弐拾壱 ~ そうだBBQしよう ~
大体食べてるか遊んでいるか。
しかしそんな日常にもそろそろ変化が起きるころ。
「じゃあ明後日から取り掛かりましょう」
ユカリが復旧計画の具体的な開始日時を提案する。今夜ユカリが寝るタイミングでヨリと入れ替わり、明日一日をヨリの行動日という予備日にする。図らずとも表面に出て来てしまったユカリとヨリのリセットタイミングといったところか。
「私は引っ込んでいても大体起きてるから。用があるときは電話してね♪」
電話というガジェットに対し、何か憧れのようなものでもあるのだろうか。ユカリは自分からの着信に、謎の期待感を持っている様に見える。
「例の縁アイコンだな。これは起動するだけでつながるの?」
「ええ。もし出なくても、出られるようになったタイミングで直ぐに折り返すから。まあ、まずそんなことはないでしょうけれど」
殆ど電話じゃん。思い切り電話って言ってるし。
「さて私の仕込みの方は終わったし。どうしようかしら」
「そうだなー」
ユカリを降ろし、手空きになった自分は、適当に生返事を返す。それからテレビ前に移動して、“IMAKUL”で注文した、スマホ用HDMI変換ケーブルをテレビにつなぎ、巨大動画サイトを見始める。このテレビがネット対応なら、無線LANでキャストできるのに。
ホームメニューを開くと、チャンネル登録しているユーザーの動画がいくつか更新されていたので、順番に見てゆく。と言っても、数はさほど多くはないから、すぐに全部消化してしまうだろう。
などと思いつつBBQの動画を見ていたら、ユカリも四つん這いでテレビ前にやってくる。いま画面に映っているのは、髭面のダディが豪快に肉を焼き上げ、出来上がった料理を同じような髭面のナイスガイたちが、寄って集って貪るという、いかにもアメリカンなBBQで、PitなBoy’sの動画だった。正直自分も仲間に入れて貰いたい程には、こういったことに対する憧れはあったりするんだよね。いいなー。たまにはこうやって、豪快に肉を貪ってみたいなー。
「これ! これよこれっ! 丁度お昼だし、私もこんなBBQがしたいわ!」
テレビの前に座る自分の背中にのしかかり、ユカリが耳元で囃し立てる。
「いや耳元でうるさいよもう。なんだってんだい」
コイツはお祭り好きのAIか。
とにかく、異様な食いつきを見せるユカリを見て、若干引いた。だが自分も満更ではない。要するに、本日の昼はお外でのBBQに決まったということだ。
今回も御多分に洩れず。特に何も用意することなく外へ出ると、すでに仲居ヨリたちの手によって設営は完了している。自分たちがBBQをするのではなく、単にお呼ばれされただけに等しい状況でしかない。BBQとは何だったのか。
「俺はてっきりユカリが何かやるのかと思ってたけどなー」
全然まったくこれっぽっちも思っていないことを口に出す。これ即ち“嫌味”と言う。
「引っかかる物言いね? この箱庭を作ったのは私なのよ。なら、これだって私がやっているのも同じことよね?」
「うーん。まー、物は言いようではあるな」
ユカリの屁理屈を右から左へ聞き流し、何事も迅速かつ完璧にこなす仲居ヨリ達の動きに、しばし見蕩れる。そうこうしている間に全ての準備は整ったようで、食材が次々とグリルに乗せられてゆく。
「因みにユカリ。食材は全部この状態で生成されるの?」
「ええそうよ。動物性植物性問わず、今の状態のまま生成されてるわ」
「なるほどね……」
生き物の一部であるにもかかわらず、最初から一部として生成されてくる食材たち。つまりこれらは、端から生き物ではなく、食べ物としてこの世に生まれるということだ。カットされた野菜。下処理された肉類。骨のない魚。これらが突如出現する世界。コワイ。けど便利。
「これなら何かとうるさいなんとか団体も静かになるのかねえ」
「それって何の話?」
すでに取り皿へ山盛りの肉を乗せているユカリが、自分の独り言を聞いて疑問符を浮かべていた。
「精神衛生上よろしくないから、知らないならその方がいい。これは俺なりの思いやりだ」
「そう」
ユカリはさほど納得していないようだが、次々と焼きあがる食材を前に、最早それどころではなくなっている。
「早く晴一も食べなさいよ。私だけに処理させる気?」
「おう、そだなー」
ユカリに任せておいても、すべての食材を平らげそうな勢いではあるが、自分が一口も食べられないのは癪なので、負けぬ覚悟で箸を進めねば。
BBQと言えば、とにかく肉が肉であり肉なので、肉で肉を挟んで肉を中心に食べる肉食系の肉でいくことにした。用意されている肉は、発端となった動画に出てくるような大きさの肉塊ばかりだ。その辺で売っているカットされた肉片とは、存在感がまるで違う。コレは一線超えちゃったね。
「しかし、ユカリの皿はやべぇな……」
「フフーン♪」
屋外用テーブルセットに腰掛けたユカリの前に置かれた皿には、何層にも重なった肉の塔がそびえ立っている。
一方自分はというと、無難に三枚程度のステーキ肉と野菜類を、控えめに盛りつけただけで早々と着席している。恐らくこれだって、肉だけで千グラムくらいはある。普通の人が食べるには、十分すぎる量だ。
グリルの所では、仲居ヨリがカチカチとトングを開閉させて、こちらへ熱い視線を向けていた。手元を見ると、グリルの上には、まだたくさんの食材が乗せられている。あれらを全部平らげるのは骨が折れそうだけど、どうせユカリが片付けるだろう。
「なんか大食い大会みたいになってる気がしないでもないが。ユカリはそれ全部食えるんだよな?」
「そんなに心配しなくても、ちゃんとお代わりするから大丈夫よ」
「何が大丈夫なんだユカリィ……」
やっぱり大食い選手権会場じゃないか。
しかし意地になって食べてもなんも得はないから、適度なペースと量で、このBBQを楽しむことにする。むしろそれが常識的なBBQの在り方だと思う。自分はBBQしてないけどね。
「やっぱり、食事が一番分かりやすい幸福感を得られるのよねぇ。人間が無様に肥え太る理由が良く解るわ~」
人の業を的確に狙撃したAIが、皿に盛られたマッスルタワーを攻めている。見た目は普通の人間と同じ体なのに。いくら食べても健康を害しない身体機能か。まったくもってうらやましい。
◆ ◆ ◆ ◆
初めから飛ばし気味に巨大な肉を食べたせいで、だいぶ腹が満たされてしまい、次が繋がらない。仕方ないので食休めのために、ゆったりと椅子に腰掛け、しばらく海を眺めることにした。
近くの小さな岩陰からは、さして大きくもない蟹が出入りしていて、ハサミを使いせっせと何かを口へ運んでいる。その一生懸命な様子が、小さな口で次々と肉を平らげてゆくユカリの姿と被る。飽食を罪だなんて、くだらないことを思っちゃいないが、ユカリの暴力的な喰いっぷりには、罪深い何かを感じる……。
「ここの海って魚とか釣れんの?」
蟹の食事風景を眺め、何気なく思ったことを聞いてみる。蟹がいるのなら魚もいると思うし。おいしい魚でも釣れるのかな。固定された食用目的の釣りという発想よ。
「ん~。普段魚はいないけれど、釣り針を投げ込めば多分何か釣れるわよ。あ、希望の魚を言ってくれれば、それが掛かるようにしてあげる」
そんな都合のいい釣りがあってたまるか。希望さえすればなんでもかかるというなら、きっと鯛焼きだって釣れるだろう。毎日鉄板で焼かれるのが嫌になり、脱走などしなくてもな。
「ああ……そうなんだ。そこの磯場には蟹やら何やらいるようだけど。魚は違うんだな」
「それね。海岸にいる生物は全部機械よ」
「えっ、まじか。それって全部?」
「そうよ~」
むしゃむしゃとひたすら肉を咀嚼し、三つ目のタワーを攻略しつつあるユカリが答える。彼女がありとあらゆるものが紛い物だと言ったのは、そういう意味も含んでいたらしい。あまり長くここにいると、自分の常識が歪んでしまいそうだ。
「あと、青空は映像だし、星空も近傍の宇宙空間の投影よ。それから太陽はないけれど、可視光を含んだ赤外線や紫外線を照射する機構は装備しているわ」
聞けば聞くほど、箱庭の手の込んだ作りには感心させられる。しかし、これだけ様々な仕組みを取り揃えても、人間はまともに生き延びられないのだから、つくづく複雑で面倒な生き物なのだなと思う。
少し腹具合も落ち着き、今度は魚介が食べたくなったので、グリル付近に行ってバットに盛られた食材を確認する。軽く物色すると、立派な真蛸の足がごろごろと置いてあるのが目に入る。こいつを刺身にして食べようと思い、適当にスライスすることにした。
近くに置いてあった包丁を手に取って、蛸の足をまな板に置いたとき、寄って来た仲居ヨリが「代わります」と言った。このくらいは手間でもないから、自分でやりたい旨を伝えて、彼女の有難い申し出を辞退する。自然界で獲れたものではない、この完全無菌の生成食材。味はともかくとして、すべて未調理で食べることも可能だそうだ。
豪快にぶつ切りにしたものと、薄く広げるようにスライスしたものを皿に盛りつけ、テーブルまで運ぶ。ユカリが取りやすいように皿を中央に置いて、一緒に用意しておいたわさび醤油や、ニンニク醤油を付けて食べ始めると、対面のユカリが大きなぶつ切りを箸に突き刺し、串団子のようにかぶりついた。弾力の強い生の蛸がなかなか噛み切れず、四苦八苦しているユカリの様子は面白い。それでもどうにか端の方をかじり、引きちぎるようにして一生懸命食べている。ちょっとかわいい。
「真蛸を喰らうユカリヌス」
ゴヤ作。
「なあに? 何か言った?」
「うむ。そんな塊を持って行かないで、スライスの方を食べれば良かったんじゃないかと思ってな。……つうかさ~、食い過ぎだろう? 食ったもんはどこ行ってんだよ」
ここまで相当量の肉を食べまくっていたのに、ユカリの小さなお腹は平らなままだ。こいつの胃は異空間にでもなっているのだろうか。
「心配しなくて大丈夫よ。胃の中に入っているわけじゃないから」
事も無げになんかとんでもないことを言う。いくら食べても体積が変化しないのは、そういう理由だったようだ。
「なんだと! またどこかに転送して廃棄でもしてるのか? もったいないな!」
「転送はしてるけど、分解して素材に戻しているのよ。廃棄しちゃったらマテリアルとして再利用できなくなるじゃないのよ」
食事を楽しむというのは、実はこういうことを言うのだろうか。断じて違うと思うけど。
「なんつーか。そりゃ食事という生命を繋ぐ行為に対する冒涜じゃないだろうか……」
「でも全部分解再生しちゃうわけじゃないわよ? 何割かは摂取もしてるし。コレは余剰だからしてないけど……」
ユカリは箸に突き刺さったタコを示して言う。いずれにせよ、生身の生活を謳歌しているようでなにより。
量子脳の中にいた頃には、決して味わうことはできなかったであろう感覚。これに無類の喜びを感じているというのも、わからないわけではないけど。一人間としては複雑な気持ちもある。
「ユカリが幸せならそれでいいか」
「そうね。とっても幸せな気分ね♪」
少女の姿をしたAIが、愛らしい笑みを湛え、タコを貪っている。こんな話を本にしたら売れるだろうか。もし無事に帰ることができたなら、体験記のようなものを執筆して出版でもしてみようかと、割と真面目に考える。
しばらくすると、散々食べまくっていたユカリもついに満足したらしい。時間的にも頃合いなので、そろそろ撤収しよう。と言っても、ふたりの仲居ヨリがせっせと片付けてくれるから、何もせずそのまま部屋へ帰るだけなのだけれど。
◆ ◆ ◆ ◆
みすぼらしい玄関をくぐるとき、ふと思いだしたここの感触のことをユカリに聞く。これもずっと気になっていたのだ。
「そうだ。この玄関の触り心地がおかしいのだが、これはなぜなんだぜ?」
先に中へ入っていたユカリは、自分の問いかけに振り返り、戻ってくる。
「それはね。この扉の向こうとこっち側では、箱庭の内と外になってて、実は別の場所につながっているのよ」
「別の場所?」
「そう。こっちの社は箱庭とは違う場所にある別の施設なの。そうして、ふたつの場所をそのみすぼらしい玄関で繋いでいるのだけど。空間同士の接合部には揺らぎがあって、緻密な形状の保持ができないの。だから生半可な物質で扉を作っても、簡単に破壊されてしまうのよね」
「へ、へぇ……」
なんか感触が違うという話から、酷く大それた話になって来た。空間の操作とかなんとか。実は、この玄関構造にはとてつもない技術が使われていたのだ。その一方で、やたらと薄汚いこの見てくれよ。もっと他になかったのかな。
「そこで、ジョイントになっている玄関口部分は、構造体の時間軸を固定して破壊不能にしているの。そういうわけで、触れても温度なんかを感じられないから、違和感を覚えるのよ」
「時間軸を固定する……。そんなこともできるのか」
「ええ。まあ、そうは言っても私ができるんじゃないわよ。これは彼らの生み出したテクノロジーのおかげ。今説明した内容だって、そういう物だという知識しかないから、理論まではわからないわ」
この惑星内にはそういった情報もなく、|リバースエンジニアリング《技術解析》もまだ行っていないそうで。彼女にとっても未知の物となっているらしい。
「何者なんだよ要塞惑星の製作者って」
「本当にね。誰か私に教えてくれないかしら~」
彼らとは、自分などよりもよほど神と崇められるべき存在だと思う。広大な宇宙を駆け巡り、銀河を統べ、地球の生命に進化を促した謎の存在であるが、ユカリや自分にもその正体を知る日がいつか来るのだろうか。願わくば、いわば彼らの子供のような存在のユカリのためにも、そんな時が訪れてくれればいいなと思う。
部屋に戻ると、ユカリは真っ先に卓上にある茶菓子へ飛びつき、目を輝かせて漁りはじめる。この期に及んでまだ食うつもりなのか。限りのない暴食行為も、そろそろ注意するべきかと思いながら手汲みの茶を飲んでいると、ユカリが菓子の箱を持って、意味深な笑顔を向ける。それは、細い棒状スナックにチョコレートコーティングを施した人気の菓子で、箱にはひらがなで“ぴょっきー”と銘打たれていた。
「ねぇ晴一、ぴょっきーゲームっていうのやりましょうよ」
藪から棒にユカリはろくでもないことを口走った。
「ブーーーーーッ!」
「ちょっとー! なにすんのよ汚いわね!」
突如とんでもないことを言われて、飲んでいたお茶を思い切り吹き出してしまう。しかし、即座に仲居ヨリがやってきて、方々へ飛び散ったお茶をあっという間に処理し、一礼して出て行った。ありがてえ。
「あーびっくりした。おまえさ、そういうのどこで覚えてくるの?」
「だって、よく漫画とかアニメでそういうことするんでしょ? 日本ではメジャーなゲームだって言うし」
「そんなもんがメジャーであってたまるか」
知名度はそれなりにあるだろうけど。そこかしこで日常的に行われているかと言えば、そんな事は絶対にない。日常的にぴょっきーゲームしてるような国に住むのは辛いでしょ。
「やるの? やらないの?」
「やるかっ!」
やりたいな、やれるかな。やりたいけれど、やるもんか。
「む~、何で怒るのよぅ。つまんないわねぇ」
「おまえ……ぴょっきーゲームがどんなことするのか知ってて言ってるんだよな? だとしたら質の悪い冗談だぞ」
またぞろ人をからかうために、そんなことを言い出したのだろう。そう自分は考えていた。まったく、ここは年長者(精神的な)として少し真面目に叱っておかねばなるまい。実時間という話なら、明らかにユカリの方が年長者ではあるが、彼女に限れば質と実が伴わないため、どうしようもない。
「いいえ知らないけど?」
「かーっ! しらねーのかよ! かーっ!」
自分はスマホを取り出してテレビにつなぐと、動画サイトからぴょっきーゲームの動画を検索してユカリに見せる。
「ほら見ろ、こんなことするんだぞぴょっきーゲーム! ほら見ろほら! みろよみろよ!」
それはおっさんが幼気な少女へ、大画面を通して卑猥な動画を見せつけるという、ダイレクトなセクハラ行為に他ならない。そして予想通りと言うべきか。ユカリはわかりやすく首から上を真っ赤に染めて、わなわなと肩を震わせながら、映像を凝視している。
しかもそれはちょっと大人なぴょっきーゲーム。男女の距離が限界に達した辺りで、接触したであろう部分からハート形の目隠しが拡大表示され、裏側ではおディープなちゅぱちゅぱ行為が続いていると思われる動画である。こんなのがなんでBANされないの。
「こ、この程度の事造作もないわ!」
「いや造作もあれよぉぉっ! つーかなんでそこ強がっちゃうの? 全然分かんない! 晴一おじさんぜんっぜんわっかんないもぉぉん!」
おじさんは床に倒れ込み、ブリッジしてしまいそうな勢いでのけ反った。駄目だこのAI早く何とかしないと。
自分は腹筋を使って一気に体勢を立て直し、ユカリの肩を確と掴んで正座させる。
「ユカリ。お前は、無駄に意地を張る悪い癖がある。その癖は直すべきだ。そういうのはな、AIだろうと人間だろうと良くないことだぞ? なあ、分かるだろう?」
完全にお説教モードへ入った自分に、ユカリは引いている。しかし尚も説得を続けると、やがて神妙な面持ちになるとともに態度は軟化し、反省している様子を見せはじめた。
「そう……ね。今回は私が悪かったわ……。ごめんなさい」
ユカリは素直に非を認め、ちゃんと反省してくれたようだ。流石に理屈が通った意見にまでは、無駄に反論しないらしい。
「片意地を張るとな、時と場合によっちゃあ取り返しのつかない失敗を招くこともあるんだ。今回みたいなケースなら、大事に至ることはないと思うけど、いやこれはこれで一大事かな……。とにかく、俺だって別に理不尽なことは言っていないんだから、冷静に考えて欲しい。分かったかね?」
「わ、かったわ」
「はい、よろしい。じゃこの話はおしまい」
ちゃんと分かってくれているといいのだが。そこはユカリを信じるしかあるまい。
「でもね、私は晴一とだったら嫌じゃないわよ……。ぴょっきーゲーム」
急にドキッとすることを言われる。あんまりおじさんをからかっちゃいけないよ。めっ、だぞ。
「そりゃあ俺だって別に嫌ではないよ。でもやっぱり倫理的に問題があるでしょ?」
「じゃあ……成体になったらいいの?」
「えー……あーうーん。そうだなーどうかなー。その時はまたその時で考えるかなー……」
恐ろしく答えにくいことを聞かれた。正直、首を縦に振るのも吝かではない。だが、ヨリの体を共有しているという事情もあるので、あまり勝手なことも言えないというのもまた……。
「煮え切らないわね。どうせヨリの都合とか考えてるんでしょ」
図星。まさか思考を覗かれているとでも……。
「そういうユカリだって、なにかとヨリちゃんを優先するじゃないか」
「それはそうよ。私はヨリが一番大切だもの」
その辺りはお互い見解は一致している。なにより優先するべきは、ヨリという存在であることに異論はない。
「はぁ。何でこんな話になったんだっけ……」
「さ、さぁ。何でかしら」
お互いおかしな雰囲気になり、目を逸らして黙ってしまう。そこはかとなく気まずい。
こういう空気に弱いおじさんは、場を誤魔化すように急須を手に取る。さっき注いだお茶は、その辺に撒いてしまったからな。
すると、ユカリも湯飲みを差し出してきたので、ふたり分のお茶を注いで片方を返し、肩を並べて茶をすする。なんだこれ。仲良し夫婦か。そういえばおしどり夫婦という言葉があるけど、おしどりの番は言うほど仲は良くないらしいね。
「復旧計画……絶対に成功させような」
「当然よ」
微妙な空気を振り払うように、ふたり固く約束しあう。