ。泣いては駄目なのではなかったのですか?」
「そだね……。そうだよね」
ヘルメットを解除して、ヨリとふたりで新たに紅茶を注文し、一息入れる。
「そういえば、ユカリが初期化を受けたのって三十五年前だったっけね。ヨリもそのころ生まれたんでしょ?」
「はい、そうですね。そこから十二年後には成長固定を受けて、長らく封印されてしまいましたけれど」
「ということはさ、ヨリと俺って同い年じゃない?」
「……はっ! 確かに!」
ヨリは両手を胸の前でパンと合わせて驚きの声を上げた。
何という偶然。ヨリと自分は奇しくも実年齢が三十五歳の同い年であることが判明してしまった。この奇跡のような一致には、お互い運命めいたものを感じ、イェーイとハイタッチを決めてしまう。やはりヨリは合法。
と、そこでアラームが鳴り響き、車内には例のアナウンスが流れる。今回はアナウンスの言語が日本語になっており、ヘルメットがなくとも理解できるようになっていた。ユカリの細かい改修は、あちこちで着実に進行している模様。ありがてえ。
「どうやら着いたようだけど、微妙な時間なのよね」
そこでずっとリエと話していたユカリが、こちらのテーブルへやってきて対面へ座る。
「十六時四十八分……。もうすぐ十七時か。確かに微妙だけど、ここで出来ることはあんまないんよね」
「どうするの晴一。何か提案ある?」
以前、動力制御区画へ向かう途中で遭遇した崩壊部の修復作業では、リエが修復材を開口部へ散布すると、かなりの速度で修復が行われていた。一先ず、これから修復剤を塗布してしまうのがいいとは思う。そしたら寝てる間に修復もだいぶ進むだろうし。ただ、哨戒機に見つかるのはちょっと怖い。
「時間も時間だからというのもあるけど、今塗布しちゃえばいい感じになりそうな気もする。そいでリエ、今修復材を塗布しとけば、その分速く修復も進むよね? というか、その作業自体には時間かかる?」
「はい、朝までにはそれなりの距離が稼げると思うのですよ~。それから作業の時間は十分もあれば済みますので、処理しますですか?」
「うん、それがいいと思う。とまあ妥当な選択でしかないけど、実際こんなもんでしょ?」
「ええ。普通に考えるとそうなるわよね」
「じゃ問題ないね。仕事に掛かろう」
リエとユカリはそれがいいというし、残り全員の了承も得られたので、ユカリセットを展開して車外へ出る。
ここでも、車両先頭部分から少し先の空間は、塩基性の雲が漂う危険な領域となっていた。走行チャンバーは、輪切りになったように損壊部分から先が消失していて、雲海を挟んだ遥か向こう側のやや見下ろす位置に、宙に浮かぶ点のような連絡先がみえる。
HUDの測距によれば、直線でおよそ十四キロメートルほどとあった。自動修復機能では、ここから支柱や足場などもないまま双方の構造体が伸びて行き、やがて勝手につながるというのだから驚きだ。
「ユカリ。哨戒時間は大丈夫かい?」
「ええ。まだ若干余裕はあるわね。でも巡回時間まで二十分を切っているから、早く済ませて車内へ戻りましょう」
ユカリの指示によって作業は開始され、リエは素早くツールを取り出して、修復材を周囲に散布しはじめる。装備は更新されたけれど、無用な戦闘は避けるべきという考えはユカリも同じだ。
自分とランは護衛ということで警戒に当たり、チカとムツミにもバックアップにまわってもらった。ユカリとヨリのふたりは、彼我の詳細な位置関係の割り出しや、より広範囲の警戒と偽装の調整といった、電子戦に対する準備をしている。張り詰める空気の中、やけに時間が長く感じられ自分は気が気ではない。
◆ ◆ ◆ ◆
嫌な汗は沢山かいたものの、結局ここでは哨戒機に発見されることなく、修復材の散布は無事に終わった。その後は、警戒状態を維持しながら、皆と共に車両内へ逃げ込むように撤収となる。
「ああ~すっげ~緊張した~。哨戒機がいつ雲の影から飛び出してくるかと思うと、ビクビクして無駄に力が入っちゃうよ」
「うふふ。そんなに心配なさらなくても、晴一くんの隣にはわたくしがいるんですのよ? 大船に乗ったつもりで構えていてほしいですわ♪」
そう言ったランが、勢いよく自分に抱き着きついて来た。おかげで少しよろけてしまい、仰向けにソファへ倒れ込んでしまう。するとすかさずランに襲い掛かられた。彼女は自分の上に跨って、いやらしい手つきで乳首付近をまさぐる。止めなさいってば。
「こるあラン! 抱き着いたり乳を押し付けるくらいまでなら許可するが、俺の乳首を責めることは許さん! それと股間も不可侵領域だ。そこに触れることは罷りならんぞ」
下半身の方へ手を運びつつあるランを制止して、上体を起こすと同時にランを抱きしめる。
肉付きのいい体と、ボリューミーな胸の感触が心地いい。さらに、異性のいい香りが鼻腔をつき、一瞬お花畑が見えてしまいそうになる。しかしそれら全ての誘惑を気合で排除し、彼女を諭す。これはお説教のためのホールドなのだ。べつにスケベがしたいわけではない。本当だよ。
「あのなあラン。スキンシップは構わない。でもそれ以上の直接的な行為は勘弁してくれよ。こういうのは一度でも一線を越えたら、俺みたいなだらしないやつは堕落する一方になっちゃうからさ。そうなれば皆の関係もおかしなことになって、この繋がりもバラバラになるかもしれないし。そんなのはランも嫌だろう?」
バラバラになるは少し盛り過ぎかもしれないが、関係がぎくしゃくしてしまうことは想像に難くない。
とりあえず自分の説得を理解してくれたのか、ランは大人しくなった。さらに彼女を宥めるため、そのまま背中を撫で続けるも、なぜか彼女は一言もしゃべらない。いくらなんでも静かすぎると思い、抱擁を解いて彼女の顔を見た。すると意外なことに、激しく赤面したランは微動だにせず、がっちりと固まっていたのだ。
この数日で豹変した彼女が心配になり、ここまでのやりとりを、テーブル席から睨むように見ていたユカリへたずねる。ユカリが言うには、今のランは、自分から激しく押しはするけど、押されることには全く免疫がないのだそうで。自らが仕掛ける大胆な行動より、相手からもたらされるライトでソフトなハグ程度の方が、よほど如実に反応し、乙女化してしまうらしい。恋に臆病なピュアハートを胸に秘めた、夢見がちな少女でもあるまいし。
「なんじゃそりゃ! なんじゃそりゃ!」
大事なことなので。
「この子が言う清楚で可憐ていうのも、そういう意味では合ってはいるのよ。ただバランスが悪いっていうか……。どうにもねぇ。本当、困った子ね」
ユカリは困った笑みを見せ、カチコチのランへ優しい眼差しを向けている。曰くそういうことらしい。
ということは、今後ランから過度なスキンシップを要求されたら、攻勢に回れば簡単に解決できるということか。ならば、こちらから積極的に追い掛け回すのも面白いかもしれない。などと悪戯心も沸き上がる。
固まったままのランを揺すって覚醒を促すと、何とか戻って来れたようで。先ほどの宥め賺しがきちんと呑み込めているか見極める。
「さっき言ったこと、ちゃんとわかった?」
「へ? は、ひゃい、分かりました……ですわ」
顔を両手で掴み、自分と目を合わせて話すようにすると、ランは激しく目を泳がせて狼狽えるように同意した。ともかく一定の理解は得られたらしい。
重たいから降りてくれと言えば、すんなりと言うことに従い、前で手を組み静々と数歩下がって距離を取る。その間もじっとランの顔を見ていたが、ちらちらと目線を合わせるだけで、すぐ俯き加減に逸らしてしまう。すっかりしおらしくなっちゃって。
「効果覿面だな」
「ふふふ。まったく困った子ね」
言葉通り、ユカリは困ったように笑った。
◆ ◆ ◆ ◆
夕食後。突然一切の接触がなくなり、かつての勢いがそがれてしまったラン。
彼女は、どうしてか静かに寄り添うように、自分の後からついて回るようになり、微妙な距離を置いては、遠慮がちな目を向けてくるようになってしまった。ユカリも言っていた通り、それは極端な気持ちの振れ幅で戸惑っているといった感じだ。そこで、コーヒーを飲むついでにランを捕まえて、ダイニングテーブルのシートへ押し込み、できるだけ距離を詰めて自分も座る。
壁際で逃げ場のない位置に座らされたランは、追い詰められた小動物のように狼狽えており、痴女のような振る舞いを日夜繰り広げていた彼女とは、まるきり別人のようになっている。
「今後のチャンバー修復作業中に哨戒機と対峙したときにさ、対処としてランとの連携を考えておきたいと思ったから、ちょいと相談があるんだけど――って何でそんなにオロオロしてんの?」
これは少し意地悪な対応かも知れない。しかし、今まで気を揉まされた分は取り返しても良いだろう。
「ふぇっ!? あ、えと、は、晴一くんにあまりべたべたするなって言われましたし、あんなにしっかりと言い含められるとは……思ってもみなくて」
目が泳いでいるランは、やけに上ずった調子はずれな口調で言う。
「それは、こーゆーことかね?」
またランの顔を両手で押さえて、自分の顔を近づける。
その途端、ランはフリーズしたように動きが止まり、赤外線ヒーターと見紛うほど体全体が真っ赤に染まった。うーむ、これは面白かわいい。あまりにも面白いので、さらに彼女の耳元へイケボで一言付け加える。
「ふふ、かわいいぜ……ラン」
あらやだセクハラおじさん。
「んなあぁぁっ!」
顔を固定する自分の手を万歳するように振り払い、ランはシートの背もたれを乗り越えて、脱兎のごとく遁走しようとする。しかし、素早く腰に腕をまわしてそれを防ぎ、自分の膝の上に座らせた。背筋をピンと伸ばして膝に乗ったランは、もういっぱいいっぱいというように顔を両手で覆うと、そのまま動かなくなった。
「あ~。このランは面白すぎるわ~。……でも、このままじゃ話もできないな」
仕方ないので、ランを少し持ち上げて隣へ座り直させ、環境を整える。
「話の続きなんだけど、ちゃんと聞けてる?」
両手で顔を覆ったまま、ランは無言でこくこくと頷いていた。その話を聞けていない原因を作っているのは自分なのに。ふてえ野郎だ。
「哨戒機の攻撃を物理保護で逸らすのはいいんだけど、飛翔体がそのまま分解されて消えちゃうのはもったいないからさ。哨戒機に向けて撃ち返したら効果あるんじゃないかな~と思って」
「……でもそれでは……相手に当たる前に……やはり分解してしまうと思いますわ……よ?」
手を退けてこちらを向いたランは、薄眼で見るようにして、おずおずと話に乗って来た。何だこの怖いもの見たさみたいな顔は。または目を細めてモザイクを透過しようとするあれみたいな。
「それなんだよね。飛翔体の識別機能を止められないかと思ったんだけど。やっぱり無理かな~」
「それ……できるかもしれませんわよ……?」
◆ ◆ ◆ ◆
数分後、自分はリエとランと連れ立って車外に出てきた。
ランはリエに頼んで、哨戒機と同様に物理保護領域防御機構を持つ、小型の砲塔を用意してもらった。長い三脚状の足が付いた砲塔は、サイズとしてはマグカップを一回り大きくした程度の物でしかない。それでも、動力制御区画に設置されていた阻止装置と同様に、小型のナノマシン飛翔体を超高速で射出できる装置だ。性能は申し分ないだろう。
「では晴一くんが考えたように、ふたりで飛翔体の弾道を百八十度変えて、砲塔を撃破してみようと思います」
自分はユカリセットを展開して、主観時間伸長機能を使用すると同時に射撃を開始するよう、砲手であるリエに同期してもらう。
「んじゃ、カウントをランから頼む」
「分かりましたわ。では五秒前からゆきますわね」
彼女の声と共に、HUDにマイナス五秒の文字が表示されると、それはすぐに減算を開始し、ゼロのタイミングに合わせて、自動的に主観時間が引き伸ばされる。
同時に砲塔から飛翔体が飛び出して、キセノンフラッシュのような白色の閃光を纏う。八千メートル毎秒に及ぶ飛翔速度が、断熱圧縮現象を生じさせ、プラズマ化した大気が発光しているのだ。この弾道を横から見れば、パルス状のレーザーや、何らかのビームが撃ち出されているように見えると思う。
同時に飛翔体周辺からは衝撃波が発せられ、弾道の後方に円錐状の境界線が形成される。それは、大気という媒質内の振動伝播速度を、はるかに上回る速度を持った飛翔体が移動することで生み出される、神秘的な物理現象だ。こういうものをスローモーションで見ると、なんとも言えない感動がある。おじさんわくわく。
それに伴い、チャンバー内には銃の発砲音めいた音と、圧力変化が生じた。だが、飛翔体は口径六ミリメートルのライフル弾様形状である。その体積は非常に小さいため、周囲に及ぼす影響は皆無だ。ここの設備強度や、自分たちの防御力基準で言えばね。
HUD上には赤い枠で囲われた飛翔体の距離と速度が表示され、自分との距離はみるみる詰まってゆく。物理保護領域が展開されて、飛翔体が逸らされるタイミングはランに通知されるため、自分はただ、飛翔体の反射角をランの方へ固定して立っているだけで良い。
やがて、自分の元へ到達した飛翔体は、直角コーナーを曲がるように隣のランへと進行方向を変えた。ランは物理保護領域を調整し、飛翔体を前方にある砲塔目掛けて、さらに九十度逸らす。計百八十度以上弾道を曲げられ、正確に砲塔目掛け到達した飛翔体は衝突手前で分解し、光の粉となって消滅した。それら一連の実験過程を見届けて、ユカリセットを通常モードへ戻す。あ~面白かった。
「やっぱりただ返すだけだとああなっちゃうか~」
「ええ。では次撃ち返す時に飛翔体の機能停止を試みてみますわね」
ランは自分とリエの了解を確認すると、同じ実験をもう一度開始する。
先ほどと同じように、自分の元へ飛んできた飛翔体をランへ送り、それを受けたランは砲塔へと撃ち返す。すると、今回は砲塔が見事に砕け散り、派手な光の粒になって消滅した。やったぜ。
「おお~! ランちゃん凄いのですよ~」
自分たちから、やや離れた位置にいたリエが感嘆の声を上げ、こちらへ突進してくる。
「やりましたわ! これなら哨戒機も簡単に撃破できそうですわね」
「そだな、これは期待できそうだ。ホントは一人でできればいいんだけど、この領域は九十度以上逸らせないからなあ。ところで、これって具体的にはどうやってんの?」
「飛翔体を撃ち返す時に、こちらの物理保護領域を被せて情報遮断をしただけですわ。識別コードなどが通らなければ、飛翔体も判断のしようがありませんものね。」
「ああ、なるほどな。相殺侵徹みたいな感じか」
「はい、そうです。わたくしもこんな単純なことで無力化できるなんて思ってませんでしたけれど、哨戒機の放つ飛翔体が物理保護を受けている侵徹体でしたら、この方法は使えませんでしたわ」
哨戒機の射出する飛翔体には物理保護領域が存在せず、侵徹能力もないことは、以前自分が身をもって証明していた。もしあのとき、その能力が付与されていたら、間違いなくこの世にいなかった。
動力制御区画に設置された侵入阻止用の砲台には、その機能が搭載されていたのに、なぜ哨戒機にはそれがないのか。抱き着いているリエの頭をなでなでしながら、疑問に思っていると、車内からユカリが降りて来た。
「なに、三人でなにか面白いことでもしてたの?」
「あ、丁度いいところに。今後の哨戒機対策でさ、ランとリエのおかげでいい対処法が完成したよ」
「そうなの? で、丁度いいって?」
哨戒機の武装には、なぜ物理保護を用いた攻撃機能がないのかという疑問を、ユカリにぶつけてみる。その答えは実に単純なもので、哨戒機だからという率直な理由からだった。哨戒機はあくまでも哨戒機であって、戦闘機ではない。なので、哨戒機が手に負えないような敵勢力と遭遇した場合には、対応力のある本隊が転送されてくるのだ。
そんな相手とやり合うのはごめんだと思ったが、まだ兵站区画の再起動が完了していない事もあり、現状では本隊が送り込まれて来ることはないそうだ。ふう、命拾いしたぜ。
「言われてみればその通りだな……」
「ええ。そういう事情もあって、この星はほとんど丸裸の状態なのよね。さらに言うともう一区画、情報収集解析区画を起動するまでは、ほとんど盲目状態よ」
そういえば、情報解析区画の方は、兵站区画が起動しないことには正規ルートが使えないとか言ってたっけ。理由はその時になれば分かるだろうからと、あまり気にもしていなかったが。
「そうだユカリ、物理保護って入射角と同じ方向へ物体を跳ね返すとかできないの?」
今回考えた飛翔体を撃ち返す方法だと、ふたりの人員が必要になるので、できればひとりで対処できるに越したことはない。もしそれが可能なら、いいアドバイスをもらいたいのだけど。
「できないわけではないけれど、必要な電力量と機能面で考えると、あまり良くないのよね。それだったら、一度自分の周回軌道にでも乗せて撃ち返す方がスマートだと思うけど?」
「お? そういうこともできるのか! 流石だなユカリん、世界一かわいい!」
やはり聞いてみるものだ。飛翔体を自分の周りに周回させて、射出方向を設定する方法など、思いつきもしなかった。
「もー、こんな時ばっかり」
「いや、いついかなる時でも俺は心の中でかわいいを連呼しているぞ。といっても、これはユカリに限ったことではないけどな~」
物理保護領域に移動体を捕らえる方法については、「イメージよ」とユカリには言われてしまったが、そうは言いつつも彼女はソフトウェアを改修してくれた。
飛翔体への物理保護領域付与の方法は、ランが教えてくれたので、彼女の手法に従って警戒モードへの紐づけをし、自動起動させられるようにできた。新機能は、一旦起動してしまえば、後は戦闘支援AIが勝手に飛翔体を取り込んで保持してくれるため、任意のタイミングで脅威判定枠内の対象に射出すればいいだけとなる。この攻撃法はとてもお手軽だけど、効果は絶大なものとなるだろう。先ほどの検証結果がそれを示している。
尚、周回中の飛翔体は、物理保護領域のおかげで周辺雰囲気の抗力を受けず、運動量が減少することはほぼないという。必要であれば運動エネルギーを追加して、再加速できるそうだ。ほんとすげーなー。
「しかし、ホントはこんな間接的な方法じゃなくて武装の一つでもあれば、また話は変わって来るんだろうけどね」
「そう言われてもねぇ。私は兵站AIじゃないのだから、あまり無茶を言わないでほしいわ。餅は餅屋と言うでしょう?」
「確かに……」
確かに。
分かりやすく納得したところで、皆と共に車両内へ戻った。