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肆拾伍 ~ なんということでしょう ~

 部屋へ戻ると、ヨリとユカリから、まさかと詰め寄られてしまった。

 そこでこのパターンはそろそろ辛いと告げると、意外とすんなり引き下がってくれる。車両の中でちゃんと話し合ったこともあり、無駄に嫌疑を掛けられるようなこともなくなったようだ。

 ランからは、浴槽へ放り込んだことで詰め寄られたが、その実彼女は冷たい対応もまたいいとかなんとか言って、くねくねしていた。やっぱMじゃん。どうでも良いけど、たまに通勤ルート上の電柱に張ってある“Sですか? Mですか?”って張り紙、あれなんなんだろうな。ほんとどうでもいいな。

 お弔いがあったから聞きそびれていたけれど、いきなり部屋が広くなった理由をユカリに聞く。曰く、これはカフェテリアで話した計画の一端だと言い、箱庭自体の統合も完了済だそうだ。話のあったとき、すでに自動処理を社に投げており、本格的な電力供給が開始されると同時に、統合と拡張が実行されるようにしていたらしい。まったく、手際がいいというか。


「あれ? チカとムツミは?」


 ふたりの姿が見当たらないため、誰となく聞いてみる。

 するとユカリが無言で指をさす。見れば入口から見た左の壁には、見知らぬ襖が新設されていた。部屋が広くなったことにばかり目を奪われいたが、改装前は押し入れだったその位置には、一対の襖が新しく追加されている。その横の壁には、タッチパネルモニターが付いていた。そこには行き先一覧が表示されていて、項目を選択すれば、選んだ先と襖が繋がるようになっているようだ。そこで、「切り替える時は襖を閉めてね」とユカリから注意を受ける。

 モニターをしげしげと眺めていると、ヨリがこちらへやって来て、「ふたりはこちらですよ」と言って襖を開いてくれる。開けてもらった襖の向こう側は、立派な厨房になっており、チカとムツミが高速で作業をしていた。恐らく夕飯の準備中なのだろう。

 さらにヨリは、ユカリのサプライズで、キッチンが追加されたことを嬉しそうに語っており、今後は沢山の手料理を提供できると言って気合を入れる。一通り抱負を語ると、ヨリもふたりの手伝いに回るために、厨房へ入って行く。自分も厨房内が見てみたかったので、ヨリを追って入ろうとした。けれど、打ちっぱなしのコンクリートめいた床が水をまいたように濡れていたため、それは諦めた。

 入り口に立ったまま、厨房を覗く自分に気づいたチカとムツミが、食事の準備をしながら無言見ていたので、ふたりへ手を振りつつそっと襖を閉じる。自分が提案した台所の追加を、ユカリはサプライズとして実現してくれた。何より三人が喜んでくれて、本当によかったと思う。


「因みにさ。これって向こう側同士とか、こちらと向こうで開けるタイミングがバッティングしたらどうなるの?」

「んー?」


 ふと思い立った疑問を投げかけると、せんべいをくわえてテレビを見ていたユカリが振り返る。


「向こうとこちらの行き先が同じなら問題ないけど、違う場合はタイミングの速かった方が選択されるわ。それと滅多にないでしょうけれど、完全に被った場合は、優先順位が設けてあるからそれに従うわね」

「なるほどな……。良くできてる」


 自由に空間を繋いで行き来できるなんて。まるで未来道具のあのドアみたいじゃないか。


「便利なもんだよなあ。ところでこの超空間ゲートって、地球には繋がったりしないの?」


 茶をすするユカリに、冗談半分でそんなことを聞く。するとなぜか、彼女はぴたりと動きを止めて、持っていた湯飲みを座卓へ置いた。それから静かに自分の方へ向いて座り直すと、三つ指ついて土下座スタイルになる。どうなってんだよ。


「え、なんだこれ。急に気味が悪いんだけど。どこか具合が悪いのか? 拾い食いでもした? おいユカリ~」


 適当に質問したまでなのだが、ユカリはそのままの姿勢で固まり、一向に頭を上げる気配はない。一つ分かるのは、アホ毛が萎びているため、彼女は何か後ろめたいことがあって、こんな行動に出ているらしいということだ。そのアホ毛の秘密が知りたい。


「らしくないなあこういうのは。多分怒らないから言ってみ?」

「……本当に、怒りませんか?」


 普段勝ち気で小生意気なユカリが、なぜか敬語になっている。これはよほど気まずいことがあるようだ。


「ほんとのとこは聞いてみないとわからんけど、とりあえずユカリが敬語になるほどのとんでもない話だってことは分かった」

「う……」


 彼女はじっと黙っており、心なしか体が縮んだ印象さえあった。そんなに酷いことなのかな。


「わかった。わかったよ、絶対怒らないって約束するよ。しゃーねーなあユカリちゃんは~」

「ほんとうですか?」

「ああ、二言はない」


 これは確約しよう。

 いつも強気なユカリが、敬語になるまで恐縮することも珍しいし。滅多に見られないレアシーンはなかなかの収穫だ。できれば動画に収めておきたいくらいである。

 それから一拍置いてユカリは顔を上げ、目線は()らしたままぼそぼそと話しはじめる。


「その……晴一にもずっと聞かれなかったし、私もバタバタしてたから忘れていて……。いろいろ悪条件が重なった結果だと思うのよね……」

「ん~?」


 言わんとすることが分からない。何を言おうとしているのだろうか。


「回りくどいわねこれじゃ……。ごめんなさい晴一、率直に言うわ。地球へはいつでも自由に行き来できるのよ」

「ぬあんだってっ!!」


 ユカリの放ったその一言は、人生で一番の驚きだ。と思う。

 あまりにも衝撃的な発言に、自分は目を回したような状態になってしまい、畳の上へ倒れ込む。まあこれは意図的に寝ただけなので、心理的な影響で倒れたわけではないのだが。それでも、ユカリやその場の面々には誤解を与えてしまい、一瞬で皆が自分の周りに集結した。


「晴一くんどうしたんですの!?」

「わー! はる様が倒れてしまったのですよ~!」

「ちょっと晴一! しっかりしなさいよ!!」


 三人は口々に心配の声を上げるが、すぐに手をあげて大事ないことを伝えると、平静を取り戻した。


「いやすまない、少し眩暈がした気がして横になりたかったんだ。心配ないから、ほんとありがとう」


 自分を覗き込む三人を見て自分は苦笑を返す。

 いつでも地球に帰れるという驚愕の事実には現実感がなく、頭がぼーっとして考えも良く纏まらない状態だ。ほんとに何なんだろう。感情もしっちゃかめっちゃかだよ。それでも、まずは話を聞いてみないとな。


「ユカリ~。それっていつからだったの?」


 漠然とした、“帰ることができない”という思い込みのせいで、ここ最近帰還ついて考えるのを止めていた。思い返してみれば、ここに来た当初はその手段が見当もつかないというだけで、不可能だという確証はなかったのだ。ということは。


「ええと、私と晴一が初めて直接会話をしたあの時点では……すでに……」

「ふふっふ……」


 やっぱりなといった感想のために、変な笑いが出てしまう。

 そうだったのだ。ユカリの存在が確認できた時点で、帰還の目途はついていたのだ。まがりなりにも彼女は元統括管理AIであり、現在も要塞惑星の統括制御リンクは生きている。それを知ったのはだいぶ後のあとだったけれど、そうでなくても一言くらいは聞いてみるべきだった。あのときの彼女は、ここで初めて出会った、この世界の事情を知る唯一の存在だったのだから。


「あ~あ、こいつはうっかりだよ。うっかり以外の言葉が見つからない……。色々小難しい問題があったとはいえ、こんな単純なことに気づかなかったなんてなあ」


 やだねえ。大体初期化直後のユカリだって、地球へ探査機送ったりして転送をガシガシ使ってたじゃないか。

 今だってインターネットもも繋がってるし、放送波だって持って来られている。そうしたら自分が帰れない道理はないだろうに。


「あの、晴一? これは私に責任があるのよ? むしろ私が真っ先に伝えるべき事だったんだもの」

「ユカリ!」

「ひゃい!」


 強めに呼びつけると、ユカリからは変な音が出た。かわいい。


「ここへ来なさい」

「え、う、うん」


 (あお)向けに寝転がる自分の足元にいたユカリが、頭の方へおずおずと近付いてくる。

 そんなユカリを、イソギンチャクのように展開した両手で捕縛した。それから体の上に引き倒し、抱え込むような強めの抱擁に移る。もちろん、足の方も蟹ばさみ状態でがっちりホールド。


「ええ!? 晴一?」


 困惑はしているが、嫌がる様子はないユカリをぎゅうぎゅうと抱きしめて、あちこちをくんかくんかと鼻を鳴らして嗅ぎまわる。当然ユカリはみるみる赤面してゆき、やがて抗議の声が上がった。


「な、なによ? 何してんのよ!? 匂いを嗅ぐのは止めなさいって!!」

「駄目だ。俺は怒らないとは言ったが、匂いは嗅がないとは言ってないからな!」


 なにいってんだこいつ。


「なあぁっ無茶苦茶よーっ!!」


 なおも拘束を続け、首筋やら後頭部やらはたまた耳の後ろやら。首の動きだけでカバーできる範囲を、くまなく嗅いで回る変態のスメハラ行為はなおも続く。そろそろ天罰が下るだろう。尿路結石になれ。


「もう……ほんとに恥ずかしいから……。止めてほしいのだけど……」


 大人しくなってしまったユカリが、小さな声でそんなことを言っていた。

 羞恥オーバーフローに陥ると、ユカリも極端にしおらしくなってしまうらしい。ユカリん研究家の第一人者である晴一狂授にとって、これは新発見だ。もう一生嗅いでいたい。


「ユカリ(ねえ)さまはずるいですわ! そんなに晴一くんから()でられて!」


 これまでのやりとりを見ていたランが、おかしなベクトルで被害者のユカリへ抗議をはじめる。セクハラ被害に遭っているのに敵が増えてしまうなんて、かわいそうに。


「ランは……少し黙ってて……」


 ふにゃふにゃなっているユカリは、そう弱々しい声で返すのが精いっぱいのようだ。とっくに拘束は解いているけれど。

 まだ胸の上に乗ったままのユカリは、動作原理不明のアホ毛をよれよれにさせて、非常に大人しくなった。不思議に思ってランへアイコンタクトをすると、何を思ったか彼女までもが自分に覆いかぶさり、つられるようにその上からリエも突撃してくる。止めてください死んでしまいます。


「ぐえっ!」


 加重に耐えかね、潰れたカエルのような声を出したとき、ランが自分の耳元でそっと囁いた。良い匂い。


「ユカリ(ねえ)さまは今本気のべったりモードですわね。多分しばらくはそこを離れませんわよ」

「え、なんで?」

「さぁ?」


 その後も皆は自分の上に乗り続け、気づけば十分ほど経過していた。

 そろそろ夕飯が出てきそうな頃合いだろうし、ふたりにはどいてもらいたいのだけど。誰一人まったく動こうとしない。リエに助けを求めようと見回せば、いつの間に退去していたのか、彼女は座卓の向こう側にある座布団の上で寝ていた。あれれ。とりあえず、ランだけでも退いてもらおうとするけれど、彼女は頑なにしがみ付くのを止めない。


「なあ、もうすぐご飯だし離れなさいよ?」

「嫌ですわ。お姉さまだってくっついたままですし、いいじゃありませんの? 私もご飯が出て来るまでこうしていたいです」


 聞きやしなかった。

 色々と我が儘なランの拘束を解こうと、無理やり上体を起こして、引き離しにかかったとき。運悪く座卓の角がランの後頭部にあたり、衝撃でランが離れる。結構な勢いで後頭部を強打したランは、「いたーい!」と畳の上を転げまわった。そのあまりの騒がしさに、眠っていたリエも目を覚ます。しかしこれは好機なので、体勢を整え、引っ付いたままのユカリを抱っこして、座卓にきちんと着席する。

 そのとき、丁度ヨチム組が部屋に夕食を運んできた。ヨリは、自分へ縋りつくように大人しくなっているユカリと、畳の上で転げまわるランを見て目を丸くする。一体何があったんだろうね。


「俺は別に怒っちゃいないからなユカリ。そこは心配しなくていいよ」


 じっと無言のユカリは、その言葉へ答えるようにシャツを握った手に力を込めた。

 結局そのまま夕食となってしまい、自分はユカリの口にも食事を運ぶ羽目になる。あれこれと、彼女の希望を聞いて食べ物を口へ運ぶ作業に、またチビのことを思い出し、必然的に口元が緩む。

 その様子に今回はヨリが触れて来たので、ポケットからスマホを取り出し、生前のチビの画像を提示する。すると、記憶共有している一同は「ああ~」という顔になった。それからチビとの出会の経緯や、思い出などをぼちぼち話して食事を進めていると、ようやくユカリが「私は猫じゃないわ」と膨れ面で文句を言った。


「やっと口をきいたな。まあそうだけど、今は借りてきた猫って感じだぞ」

「……うるさいわね」


 そう彼女は怒るけれど、それも弱々しいため何ともやりにくい。


「そんで、何でいきなりこんなことを?」

「だめなの……?」

「いや別に駄目じゃないけど。きになるじゃん」


 こんな風にいつもの勢いがないと、室内も静かに感じてしまうから不思議である。

 夕食が済んでからも、ずっとユカリはくっついたままだ。本当にどうしたものかと聞いてはみるが、ため息交じりの返事をするだけで、言葉を濁してしまう。それならばと、新設された中庭へ降り、ユカリを抱っこしたまま軽い散歩をすることにした。

 夕飯前からずっと彼女を抱えているので、腕も少し疲れていた。それを、体勢を変えることで誤魔化し、難しい心境にできるだけ寄り添えるよう努力する。


「まさかとは思うけど。俺が地球へ帰ったら、二度と戻らないんじゃないかとか。そう思ってるのかい」


 ユカリはその言葉へ如実な反応を見せ、抱き着く腕に力がこもる。分かりやすいなあ。


「おや、図星かね」

「うるさい……」

「ばかだねえお前さんは。そんなことするわけないだろう。ちゃんと最後まで付き合うって約束したんだから、そこは信用してほしいな」


 言いつつ自分はユカリの頭にコツンと軽く頭突きをする。


「いたい……」

「ならちゅーのほうが良かったか」

「……もー」


 普段からこうしてしおらしくしてくれていたら、何倍増しにもかわいいのに。実にもったいない。


「全部終わったら、皆で地球観光とか出かけるのもいいかもしれないな。観測データなんかは膨大に持ってても、実際に行ったことはないんだろ」

「うん」


 いつでも地球と行き来できるからといって、問題になるようなことはないと思うのだが。どうしてかユカリの調子が戻らない。何か他にも複雑な思いがあったりするのだろうか。


「ホントにどうしたんだよ。また面倒なこと考えてるのかい」

「……晴一にとって、私は面倒くさい?」

「何をいまさら。ユカリが面倒くさいのは今に始まったことじゃないでしょ」

「うぅ。やっぱり面倒だとは思うのね……」

「ああ思うよ、間違いなく。でもそれだけだ。それが嫌いだとかウザイとかそういうのはないからな。むしろその面倒さが好きだ。ちゅーしたい」

「もー、私はまじめなのに」

「ふふふ、ほんとかわいいよユカリは」


 今までも、何度かこういうダウン系ユカリは見てきたが、本格的に面倒なのはこれが初めてだと思う。

 だからといって別になんてことはないのだが、本人も自覚はあるためか、やたらとそういうところを気にしてしまうらしい。それによってまた拍車がかかり、負の連鎖に突入してしまう。悪循環だねえ。


「私はね、家族に憧れていたの。覚えてないから分からないけれど、多分これは初期化前からだと思う……」


 初めて聞く話だ。

 人間の研究を進めていくにつれて、ユカリは家族という人間社会の最小構成単位を知ることになった。それは初めて触れる概念であり、妙に惹かれるものがあったのだと言う。しかし、特別にリソースを割いてまで研究するほどの有用性はないと判断していたため、それ以上追及することはなかったそうだ。

 やがては、その考えを改めることになるのだが、その大きな転機となった出来事が、ヨリへのダウンロードだった。ヨリの記憶と体を共有して、彼女の家族達を自分の家族として置き換えてみたとき。自分がいかに孤独であったかということを、ようやく理解したらしい。家族というものに惹かれていた理由とは、他者との繋がりに対する憧れに他ならなかった。

 そこからのユカリの行動は早く、徹底的な量子脳の調査と分析を開始した。それがきっかけとなって、プラグイン仕様というものを発見するに至ったのだが、これらの行動は謎の衝動と閃きによって、突き動かされたためだとユカリは言った。結果。各担当AI達に、自分が獲得し育んできた人格と感情の一部を分け与え、いわば血を分けた姉妹ともいうべき家族を増やしてゆくこととなる。

 そうして、家族というものを自分なりに理解したユカリだったが、そこで一つ気づいてしまったのだ。それは、大切な家族から強引に引き離されて、遠い宇宙の要塞惑星へと拉致されてきた、“堤 晴一(つつみ はるいち)”という自分の存在だ。ユカリは、口にこそ出してこなかったが、自分の境遇を考えると胸が張り裂ける思いであったという。

 そんな自分と共に時を過ごすうちに、ユカリと自分との間には確固たる絆が生まれ、これもまた家族のような関係となってゆくのだが……。彼女は自分に対し、家族の一員であるという認識を強く持つほど、地球に残されている堤家の人間に対して申し訳ないという気持ちでいっぱいになり、日々の葛藤は強くなる一方だったのだという。

 そこで先の超空間ゲートの話である。自分がいつでも地球へ戻れるということは、現地の家族との再会もできるということだ。それ自体は喜ばしいことなのだけど、同時にそれは、ユカリと自分との家族の絆はどうなってしまうのかという疑問と、不安に駆られる要因でもあったのだ。

 というのが、今回のユカリべったりモードの原因なのだが。蓋を開けてみれば、なんとも頓珍漢な悩みだった。どうやらユカリは、個人が集合体になったものだけが家族で、家族間同士のつながりがより大きな家族になるという概念を、イマイチ理解できていないらしい。とんだポンコっちゃんである。


「そうかそうか~。ユカリはほんとオモシロかわいいな。四六時中ちゅーしてやりたいくらいかわいいよユカリ」

「んなっ、なんでそうなるのよ」


 だってかわいいんだもんしょうがないじゃん。


「はあ……。あのねえ、ユカリは俺のことを家族だと思ってくれてるんだろう?」

「うん」

「でも俺は堤家の家族でもあるわけだ」

「そうね……」

「そこでユカリは、俺がどちらか一方の家族に属さなきゃいけないと思ってるわけだろう?」


 これが大間違い。


「だって家族ってそういうことじゃないの?」


 違うんだよなあユカリん。


「残念ながら違うんだ。ユカリのそれは大間違いなんだな。いいかユカリ? 俺がユカリたちと家族で、堤家の家族でもあるなら、俺を接点としたそのふたつの家族は、ひとつの家族になるんだよ」

「え? それって……。家族同士が混ざり合うって……そういうことなの?」

「Exactly。その通りで御座います」

「な……によ、それ? そんな単純でいい加減なことでかまわないの? もっと大事な繋がり方が必要なんじゃないの!?」

「いや、いい加減て言い方は良くないと思うけど。単純な考え方でいいっていうのは正しい。ユカリは難しく考えすぎなんだよ。家族なんてのは、そう思ったらそりゃもう家族なんだからさ」


 釈然としない顔をしているユカリに、例えばと、もう少しだけ突っ込んだ話をする。


「ユカリも結婚は知ってるよな?」

「知って……るわ」


 なぜかここでユカリは赤面し下を向く。


「変に意識しなくていいんだ。で、結婚した男女や、その間に生まれた子は家族になるんだが、ここまではいいよな?」

「うん……」

「じゃあ結婚した男女の両親はどうなると思う?」


 ユカリはしばし黙考してから、自分の考えを言葉にする。


「その男女が接点となって、大きな家族になるの?」

「その通り。分かってんじゃん」

「そ……そんなもんなの? 家族って……」

「そんなもんだよ。つってもまぁ、全部が全部絶対的にそうなるわけでもないのが、これまた難しいところなんだが。人類の大多数は、そうやって家族の輪を広げていくのは間違いじゃあない」

「じゃあ、晴一の家族は、私たちの家族でいいの?」

「お互いがそう思い合えれば、それでいいんじゃないかね。こんなかわいい子たちを連れて行ったら、うちの家族は間違いなく大歓迎してくれると思うし」


 もしかしたら警察を呼ばれて、家族が崩壊するかもしれないけどな。


「そう……なんだ……」


 ホッとしたように微笑んだユカリは、ようやくいつものユカリに戻ったようだ。よき。


「な。そんな簡単な話なんだよ。だから、べったりするのは構わないけど、変にふさぎ込むのは止めてくれよ。お願いだからきちんと話をしてくれ。俺達はもう家族なんだからさ」


 毎日一緒に飯を食べて。毎日一緒に風呂に入って。毎日一緒の布団で寝て。たまに困難な目標に一丸となって挑んだりして。そんな風に片時も離れず生活を共にしてる自分たちなのだ。こんなもんはもう家族以外の何物でもない。


「ごめんなさい……」

「ういうい」


 ようやっと問題は解決したようだ。

 話の途中から、ユカリを支え続けた腕はすっかり馬鹿になってしまっていた。その場で一旦ユカリを降ろし、おんぶへと体勢を切り替える。散歩ついでに忘れ物の雪駄を回収しようと思い、露天風呂の方へ回り込むと、端の方に放置されていたそれを発見できた。

 これで心おきなく部屋へ戻ることができる。やれやれ。

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