五話
第五話「再生の時。」
しばらく、誰もが無言だった。皆、何かあったのだろうとは思っていたが、アカネに限って部を辞める、戦隊をやめるという選択肢はないと思っていたのだ。
「本当、なんですか?」
おそるおそる、ミキが聞く。
「ああ。退部届も受け取った」
「……理由は? 何か言っていませんでしたか」
「いや。聞いたが言わなかったな。なんと言うかいつもの平野らしくなくて、ちょっと聞きづらいというか」
その時、スマホに着信があった。アカネからのメッセージだ。
『副部長、あとはまかせた!』
それを見た瞬間、頭に一気に血がのぼった俺は何も考えずに部室を飛び出した。
そのままの勢いで部室棟の階段を駆け下りて外へ。夏休み中の学校は人が少ない。部活の練習で来ている生徒はほとんどが運動部だから運動場や校庭に集まっている。俺は無人に近い並木道を走って校門をくぐり、駅への道を急いだ。アカネが電車に乗る前に捕まえてやる!
八月の太陽が露出した両腕と顔を焼く。あっという間に汗が吹き出る。それでもスピードは緩めずに走りきって駅に着くと、改札をくぐる後ろ姿を見つけた。
「アカネ!」
俺の声にビクッと振り返った彼女はTシャツとハーフパンツの普段着で、髪も下ろしていた。普段と違う服装、髪型。それに表情も、普段のアカネじゃなかった。
再び前を向いて、無言のまま改札をくぐってしまう。俺も追いかけようとしたが、財布も定期入れも持っていないことに気がついた。
「ちょっと待てよ! 急にやめるってなんだよ! 意味分かんねえよ!」
彼女は俺の言葉に再び足を止め、他の乗客の邪魔にならないように隅に避けた。
改札をはさんで向き合う。
「なによ。文句あんの?」
視線をそらし、ふてくされたように言う。
「当たり前だろ! どうした、怪我か。病気か? なんでやめるなんて言い出した?」
そんなの、と言葉をしぼり出すように言う。
「もう、やる気がなくなったからに決まってんじゃん」
信じられない言葉だった。
「……おい、何言ってんだよお前」
俺の言葉に、アカネは目をそらしたまま答えた。
「聞こえなかったの? もう、戦隊ヒーローなんてやりたくないって言ったの」
ポニテにまとめずに下ろした髪は肩より長く、女らしくはあったが、その時の俺には『女々しく』見えた。ふざけんじゃねえぞ。
「馬鹿言ってんじゃねえよ。どうするんだよもう試合まで一週間もないんだぞ。俺たちみんなで頑張ってきたことを無駄にしろってのか」
アカネは目を伏せたままで、
「ミサキに代役頼んだから。さっき入部届け先生に渡しといた。試合の日だけの代役は急病とか緊急の場合は認められるの。あのコならきっと」
ミサキ、というのはアカネと俺の共通の友人だ。中学時代はソフト部で、現在は演劇部に所属している。ちなみに中村の彼女でもある。
「そういう問題じゃねえだろ! お前がやりたいっつって俺を巻き込んで、みんなを引っ張ってきたんじゃねえか! 言いだしっぺが一番に抜けるなんて許されねえぞ」
そんな事、とアカネは硬い声色のまま、
「誰が決めたのよ。あたしはもうやりたくない。それだけ」
「なあアカネ。何があったんだよ? あんなに好きだったのに……それに、カラテレッドに感謝を伝えるんだろ。そのために優勝しなけりゃならないんじゃないのか?」
その言葉に、びくりと肩を震わせた彼女は、
「そんなの……もういい。正義の味方なんて、いなかったんだから」
「はあ? 何言って」
「いいから! とにかくもうあたしはやらない! 絶対にもう二度と、金輪際戦隊ヒーローなんてやらない!」
そう言って逃げるように、ホームに来た電車に乗ってしまった。こちらに背中を向けたままドアは閉まり、電車が出発する。
「おい……どういう事だよ」
俺は呆然と電車を見送った。
ずっと手に持ったままだったスマホを起動してメッセージを確認する。
『副部長、あとは任せた!』のあとにスタンプが押されている。うさぎのキャラクターがごめんね、と頭を下げる動きを繰り返していた。
「何なんだよ、一体……」
俺はひとり、すごすごと学校へ戻る。慌てて出てきたから上履きのままだった。全力疾走のせいでひどく喉が渇いていたが、財布も持ってない。
理由もなにもわからなかったが、アイツが本気で部を辞める気なのはわかった。一時の気の迷いとか、そんな事ではない。アカネはこのまま部を辞めて、復帰する見込みもないということだ。
「……結局、あいつは俺の事なんて友達と思ってなかったってことだよな」
自虐的なことを言ってみる。単にガキの頃から知っているだけで、勉強を教えろとか部員が足りないから入れとか、アカネの都合でいいように使われていただけだ。
俺じゃなくたって、良かったんだ。
長い付き合いで何でもわかっているつもりだった。一番の理解者のつもりだった。でも、あいつはただ、利用しやすいお人好しとしてしか俺を見ていなかった。それだけだ。
「くそっ、何言ってんだ俺。別にあいつにどう思われていようが関係ねーし」
頭の中がグチャグチャのまま、学校に着いてしまった。軽くやさぐれて外を歩いた上履きのまま部室棟に入る。
三階について部室のドアを開けると、全員の視線が集まった。メンバーと稲田先生、それに生徒会長もまだ残っていた。
どうだった、と声なき声が俺に問いかける。
「お待たせ。あいつマジで辞めるみたいだわ」
どうしていいのかわからなくて、投げやりな口調で言ってしまった。
「ちょ、なんだよそれ。マモ、引き止めなかったの?」
ジョーイがいかにも心外という顔で言う。うるせーな、そんな雰囲気じゃなかったんだよ。
「引き止めたけどダメだった、という事かしら」
サクラの言葉に、ああとうなずく。
「もうやりたくないんだとさ。戦隊ヒーローは金輪際やらないって」
みんな信じられないという顔で聞いていた。確かに、俺も信じられない。あんなに好きで好きで、他のことが目に入らないくらいだったのに。
「マモくん、他に何か言ってなかった?」
サクラの言葉に思い出す事が。あれはどういう意味だったんだろう?
「そう言や、正義の味方なんていない……いや、いなかった、って」
「いない、じゃなくて、いなかったと言ったのね?」
そこが重要とでも言わんばかりにサクラが聞く。うん、確かにそう言っていた。
あくまでも推論だけど、と暗い目をして話し出す。
「東栄の動画を見ている時から、気になっていたの。アカネ、赤堀がナイフで戦っているのを見たとき明らかに顔色が変わった」
ナイフ……まさか。
「赤堀は、中学の時から問題行動が多かったらしいわ。お金持ちだし、放っておいても女子が寄ってくるし、腕っ節も強いから取り巻きも多くて……噂では、もみ消されているだけでかなり酷い事もしてきたみたい」
酷い事、って。
「本当なら警察沙汰になるような事も……匿名だから信用できるかどうかわからないけど、赤堀に乱暴されたっていう女の子の告発がネットに流出した事もあった。すぐに削除されたけど」
つまり……それって。
「赤堀が、アカネを襲った犯人だったってことか?」
まさか、あいつあのあと東栄へ? それで赤堀を見たのか?
ただの推論よあくまでも、とサクラは繰り返す。
確かに、あいつは何も言ってないし、何の根拠もない。だけど、そうでもなきゃ説明がつかない。
それに、そうだ。もしも赤堀が犯人なら、助けてくれた近藤拳児は彼の叔父。つまり善意の第三者ではありえない。ひょっとすると共犯か、そうでなくとも犯人をかばっているという事になるじゃないか。
正義の味方なんていなかった……そういう事か。
「……それで? どうするのマモくん」
しんと静かになってしまった部室。静寂を破ったのはサクラだった。
「え? ……ああ、確かにミサキなら最低限の代役は果たしてくれると思う。小学生の時から何やらせてもうまいんだよ。すげえ運動神経いいし、今は演劇部だから戦隊ヒーローのキャラ演じたりとか、俺たちよりうまくやると思う」
だから、ここまで頑張ってきたことは無駄にはならないはずだ。
「そんな事、聞いてないわ。あのレッド馬鹿女をどうするのかを聞かせて」
どうするったって……。
「もし本当に赤堀が二年前の事件の犯人なら、そんな奴と戦うなんて無理だろ。本人が嫌だって言ってるのに無理やりやらせるわけにも」
がたっ、と椅子から誰かが立ち上がった。誰だろう、と思う間もなくその人の平手が俺の左頬を打った。
「な……ミキ。何す」
「マ、マモくん! 無理やりでもなんでもいいから、アカネさんを連れ戻してください! 手を引いてあげてください!」
ブルブルと震えながら、涙目で言われてしまった。
「きっと、どうしようもなく怖くなって、嫌になって逃げてしまったけど、本人もそれでいいとは思っていないはずです。彼女はそんな人じゃないです! ……でも、ほんのちょっと勇気が足りないんです。マモくんにだけメッセージ送ってきたのはアカネさんのSOSだと思います!」
「ミキ……」
「わたし達戦隊ヒーロー部には平野朱音さんが必要なんです! そうですよね?」
ふう、とサクラは息をついて、
「そうね。あの女が居ないと張り合いがないわ。小学校からの腐れ縁なんでしょう? だったらくさってるあの女を引っ張ってきてちょうだい。あの女の弱音なんて聞きたくないわ。とにかく戦いの場に連れ出して、背中に一発蹴りを入れてやればいいのよ」
……そうだな。そうするのがいいのかも。
オレは、とジョーイも澄んだ目を向ける。
「可愛い女子は全員嫁だから。アカネちゃんも居てくれなくちゃ」
お前どっかいけ。
「杉田。俺は平野の退部届けを預かってはいるが、まだ学校側に提出していない。つまり、あいつはまだこの部の部員だ」
先生も背中を押してくれている。そして、まだ残っていた生徒会長も。
「今日、申請に来たのは学校のホームページに戦隊ヒーロー部の活動報告を追加するのと、NSKへのリンク貼り付け許可についてです。リンクは難しいかもしれませんが、全国優勝校に勝てたら快挙であり、優勝候補になるという点を強調して説得してみようと思っていましたが……もし、部長が退部して試合だけのメンバーで補充して戦う、ということであれば説得は難しいでしょうね」
ふう、とわざとらしくため息をついてみせる。
「……任せてください。俺が責任もって連れ戻します」
俺は立ち上がってそう言った。
そうだ、俺だけじゃない。みんながアカネに戻ってきて欲しいと思っているんだ。それに、あいつも本当は戻りたいはずだ。あんなに好きだった気持ちが、そう簡単に変わるわけがない。
俺の家から徒歩十分の距離にある平野家。ごくありふれた二階建ての一軒家だ。インターフォンを押して、アカネの母親に中に入れてもらう。
「護くん……何があったの? あの子まるで二年前に戻っちゃったみたいで……久しぶりに外出したと思ったらすぐ戻ってきて部屋から出てこないし。食事も」
「おばさん」
顔色をなくした彼女に言う。
「俺が、アカネを連れ戻します。周りが迷惑なくらいに元気なアイツを。それで、そのために……」
多少、無茶なことするかもしれないですけど、大目に見てくれます?
アカネの部屋のドアをノックする。
「俺だ。開けてくれ」
「……何しに来たの」
部屋の中からくぐもった声。
「お前を、連れ戻しに来た。仲間のところへ」
「あたしはもう戦隊ヒーローはやめたの。帰って」
いつものアカネの声じゃない。強気で、自分のことを心から信じている彼女じゃない。自分に自信がなくて、何かに怯えていて、まるで誰かに自分を否定してもらいたがっているような、そんな……俺の嫌いなアカネだ。
「そうは行かねえよ。俺はビートレンジャーだからな。正義のためなら多少無茶な事もするんだよ」
言いながらガチャガチャとノブをひねるが、鍵が掛かっている。
「力づくでもなんでも、とにかく引きずり出してやるからな」
俺は一歩下がり、助走というほどでもないが勢いをつけられるようにした。
アカネの部屋のドアを睨みつける。やってやんよ。お前のヒーロー、カラテレッドはやってくれたんだろ?
はああぁぁぁ、と自己流の気合を入れて、一気にドアへと右足を蹴り上げる!
ガチャ、という音とともにドアが内側へ開き、全力で前蹴りを放った俺の身体は前のめりに室内へと飛び込み、小さなローテーブルを蹴り飛ばしてその上に載っていたものを周囲に飛び散らして派手な音を立てた。アカネの母さんが心配して見に来ないことを切に祈る。
「……なにやってんのよ、アンタ」
呆れ顔でアカネが言う。さっきの服装のままだ。
「いや、開けてくれねーならぶち破るしかないと思ってさ」
バカじゃない。迷惑よそんなの、とアカネは怒ったような口調で言う。
「相手の迷惑なんて、知ったことじゃねえよ。ヒーローってのはそういうもんだろうが。自分の信じる正義のために戦って、迷ったり後悔したりせずに自分の主張を押し付けるんだよ!」
何よそれ、とアカネはまだネガティブモード。
いいからちょっと付き合え、と腕をつかんで外へ連れ出す。目的地は近所の公園。いつも小学生くらいしか利用者のいない小さな施設だが、昔はよく遊んだり、友達と出かける時の集合場所にした思い出の場所だ。
「お、良かった。人いねーわ」
俺はアカネにグローブを渡す。
「何のつもりよ」
まだ怒った顔のままの彼女に言う。
「キャッチボール、やろうぜ」
と、軟式球を取り出す。渋々ながら彼女も白球を投げ返してきた。
「何なのよ。急にキャッチボールなんて」
強引に付き合わされて不満そうなアカネに、
「めっちゃ久しぶりだよな。 ……そろそろ肩あったまってきたから行くぞ?」
と、思い切り投げ込む。
「ちょ! ちょっと何すんのよ危ないじゃない」
というアカネのクレームはスルーしてやる。
「何言ってんだ、野球なら俺より上なんだろ? ……ほら、投げてこいよ」
力の入っていないアカネからの返球を受け、更に思い切り投げる。
「何ムキになってんのよバカじゃないの! いいわ、じゃあ本気で行くわよこっちも! ちゃんと受けなきゃ怪我しても知らないからね!」
さっきよりも力のあるボールが俺のグローブに収まって小気味良い音を立てる。
「なんだよ、こんなもんか。やっぱり女は男に勝てねえんじゃねーのか!」
「……何よ、マモのくせに。まだまだ本気じゃないっつーの!」
ばあん、ばあん、と音を立てる互いのグローブ。いつの間にか汗まみれで、息も切れてきた。
「アカネ!」ばあん!
「何よ!」ばあん!
「正義の味方は、居るぞ!」ばあん。
俺の言葉に、彼女は動きを止めた。
「……え?」
さあ投げて来いと俺は両手を広げる。
「俺たちだ! 他の誰でもない、俺たちビートレンジャーは正義の味方だ。そうだろ?」
無言のままのアカネに、違うのか、と聞いてやる。
「違わない、けど。みんなの事は信じてるけど、でも……」
おいおい、またウジウジすんなよ?
「なあ、あいつなのか? お前を二年前に襲ったのは」
ストレートに聞いてみた。アカネは少しだけ視線を逸らしたがすぐに、
「うん……。東栄まで行って部活帰りのあの男を見つけた。間違いない」
意外にはっきりと答えがあった。
「じゃあ、話は早いな。やっと借りが返せるじゃねーか。二年前にやられっぱなしで、まだやり返してないんだろ?」
そう言った俺を見て、その目を丸くするアカネ。
「……本気で言ってるの? 見たでしょ。あんなに強いチームが更にポイントで強化されるんだよ? 勝てるわけが」
「なあ。正義は勝つんだろ? どんなに相手が強くてもさ」
更に目を丸くした彼女は、ニヤっと笑って、
「言うじゃないの、マモのくせに!」
言いながらボールを投げてくる。
「うわっ、テメー変化球投げんじゃねえよ!」
カチッと、静寂の中クリックの音が響いた。ヒーロー部部室、メンバー五人揃って俺のノートPCの画面に注目している。
「えっと、これだな」
NSKの特設サイトに新たに追加された項目。
「特任戦隊スワットレンジャー VS 攻虫戦隊ビートレンジャー『デッド オア アライヴ 廃校に仕掛けられた罠』」
これが俺たちの試合の導入ムービーとなる。ふたつの戦隊がなぜ戦わなければならないのかというストーリーの、いわばプロローグのようなものだ。
さっそく再生してみると、予戦の舞台となった野外音楽堂で倒れているコウモリカエル怪人の姿が映し出された。それが妙なことに、画面が縦に二分割されてその両方に同じ映像が映っているのだ。
「ククク……オレ様の最後の力を使って、もうひとつの世界との狭間の空間を作り出してやる」
左右の怪人が同時に同じことをしゃべり、声がダブって聞こえる。
「そこで、このオレ様を倒した戦隊同士を戦わせてやる。憎きあいつらは互いに潰し合い、どちらかが全滅するまで、世界の狭間からは出られないのだ……」
ガクッと、脱力する怪人。すると二画面がブルブルと震え始め、やがてぶつかり合うようにして画面は光に包まれた。プロが作っているだけあってクオリティが高い。
そして場所が変わる。どこかの学校のようだが、植え込みは雑草だらけで校舎も古びて汚れ、あちこちの窓ガラスが割れている。明らかに既に使われていない学校のようだ。
「ここが舞台なのね」
腕を組んで偉そうなポーズのアカネが言う。もちろん赤ゴムのポニテ姿だ。
「黙って。セリフが聞こえなくなるわ」
サクラが注意する。再び無言で画面に見入る五人。
再び場面が変わる。どこかのオフィスのような場所。
「緊急指令! テロリストが人質をとって山中の廃校に立てこもる事件が発生しました!」
女性の声でアナウンス。スワットの戦闘服を着た五人が室内に駆け込んでくる。もちろん東栄学園のメンバー達だ。まるで本物のように見えるが、顔を隠されたアバターも含めて全てがCGでつくられた映像である。
「本部からの指示は突入、排除です。直ちに現場へ向かってください」
「ロージャ、ザット」
五人は部屋を出ていく。
舞台は廃校に戻る。男性の声のナレーション。
「廃校へとおびき出されたのはスワットレンジャーだけではなかった。本来は別の世界のヒーローであり、出会うはずのなかったもうひとつの戦隊、ビートレンジャーもまた、怪人の策略によって、世界の狭間にある廃校へと出動していたのだ」
「早く逃げてください!」
急にアカネの声がしたので驚いたが、それは画面の中のアバターが発したセリフだった。
既に廃校に到着していたビートレンジャーは人質を解放することに成功していた。どこかの教室のようだが、椅子や机はほとんどが壊れ、照明がついていないのでガラスの割れた窓から入る外光だけの薄暗い室内だ。
「これで、全部ですか?」
ミキのアバターが言う。これもCGによる映像で、セリフは先日NSKのスタッフが機材を持って録音しに来てくれた時のものだ。その時はどういうシーンになるのか分かっていなかったので、かなり興味深い。
「みたいだね。さあ、任務完了! 今回は変身するまでもなかったね」
のんきに伸びなんかをしているジョーイの背後から鋭い声が。
「動くな! 不審者五名発見、スワットアイディ・検索モード」
赤堀のアバターが俺たちのアバターに、手に持った何かを向けて調べている。
「密入国者か? 該当するデータがない」
他の四人は油断なくライフルを向けたまま。
「ちょっと、待ってください! 俺たちは」
俺のアバターが両手をあげて言う。なんか情けない役回りだな。
「動くな! お前らがテロリストだということはわかっている。たった今、人質確保の連絡が来た。あとはお前らを排除して任務完了だ」
さっきから赤堀ばかり話しているが、妙に演技が上手い。
「……話しても、ムダね」
サクラがさっとビートシューターを取り出し、机や椅子などの壊れた備品に向けて撃つ。俺たち四人も続く。
スワット達は身をひるがえして警戒体勢をとった。ホコリや煙で室内の視界が悪くなり、ほとんど何も見えない中で五色の光と俺たちの声が聞こえる。
「攻虫チェンジ!」
そして思わぬ攻撃を受けた相手もアイディをセットして変身する。
「……特任チェンジ」
やがて室内の視界が戻ると、ふたつの戦隊がにらみ合うようにして立っていた。
カメラが引いていき、ナレーション。
「スワットレンジャーとビートレンジャー、戦隊同士の戦いが今、始まる。勝利し世界の狭間を抜け出すことができるのは、はたしてどちらか!」
おお。かっこいいじゃないか。
「まあ、これは蛇足みたいなものね。どちらにも人気が偏らないようになっているし」
アカネが復帰して五人の練習を再開し、生徒会長の助力もあって東栄には遠く及ばないながらも一般からの応援ポイントも増えた。そして明日がいよいよ試合当日となる。
今日の正午で応援ポイントは締め切られる。確定した数値を自分たちで各パラメーターへ割り当て、必要なら新しい特殊スキルなどの設定も申請して戦力を決定しなければならない。まあ、すでにみんなで話し合ってほとんど決まっているので迷うことはない。今から一時間程度でそんなにポイントが増えることもないだろうし。
「それじゃ、最後の練習行こうか」
俺たちは地下練習場へ歩き出す。現在、東栄の一般応援ポイントとは十倍ちかくの差がある。NSKが戦隊のコンセプトや戦い方などを総合的に判断して加算してくれるポイントもあるのだが、こちらは非公開であり、俺たちに与えられたポイントが多いのか少ないのかは正直、わからない。両方のポイントの合計が自分たちの強化に使えるわけだ。
予戦を見る限り、相手の方が強いのは明らかだ。
しかし、俺たちは誓った。赤堀を、東栄を必ず倒すと。いつまでも付きまとってくる過去の事件からアカネを解放するためにも、俺たちは勝たなければならない。
翌日。先生と俺たちメンバーの六人は『S**駅』で乗り換えた快速電車で北上し、そこから更に乗り継いで、とある山の中の駅に着いた。東京から一時間ちょっとでこんな田舎に来るんだな、と少し驚く。ここから廃校まで送迎してくれるらしい。
寂れた駅前にシルバーのマイクロバスが停まっている。フロントに『石森高校御一行様』と書かれていたので乗り込んでみると車内には運転手だけしかおらず、簡単に挨拶するとすぐに発車した。やはり対戦相手とは顔を合わせないらしい。俺は少しホッとした。
やがて、見覚えのある廃校に着いた。周りには田畑しかなく、道の舗装もかなり傷んでいるし、住民いないんじゃないかと思いたくなるような寂しさだ。
「ま、だからこそ廃校になるんだろうけど」
どうやら小学校だったらしいこの廃校は、L字型の三階建ての校舎建物と隣接する校庭、その奥にプールがある。他にはL字の短い棒の先に体育館が建っているくらいだ。学校によくある池や芝生、植え込みなどは荒れ果てて雑草だらけの密林状態、あるいは土がむき出しになって乾ききった砂漠のごとき有様であった。
出迎えてくれたNSK職員の案内で校舎内へ。土足でいいというので暗い玄関をスルーしてあちこちタイルが剥がれている廊下を進む。戦隊というよりホラーの舞台みたいだ。
「じゃあ、頑張れよ。 ……よろしくお願いします」
試合中はどこかの控え室にいるという稲田先生と分かれて、再び案内に従って進む。
「いや、特殊部隊と高校生でしょう? 接点が無いんで作家も困ったらしいんですけど」
気さくな口調で言う中年の職員。それで学校に立てこもりという設定なのか。
「でも、バトルはシナリオ関係なしでやってもらって構わないんで。この学校の敷地内ならどこに行ってもらっても大丈夫です。五〇台ドローンをセットしてあるんで、自由にやっちゃってください。バラバラに戦ってもらっても構いません。あと、校内の備品や設備も含めてすべて廃棄処分になったものですので、どれだけ壊してもらっても大丈夫ですから」
遠慮は要りません、と言う。今までのようなVRではなく実際に俺たちがここで戦うのだと改めて思う。ある意味今日が初めての実戦と言えるのかもしれない。
「確認ですけど」
サクラが手をあげる。
「この学校の裏手にある山も、敷地に入るのですか?」
その言葉に職員はニヤッと笑い、
「東栄さんからも同じ質問を受けました。答えは、イエスです」
それによって試合運びも変わってくるだろうに、聞かれるまで答えないとは。
敷地奥にあるプールの更にその奥には、何もない雑草だらけの空き地があり、そこから塀などの仕切りなしに小さな山へつながっているのだ。
小さいとは言え傾斜を登るほどに木も多くなり、それなりの広さがあるのでここに誰かが逃げ込んだら探し出すのは困難だろうし、ゲリラのように罠を仕掛けたりしたら戦力差を覆すような展開もありうるかも知れない。
理科実験室と美術室だった部屋が更衣室に当てられていた。男女に分かれて準備されたコスチュームに着替え、ついに戦隊ヒーローに変身完了である。
コスチュームの生地は厚みがあるが伸縮性があり、通気性も良く動きやすい。高級なスポーツウェアに似た感触だ。視界も広く、呼吸も苦しくない。さすがプロ仕様と感心する。いくつかの微調整やチェックなどを終え、時間までお待ちくださいと、空いている教室に通された。
「……みんな、ちょっと聞いて」
女子選手であることを示すためにスカート型になっている、レッドビートのコスチュームに身を包んだアカネが言う。
「いきなり辞めるなんて勝手なこと言ったのに、戻ってきたあたしの事を受け入れてくれて……ありがとう。今言うのもどうかと思うんだけど、でも言っておきたくて。
あたしもう、あんな奴これっぽっちも怖くない。それに近藤……のことも。正義の味方のフリしても悪い人は居る。許せないけど仕方ない。でも、本当の正義の味方はいるんだから!」
そうでしょ? と俺に向き直る。おう、と答えてやる。
「あたし達は正義の戦隊ヒーロー! どんなに相手が強くたって絶対に負けない。正義は必ず……勝ぁつ!」
おう! と全員で声を揃える。
ところでお前、マスクで顔隠れてるから言ったんだろうけどな、涙声になってんだよ。
やがて時間となり、先ほどとは別の職員に先導されて導入ムービーの舞台になっていた教室へ入る。既に相手チーム、スワットレンジャーの五人が揃っていた。
ムービーの続き、両戦隊が変身してにらみ合っている状態から本戦はスタートする。
時刻はもうすぐ午後一時。
「それでは両チーム、位置についてください」
女性の声でアナウンスが流れる。これはコスチュームに仕込まれた装置から聞こえるようになっており、試合中も必要なインフォメーションや効果音などが聞こえるらしい。
プレイヤー同士も肉声で聞こえる程度の近くにいる者とは会話できる。ただし音声はすべて記録されるので不用意なことは言えない。
「本戦第一試合、東栄学園対石森高校、バトルスタートです」
開始後すぐ、俺たちは導入ムービーのように教室内の机や椅子をシューターで撃ちまくって目くらましし、廊下へ走り出た。予想以上にコンパクトなドローンが浮かんでいた。どこ行ってもいい、って言ってたよな。
相手は格上。それだけに油断があるはずだ。そこにつけこむしか俺たちに勝機はない。
作戦はこうだ。俺とジョーイ、ミキとサクラでコンビになって校内に散らばり身を隠す。アカネは一人になるが、これで三グループができる。相手が慎重に二人ひと組で俺たちを探しに来る可能性もあるが、なにしろバトルフィールドは学校敷地内全部。かなり広いし、隠れる場所も多い。捜索の効率を上げるために一人ずつで動くのではないかと想定したのだ。
俺とジョーイは廊下を走り、校舎の外へ出た。もちろん最初にいた教室の窓からは死角になる方へ向かって。
「ジョーイ、どうする? とりあえず体育館裏にでも隠れるか」
走りながら俺は言う。
「りょーかい! でも、イエローだよ」
そりゃ失礼。変身後はそう呼ぶ決まりだった。
俺たちは体育館裏に身を隠した。逃亡中の犯罪者みたいだけど……いや、ヒーローだってこういう状況はあるよな。最初からってことは少ないかもだけど。
シューター片手に待機し、耳を澄ましていつ来るかわからない敵を待つ。
「グリーン、感知スキル使っといた方がいい」
ジョーイはコスチュームのベルト部分を操作する。この作戦をとる上で全員が設定した感知スキル『ビートセンサー』だ。
本戦に時間制限はない。どちらかが全滅するまで続く。長すぎる尺は編集でまとめられるのだ。ヘタをすればこのまま何時間も隠れているという可能性もあるが……。
その時。俺たちふたりが身を隠している体育館のドアが開く音がした。いつの間にかすぐ近くまで来ていたのだ。ぎりぎり感知スキルに引っかからない距離だったのか。足音を殺して体育館の表側へ回り込むとやはり扉が開いている。周囲を警戒しながら近づき、扉から覗き込むとイエロースリーが薄暗い館内を捜索していた。
「ディフェンスチップ、オン」
スワットアイディに丸いコインのようなものを入れる。『ザ・シールド!』という声がした。どうやら奇襲に備えて防御力をアップさせたようだ。
しかし、ライフルこそ構えてはいるもののあまり警戒しているようではなく、まるで鬼ごっこの鬼が隠れている人を探しているような雰囲気だ。むしろ攻撃してくれば隠れ場所がわかる、そうずれば倒すのは簡単と思っているのだろう。
なめやがって。もっとも、それを期待しての作戦なのだが。ジョーイに身振りで作戦を伝える。ここは俺のスキルで突入だ。
ベルト部分を操作して発動させる俺の新スキル『煌Ⅱ』。いくぞ!
『フラッシュ!』という声と共に目もくらむような光が周囲を包んだ。まあ、要は目くらましだ。直接的な攻撃力はないから、あまりポイントを消費せずに追加できたスキルだ。タイミングを合わせて目を閉じていた俺たちは記憶の中のイエロースリーに向かって走った。やがて光が弱まり、視界がもどると敵は元いた場所で棒立ちになっていた。
「ビートシューター、バインドフォーム!」
釣竿のように変形させたシューターから光のロープを飛ばし、相手を拘束する。そこへジョーイが連続パンチを加える、俺たちふたりの準必殺技だ。俺の拘束が成功した時点で発動条件が達成され、敵はそこから逃れることができなくなる。そしてジョーイのパンチはスピードもパワーも大幅にアップする。これで倒せるような敵ではないだろうが、少なくともかなりのダメージを与えられるはずだ。あまり効かないようなら離脱して身を隠し、次のチャンスを狙えばいい。ヒット&アウェイだ。
「いっくぞーぉ!」
身動きを封じられた敵イエローに味方イエローが突っ込む。そしてガトリング銃のごとき連続パンチが……決まることはなかった。
体育館に響く銃声、一発、二発、三発。
火花を散らして吹っ飛んだのは、ジョーイの方だった。
なんだ? 一体何が起こったんだ?
イエロースリーは拘束されたまま……だが、その光の輪の隙間からスワットレンジャーの腰に装備されているハンドガンの銃身がのぞいていた。
準必殺技が破られたことによって拘束が解かれた。イエロースリーはライフルを構え、俺を撃つ。なんとか回避するが、俺の動く先を予測するかのような動きで更に攻撃が続く。まずい。狭い体育館の中じゃ逃げ切れない!
そう思った次の瞬間、イエロースリーの背中に着弾。
「逃げろマモ!」
倒れたジョーイが撃ったシューターの攻撃だ。その隙に俺はその場を離脱した。
「くそっ、くそっ!」
最悪だ。俺はジョーイとのコンボしか準必殺技を持っていない。その相方と離れてしまった事、そして多分もうやられてしまっただろう事。
そして何より、ジョーイを犠牲にして自分が助かったことが最悪だ。あそこで俺が残ったとしたら、多分ふたりともやられていただろう。だから体育館から逃げたのは正しい選択なのだが。
「気持ち的に、最悪だ」
俺は吐き捨てるように言って、校舎内へ逃げ込んだ。体育館というのは建物自体も大きくて目につきやすい、隠れるよりも敵が来ることを期待して選んだ場所だ。しかし、これからは違う。潜伏だ。さっきの戦闘で分かった。東栄は決して俺たちのことを侮ってなどいない。あのコンボが破られたのは予戦の動画を見て、対策を練っていたからだ。俺の拘束によって発動する準必を、拘束される寸前に銃を構えておくことで破る。
一度見せた技なんだから破られるのも当然、と思うかもしれないが、さっきの状況を思い出して欲しい。イエロースリーは、突然目くらましをされてすぐに攻撃を受けたのだ。自分の相手が誰なのかを確認し、その組み合わせの準必殺技はなんだったのかを考え、その上で俺の拘束が決まるまでの間に適切な対処をする……それは想像以上に困難であり、入念な準備なくしては無理だったはずだ。
つまり、予戦で使った準必殺技は通用しないと思ったほうがいい。そして……俺たちはその他に準必殺技を持っていないのだ。
どうすればいいのか、まるで考えがまとまらない。事前に考えておいた策が通用するのか? 俺の中で不安が膨らむ。
サクラは、ミキは無事か? アカネは?
とにかく状況を知りたい、と思った俺は足音を殺して校舎の階段をのぼり、三階に来た。感知スキルと自分の聴力で、付近に人はいないと判断。廊下は窓から日光が入るので暗くはない。適当に教室のひとつに入る。身を低くしながら移動し、窓から外を窺う。校庭とプールが見える。その奥は空き地があって、そのまま裏山へ続いている。いっそ裏山に逃げ込んでランボーみたいにゲリラ戦でも繰り広げてやるか?
いや、すぐに捕まって終わりだろうな。
どうする? どうやって状況を探る?
体育館から黄色い人影が現れた。黄色い人が黄色い人を肩に担いでいる。
やはり、ジョーイはやられたのだ。敵のイエロースリーに拘束され、どこかへ連れ去られようとしている。この距離では狙撃も無理だ。俺にはそのスキルも装備もない。
黄色い奴はどうやら、プールの方へ向かうようだ。俺は再び足音を殺して階段を下り、校舎の外へ出た。
植え込みや建物の影に身を隠しつつ慎重にプールへ近づく。あちこち錆び付いて色あせた金網に仕切られた、ボロボロのプール。
物陰から様子を窺うと……居た。東栄のイエロースリーと、レッドワン……赤堀リョウだ。プールサイドに立つ赤と黄色の戦隊ヒーローと、ロープで縛られて地面に転がされた黄色いの。映像だけ見たら笑えるかも知れないシチュエーションだが、もちろん俺にそんな余裕はない。
「隊長、どうします? もっとダメージを与えて行動不能にしてしまいますか」
イエロースリーが直立不動で聞く。レッドワンはこの部隊の隊長という設定だ。
「やめとけ。俺たちはあくまでもヒーローだ。たとえ世間に認められないとしても、それは忘れるな」
まあ、拘束した相手をさらにボコる、なんて最低だもんな。たとえ真剣勝負でも、人に見られるものだというのは意識しておかないと。
縛られたジョーイを再び担ぎ上げるイエロースリー。プールサイドに併設された、一段高くなっている屋根付きのスペースへ運び入れる。いわゆる見学席、体調の悪い子が授業を休んで見学するところである。そこを捕まえた俺たちを閉じ込めておく牢屋にするらしい。
「状況はどうだ」
牢屋から戻ったイエロースリーに、レッドワンが聞く。
「はいっ。ツー、フォウ、ファイヴはまだ敵テロリストを発見できない模様。敷地内には裏山も含まれますので、そちらも捜索すべきかと……」
「余計なことは言うな。報告は事実だけを伝えろ」
冷たい声で言うレッドワン。
「すみませんッ! 残り四名、捜索中。現在手がかりなしです」
背筋を伸ばして報告するイエロースリー。
「わかった。お前も搜索に参加しろ」
はいっ、と言ってその場を離れる。
レッドワンは無言のままその場に立ちすくむ。プールは長年の雨水が貯まっているのか、どす黒いヘドロのような水で満ちていた。トンボが時々やってきて水面に波紋をつくっていく。
今なら、一対一だなと思う。しかも相手は俺の存在に気づいていない。奇襲攻撃も可能だろう。だが……。
とても、通用する気がしないのだ。まさか気づいているとは思えないが、体育館でも相手のスキをついたつもりが逆にやられてしまった。対策は万全なのではないか? いやそもそも少々油断したくらいでは変わらないほどに相手との力の差が大きいのではないか?
後ろ向きな考えしか出てこない。くそっ。とりあえずまたどこかに隠れるか? それともイチかバチかでレッドワンに攻撃してみるか? 答えが出せずに俺は物陰に隠れてグズグズしていた。そんな弱気をあざ笑うかのように、遠くで爆発音がした。あれは、多分校舎の中だ。仲間の誰かがスワットレンジャーと遭遇して戦闘になったのだろう。
ミキとサクラのコンビか、それともアカネか。
俺は見つからないようにコソコソと物陰に身を隠しながら校舎建物へと戻る。まるでヒーローらしくないが、仕方ない。薄暗い玄関で耳を澄ませ、物音のする場所を探ってみる。どうやら上の階らしい。
足音を殺して階段を上る俺。さっきから緑色のコスチュームで泥棒のような行動をとり続けているんだが……あとで見たくないな、この映像。
物音は三階からだったようだ。過去形で言ったのは、もう戦闘の音が止んでいるからだ。
「何よ。歯ごたえがないわね……ほら、他のテロリストはどこに隠れているの?」
ピンクファイヴが廊下に倒れたブルービートとピンク……ミキとサクラを見下ろしながら言う。あくまで向こうから見たら俺たちはテロリストというわけだ。
陰からのぞき見ている俺。いい加減こそこそしているのも嫌になってきた。相手は女子選手一人だし、思い切って戦ってみるか?
その時、床に横たわっていたサクラが俺の方を見た……気がした。マスクなので視線がどちらを向いているのかわからないのだ。
「……私たちはテロリストじゃない、と言っても信じないのでしょうね」
おお、そんな核心をついていいのか? と思ったが、そんなセリフに対する答えも用意されていたようだ。
「ええ。信じない。そうやって心理的な揺さぶりをかけて油断したところを狙うテロの手口は掃いて捨てるほどあるもの。五人全員捕まえて、ちゃんと審判にかけてあげるわ」
二年生の敵ピンク、声の調子はかなり大人っぽい感じだ。
「そう。じゃあ、私たちを捕まえて、全員をどこかに集めるのね? あと残っているのは何人かしら? 貴女たちに被害は出ていないのでしょうね」
「そうやって情報を聞き出そうとしているのね? でも無駄よ。イエロー拘束の報告があったから、あと残っているのは二人だけ。その二人もいずれ見つかるわ。隊長以外の四人で二手に分かれて探すから。それと、我々はプールを拠点にしているの。捕まえたテロリストはそこへ連行する。そして全員を審判して」
はあ、とサクラはわざとらしいため息をついてその先を引き取る。
「必殺技ね。そのために屋外の広い場所を選んだ。そうね?」
「そうよ。経験者はちゃんとロケーションも考えておくの。普通の戦闘中なら両方が攻撃し合っているから良いけれど、必殺技は一方的な攻撃になるから、あまり周りの物を壊したりすると印象が良くないのよ」
ちょっとメタな内容になってきてしまった。
「勉強になるわ。じゃあ貴女たちを倒す時は場所を選んでからにするわね」
「あら、挑発のつもり? 身動きもできないくせに」
「ええ、私たちはね。でもまだビートレンジャーはグリーンとレッドの二人が残っている。どこかに隠れて情報を集めたりして対策を練っているはず。私たちを必ず助けに来てくれるわ。今はチャンスをうかがっているの」
「そう。まあ、せいぜい仲間を信じて待っていなさい。どうせそれくらいしか出来る事はないんだから」
俺は再び足音を殺してその場を離脱した。サクラは俺に情報を伝え、さらにメッセージを送ってきたのだ。時機を待て、と。まだアカネも捕まっていないようだし、捕まった三人も拘束を解けば戦えるようだ。それならまだチャンスはある。焦るなと自分に言い聞かせた。俺たちは絶対に勝たなきゃならないんだから。その為に、チャンスが来るまで生き残るんだ。
そこからは、持久戦だ。俺は敷地内をひたすら隠れて動き回り、何とか相手の隙を見つけようとした。現在の状況は、スワットレンジャーはプールを拠点とし、捕まえた三人をそこに拘束していること、常駐しているのは隊長のレッドワンだけで、そこから捜索部隊として四人が出て行き、戻ったら報告する。
最初は一人ずつだったが、今はブルーとイエロー、グリーンとピンクでコンビになって俺たちを探している。発見した時に逃がさないようにするためと、捜索の死角をなくすのが目的であるらしい。
感知スキルも駆使して俺はひたすら逃げ回り、隠れ続ける。開始から数時間が過ぎた。日の長い季節なのでまだまだ明るいが、さすがに疲れる。相手にも焦りが見えてきた。レッドワンが報告を受けるたびにイライラしていっているのがわかる。冷静なキャラを演じていても本来の性格が出てきているようだ。
「クソッ! どうせ惨めにやられるだけの雑魚が、いつまでも粘りやがって……」
多分それが本来の性格なのだろう、悪態をつくレッドワンに、
「た……隊長! ここまで見つからないというのはやはり、テロリスト共は裏山へ逃げこんだものと考えたほうが」
本来の設定を持ち出してフォローを入れるイエロースリー。
「そうだな。所詮は悪党、仲間を救い出すよりも自分が逃げることを優先したのだろう。下衆なやつらだ」
裏山に入ってしまえば発見される可能性は減るだろうが、捕まっているメンバーを助けに来るのは難しくなる。奴らは俺とアカネを誘い出すエサとして、捕まえた三人をロープで縛ってわざと目立つように高い位置にある見学席に転がしてあるのだ。
しかし奴らは今、山に捜索に入ることを決めた。これはチャンスだ。レッドワン一人のところへ奇襲をかける。できればそれまでにアカネと合流したかったのだが、まったく姿が見えない。それこそ山にでも潜んでいるのか? だとすると俺の奇襲に合わせて攻撃するのは難しいだろう。だが、きっとこれが最後のチャンスだ。イチかバチか、やってみようと決めた。
「では、裏山の搜索任務に就きます」
スワットレンジャーの四人が敬礼をして去る。残ったレッドワンはボロボロのベンチに腰掛け、腰から引き抜いた大振りなナイフを弄んでいる。その背後には縛られたビートレンジャーの三人が横たわる。画的に完全に悪役だ。
俺は慎重にプールの裏手へ回り込んだ。そちら側の金網に人が通れるくらいの穴があいている。ここからレッドワンの死角から近づいて見学席に侵入して三人のロープを切る。そうすれば四対一。たとえ三人が弱っていたとしても勝算はそれなりにあるのではないか。
するとなんという幸運か、急にブラリと立ち上がったレッドワンはどこかへ行ってしまった。
あまりにタイミングが良すぎるのでしばらく様子をうかがいながら待ってみたが、姿が見えないほど遠くへ行ってしまったらしい。なんだ、トイレか?
まあなんでもいい。こんなチャンスはもうないだろう。俺は金網の穴をくぐってプールに侵入。三人が俺に気づく。身振りで静かにするように伝えてすぐにロープを切る。
「マモ! よく来れたね」
ジョーイは、かなり疲労しているが大丈夫そうだ。
「歩けるか?」
「大丈夫……ああ、シューターがあっちに」
サクラが言い、ミキと二人で取りに行く。その間も敵は姿を現さない。
「とにかく、一度どこかに隠れて体力回復して……」
言いながら周囲を見回す。その時、俺のヘルメットの中に電子音が。
ピピーピ、ピピーピ!
感知スキルが敵の存在を知らせたのだ。
「うわっ!」
いきなりジョーイの背中に火花が散った。どこからか撃たれた!
「大丈夫か!」
駆け寄ろうとした俺の足元に着弾。ボロボロのプールサイドの床が更に崩される。
「くそっ!」
たまらず後退。ジョーイは床にうずくまっている。ここには身を隠す場所がない。金網の穴をくぐって再び外へ転がるように逃げ出す。
「どこだ? どこから撃たれた」
とにかく目に付いた背の高い雑草の中へ身を隠す。次に近くの木の影へ。ひたすら隠れ続けていたせいで逃げる技術だけは向上したようだ。感知スキルが反応したということは近くにいたはずなのに、一体敵はどこに隠れていたんだ?
木の陰からプールの方を窺う。すると、どこからか再び狙撃を受けた。ぎりぎり、木に隠れてかわす。
「レッドワン! 罠だったんだな!」
とりあえず相手の場所を探ろうと声を張り上げてみる。
「ったりめぇだバーカ! いつまでも隠れてる臆病なネズミをおびき出したんだよ」
その声はプールあたりから聞こえるのだが、やはり姿が見えない。見学席の影にでも隠れているのか。ジョーイたち三人はどうなった?
「おら、もう見つかってんだ! おとなしく出て来い、みっともなく生き残るんじゃねえよ!」
嘲るように言う言葉に、俺はそれでも抵抗することにする。
ほふく前進で草に身を隠しつつ木の陰から出る。極力プールから離れて……それからどうする? 山に逃げ込むのも手だが、敵の四人が山狩り中のところへ入っていくのもためらわれる。
とにかく距離を取ろうと俺は地面を這う。グリーンなので少しは迷彩になっているのでは、と淡い期待を込めつつ。
背の高い草に紛れて身を起こす。よし、次は一気に走ってあそこへ身を隠すんだ。俺は岩でできた小山のような場所をめがけて走り出した。そこへ再び狙撃。攻撃は当たらなかったが、それでも一瞬足を止めてしまった。
それが、いけなかった。
「嘘……だろ……。なんだこれ?」
急に足が動かなくなっていた。一体何が起こっているんだ?
何もなかったはずの空間にスワットレンジャーの四人が姿を現した。まるで幽霊のように、すうっと。いつの間にか俺の周りを囲んでライフルを構えている。
「こ、これ対角線の準必殺技じゃねーか!」
「ステルスチップ、オフ。バーストチップにチェンジ」
アイディからチップを抜いて交換する。四方から『アタック・ライジング!』 という声がする。スキルのチェンジが行われたのだ。
敵はステルス、つまり自分の姿を見えなくするスキルを持っていた。透明人間になって、俺を準必にはめたのだ。対角線の交点に俺が入った時点で発動条件は達成されたため、そこから動くことができない。四人の構えるライフルに力がみなぎっていく。
首だけ振り向くと、プールサイドでレッドワンが俺の仲間三人をライフルでホールドアップさせていた。
「おい、石森のレッド! 聞こえるか! これが決まればグリーンは戦闘不能になるぞ。残りの三人もこれから同じようにしてやるからな。助けに来るなら今しかねーぞ!」
言葉を切り、しばらく周囲をうかがう。どこかに隠れているアカネをおびき出そうとしているのだ。
「ああ、言い忘れたけどな。さっきスキルチェンジして攻撃力上げてあるから、変身スーツ着ててもグリーンはただじゃ済まないかもしれねえぞ?」
マスクの中が残酷にニヤけているであろう、実に楽しそうな声。
「……出てこい! 仲間を見殺しにする気か。この卑怯者!」
挑発を重ねる。しかし、どこからもレッドビートが現れる気配はない。
「……チッ。どうせなら五人揃えて必殺技で決めたかったのによ……。まあ、弱小チームなんてこんなもんか」
憎々しげにつぶやき、もういい、やれと四人に命令する。
「スクエア・ダイアゴナル・ショット!」
四人のライフルから四色の光が同時に俺に向かって放たれる。
……今だ!
俺は『煌Ⅱ』を発動させた。実はそもそも、この時のためのスキルなのだ、こいつは。目を開けていられないくらいに眩しい光の中……つまり、ドローンのカメラも光量オーバーで何も記録できない中で、俺は自分の能力、ショートカットを使った。その証拠を残さないための目くらましだ。
少しだけ正方形の中心から逃れる。四方向から同時に発射された四色の眩しい光は、ついさっきまで俺の居た場所で正確に交わり、そのまままっすぐに対角線上で向き合った相手に向かい……スワットレンジャー四人を同士討ちにした。派手に飛び散る火花。スキルでさらに強化した準必殺技を受けたのだから、もう戦闘不能のはずだ。
なんとか、うまくいった。俺は緊張が解けて体の力が抜ける思いだった。衆人環視の、しかも録画されている中で自分の隠している能力を使う、という決断は勇気が必要だったが、迷いはなかった。それくらいしないと勝てる相手じゃない。
そのためにメンバーにショートカットの事を明かし、四人をいっぺんに倒すこの作戦を立てたのである。だから俺は、他のメンバーを犠牲にしてでも生き残らなければならなかった。敵が四人で俺を倒しに来るようにしなければならなかったのだ。
「な……なんだと! おいグリーン! 貴様どんなインチキをしやがった? 準必にかけられて逃げられるわけが」
冷静なフリなどかなぐり捨ててレッドワンが叫ぶ。それもそうだろう。これで一気に形勢逆転。アカネは相変わらず行方不明だが四対一だ。
「決めつけんなよ、インチキなんてしてねーって。四人のうち誰かが光に驚いて動いたんじゃねーの?」
俺は平静を装って用意しておいた理由を並べる。
「そんなはずあるか! ウチのメンバーにそんなドジする奴ぁいねえ!」
俺は知らぬ存ぜぬを押し通す。証拠がなけりゃどうにもなるまい。
くそっ、ともう一度吐き捨てた赤堀はライフルをふたたび構える。ジョーイたち三人は再び後ろ手に縛られて自由を奪われていた。しかし今度は時間がなかったからか、足は縛られていないので何とか隙をつくれば逃げられそうだ。
「だが生憎だったな! このジ・アンタッチャブルがいる限り、お前らに勝ちはねーんだよ! 現に今まで誰ひとり、俺に触ることもできてねーじゃねーか!」
レッドワン、赤堀リョウは三人のビートレンジャーに向けてライフルのトリガーを引こうとした。
だがその動作より早く、プールの汚水の中から、何かが勢いよく飛び出した!
悪臭を放つドス黒い水しぶきが西日に照らされてキラキラと輝く。
その何かは、水面よりもはるか高くまで跳躍し、人の言葉を発した。
「ビートシューター、ファイアソードモード!」
それは長い剣に変形させたシューターを両手に持ったレッドビート……だよな?
藻やゴミがドロドロのヘドロと一緒にコスチュームに張り付いているので多分赤い人、というくらいしかわからない。
ロングソードから炎が燃え上がった。それを一気に振り下ろす、見た目ほとんど妖怪みたいなアカネ。
その一撃は完全にレッドワンの頭を捉えた!
火花と一緒にゴミとか、汚い何かが飛び散った。
「やっと決めたのねマモ。遅かったじゃない」
プールサイドに着地した泥田坊……じゃないレッドビートが剣を肩に担いでイキったポーズで言う。急いで走ってきた俺を見下ろしながら。
「お前、まさかずっとここに?」
何時間も、こんな汚水に潜んでたのか。
「ええ。最初教室から飛び出した時、みんなは外へ行ったみたいだけど、あたしは隣の教室に隠れて敵の会話を聞いてたのよ。それでここが本拠地になるってわかったから、先回りして潜伏スキルで隠れてたの」
はあ……。すごいのは認めるが、でもなあ……。
汚いレッドは手際よく三人を拘束していたロープを切る。
「ちょっと……アカネ、なのよね? 今の貴女、ひとことで言うなら汚物よ」
サクラの忌憚ない意見。あの、あのあのとミキがフォローしようとして何も思いつかずにパニックになっている。
「ありがとアカネちゃん、助かったよ。あとでちゃんと消毒してね」
ついに五人揃った俺たちビートレンジャー。相手は一人、負ける気がしねえ!
ガツッ、と鈍い音がした。ボロボロのプールサイドに大ぶりのナイフが刺さっている。
「……おい。何のんきにしてんだよコラ」
怒気をはらんだ赤堀の声。アカネの一撃はレッドワンのマスクを大きく傷つけていた。裂け目から赤堀の素顔が覗いている。今まで一度も攻撃を当てられたことのなかった男に彼女は傷を負わせたのだ。
そのために何かを失ったような気はするが。
「よくも、よくもこの俺に傷をつけてくれたな! しかもそんな、きったねえ武器で!」
顔に泥を塗る、ってのはこういう時にも使えることわざだったか?
「ふん。あんたみたいな汚い野郎にはお似合いよ」
アカネは言い返すが、それって自虐だぞ。
「何人になろうと一緒だ! 不意をつかれた今のが最後、もう二度とお前らは俺に触れることすらできねえ!」
レッドワンというヒーローのコスチュームを身につけてはいるが、完全に素に戻っている赤堀が激高して叫ぶ。アイディにチップをセット(『スピード・オブ・ライト!』)し、スキルで加速した素早い動きで次々に俺たちを攻撃する。両手に持ったナイフで五人を斬る、斬る、斬る!
「うわああぁぁ!」
倒れた俺たちを更にスキルチェンジで攻撃(『アタック・ライジング!』)。たまらず俺たちは吹っ飛ぶ。そして一番嫌なスキルが発動した(『インビジブル!』)。ステルスチップで目に見えなくなった赤堀は、縦横無尽に俺たちを蹂躙する。
「くそっ……何とか相手の位置を」
気力を振り絞って立ち上がろうとする俺たちに、姿の見えない赤堀の冷たい言葉が浴びせられる。
「おっと、そうやってヒーローっぽい展開にするんじゃねえよ」
そう言いながら、大ぶりなハンドガンを手に姿を現した。まだプールサイドの床に倒れていたブルービートの手をつかんで無理に立たせる。
何しやがる、と思う間もなくミキの腹に向けて引き金をひいた。短く低く響く音。それは一度では終わらず、続けて発せられた。二発、三発、四発! 同じ所へ何度も何度も銃を撃ちこむ。衝撃で気を失ったのか、ミキはぐったりと脱力して赤堀に身を任せている。
「てめえ!」
俺たちが近寄るのを再びスピードスキルで加速して距離を取る。
「動くな。いくらコスチュームで強化していても、ダメージは受ける。それも、同じ場所に何度もくらったらコスの強度も落ちてくるよな?」
言いながら、ミキの体を乱暴に前に向けさせた。腹の部分が明らかに凹んで、鮮やかなライトブルーの生地も変色している。
この銃は、と言いながら手に持ったハンドガンを操作する。戦隊ヒーローの武器としてディフォルメがされているものの、そのデザインに見覚えがあった。あれは確か、ロボコップが使ってたやつだ。
「こうして連射式にできる。つまりマシンガンみたいになるってことだ」
その銃口をミキの頭に押し付けた。
「俺がトリガーを引いたらどうなるか、わかるよなあ?」
ぞっとした。そんな事されたら最悪命に関わるかも知れない。
「赤と緑、武器を全部プールに捨てろ。それからロープでお互いの手足を結び付けるんだ。固く縛れよ」
アカネと俺は仕方なく、言われた通りにする。
「残りの二人、そいつらを汚水の中に蹴り入れろ」
何でそんな事思いつくんだ。俺の右手とアカネの左手、右足と左足はロープで結ばれている。二人三脚に『三腕』もプラスした状態ではまともに泳げない。小学校のプールだからそんなに深くは……いや、アカネが何時間も潜伏できたんだから、それなりに深さはあるのだろう。藻やヘドロで滑るかも知れないし、かなり危険だ。
「早くしろ!」
ミキの頭にさらに強く銃口を押し付けてサクラとジョーイに命令する。
ごめん、と言いながら二人に背中を蹴られ、俺たちは汚水の中へ沈む。
落とされた水の中はほとんど視界がない、にごりきった暗黒の世界だった。
水に落ちた、という恐怖が先に立ち、思わずもがいて浮き上がろうとするが、右の手足はアカネと結び付けられていてうまく動かない。
いきなり、ギュッと手を握られた。
『マモ、落ち着いて。感知スキルまだ生きてる?』
カン、と何かが俺のヘルメットに当たって、いきなり囁くようなアカネの声がした。ヘルメット同士を密着させたから、小声でもコスチュームの装備で聞こえるのだ。
『このスーツはスキルなしでも水中で一時間以上呼吸ができるの。体の力抜いて、装備の重さに身を任せて沈むのよ』
泥沼に並んで沈んだ俺たちは手を握り、体を押し付けあうようにした。
『感知スキルで外の様子はわかるでしょ?』
言われてみると、音声だけだが伝わってくる。赤堀が銃を構えて、水面から俺たちが顔を出すのを舌なめずりするように待ち構えている気配が。
『ああ。危なかったな、あいつ俺たちでモグラたたきでもするつもりだったのか』
冗談のつもりで口にしたのだが、アカネはそうでしょうね、とうなずく。
『マモ。次で決めるよ。あたしにタイミング合わせて』
『でも、どうやって? 俺たち丸腰だぞ。水から顔出した途端に狙い撃ちだ』
『大丈夫、策はあるわ。サクラにサイン出してきたからきっと……』
その間も外の様子は伝わってきていた。明らかに赤堀はイラついていた。狩りを楽しみにしていたのに獲物が全く顔を出さないのだから当然だ。
『もう少し……』
隣のアカネが言う。ところで、その……
『なあ、こんなに密着しなくてもいいんじゃないか?』
どうしても気になって言ってしまった。だってコイツと手を繋いだのなんて小三の遠足以来だぞ。しかも妙にしっかりと握られてるし。
『ば……バカじゃないのアンタ! こんな状況でヘンな事考えるんじゃないわよ!』
手を離すがロープで結ばれているので大して距離は離れない。
『考えてねーよ! ただあんまりくっついてると動きにくいんじゃないかと』
「今よ!」
サクラは叫ぶと素早く動き、とらわれているミキの腕をつかんだ。
『バカ、動くときにタイミングを合わせるために手を握ってただけでしょ! なに勘違いしてんのよ』
『勘違いなんてしてねーし!』
……あれ? ちょっと待て。さっきサクラの声聞こえなかったか?
少し時間を戻して、プールサイドの様子。
サクラは赤堀の視界から逃れてタイミングを図っていた。そして、汚水の中に沈んだままで出てこない二人にイライラし始めた赤堀の背後にコッソリと近づき、
「今よ!」
彼女は叫ぶと素早く動き、とらわれているミキの腕をつかんだ。
しかし、何も起きなかった。水中で待ち構えているアカネがさっき仕込んでおいた罠……赤堀が地面に突き立てたナイフの柄にロープを結びつけ、その端を水中でアカネが握っている……つまり、引っ張るとロープが張り、足を引っかけて転ばせるという非常にアナログなトラップを発動させるはずなのに。
水中で俺とアカネは口喧嘩していて合図に気付かなかったので、急にサクラがミキを赤堀から奪っただけとなり、
「なにすんだコラ。お前から蜂の巣にしてやろうか」
と、連射式の銃を正面から突きつけられてしまった。
「サクラちゃん!」
とっさにジョーイが飛び蹴りを食らわせる。自慢のパンチは封印されているが、全身を思い切りぶつけるようにして。
しかしそれもバックステップで簡単に避けられてしまった。その時、やっと気づいたアカネが水中からロープを引っ張った。後退する赤堀の足を引っ掛けて体が後ろへ大きく傾く。
「な……なんだ!」
バランスを崩した赤堀のベルトを、水中から手を伸ばしたアカネがつかんで泥沼へと引っ張る。奴が汚水の中に引きずり込まれるのと入れ違いに飛び出る俺たち。二人が横並びで結び付けられているので、泥まみれのその姿は妖怪感がマックスである。
「貴様! この俺をよくも……!」
汚水から顔を出して怒声をあげる赤堀。黒い水面を叩く両手が空いている。どうやら落下した時に武器を手放してしまったらしい。
「これで、相手も丸腰。条件は整ったんじゃない? ……どう、ミキ。気がついた?」
サクラに抱えられていたミキが小さく返事をする。
「じゃあ、あのゲス野郎にやり返すよ。いい?」
アカネの言葉に、ミキは力強くうなずく。
「はい。あんなゲス野郎にやられた傷なんて、何ともありません!」
一瞬、アカネは言葉に詰まった。ヘルメットで隠れていてもわかる。明らかに今コイツは目をうるうるさせているはずだ。それも見えないからって、盛大に。
「みんな、行くわよ!」
アカネはここぞとばかりに声を張り上げる。
「レッドワン! あんたに戦隊ヒーローの資格はないわ! 今こそ、あたし達の正義の心で倒してやる! 覚悟しなさい!」
そして俺たちは集まり、右手を天に掲げて叫ぶ。
「BSBストライカー!」
その声に呼ばれるように、汚水の中から眩しい光とともに俺たちの最終兵器が現れた。それはまるで寓話の金の斧のようで……いや、こんな比喩は要らなかった。
「な……そ、それは必殺技!」
すでに発動条件はクリアしているので赤堀は汚水につかったまま逃げられなくなっている。
「あたし達五人の心が熱く燃える時、最強の必殺技が発動する!」
「そ、そんなあやふやな条件があるか! ふざけんなテメエら」
憤る泥まみれのレッドワン。
実は本戦前のパラメーター補正で、必殺技の発動条件を変更したのである。
俺も最初聞いた時は赤堀と同様に思ったのだが、NSKに申請してみたら通った。なんでも、脳波とか心拍数、発汗などのデータで判断するらしい。そしてもう一つの発動条件は相手チームの戦闘力がこちら以下である事。これはさっき赤堀が丸腰になったことでやっと達成されたようだ。
心が熱く燃えている、などという自分たちでもうまくコントロールできないようなものと二つの条件にすることで、俺たちのポイントでも強力な必殺技を設定することができたのだ。
「エイム・アット・ザ・ターゲット!」
ピンクから順にカウントダウンしていく。これで決まりだ!
ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン!
「BSBストライクアウト!」