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参拾陸 ~ なかよし ~

 夕食を終えた後は、緑茶を持って操縦席へ行き、椅子の上でふんぞり返りながら物思いに(ふけ)る。先ほど皆で食卓を囲んでいたとき、ユカリが大人しかったことが気がかりで仕方ない。

 コンソールに透過表示されている路線の行程は、いまだ二割にも満たない。経過した時間にそぐわず変化の少ない現状をみて、出鼻を挫かれる形になってしまったことを痛感する。時間的猶予がないわけではないけれど、こうなった原因が自分のしでかした失態だというのだから、猶更痛いし居た堪れない。

 結局車両が動きだしたのは、あれから一時間以上経ってからだったしなあ。やれやれだぜ。


「まいったな。この後は何事もなく進んでほしいもんだけど」

「あの……」


 操縦席の椅子でくるくると回り、ひとりボヤいていると、自分を探してヨリがやってきた。

 子供のように椅子を回している自分と目が合う。すると彼女は回転を止めて脚の上に座り、背中を預けてきた。いつの間にか自分の膝の上は、すっかり皆の憩いの場と化してしまっていたようだ。

 こういった彼女たちの要求には、自分もできるだけ応えたいので、いつでも拒否することなく受け入れている。膝の上に座ったヨリは、いつまでもじっと黙ったままだったが、彼女がここへ来た理由はなんとなく察しがついている。お互い押し黙っていてもらちが明かないし、こちらから話を切りだすことにした。


「ユカリのことかな」

「あっ……。はい、やっぱりわかってしまいますよね……」

「そりゃあね。ずっとしおらしいまんまだし、全くユカリっぽくないよね。良くないねああいうのは。それに、ヨリにも心配かけてごめんね。ほんと今回はマジゴメン」

「いえ、私はそんな。晴一さんこそ本当にご無事で良かったです……」


 そう言ってヨリはあのときの状況を語りはじめる。


「晴一さんが重傷を負われたとき、ユカリは今まで見たことがないほど取り乱してしまって……。それはもう取りつく島もないといった様子でした。私が声を掛けても、全く聞く耳を持ってくれなかったので、頬を引っ叩いてしまう程でしたし。おかげで生まれて初めて手をあげた相手は、ユカリになってしまいました」


 ヨリはそう言って苦笑いを浮かべていた。自分が吹き飛ばされた時のユカリは、ほとんど恐慌状態だったらしく、一時は自分のことを仲居ヨリに任せて、彼女の面倒を見なければならない程だったという。

 リエも、最初は倒れた自分に駆け寄って泣いていたそうだが、そんなユカリの状態を見て冷静さを取り戻したらしい。リエは仲居ヨリたちへ的確に指示を出し、自分を生成装置の中へ運び込ませると、装置に改修を施して事態の収拾に尽力していたという。リエの意外な行動力には驚かされたけれど、それ以上に深く感謝したい。

 喪失した部位の再生処置を受けている間、ユカリはずっと自身を責め続けていたそうだ。私が気づくべきだった。私が中途半端な装備を作ったから悪い。私がもっとちゃんとした計画を立てていたら――等々。自分が目覚めるまで、ずーっとそんなことを言っていたらしい。

 しかし、仲居ヨリの話では、ユカリセットの保護がなければ全身が消失していただろうし、自分もこの世に居なかったはずだという。哨戒機の放った正確無比な直撃弾を、ユカリセットが最大限の物理保護により()らしたため、一命を取り留めることができたのだ。

 事故後、ユカリたちが行った解析結果を見たが、確かにそういう結果が得られている。即死していたはずの自分がこうしていられるのは、間違いなくユカリのおかげなのだ。

 にもかかわらず、彼女は自身を責め続けてふさぎ込んでいる。自分の身を案じてくれるのはとても嬉しい。けれど、ちょっと怪我をしたくらいで、彼女自身の能力や功績を否定してほしくはない。おじさん無事に生きてるんだし。


「そっかあ。そんなことがあったんだね。ありがとうヨリ。おかげでユカリを励ます算段が付いたよ。いや、この場合叱った方がいいのかな。俺には自己評価が低いなんて言ってたくせに、むしろユカリの方こそ自己評価を下げてるだろってね」


 性格的に自信ありげに見えるけど、実際はそうでもないのだな。ユカリは。


「ふふ、そこは晴一さんの裁量でお願いします。でも、なるべく優しくしてあげてくださいね。ユカリは強そうに見えて、そんなに強くない子ですから」

「そだね……。分かった。本当にありがとうヨリ。こういう時はやっぱヨリが頼りになるなあ」


 そう言って自分はヨリの頭を引き寄せてほっぺにちゅーをする。とうとう前科持ちだぜ。


「ひゃあ」


 かわいい声を上げて、赤色灯のようになったヨリを椅子に安置し、リビングにいるであろうユカリの元へ向かう。

 途中通ったダイニングでは、仲居ヨリたちがまた何やら作業をしており、シートではリエが巨大なパフェを飲むように食べていた。席の横を通り抜けるとき、リエがにこにこと手を振ってくれたので自分も振り返し、ついでにハイタッチしてダイニングを出る。いぇ~い。

 リビングに着くと、テーブルの上の湯飲みを両手でつかみ、じっとソファに座るユカリの姿が目に入った。彼女は自分が横に立っても反応せず、虚ろな目で俯いている。アホ毛が()れて萎びきっている彼女の隣に座り、湯呑を持つ手に自分の手を添えた。彼女はずいぶんと長い間そうしていたようで、お茶は人肌程度に冷めていた。キミのアホ毛はどうなっているんだい……。


「ずっとこうしてたのかい」

「……ええ」

「お茶冷めてるな~」

「そうね……」


 いつもとはまったく違って反応の薄いユカリ。掛けられた言葉には一応反応するが、それもとりあえずといった感じだ。

 彼女の横顔は放心状態のように見え、まさしく心ここにあらずといった様子。肩に腕を回して、軽く頭を撫でてみるも、その暗い表情は変わらず、ぼんやりとした視線をずっとテーブルへ落としている。そこで、ヨリと同様にユカリのほっぺにもちゅーしてみた。ちゅー。

 しかしそれでも、ユカリは反応しなかった。悔しいのでそのままじっと頬に唇を付けていると、彼女の頬がだんだんと紅潮しはじめ、目の前に見える小さな唇がわなわなと震えはじめる。


「どあぁーっさくさに紛れてなな何してんのよあんたわぁ!!」

「かわいいやったー!」


 どえらい勢いでその場から飛び退くも、そもそもユカリの位置は壁際だ。となれば大した逃げ場があるはずもなく、さほど距離は開いていない。

 そしてあろうことか、ショック状態となったユカリのアホ毛は、大食いの唇お化けのように三本へ分かれてしまっていた。なんとも()な出来事である。ところでそれどういう仕組みなの。


「うーむ。やっとこさこっちを向いてくれたな。おじさんは嬉しいぞ」

「ぶぁっっっかじゃぬぁいの!? スケベ! はげ! ロリコン! はげ!」

「はげてねぇし! めっちゃふさふさだし! ふっさふさだし! つか何ではげ二回言ったし!!」


 まったく。勢いに任せてとんでもないことを言いやがる。

 そんなユカリは、壁に背中を張り付けたまま大層息を荒くさせていた。自分を(にら)みつける美しい金色(こんじき)双眸(そうぼう)にもやっと生気が戻り、猫のような威嚇(いかく)の声さえ上げている。ぺろぺろしたい。


「やっぱユカリはそうじゃないと。お前さんがしょげてると、こっちまで滅入ってくるからな」


 そんな自分の言葉に、ユカリの表情はまた曇ってしまった。


「おやおや、おやおやおやあ? そーかそーか。まだ元気が出ないか~。なら今度は、そのかわいい唇に俺の熱いベーゼを……。うへへへぁ」

「ぎにゃあー! キモイー! 止めなさいよー!!」


 中年男がいやらしく舌なめずりをしながら、幼女を追い詰めるという許されざる事案が絶賛発生中である。ところでベーゼってどういう意味なんだっけ。まあいいや。

 ユカリは、両手で自分の頭を押しのけるようにして、必死に接触を防いでいる。もちろん、こちらは手加減をしているので、これ以上近づくつもりはない。けど折角だし、演出されたこのぎりぎりなやりとりを、もうしばらく楽しみたい。結局のところどさくさ紛れのただの変態行為だけど、今回は遠慮なくいくぜ。

 アホみたいなじゃれ合いで緊張が解けたのか、ユカリも徐々に笑い出し、少しずついつもの調子を取り戻してゆく。そろそろ良い頃合いだ。あ~楽しかった。


「な。話してくれなきゃわからんだろ。今回はヨリの助け舟があったから良かったけどさ」


 自分は、ユカリが落ち込んでいる理由をヨリから聞いたと打ち明ける。

 するとユカリも、諦めたといった感じで、その穏やかならざる心中をようやく認めたようだ。ほんとはヨリに聞くまでもなくとっくに気付いていたけど。そう言うとまた意地を張るからなあ。


「ユカリのおかげで俺はこうして無事生きてるんだ。あの事故が自分のせいだなんて言わんでくれよ。俺そういうのほんと辛いんだよね。へこんだユカリを見てると胃に穴があきそうだよ……」


 言いつつ、大げさな動きでわざとらしく腹を押さえる。そんな様を見たユカリは、また小さな声で謝罪の言葉をつぶやく。まったくしょうがないにゃあ。


「だって私が至らなかったのは事実だもの。私がもっとちゃんとしてれば……晴一だって大怪我しないで済んだんだもの……」


 あ~もうまた泣きそうだし。駄目だよユカリちゃん。おじさんちゅーしたくなっちゃうから。


「こら。もう俺の怪我は治ってるんだからいいんだよ。そんなことよりも、またこの先似たような状況になったとき、どう対処するべきかを考えようぜ?」


 ユカリを抱き上げて自分の膝に乗せ、滅多矢鱈(めったやたら)と撫でまわす。このサイズ感がかわいくてたまらない。


「ちょこら、やめなさいよっ!」

「えーやだー。俺は血液と共にユカリニウムも喪失したんだ。ここで補給しないと命にかかわるんだーでゅふふ~」


 もうただの変態野郎でしかなく、適当な理由を付けて幼女の体をまさぐりたいだけのおっさんである。

 若干の抵抗を受けるも、何とかユカリニウムの補給に成功する。そこでふと素に戻り、時計を確認すると、時刻は二十三時を回っていた。

 元気もだいぶ戻ってきたし、そろそろ時間も時間だ。ヨリにユカリ復活の報告をしようと席を立つと、彼女が背中によじ登ってくる。ほんとしょうがないにゃあユカリんは。

 ヨリを残してきた運転席へ向かう途中、通りがかったダイニングでヨリの姿を発見する。早速声を掛けようとしたけれど、彼女の膝で眠るリエが目に入ったので、それはやめた。自分と背中のユカリに気づいたヨリは、状況を察して安堵の笑みを見せる。

 聞くところによれば、あれからリエは、パフェの巨塔を四回もお代わりしたらしい。その後は、ユカリと自分のことを心配しながら眠ってしまったそうだ。そんなリエを見守る仲居ヨリのふたりも、昨日とはまた少し違った笑みを見せている。

 ほぼ調子の戻った一同を見て、自分は少し前から考えていたことをユカリに提案する。


「なあユカリ。仲居のふたりにも名前をつけたいと思うんだ。このまま無名なのはかわいそうだし、個性もだいぶ出てきたじゃん。そしたら呼び分けられないとしんどいよね」

「ええそうね。私も晴一がそろそろそんなこと言いだす頃合いだと思っていたし。お願いするわ」


 すんなりと許可を出すユカリは、もういつもの調子と変わらない。あと、なんか心を読まれてたみたい。

 命名したいなどと言ってみたものの。個別に名前を設定するにあたり、困るのはふたりの寸分違わぬこの外見。何かいい案はないかと悩んでいると、仲居のふたりが後ろで結っていた髪を解き、それぞれが再度頭の左右で結い直す。

 それは、ワンサイドアップとでもいうべきか。長さに差異こそないが、彼女たちはどこぞのアイドル育成ゲームに出てくる、双子のJCアイドルめいた髪型に切り替わった。(にー)ちゃんと呼んでくれてもいいのよ。


「「如何(いかが)でしょうか?」」

「あ、はい。いい感じに区別がつくけど、やっぱり心を読まれている気がする。これが世にいう思考盗聴というやつか!? まさか、そんな馬鹿な。SFでもあるまいし」

「もう。何をぶつぶつ言ってるのよ」

「ええまあ、何でもないんですけどね」


 別に本気で心を読んでいるとは思わないけど、このふたりは何かと先を読んで来るのでたまに不安になる。

 仲居ヨリ達はいつも一緒に行動しているし、相当な仲良しなのだろう。それとも、単にセットなのだろうか。実際の所は良くわからないが、仲が悪そうには見えない。そこで、仲睦まじいという意味に因んだ名を考えてみることにした。


「う~んと……。え~と……。はい、整いました。早速発表いたします」

「あら、早いわね? まさかとは思うけど、適当に決めてないでしょうね?」


 背中のユカリにまた酷いことを言われる。自分だって真面目に考えてるのに。まあ言っても毎度のことだから気にはしてない。


「なわきゃないだろう? ちゃんと考えてるよ。でね、ふたりはいつも一緒で仲がよさそうだから。しんぼく(親睦)って単語を分けて、チカとムツミという名前を考えたよ。これどう?」

「あら、いいんじゃない? 晴一に――いえ、流石晴一ね」


 ユカリから素直に賞賛の言葉をもらうと、なぜか居心地が悪い。すっかり調教されてしまったからだろうか。いやその前になんで一回言い直したの。


「私もとても素敵な名前だと思います」


 膝の上のリエを撫でているヨリが、にこりと言った。やったね高評価。


「お褒めに与り恐悦至極に存じます。ええと。今座っている並びで、俺から見て左の子がチカで、右の子がムツミね。髪型で言えば、本人視点で右結いがチカ、左結いがムツミ、ってことでOKかな?」


「「おーけー」」


 左右対象にOKサインを出したチカとムツミは、見事にハモって名称固定したことを告げる。髪と普段の立ち位置はちょうど真逆になりますね。


「よしよし。ほんじゃあ時間も押してるし。この辺で俺は風呂に入りたいんだけど、誰か先に入る人? 手挙げて? はーい?」


 背中からユカリを下ろし、そうたずねるが、誰も挙手がなかったので自分から入ることにした。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 シャワースペースを出ると、脱衣スペースにはいつものハーフパンツとTシャツが用意されていて、カーテンの向こうからは三人の話し声が聞こえている。

 どうやらヨリとユカリは、どちらがリエと風呂に入るかを揉めていたようだが、服を着終える頃には三人で入るということで落ち着いていた。狭いのによくもまあなどと思いつつ、バスルームを出た自分は、一直線にベッドへ向かう。ベッドの上では、すでにチカとムツミが横になっていた。風呂に入ったかとたずねれば、自分がユカリに悪戯しているくらいに入ったと言っており、あの場面を見られていたのかと思うと少々恥ずかしくなってしまう。

 のそのそとベッドに上がり込み、今日は端の方に寝ようと思って、チカの外側に陣取ろうとした。だが、なぜか一番端に転がってきたチカに、それを阻止されてしまう。こちら側は駄目なようなので反対側に回るも、今度は同じ動きでムツミに阻まれる。結局、ふたりの間に開けられたいずれかの位置で寝ることを強いられてしまった。

 こうなってはもう諦めるしかない。渋々真ん中に入ると、なにやらふたりに左右から詰められ、結果ぴっちりと挟まれる形で落ち着く。どういうことなの。


「なんだこれ」

「「ご迷惑でしょうか?」」

「いやそんなことはないんだけど。ふたりにしちゃ珍しいなと思って」

「「(まこと)に理解し難いのですが、本日は私達もこのような気分? の様で御座います」」

「えっ?」


 当人たちも良くわからないといった様子で、まるで疑問符を浮かべるように曖昧なことを言う。

 ここ最近、チカとムツミの変化が加速している気がする。ユカリが何かしたのかと聞いてみるが、特にそんなこともないらしい。自分をじっと見つめ、両腕を固める彼女たちを交互に見やると、チカの虹彩はやや赤いことに気づく。対してムツミの方は、ヨリと同じ茶色の虹彩をしていた。これまた新発見。社にいる他の仲居ヨリは、確か皆薄い金のような黄のような色だったはず。


「へえ。チカの目はすこし赤いんだ。気づかなかったよ」


 今初めて気づいた彼女らの微妙な差異に、思わずそんな感想がこぼれる。


「ぽっ」

「え?」


 何やらチカがそうつぶやいて頬に両手を当てている。


「嫉妬」


 今度はムツミの方から声がかかった。


「は?」


 左右を交互に見て、ふたりの言葉に首を捻っていたら、バスルームの方からわいわいと声か近づいてくる。

 主立った声はリエなので、姿を見ようと首を起こしかけたそのとき。腹の辺りに本人が降って来た。


「とらふぐっ!」


 流石にこれは予測不能。


「ああ、リエまたそんな乱暴に!」


 そんな慌てたヨリの声が聞こえたかと思うと、今度はユカリの方から抗議の声が上がる。


「なんでチカとムツミ抱えてんのよ。スケベなの?」


 困ったな。まただしぬけにひどい言いがかりを付けられてしまったよ。

 その物言いでは、まるで自分からふたりを抱き寄せたように聞こえてしまうではないか。もっと世間体を考えてものを言ってほしい。


「やいユカリ、それは風評被害というものだ。これは別に俺がやってるわけじゃないぞ」

「ふんっ! そんな見え透いた嘘をよく言えたものね。チカとムツミが自分からそんなことするわけないでしょ? スケベで変態でロリコンな晴一は、相手が幼い女の子の姿をしているなら誰でもいいってわけね?」


 毎度の如く、むごいことを言われてしまい、おじさんは悲しくなってくる。


「えーんえーん……チラ」


 あまりにも悲しくなってしまったので、掛け布を頭まで被り、とうとう泣き出してしまった。泣いてないけど。


「「ユカリ様。これは晴一様の指示では御座いません。此度の件は、私ども自らが希望した次第で御座います。問題が御座いますようでしたら、この場はお譲りいたしますが」」


 完全同期したチカとムツミは、意外なことを言った。

 なんとふたりは、自らユカリと交渉をはじめたのだ。上位管理者であるユカリに対して、彼女たちが取った思いがけない行動に、当のユカリも呆気に取られている。


「そう……。なら仕方ないわね。今夜はあなたたちに譲ってあげるわ。リエもヨリもそれで構わないかしら?」


 一瞬表情をこわばらせたものの、すぐにユカリは穏やかな笑みを浮かべ、チカとムツミへ譲歩した。やっぱ予想外なんだろうなあ。


「う~。今日ははる様と寝られないですか?」


 そう言ったリエは、寂しそうな顔をする。小さな子に悲しい思いをさせてしまい、おじさんの胸は今にも張り裂けそうだ。


「すまぬ、すまぬ……」


 おじさんただただ平謝り。


「リエは私とユカリお姉ちゃんの間で寝ましょ?」

「はいです! ねえ様達と一緒~」


 一時はどうなることかと思ったが、ふたりの姉からナイスな提案がなされ、自分の胸の上で沈んでいた彼女も元気を取り戻す。

 ヨリとユカリも、チカとムツミの変化に何かを察しているようだ。こうして寝床領有問題は決着し、自分もほっとする。いや~本当によかった。良かったのかな~。

 ふと両脇を固めるふたりを見れば、彼女らはすでに目を閉じており、寝息まで立てている。このふたりには、とっくに顛末の予測が付いていたのかもしれない。


「にしても寝るの早やない?」


 ふたりの早寝スキルに舌を巻き、ついそんな言葉が口を突く


「ちょっと、晴一静かになさい」


 特別大きな声は出していないのに、なぜか最も遠くにいるユカリからクレームを受けてしまう。

 まあ、彼女の言い分はおおよそ正しいので、その言に従いお口にチャックで目を閉じる。しかしクレームのあった方向からは、時折リエとヨリの小さな笑い声が聞こえ、その合間にはボソボソとしたユカリの声も混じっていた。

 まったく、人にはうるさいなどと言っておいて、自分には甘いとか。こんな仕打ちはあんまりじゃないか。そこで、文句の一つも言ってやろうとしたとき、車内の照明がゆっくりと落ちはじめ、ほぼ真っ暗闇に変わる。すると皆も静かになった。

 ここ数日、チカとムツミの目覚ましい変化を目にし、自分はユカリの有能さに感服する。今後ふたりは、どのような成長を見せ、自分を驚かせてくれるのだろうか。そんな期待を膨らませながら、彼女たちの進化した姿を夢想し、眠りに落ちた。

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