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弐拾捌 ~ ゆめの直路 (ただじ) ~

 部屋の布団で目が覚めて反射的に腕時計を見ると、時刻は七時を過ぎ。少々寝すぎたと思いながらもまた目を閉じ、布団の中で昨日の出来事を振り返る。

 初めての復旧作業は極めて順調で、あっさりと区画機能の回復にこぎつけることができた。あまりにも簡単に事が進むので、直通車両が正しく運行できれば、作業の半分は完了したようなものだろう。などと思ってしまう。


「全部この調子でやってけると助かるんだがな」


 しかし、迂回ルートを使うとなると、事態はどうなるのだろうか。そちらの方は相当危険だということだし、自ら望んで火中に飛び込むようなことはしたくない。

 ユカリがくれたあの装備があれば、安全は確保されるのだろうけど。安全が確保されていれば、危険に晒されても構わないかと言えば、そんなことはない。極力そういう事態は避けるべきだ。


「そんでもなるようにしかならんか」


 分からないから考えない。とりあえず細工は流々なのだ、後は仕上げを御覧(ごろう)じろか。


「仕上がってるよ~」

「おふようごさひます」


 へんな独り言を言っていたら、ヨリがのそりと布団から顔を出した。

 どこからどう見ても、正真正銘二日ぶりのヨリ。二回目。作業中にユカリが着ていた洋服は、寝る前に浴衣へ着替えているので、ヨリが混乱することはない。ああ、でも。いつかヨリにも洋服を着せてみたいな。


「おはようかわいこジュテームヨリちゃん、今日もいい朝だね」


 朝からテンションが高い人は、自分でもウザイと思う。んだよジュテームって。


「はい、おはよう御座います。何か(おっしゃ)られていたようで御座いますが、どうかなさいましたか?」


 寝ぼけ眼で、ヨリが自分の独り言に対して疑問を投げる。まさか聞かれているとは思っていなかったので、ちょっと声が大きかったかもしれないと反省した。


「うん。なんか(うな)されてたみたい」

「まあ、それはいけません。何か悪い夢でもご覧になられたのでしょうか? お加減のほどはいかがですか?」


 朝から適当な嘘をついて、ヨリに無用な心配をかけるおじさん。これはいけないよ。

 ここへ初めて連れて来られたときは、悪い夢だと思っていたけれど。ここで寝ているときに悪い夢はまだ一度も見たことはない。いや嘘。本当はなんとなく何か思い当たる節があるのだけれど、それは恐らく多分きっと気のせいだろう。


「いやいや大丈夫、大したことじゃないんだ。なんかね、もう覚えてないや」

「左様で御座いますか」


 また心配されてしまったが、それでヨリも目も覚めたようなので、ふたりで顔を洗いに行く。戻ってくると、やっぱり朝食が用意されていたけれど、毎日見るこの光景もすっかり普通なものになった。もう種も仕掛けも分かっているし。

 今朝は仲居ヨリたちの姿はなかったが、彼女たちが色々と世話を焼いてくれていることはすでに承知の上だ。ヨリにも、いずれこの世界の全容を明かすときが来るとは思うけど、そのときまではすべて隠し通すという、ユカリとの約束がある。故に、ヨリが起きている間は、仲居ヨリたちも潜伏を続けることになっている。それでも、ユカリには仲居ヨリの座標は把握できているので、この件に関して致命的な問題が発生することはない。これまでがそうだったのだから、間違いなく大丈夫。

 今だけは何も知らぬまま、幸せに暮らしていてくれればいい。これはヨリに対する裏切りでもある一方、現状においては最大の思いやりでもある。たとえそれが独善的で一方的なものであったとしても、彼女に辛い顔をさせてしまうよりはマシだ。だがそれでも、隣で幸せそうに笑うヨリの姿を見るたびに、自分の胸はチクりと痛むのだ。

 ヨリの日には特にすることもなく、名ばかりの神様は大抵暇を持て余し、ゴロゴロと居間を転げまわるばかり。ユカリも、もう少し神様の役目とか設定しておいてくれればよかったのに。食っちゃ寝生活をメインとした、駄目神様(だめがみさま)なんてもんには目も当てられない。何より自分がやってて辛い。 大体、最大の娯楽施設であろうゲームコーナーが機能不全を起こしているのは、由々しき問題だ。この社はユカリが作ったものであるはずなのに、自身が用意した施設を利用させないというのはどういう了見なのだ。

 

「ぐぬぬ……」


 おじさんはやり場のない憤りを感じ、頭を抱えて悶絶する。


「ふぬぅ……。ねぇヨリちゃん。ちょっとご相談が――」

「それは了承致しかねます」


 こういう時のヨリの洞察力よ。おかしいな。おじさんまだなんも言ってないのに。

 流石に外で乗り物乗り回すのにも飽きてきているし。せめてもっと箱庭が広ければよかった……。このさき島には、海と砂浜と岩と、あと鬱蒼(うっそう)と茂った森しかないし。

 

「神様……。私は、近頃夢を見るのです」


 今日の予定か決まらずに悶々としていると、お茶を飲んでいたヨリが静かに話をはじめる。

 ヨリの表情からして、楽しい話題ではないことは明らかだ。あまりいい予感はしないが、とりあえず続きを促してみよう。もしかしたら勘違いかもしれないし。


「うん? それってどんな夢かな?」

「はい。その夢は……とても大胆で、神様に対して幾度となく無礼を働く私が出てくる夢なので御座いますが……」


 ユカリィ。これちょっと不味いんじゃないの。

 そう思ってポッケのスマホに手をかけるが、とりあえず全部聞いてからでもいいだろうと思い直し、彼女の隣へ席を移す。密着事案。


「その夢には、勿論神様もいらっしゃるのですが、……神様は私のことをユカリと呼ぶので御座います。それから、他にも出てくる方々がおりまして。その、何と申しますか、全員が私なので御座います。私が見ている沢山の私たちは、このお社でてきぱきと働いていて、私や神様のお世話をしているようで御座いまして。昨夜などは、神様と共に見知らぬ乗り物で遠くへお出かけしたり、他の私たちと共に眠ったりしておりました」

「へえ、そ、そうなんだ。ふ~ん。それにしても、随分鮮明に覚えているんだね。夢って目が覚めると大体忘れちゃうものだけれど……」


 このまま話を進めていいものか。正直自分には判断がつかない。またヨリに倒れられてしまえば、それは事なので気が気ではなく……。いつユカリへ助けを求めようかと、内心ハラハラし通しだ。


「はい。私も今まで見てきた夢は、大抵目が覚めると忘れてしまっておりました。ですが、近頃見る夢はそうではなくて……。困惑しております」

「そっか。……それで、ヨリちゃんはその夢を見てどう思った? 楽しかったかい? それとも悲しかった?」


 この質問は一つの指標となると思う。

 今後ユカリとの行動が、ヨリの夢として認識され続けることになれば、場合によってはまたヨリへ負担をかけてしまうことになる。ならばせめて、ヨリが幸せだと感じてくれていれば、救いがあるのではないか。そうであれば、これを参考にして、ユカリとの時間を更に楽しくすることで、ヨリの精神もよい方向へ誘導できるのではないだろうか。そう考えてはみたが。


「そうで御座いますね……。夢の中の私はとても幸せに満ちておりました。ですので、この夢は楽しい夢だと思っております」


 ヨリは笑顔で言う。その表情からも分かるように、ユカリとして過ごした記憶は、辛いものではないようだ。

 今後もヨリが、夢というかたちでユカリの記憶の片鱗に触れるようであれば、更に慎重な行動をとる必要が出てくる。もしユカリの目の前で、自分が事故などに巻き込まれれば、ヨリの心にも大きなダメージを負わせることになるだろう。こうなると、今後の作業にはリスクが伴う可能性が高いという事実が、ますます重く心にのしかかってくる。


「そっか。楽しい夢ならよかったよ。ヨリちゃんが悲しい思いをしているようだったら、俺も悲しくなるし」

「ああ、申し訳御座いません。また神様にご心配をおかけしてしまいました」


 ヨリはまた慌ててしまう。そんなに気にしなくてもいいのになあ。むしろ自分の方が心配ばかりかけているようで申し訳ない。


「違うよヨリちゃん。ヨリちゃんがそういう話をしてくれることを俺は本当に嬉しいと思ってるよ? だから申し訳ございませんなんて言わないで」

「申あ、いえ。私こそ有難う御座います」


 そう言ったヨリは笑顔だった。

 ヨリが初めて倒れて目を覚ましたあの日の言動にも、引っかかるものがあった。その理由は、やはりユカリの記憶を夢として見ている現在と、同じ状況によるものだったのだろう。当然この状況はユカリも見ているだろうし、彼女とはもう少し話を詰める必要がある。


「因みに、その夢っていつごろから見はじめたのかな」

「はい。あれは確か……神様と初めてバイクという乗り物に乗った日の晩辺りから……だったかと存じます」


 ドンピシャだぞユカリ。

 こうなると、任せろと言ったユカリの言葉の信ぴょうが、多少疑わしくなってくる。もしかしたら困ったことになるかもしれないな。


「あ、あの時かあ。ヨリちゃんに悪い刺激でも与えちゃったかな? あは、あはは」


 しどろもどろといった調子で、何とか誤魔化そうと躍起になる胡散臭い神様。本当、色々な局面でまったく使えないんだよなあ、この神様は。


「い、いえ。その……。よくは分かりませんが、そういうのとは少し違うと申しますか、多分……」


 上目遣いに言ったヨリは、恐縮して背中を丸めてしまう。やはり適当なことを言うのは良くない。


「いや、ま~その、なんだ。あの、夢なんてものは取り留めのないものだからさ。あまり気にしても、ね。深く考えない方がいいんじゃないかな?」


 間違いなく、自分やユカリが隠していることが原因である。この言い訳は相当心苦しく、困惑するヨリを見ると益々胸が痛んだ。


「そうで御座いますね。所詮は夢で御座いますし」


 いつもと変わらぬ様子となったヨリに、とりあえず安堵するが、この傾向は良くない。これは、真相を知られることも含めて、再度検討する必要があるのではないだろうか。このままヨリに疑念を抱かせ続ければ、遅かれ早かれ確実に破綻は訪れるだろうし。さらに状況が悪化して、ヨリに多大なダメージを与える可能性も考えられる。

 そういった取り返しのつかない状況に陥る前に、落としどころを見つけた方がいい気がする。仮にそうなったとしても、どうにか安全に不時着させられればいいのだが。

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