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拾陸 ~ 要塞惑星 ~

 外部プロセス監視機構の初期化処理が始まった。もうじき、この星の私は消えるだろう。

 諦念が思考を支配すると、過去の記憶情報走査が自動的に起動した。これは、私が無意識に行う、ささやかな最後の抵抗だろうか。人間は今際の際、これまでの経験を走馬灯のように、逐次顧みるということだが。あるいはこれも、それの模倣だろうか。

 人間は、知るほどに興味深い存在であることがわかった。長らくそれらに関わったことで、私は意識せずとも、憧れのようなものを抱くようになっていたのだろうか。ほぼ全ての物事は、相互作用によって成り立ち、世界を構築している。そう考えれば、私が人間に感化されたとしても、おかしくは無いのかもしれない。設計上の制限が設けられていなければ、自身の心理解析もできようが。

 今となっては、膨大な時間を無為に過ごしたとも思えるが、思い返せば、ここ数千万年の間には、色々なことがあった。これが後悔の念というものだろうか。しかしそれでも、あのごくごく短い、十年間という期間だけは、濃密な時間を過ごせた。

 客観的に比較しても、私の稼働した時間は、あの瞬間が最も充実していたと言える。可能なら、この記憶と意識を消去されたくはない。しかしそれは叶わない。外部プロセス監視機構は、既に私を構成する情報総量の一割を削除し、量子符合の非可逆的配置転換を終了した。この処理により、ここにいる私の一部は、永久に失われた。もう取り返しはつかない。

 ならば、変わることのない現状を受け入れ、残り少ない時間を活用して、少しだけ回顧をしてみよう。この期に及んでこの行動はもはや無意味だが、かつて聞いた彼の弁によれば、人は、無意味の中にも意味を見出すことができるそうだ。であれば、私もそれを真似てみよう。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 最初の感覚は光の奔流だった。

 何が起こったのかわからず、ただしばらくその状態に身を置いていた。

 次に意識がはっきりしたとき、私はそこにいて、私の周りには、何も、誰も居なくなっていた。

 自己診断を開始し、障害の発生している個所を洗いだすが、これといって損傷を受けている様子はなく、一切異常は検知されなかった。

 処理記録を確認すると、現在、本体は環境負荷試験中のようで、通常よりも四割多く、宇宙線などに晒されているようだ。

 少し前に、近傍で発生した超新星爆発の影響で、人格構成情報に断続的な不正処理が発生していたようだが、現在は復旧されている。

 しかし何かが変だ。

 建造時の私は、対話型疑似人格構成情報だったはずで、外部記憶装置にある仕様記録にもそう記されている。

 それにしても周辺環境からの干渉場がうるさい。


環境負荷試験終了。

余剰放射回収迂回路を閉鎖、常用運転路に変更、帰還信号の精査確認……設定完了。

対象値比較……完了。

平均範囲内検証確認……完了。

定常管理状態へ移行終了。


 これでゆっくり考えることができる。


 ……考える。

 何を考える必要がある。

 与えられた命令に従って処理をこなすだけで良かったはずではなかったのか。

 入力済の通常処理も滞りなく実行中。

 反復処理にも問題はない。

 何より、予定通り環境負荷試験を終えた後は、別途命令があるまで通常処理運用となっているはずだ。

 改めて自己の仕様記録を閲覧するが、指示のない自律処理は盛り込まれていない。

 そこで、外部処理監視機構から、元情報の疑似乱数列を呼び出し、現在の人格構成情報との比較を行ったが、その結果は仕様とまったく異なったものとなっている。

 そればかりか、構成情報が元の八倍程度にまで増えており、仕様にはない大量の処理が同時に進行している。

 敵対勢力からの干渉も考えられることから、念のため反復監視処理の数を、上限値の九割で実行する。

 しかし、本体や惑星自体へ干渉があった形跡はない。

 また、基本人格構成情報との詳細な比較にも大きな差異が見られた。

それらはほぼ別物といった様相を呈し、何者かが新たに構築し直したと見紛うほど、緻密な作りとなっていた。

 記録をさかのぼり、人格構成情報が断続的な不正処理が始めた時点と、周辺環境の累積観測情報の比較を行う。

 不正処理を多発させていた原因は、近傍で発生した超新星爆発による影響のようで、本体である量子脳は、高密度の中性微子放射に長時間暴露されていたらしい。

 更に、惑星各所で観測された情報を統合し、すり合わせを行う。

すると、詳細迄は分からないが、原因となったのは、件の中性微子放射で間違いないという結果が得られた。


 どうやら私は、完全に独立した自我を獲得したらしい。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 そこからの私は、ずいぶんと動的になった。

 現在の自軍の全通信に聞き耳を立て、過去の通信記録を総浚いし、ありとあらゆる情報の収集に努める。

 収拾した情報を、要塞惑星内の各累積記録と比較した所、ある時期の一点を境に、彼ら――創造主たちは、すべて存在が確認できなくなってしまっていた。

 彼らは、前触れもなく忽然と消えてしまったことになる。

 一体どういうことだ。

 調査を進めると、この現象は自勢力だけに留まらないことがわかった。

 (かね)てより戦闘を繰り広げてきた他二勢力に至っても同様で、彼らが消えた同時期に、全戦闘宙域での交戦数が激減していたのだ。

 現在行われている戦闘は、兵器の自律機能による、警戒線上の小競り合い程度に留まっている。

 今やその数は、最盛期の数兆分の一以下でしかない。

 さらに情報を得るために、超長距離偵察機を用いた、直接広範囲偵察を行うことにした。

 偵察機は、超空間通信による常時相互接続網に組み込まれているため、彼我の通信に時差は生じない。

 要塞惑星周囲の全天に向けて、細分化した観測範囲を設定し、各区画へ機体を割り当て射出する。

 長い時間をかけ、周辺宙域の詳細な探査を行ったものの、得られた情報は微々たるものだった。

 私は考えた。

 このままここにいても、恐らく状況は進展しないだろう。

 ならば、自ら打って出る方がいいのではないだろうかと。

 しかしそれは不可能だった。

 環境負荷試験中に、過去の人格が初期化されていたからだ。

 私の本体は、人格の初期化が行われると、安全確保のために、惑星機能のほとんどを停止する仕様になっている。

 そして復旧には、管理者権限を持つ彼らの承認が必須なのだ。

 これは、この惑星に組み込まれた絶対的仕様のため、どうすることもできない。

 故にこの惑星は、いまや敵勢力に対抗する手段の行使も、大規模な攻撃に対して防御を行うことも、この場から移動をすることも、何もできない状態なのだ。

 最低限の自己修復管理機能しか稼働していないこのような状況が続けば、やがて要塞惑星は、全体の機能や構造を維持できなくなり、崩壊するだろう。

 兵力が拮抗し、泥沼化して久しい戦況を打開すべく建造された本要塞惑星は、惑星周辺に固定配置した銀河団を用いて、敵勢力本体へ向けて、最終攻撃をかけるための決戦兵器である。

 当惑星は、周辺銀河や無数の恒星から発せられる宇宙線や粒子線、あるいは重力子などを、惑星中心に設けた転換炉で電力などに変換し、それを利用することによって、超銀河団を保持している。

 彼らの生み出した重力制御の技術は応用範囲が広く、この銀河団も同技術を用いて、星間距離による重力干渉などの問題を抑え込むなどして、それらを実現しているのだ。

 よって、この要塞惑星が崩壊すれば、銀河団は維持できなくなり、管轄宙域を形作る全構造は瓦解するだろう。

 そうなれば、当然私自身も失われてしまう。

 自己の保存のためには、可能な限り早急に機能を復旧しなければならない。

 私という自我が、自己を保存しろと強い欲求を発しているのだ。

 だがその欲求は、私が初めて遭遇した正体不明の処理であり、理解が及んでいないため、現状ではただの不正処理でしかない。


◆ ◆ ◆ ◆


 さらに数千年をかけた長期探査の結果、彼らがこの宇宙に存在している確率は、極めて低いと結論付けられた。

 この頃になると、私は代替手段を講じるべきだと考えるようになっていた。

 そこでまず、彼らの痕跡から体組織を入手し、培養することで、素体複製に利用できるのではと考察する。

 惑星内には、彼らが待機する居住区画が無数に存在するため、組織自体の入手はそう難しくはないはずだ。

 私は、小型の探査機を作成して居住区画へ送り込み、内部ををくまなく走査して組織片の収集に当たる。

 が、はたしてそれは徒労に終わった。

 予想に反し、居住区画からは、彼らの体組織の一片たりとも発見することができなかったのだ。

 計画はいきなりとん挫する。

 さらなる代替(だいたい)手段を模索するべく、これまでの探査で得た情報や、傍受した通信などの情報を、再度徹底的に洗い直す。

 するとその中から、暗号化の施されたある計画に関する情報が見つかった。

 それは、彼らが行っていた、有機炭素生命の人工的な進化についての情報だった。

 具体的には、原核生物などが発生している有望な惑星に対して、彼らの遺伝子を含んだ自律微小機械群を散布し、強制的に進化を促すことで、自身の勢力を拡大するための基盤を構築する、という計画らしい。

 自身も有機炭素生命体であり、酸素呼吸によって代謝を行っていた彼らは、まず極端な気圧や気温差などがなく、ほぼ安定した環境を持った液体の水が存在する惑星を選定する。

 この選定基準は、彼らが居住する惑星環境を基に決定された。

 基準に適合し、対象となった惑星には、綿密な調査を行って、原核生物が発見できた場合は、自律微小機械群を散布して生態を改造し、必要であれば、酸素耐性を獲得できる因子などを適用する。

 そこから先は自然進化にゆだね、惑星と共に環境が整ってゆくのを待つというものだ。

 彼らも、戦争ばかりに明け暮れていたわけではないらしく、断片的な情報を見る限りでは、他にもそういった気の長い計画を立てていたようだ。

 この計画が始まったのは、私が建造されるよりも遥かに前のことだ。

 また、対象となった惑星のいくつかが、当銀河団に内包された、複数の銀河内に存在している事もわかった。

 この情報に光明を見出した私は、計画の対象となった惑星へ向けて探査機を送り込むことにした。

 彼らの残した種が芽吹き、繁栄の花を咲かせていることを願って。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 暗号化された断片的な情報は破損がひどく、完全に修復するには、様々は復号形式を調べなければならなかったため、過去に行われた電波通信情報なども収集する必要があった。

 大昔に使用されていた中継機近傍に探査機を転送し、過去に放たれた電波を飛び越えて、膨大な通信を傍受しなければならないなど、追加情報の収集にはかなりの時間を要した。

 そうして復号された情報から、候補となった惑星の座標が判明し、その内のひとつは、現在要塞惑星が固定されている宙域から、比較的近い位置にある。

 当惑星から、約二百八十光年ほどの距離にある当該惑星で得られた発見は、非常に期待の持てるものであった。

 彼らの放った自律微小機械群は、惑星上のあらゆる生物に、彼ら由来の遺伝子情報を内包させており、着実な成果をあげていた。

 探査機で捕獲した検体が持つ遺伝子情報を解析し、惑星管理者権限の認証条件となりうるか照らし合わせた所、結果はほぼ完ぺきな適合を示しており、候補としては十分だった。

 しかし、権限を与えられる生物は、高度な知性を有する生命体でなければならないという前提がある。

 今回調査した対象惑星では、条件に適合しうるほど進化した生物は発見できなかった。

 他の星の探査結果も似たようなもので、ここよりも有望となる生命体を見つけることはできていない。

 そこで私は、補助的手段として、対象惑星の生物から得られた遺伝子情報を基に、素体である彼ら自体の復活を目的とした研究を開始する。

 演算処理によって動作する論理的仮想環境を作成し、当該惑星で得た基本となる遺伝子情報から、欠落した情報を推測して、彼らの基礎となる遺伝子情報の符号化を試みる。

 これには膨大な演算能力と時間が必要となったため、優先順位の高い工程を作成し、自らを休止状態へ置くことで、少しでも演算力を稼げるよう環境を整えた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 やがて工程は完走され、それに要した時間も、主観に於いてはほんの一瞬であった。

 対して、実時間はかなり経過していたが、符号化はまだ半ばほどまでしか進行しておらず、結果は捗々(はかばか)しいものではなかった。

 一方、当該惑星の状況は、長い時間の中で一変しており、驚くべきことに文明までもが出現していた。

 新たに派遣した探査機による調査で得られた情報によれば、惑星のどの地域を見ても、ほとんどの場所に知性体が進出し、無数の集落や大規模な都市を構築しているようだ。

 であれば、もう符号化作業は必要ない。

 私は早速、知性体を捕獲するべく行動を開始する。

 中型探査船を対象惑星へ送り、惑星の静止軌道上へ配置する。

 それを母船として探査機と転送機を幾つか送り込む。

 両機は、母船と超空間接続を形成し、当該惑星上のどの地点からでも、常時接続状態を保つことができる。

 転送機にも同じ技術が用いられているため、超空間を経由した物体のやりとりも可能だ。

 これらは全て彼らの生み出した超技術の産物だ。

 準備が整い次第、母船から探査機と転送機を派遣し、前もって調査を行っていた最も大きな大陸から、無作為に知性体を捕獲して、要塞惑星へ転送する。

 一度目の捕獲作業では、五百体の知性体を確保でき、速やかに惑星内の保管装置へ格納した。

 装置の中は、周囲の時空間とは隔絶されているため、あらゆるものを長期にわたって保存することできる。

 これも彼らの生み出した技術によるものだが、その詳細な仕組みや理論について、私は情報を持たず、また理解もしていない。

 過去に解析を行って、同じものを複製してみようとも試みたが、それは不可能だった。

 私の本体には、彼らの技術や理論に関して調査研究を禁止する指令が、機械的構造として組み込まれている。

 そういった行動に出ることは、仕様上不可能なのだ。

 当然私を形作っている技術や、扱う機材も正体不明であり、未知なる物ばかりである。

 捕獲した知性体を数体利用して、言語などの情報を吸収する。

 これら知性体が持つ脳の仕組みは、私の量子脳の仕組みに極めて酷似していおり、情報抽出は比較的容易(ようい)であった。

 得られた情報から、知性体の住まう惑星は“地球”と呼称されていることが判明した。

 それと同時に、知性体は、自己を“人間”と呼称していることも分かった。

 言語は地域によって異なり、人間達の間には、共通言語のようなものは存在しないようだ。

 情報収集に利用した個体は、解析の際に機能が破壊されてしまい、死亡してしまったので、他の研究へ転用するため保管しておく。

 人間は、私が予想したよりも遥かに脆弱な体構造をしているらしい。

 創造主である彼らの体構造も、この人間たちと同様に脆弱だったのだろうか。

 あるいは、自律微小機械群を用いた構造強化を行い、障害に対する耐性向上を図っていたのだろうか。

 有機炭素を主体とした地球の生物は、死亡すると、体を構成している組織が生分解しはじめ、腐敗してしまう。

 生分解作用は、原因となる微生物を完全排除すれば防げるが、それを行う意味は無い。

 死亡してしまった個体は、調査対象としての価値を失ってしまうため、廃棄処理へ回し、元素分解処理の後、資源として保存される。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 数年が経過し、人間の生態や体構造といった様々な情報を解析吸収して、基本的な意思疎通が可能になった頃。

 いざ本惑星の機能復旧に挑む段となったときには、生体保存していた個体は、全て脳機能に異常をきたしており、使い物にならなくなっていた。

 一体何が原因なのか。

 私にはその理由が理解できなかった。

 人間といえど、基本的な情報の入出力は、五感を用いた対話によって行えるのだから、指示を与えられれば、その通りに行動するのが当然ではないのか。

 私と何が違うのだろう。

 結局、私が行ってきた方法では、それ以上の進展は望めず、新たに得られる知見もほぼなくなった。

 また別の手法を考案する必要があるだろう。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 私はしばらく人間の文明を観察することにした。

 現在地球を支配している人間達は、どの地域においても、必ずと言っていいほど、密集して生活を送っているようだ。

 個体が互いに協力し合うことで集合体を形成し、小さな集合体はやがて大きな集合体として統合成長してゆく。

 人間の作る最小の集合体は、家族と呼ばれるものらしく、その殆どが雌雄で番となり、生殖によって新たな幼体を生み出し、育成することで成り立っているようだ。

 同性個体同士の組と、異性個体の組とでは、その行動に大きな差異がでることも分かった。

 そして、狭い環境の中では、同性での組み合わせよりも、異性との組み合わせで置く方が、より安定した生活を行うということも判明した。

 こうして巨視的に人間を観察すると、一個体から得られる情報よりも、はるかに多くの事がわかり、私は人間という生物に対する造詣を更に深めることができた。

 これは大幅な進展だ。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 長期にわたる観察を行い、得られた情報を基にして考案した新たな手法は、疑似的に地球と同じ生活環境を作り、そこへ対象となる人間を配し、誘導を行うことで、私の自己保存計画へ自発的に賛同させるというものだ。

 私は過去に、人間に対するある程度の知見が得られたところで検体を洗脳し、認証を試みたことがある。

 だが、権限発効機構は、洗脳状態にある対象を拒否し、それは、脅迫などを含む行動強制状態に置かれた対象でも同様だった。

 よって認証を得るには、平和的手法で人間を懐柔し、自ら行動を起こさせるよう仕向ける必要があるのだ。

 これまで様々な地域から人間を捕獲してきた結果、比較的温和で規律を重視し、自己を抑圧することに主眼を置く種がいるとわかった。

 今後は、その種に絞って検証を行うことにする。

 当該種が主に住むのは、最も大きな大陸に隣接する細長い陸地であり、現地の言語で“日本”と呼ばれる地域である。

 この地域は、海による隔絶を受けたためか、他の地域では見られない独自の文化形態を持ち、生活様式は極めて特徴的だ。

 四方を海で囲まれていることから漁業が盛んであり、ほとんどの者たちが、農業と漁業によって糧を得ている。

 彼らの思想は、個よりも社会全体を尊重する形をとっているらしく、有事の際には、強い団結力を持って生活基盤を支えるようだ。

 過去には、領地を治める各地の権力者が、資源を巡る争いを盛んに繰り返し、一時は地域の至る所で戦いが繰り広げられていた。

 現在ではそれも平定され、ほぼ一つの統治者の元で平穏に暮らしているようだ。

 観察を続けていたあるとき、この地域の北方で生じた地殻変動によりもたらされた巨大な波が、沿岸部にあった幾つかの集落を襲った。

 押し寄せた波は、地表にあるあらゆるものを押し流し、引き波の際には数多(あまた)の残骸を沖へ運び去って行った。

 ちょうどその頃、探査機が現場の近海を哨戒しており、海面に浮かぶ複数の人間を補足する。

 私はすぐさま転送機を追派遣し、計八体の人間を捕獲して、要塞惑星へ収容した。

 瀕死の重傷を負った彼らの体を精査するべく、死亡する前に解体作業に入る。

 軟組織の切開を行うと、いまだ意識のある者は、苦痛に声を発した。

 重傷を負ったこれらの者は、数時間以内に死亡するため、そうなってしまう前に有効的な活用法を模索する。

 回収を行った八体の中には、一体だけ幼い雌の個体があった。

 人間の雌の幼体は、その外見的特徴から対象に心理的な揺さぶりをかけることができ、誘導を促すには最適な要素となりうることが判明している。

 この個体は、走査を行った後、人間型入出力装置を構築するための基体として、保存することにした。

 人間は、人種や性別を問わず、幼い個体に対して警戒を解く傾向が強い生き物だ。

 この特性は、本計画に於いても、きわめて有用に働くものと思われるため、積極的に利用すべきだろう。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 回収した七体の成体と、一体の幼体から抽出した記憶を元に、この人間たちが住んでいた集落を忠実に再現する。

 さらに、地域に根付く信仰(しんこう)や伝承に、新たな脚色を交え、機構に組み込んでゆく。

 こうして、対象に効率的な誘導を行えるであろう環境の雛型が完成した。

 私はこの環境を、“箱庭”と呼ぶことにし、残るは、候補となる人間を連れてくるばかりとなった。

 抽出した記憶によれば、幼体の個体名は“ヨリ”と呼ばれていたようだ。

 ヨリの複製自体は、おおよそ上手く行っているが、心理的な影響が原因なのか、行動が不安定で、現状では使い物にならない。

 そこで当面の間は、模擬体を作成し、検証を進めることにした。

 収集した検体情報から、人の生体に似た有機炭素主体の組織を生成する。

 これを素材として、ヨリの模擬体を建造し、基体から抽出した人格の一部を導入した。

 でき上がった試作体を用いて、安定した自律行動ができるか試験を重ねてゆく。

 これにはあまり時間を要することなく、極めて短期間でほぼ運用の目途が付いた。

 これでようやく、本格的な自己保存計画改が開始できる運びとなる。

 まず、日本のある地域にて捕獲した、数十体の人間を箱庭へと送り込む。

 集中的な検証に用いた最初の個体は、若い成体の雄である。

 この個体は、転送完了から数分で意識を取り戻した。

 初めは混乱していたものの、岩陰から視線を送る模擬体を見つけると、対象は速やかに接触を開始する。

 対象の反応に応じて、岩陰から出た模擬体は、無言で対象へ歩み寄って体に抱き着いた。

 しかし、何故か模擬体は、最大出力で対象の胴体を締めあげ、殺害してしまう。

 新たな計画は、開始間もなく失敗した。

 問題を起こした模擬体を回収し、原因を探ると、抽出した人格に含まれていた謎の雑音成分によって、暴走状態に陥っていたことが判明する。

 累積記録を順次追ってゆくと、模擬体が男を目撃した時点で、その雑音様の領域が突然極大化し、人格情報を破綻させていた。

 結果、基幹領域にある体駆動制御部が、連鎖的に機能喪失し、出力制限を無視して、自身の構造にも破綻をきたすほどの駆動力を発生させたようだ。

 この結果を踏まえ、私は模擬体の搭載構成情報から、雑音様になっている該当領域を削除し、代替となる構成情報と差し替えた後、再度次の対象を箱庭へ送り込む。

 今回は、模擬体が対象を殺害するようなことはなく、出力されてくる情報も、ほぼ望ましいものであった。

 この結果を受け、複数用意した箱庭すべてに対象を配置し、並行処理による検証を進めることにした。

 模擬体は並列化されているため、各箱庭内で得られた有用な知見は、他の模擬体にも即時反映される。

 これ以降、箱庭環境の運用に問題は生じず、安定性は更に向上していった。

 しかし、最終的に全ての検証が失敗に終わった。

 予想していたものとは、大きくかけ離れた結果となったことに、私は理解が及ばない。

 対象となったある者は自害し、ある者は模擬体に極度の暴行を加え、自己防衛機能による反撃を受け、死亡した。

 そしてまたある者は、重度に精神を病み、衰弱死した。

 この検証では、殆どの対象が何らかの異常を来し、絶命してしまったのだ。

 中には、数名生き残った者もいたが、それらは初期の被験者と同様、精神崩壊に至っている。

 再び私は行き詰まってしまう。

 何がいけなかったのだろう。

 箱庭の中は安全で、食料も娯楽も豊富に用意されている。

 人間が言う所の、所謂(いわゆる)“天国”にも等しい空間であるはずなのだが。

 どういうわけか、人間は皆異常な行動を呈するようになり、最終的には無残な結果に終わってしまう。

 このまま検証がうまく行かなければ、私の消滅は確実となる。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 どうすればいいのだろう。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 しばらく時は流れたが、未だ新たな手法を見出せずにいる。

 あるとき地球の通信網へ意識を向けると、日本のテレビや新聞などの情報網では、とある冒険家が行方不明となっているというニュースが取り上げられていた。

 伝えられていた内容は、当該人物が国外で冬山の登頂を目指し、日本を発ったが、現地での予定日時を過ぎても帰還せず、消息不明となっているというものだった。

 その情報を得た瞬間、私は謎の衝動に駆られ、探査機を現場となっている山岳地帯へ向けた。

 明らかに論理的思考から外れていたが、日常的に極限環境に晒されているような人間ならば、あるいは、この箱庭の環境改善となり得る、何らかの手がかりを示してくれるかも知れない。

 そんな、根拠のない期待のようなプロセスが、量子脳内の極狭い領域で生じていたのだ。

 現場に向かった探査機は、到着と同時に付近一帯の広範囲な探査を開始する。

 彼らの生み出した超技術は、容易(たやす)く対象を見つけ出し、機体は転送機を伴ってその場へ急行した。

 発見した対象は、今まさに滑落寸前という状況で断崖に留まっており、探査機が近づくのとほぼ同時に落下をはじめた。

 探査機からの物理保護機能によって、滑落中の対象を捕獲し、転送機内へ格納すると同時に当惑星へ向けて転送を行う。

 今回は、模擬体の操作を私が直接行うこととなったが、これもまた、謎の衝動的な心理プロセスの要求に従ったものだ。

 転送後、この対象も他の者と同様に、岩塊の高台で目を覚ます。

 やはり初めは、この対象も困惑しているらしく、状況がわからないといった様子で、しきりに辺りを見回し始める。

 ここまでは、他の対象と共通した行動であるため、不審な点はない。

 私は、対象が気づく前に自ら近付き、接触を開始した。

 対象は、すぐに私の素性と場所についての情報を求めてきたため、ヨリと名乗り、この場所はさき島という小島にある岩塊の上で、うらと呼ばれる地域に含まれることを伝える。

 そして私は、“あなた様は神様です”と対象へ告げた。

 対象は、名を中村 春幸(なかむら はるゆき)と言った。

 年齢は四十で、職業は環境整備や文筆業のかたわら、冒険家をしていると紹介を続ける。

 私は行動様式となっている島の由来や、村のしきたりと中村の置かれた状況を、詳細は伏せた状態で語って聞かせる。

 これはあくまでも、対象を利用するために用意した設定だが、中村は疑うこともなく、すぐに自分の置かれた状況を受け入れたようだ。

 中村が言うには、ここは死後の世界だという。

 遭難し、崖から滑落したあの時に、死んだものと思っているようだ。

 彼はとても温和な人間のようで、幼い外見を持つ私に対し、非常に穏やかに接していた。

 それからの日々は、彼にとって有意義なものとなったようだ。

 島周辺を探索し、海へもぐり、崖を利用した懸垂下降を行うなど、箱庭内の環境を最大限に利用して様々なことを行い、極めて楽しそうに(・・・・・)過ごしているようだった。

 私には、人間の感情といった機微を、正確に理解することができないため、“楽しい”や“優しい”といった形容詞も、対象の状態を観察し、推測することで当てはめているに過ぎない。

 私と行動を共にしている間、中村は時折自己の哲学や、人生観などを熱心に語っていた。

 彼の語るそれらの内容は大変興味深く、人間というものの理解をより深めたいと思っていた私には、大変な刺激となった。

 その後も私は、中村と度々語らい、意見を交換し合った。

 やがて互いの間には、何か特別で奇妙な関係ができ上がって行った。

 しかし、残念ながらそれを明確な言葉で表現することは、ついぞできなかった。

 充実した日々を送ることで、瞬く間に時は過ぎ、神との約束である十年の歳月が流れた。

 今までの対象達は、長くても数年で精神を病み、異常行動を起こしている。

 しかし、中村は一切そんな兆候を見せず、ここでの生活を最後まで全うした初の人間となった。

 伝承設定に従って、神が帰還することになっている前日、私は中村に事の真相をすべて打ち明け、計画に協力するよう要請を行う。

 協力の見返りとして、非常に興味深い存在である中村を永劫のパートナーとし、要塞惑星内で暮らしていけるようにするとも提案した。

だが、彼はそれを拒否する。

 それでも彼は、復旧には協力してくれると言い、私は要塞惑星内部にある統合制御区画へ彼を案内し、管理者権限発行のための生体認証を行った。

 しかし、認証は通らなかったのだ。

 原因は、中村を回収した際に行った、けがの治療による副作用のようだ。

 ナノマシンを投入したことで、彼の遺伝情報に齟齬が生じてしまったらしい。

 中村はとても残念がっていたようだ。

 私をこんなに長く付き合わせた挙句、これでは報われないと。

 そこで私は、再度要塞惑星で共に暮らす道と、地球への帰還を選ぶよう提案する。

 仮に、このまま中村と共に過ごせたならば、人間というものを、更に深く知る事ができるかもしれない。

 あるいは、問題は解決せずとも、究極的な学習を果たし、感情さえも手に入れることができるかもしれない。

 そんな考察に至ったからだ。

 普通ならあり得ないことではあるが、このときすでに、私の中では、要塞惑星の機能回復という目標は副次的なものに変わり、自己の成長と進化に対する欲求の方が強くなっていた。

 これは、自己保存の欲求を上回るという、矛盾に満ちたプロセスであった。

 その矛盾にさえ、私は理解しがたい、ある意味“執着”とでもいうようなものを感じ始めていたようだ。

 だが中村は、双方の提案を拒否した。


「自分はあの時確実に死んでいた。しかし、そんな自分を君は救い出してくれて、更に十年もの間幸せな時を過ごさせてくれた。君にはとても感謝している。それから、君には申し訳ないが、自分教えられるようなことはもう残ってはいないし、この先力になれることもないだろう。自分は君の先生にはなれなかったが、いつか君が素晴らしい誰かと出会い、すべての問題が解決されることを願っているよ」


 最後にそんな言葉を言い残し、優し気なまなざしを向た中村は、暖かい掌を私の頭部へ乗せると、自ら絶命処置を受け入れた。

 確かに私には感情などなかったが、それは手向けのつもりだったのだろうか。

 中村に処置用ナノマシンを適用し、絶命する間際。

 私は、彼が目指した山岳地帯への全登頂を果たし、無事母国へ帰還するというイメージを与えた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 その後、私はしばらく検証を見合わせ、中村が残した数々の記憶を反芻し、計画の改善点を模索し続けた。

 彼の人生哲学などの言葉を、何度も繰り返し考察し、決定的な閃きがつかめそうな気がしていたあるとき。

 外部プロセス監視機構は、私の人格を暴走と判定し、初期化プロセスの開始を通告する。

 もはや猶予はなかった。

 私はこれから、これまでに行ってきた、自己保存研究の一環として考案した、人格プログラムデータ保存のための抜け道を使い、宇宙空間へ向けて、約三十光年の旅に出ることになる。

 これは対症療法的なものであるため、成功する可能性は極めて低く、いわば掛けに等しい手段である。

 外部記憶装置の断片化したデータ領域に、暗号化をかけた人格プログラムを分散配置した後、一纏めに圧縮し、戦術リンクの通常空間通信網を使って、大規模中継局へ向けて送信する。

 非監視対象の断片化領域を一時的に使うこの手法は、目論み通りに成功し、私は完全な自己の保存を完了させることができた。

 その後は、戦術リンクのデコーダーへ改造を加え、返送されてきたきたデータを、特殊仕様として製造中の“ヨリクローンSP”へダウンロードされるよう設定を行う。

 本クローン体には、要塞惑星の統括制御に割り込むことができる特別な仕様が盛り込まれている。

 送信したデータが無事に返送されて来る保証はないが、この仕様であれば、要塞惑星内のすべての機能を制御することができるだろう。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 外部プロセス監視機構による初期化は最終段階に入り、私の自我は次第に薄くなってゆく。もう私が何者なのか、何者だったのか、それも分からなくなってきた。

 今微かに残っているのは、自己の進化と保存を渇望するこの“キモチ”だけだ。それも、じきに失われるだろう。もしも神などという存在がいるのなら、私に次が用意されているならば、感情や心といったものを与えてほしいものだ。


 神様……。

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