四話
第四話「挑戦の時。」
「いい? 開けるわよ」
アカネは、誰に向けてなのかよくわからない確認をした。
その手には白い封筒。宛先は石森高校戦隊ヒーロー部様、下の方にNSKのロゴが紺色で入っている。日本戦隊ヒーロー協会から、公式戦の対戦相手や日時、場所のお知らせである。
日時に関しては七月の第三土曜日と決まっているのだが、気になるのは対戦相手である。
封筒から出てきた紙に書かれていたのは、
『一回戦・私立東栄学園高校』
の文字であった。ウチと同じ都内の高校だ。
「東栄!」
サクラが顔色を変えた。紙を手にしたアカネも表情を固くしている。
「リアクションで伝わった感はあるけど……強いのか、東栄って」
ええ、と息を吐きながら答える。
「去年まで三年連続の優勝校よ」
い……
「いきなりラスボスかよ」
俺の言葉に、アカネは口のはしを歪めて笑った。悪人顔である。
「望むところよ。要は、そこに勝てば日本一ってことでしょ? それに、高校生の大会なんだから去年とはメンバーがガラッと変わってることもあるんじゃないの」
そのポジティブシンキングを冷静に否定するサクラ。
「今年のリーダーは一年からずっとレッドを任されている『ジ・アンタッチャブル』赤堀リョウ。彼を含めてチームの三人が三年生で、去年からのレギュラーね。イエローとピンクは二年だけど、今までで最強のチームという前評判よ」
相変わらず詳しいな。
「だ、だったら何よ。あたしの目標は最初から優勝なんだから、倒すべき相手との対戦が最初になったってだけじゃない。邪魔する奴はすべて排除するわ!」
若干声が上ずっているが、とにかく威勢の良い言葉を連ねるアカネ。
「ねえ、前から何かあるとは思っていたけど、貴女がそんなに優勝にこだわるのは何故なの?」
そうか、みんなには言ってないよな。
「……個人的な事よ。あたしは優勝して感謝を伝えたい相手がいるの。今どこにいるかわからない相手にね」
本人に言う気がないなら俺は黙っていよう。
それにしても東栄学園て、政治家とか芸能人の子供が通うような超金持ち学校だよな。そんな学校に戦隊ヒーロー部があるのか。
「一般的ではない人が多いからこそ、なのかしら。部員は多いし、毎年一般応援ポイントが異常に集まるらしいわ。理解があるのでしょうね」
自分もどこかのお嬢様ならそっちに行きたかった、という口調でサクラは言う。
「その、あんたっちゃぶる……ていう人が一番すごいんですか?」
素直な目をしたミキがおずおずと手をあげる。
「そうね、そうとも言えるわ。赤堀はオールラウンドに優れているプレイヤーなの。まず、ルックスがアイドル並で」
もうその時点で嫌いだな。
「空手は黒帯の腕前で、中学時代にサッカーで日本代表の候補に選ばれた事もあるらしい……もっともこれは本人が興味ないから断った、という自己申告でしかないのだけれど」
もう死ねばいいのにな。
「ふーん。で、おさわり禁止っていうのは?」
いやアンタッチャブルってそういう意味じゃないだろ。
「今まで公式戦で、一度も攻撃を当てられていないのよ」
へえ……。そりゃあ、
「無理なんじゃね?」
それな。
「あともう一つ」
サクラが人差し指を立てて続ける。まだあるのかよ。
「ええ。聞きたくなくても聞いて。敵を知るのは兵法の基本だから」
はいはい了解。
「血筋にも恵まれているの。祖父の赤堀剛士は戦隊ヒーロー番組の最大スポンサー企業の会長。いわばサラブレッドね。卒業したらいきなりプロデビューするんじゃないかという噂もあるわ」
ああ、そう言えばとサクラはついでのように付け加える。
「アカネ、貴女のお気に入りのカラテレッドは彼の叔父よ」
その言葉に、アカネはたっぷり三十秒は固まってから盛大に驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょちょちょちょっと本当なのそれ? そんな情報初めて聞いたわよ!」
まるで責めるようにサクラに詰め寄る。
「赤堀はあくまでも一般人だから基本的には個人情報はニュースにならない。でも戦隊ヒーローとして競技に参加している以上、その手のサイトで情報は伝わる。事実よ」
サクラは当たり前のように言う。
「と言っても、その事を知っている人なんてほとんどいないと思うわ。悪いけどカクトウジャーはシリーズの中でさほど人気の高い作品ではないし、近藤は既に引退して一般人になっているしね。噂通りに戦隊メンバーとしてプロデビューしたらウィキにでも載るのでしょうけど」
呆然としているアカネ。まあ、ずっと探していた相手につながる人が見つかったのだ。無理もない。
だが、それが対戦相手となると……しかも規格外な強さらしいし。
「どうしよう……何とかその人とお近づきになれないかな? そうしたら近藤さんに」
こらこら。
「お前、まさかそれで自分の目的を達成しようなんて思ってないだろうな?」
「な、何言ってるのよ! もちろん覚悟は決まってる。あたしは戦って、勝って、堂々と胸を張ってあの人に感謝の気持ちを伝えるんだから!」
さすがにここまで来たら、とアカネは自分の中二の時の事件の話を明かす。
「まあ昔のことだし、あたしはもう気にしてないから、みんなもあまり……」
予防線を張ろうとするアカネに、
「……良かった! 無事で本当に良かったです!」
話を聞いたミキが涙ぐんで言う。
「だねー。それはガチでやばかったんじゃないの」
ジョーイもめずらしくまともな事を言う。
「ふうん……。でも本当にそれ、近藤拳児本人だったの? そんな状況でちょっと顔を見ただけじゃ勘違いということも」
サクラは一人、慎重に事実確認する。
「それはない。断言できるわ。あれは間違いなくリュウジだった」
リュウジというのはカクトウジャーでの近藤の役名である。
「そう。それなら貴女、最適な方法を選んだわね。近藤は今、NSKの職員になっているはずよ。優勝した選手のコメントなら、確実に耳に届くと思うわ」
またしてもアカネは固まってしまった。
「今日は頻繁にフリーズするのね。じゃあ、とにかく去年の動画、見てみましょう」
と、すっかり備品扱いされている俺のノートPCの電源を入れる。
一応パスワード設定しといたほうがいいかな、などと思っているうちに起動した。サクラはSDカードを挿し、その中のファイルを開く。
「去年の決勝戦よ。東栄と、広島の朝日高校の試合ね」
ここで少し説明を加えようと思う。
戦隊ヒーロー競技は何度も言っているように、予戦と本戦の二つに分かれており、予戦はいわば『お披露目』の場だ。それぞれが考えてきた戦隊を、VRではあるが実際に戦闘員と怪人を相手に戦って、それを見てもらうのだ。
VRバトルは即日、NSKのHPにアップロードされる。それは次に行われる、戦隊同士で戦う本戦の開催前日まで公開され、その間に動画を見た人たちが自分の応援したい戦隊へポイントを入れるのである。
そのポイントを、俺たちは自由にパラメーターへ振り分けて自分たちの決めた方向へ強化して本戦に臨むのだ。
簡単に言えば、予戦で人気が高ければそれだけ本戦で有利になるという事だ。
ところで。
「NSKのホームページの動画ってダウンロードできないはずだよな?」
なんかブロックかかってて無理だった。やってみたけど。
「え? ……ええ、まあそうね。一般的な意見としてはそういう見方が大半を占めるでしょうね」
わけのわからない弁明を述べるサクラ。まあ、スルーしとこう。
「じゃあ、見てみましょう。 ……現実を受け入れるのは必要なことだから」
思わせぶりなセリフで再生ボタンをクリックする。BGMや演出も入って、テレビで放映されてもおかしくないクオリティの動画がスタートした。
正直、衝撃だった。去年の東栄学園戦隊ヒーロー部は忍者をモチーフにした戦隊として戦っていた。忍者の戦隊は数多い。高校生のアマチュア競技でも何度か取り上げられたのではないかと思う。
しかし。忍者であれ何であれ、戦隊ヒーローは正義の味方であるべき、というのが俺の考えだったのだが……だってそうじゃないか? 小さな子供が見て楽しんで、憧れる存在。それがヒーローってもんじゃないのか?
だが東栄学園の戦い方はヒーローとはこういうもの、というセオリーを打ち破るものだった。
まず、相手と正面から向き合って攻撃したりされたり、というお約束的な展開がない。
パラメーター補正のポイントが一体どれだけあるのか、目で追いきれなくなるくらいのスピードで動き、相手の背後に回り込んで死角から小型の刃物で相手を狙う。忍者ならではの罠や暗殺用武器で抵抗できない相手を痛めつける。
アンタッチャブルの異名を持つレッド、赤堀リョウはもちろん、他のメンバーも相手チームの攻撃をほとんど受けることなく、一方的に相手を倒してしまう。
圧倒、凌駕、殲滅……俺の中に不吉なワードが湧いてきて、グルグルと回った。
……なんだよこれ。これが、戦隊ヒーローの戦いなのか?
こんなの……!
「マモくん? どうしたの」
自分の中に籠ってしまっていた俺を引き戻した声、隣から心配そうな瞳を向けている小柄な黒髪女子。
「あ、いや……なんていうか」
「うんうん、ショックだよねー。強すぎでしょ、なんなのこいつら」
ジョーイがちょっと俺に気遣うようなトーンの声で言うが、違うんだ。それもあるけど……
「なんだか、こわい人達ですね」
ミキの言葉は、俺の本音に近かった。とにかく、こんなの認められない。こんな奴ら、子供たちのヒーローじゃないと思った。
「気に入らない連中ね。強けりゃいいってもんじゃないのに」
アカネも同感だったらしい。
「ああ。こいつらヒーローじゃねえよ。こんな勝ち方する奴らに優勝させちゃいけない気がする」
「マモくん……」
「いいわね! マモ、すごくいい! あんたにしちゃ最高にいい事言ったわ! そうよ、こいつらは敵だわ!」
仁王立ちして腰に手を当てたアカネが声を張り上げた。
「こいつらは完全な悪! 絶対に倒しましょう、あたし達の正義の心で!」
ああ、と俺はPCの画面を睨みつけた。そこには優勝チームとしてインタビューを受けている五人の姿が写っていた。中央でマイクに向かって答えている赤い忍者。こんな奴、絶対に認めねえぞ。
俺がこんな風に誰かを嫌うことは珍しいのだが、とにかくその時の俺の気持ちをひとことで言うなら、「敵意」であった。
「さあ、もう時間がないわ。予戦まであとわずか、少しでも練習しておきましょう」
おう! と俺たちは立ち上がり、地下練習場へと向かった。最初にシステムを立ち上げてオートモードにしておけば自分たちだけで練習が出来るとわかり、稲田先生が居なくともVRの練習ができるようになったのである。
絶対に、倒してやる。あんな奴らにヒーローの資格なんてない。
いつの間にか、俺の心の中にもヒーロー魂みたいなものが芽生えてしまっていたらしい。高校入学前までは考えもしなかったくらい、俺はやる気になっていた。
そうして迎えた予戦当日。俺は自宅で中学時代の制服に着替えて(正直、この時は少しだけ自分のしていることに虚しさを覚えた)家を出た。七月後半に学ランは暑い。今日も晴天で、玄関を出た途端にセミの声が周囲に充満した。
俺は上着を脱いで肩にかけたスポーツバッグに突っ込んだ。
「あちー……。なんで夏服にしなかったんだよ」
そういや女子も長袖のセーラーだ。ジョーイなら汗で透ける制服に大喜びするかもしれんが、俺はそんなものは……興味ないとは言わないが。
電車を乗り継いで総武線「S**橋」駅へ。そう、今日の試合会場は戦隊ヒーローの聖地とも言える、ドーム球場と遊園地の『例の場所』にある施設なのだ。
改札を出たところで、ピンクセーラーと学ラン姿のサクラとジョーイが待っていた。
「お早う、マモくん」
「サ、サクラ……その髪」
ああうん、これねと恥ずかしそうに手で押さえるようにした彼女は、長かった黒髪をバッサリと短く、肩より上で切りそろえていた。
後ろは首の真ん中くらいまでの長さで、前側の裾がやや長めの毛先が頬にかかるようなスタイル。戦闘中の動きで乱れるとかっこよく見えそうだ。
「私なりの、覚悟よ。アカネの好きな言葉で言えばね。ポニーテールとロングヘアがいるのだから、もう一人はショートにした方がキャラが立つと思ったの」
確かに、人気が高くなればそれだけポイントが集まって、パラメーター強化に有利となるが……女子にとって髪を切るって、結構重大な事なんじゃないのか?
「いやー、いいよね! サクラちゃんロングよりも似合うんじゃない? これでポイントもバンバン入っちゃうよ!」
軽薄なジョーイの言葉は右から左といった風に、
「……あの、マモくん。その……」
めずらしく歯切れの悪いサクラ。
「ん? どうした」
「だから、その……どう……?」
どう、って。どう言えばいいんだ? かっこいいな、て女子に褒め言葉になるんだろうか? かと言って素敵だよ、とか可愛いよとかマジで無理だし。
俺が対処に困っていると、横からジョーイが小声で「似合ってるって言ってあげなよ」とアドバイスをくれる。
「ああ、そうかなるほど。うん、似合ってるよ自信持っていい」
俺は助け舟に乗って素直な感想を口にしたが、言われた方はすうっと表情を消して、
「……ああそう、興味ないってことね。別にかまわないけど」
氷のように冷たく言う。
明らかにピンクのセーラー服が道行く人の視線を集めている彼女は、そっとハンカチで自分の額の汗をおさえると、
「予戦からここでやるのかしら」
と、巨大なタマゴに目をやった。すっかりクールな口調に戻っている。
「大物ミュージシャンみたいだよな」
別にコンサートをするわけじゃないでしょう、とサクラがつまらないツッコミをしていると、ミキとアカネが一緒にやって来た。遠目にも目を引く赤と水色のセーラー服。
ミキは顔出しの髪型に最近やっと慣れてきた様子。コンタクトにしたことで少し前とはまるで別人のようだ。なんか髪色も明るくなっているし、これは夏休み明け、一気に男子からの評価が跳ね上がること必至である。なんとなく面白くないと俺は内心思う。
二人もサクラの髪型に驚き、一人は素直に可愛いと、もう一人はチームのためにしたことだから評価してあげるわ、と褒めてるのかどうかわからないことを言った。
「先生はもう着いてるらしいから、行くわよ」
俺たちは外堀通りから左に折れ、大きな観覧車を目指して歩く。
「ええと、この辺のはず……ああ、いたいた」
こちらに手を振る、アロハシャツとハーフパンツでサンダル履きのヤンキー中年を見つけた。
「おう、こっちだ。わかりにくかったか?」
稲田先生が悪そうな笑顔で手招き。俺たちは小さなコンクリ造りの建物へ入る。
「ここで、アバター作成のためのデータ測定をするそうだ。衣装は……もう大丈夫だな」
雑居ビルのような建物の狭い階段を上り、三階のドアを開けると、そこはフロアをぶち抜いた広い空間になっていた。
「おはようございます、石森高校です」
先生の言葉に続いて俺たちは頭を下げる。室内には身長体重を計る機器や、何に使うのかよく分からない大きな機材などがあり、白衣を着た人たちが忙しそうに動き回っていた。まるで健康診断の会場のようだ。
「では順番にお願いします」
本物の医師かもしれない白衣の男性の声に従って俺たちは、身長体重から始まって握力、肺活量の測定、不思議な機械に入って体を動かしたり(筋力などの身体能力の測定であると説明を受けた)、MRIのような機械で全身を撮影したりと小一時間かけてアバター作成のためのデータを測定した。
「お疲れ様でした。別室にお弁当が用意してありますので、休憩してください。予戦は午後一時半より開始予定です」
白衣の人の言葉に従い、俺たちは二階の部屋へ移動した。もうすぐ一二時だ。
「さあ休憩休憩。ご飯食べよー」
室内のテーブルに人数分の弁当が重ねて置いてあった。空腹だった俺たちはさっそくフタを開ける。まだ試合始まってもいないのに、結構疲れた。
「これでわたし達のあばたー、でしたっけ。それができるんですよね? ちょっと楽しみです」
ミキが明るい表情で言う。この娘はヒーロー部に入ってずいぶん変わった。
「そうね、いよいよ戦いよ。最初はザコ相手だから勝つのは当然。むしろ大事なのは倒し方だからね! みんな、覚悟はいい? どうやったらカッコ良く、可愛く見えるのか。ミキもサクラも、自分のアピールすべきポイントはわかってるわね? これは勝負なんだから、恥ずかしがってる場合じゃないのよ。本戦でどれだけ自分が強くなれるか、今日の戦い方にかかってるんだから」
女子ふたりは真面目な顔でうなずく。
「男子二人。そっちもいいわね? カッコつけるだけじゃダメよ。同じ男から見て反感を持たれるようじゃダメなの。マモはとにかく、一所懸命にやりなさい。それで同情でもなんでもいいから応援しようという気になってもらうの。ジョーイは逆に、腹立つくらい余裕で戦って。途中でミキにセクハラするくらいのつもりで。男子の欲望に訴えるのよ」
「おっけー。じゃあミキちゃん、ちょっとだけだから我慢してね?」
青ざめた顔色のミキがドン引きする。
「ふふふ……すでにアカネちゃんの許可が出ている以上、オレを止める者はいないのだ。苦しゅうない、近う寄れ」
悪代官になったジョーイ。そろそろ止めたほうがいいかと俺が思っていると、
「……分かりました。チームのためですから」
なんと、ミキがそんな事を言い出した。
「え」
フリーズするジョーイ。威力は抜群だったようだ。
「さあ、触ってください。練習のために今ここでどうぞ、お願いします」
震えて真っ赤になりながら言う彼女に、ジョーイは『死に体』に追いやられた。
「い……いや、そう言われちゃうと、そのあのえっと」
うろたえるスケベ男。なかなか珍しい光景を俺たちが見物していると、
「……スミマセン。いざウェルカムって言われちゃうと無理っす」
うんうん。そうだよな男って。俺はジョーイの肩を優しくたたいてやる。
ふう、と息をつくアカネ。
「いいわいつも通りで。ミキもいいわよ、無理しなくて」
はいぃ……と、力を抜く二人。なんだ、この茶番は。
「じゃあ、行くわよ。改めて覚悟を決めなさい! あたし達五人は最強! 天下取るわよ!」
おう!
俺たち五人は声を揃えて立ち上がった。いざ、勝負だ!
スーツ姿の職員の先導に従って俺たちが移動した先は、巨大卵に併設されたホール。 中に入り、手渡されたヘッドマウントディスプレイを装着する。手足にセンサーはない。どうやら俺たちの動きをスキャンしてアバターに伝えてくれるようだ。
「良いわね。何事も身軽なのが一番」
俺たちの目の前に仮想空間が広がる。そこは、某野外音楽堂。東京郊外にあるステージだ。階段状になった観客席からすり鉢状の底辺にあるステージにミュージシャンの姿はなく、そこにはあからさまな悪者が居た。
怪人と、それを取り巻く戦闘員たちである。
俺たちは、それぞれが実物と見紛うほど精巧なアバターとなっていた。顔の部分だけがぼやけた感じになっているが、それはあからさまなモザイクではなく、もやっとした感じで見えない、という処理がされている。皆現実と同じ嘘っぽいセーラー服とリアル中学の学ラン姿である。
それぞれが他の四人の姿を確認するように顔を見合わせて(いや顔は見えないのだけれど)、いざ行動開始とステージの怪人たちと相対する。
「来たな、ビートレンジャー! ここがキサマらの墓場だ!」
初対面の怪人に自分たちの戦隊名を呼ばれて、なぜか嬉しい気持ちになりつつ、
「それはこっちのセリフよ!」
というアカネの声に俺たちは身構える。
「行くわよ、みんな!」
「おう!」
だっ、とステージに向かって客席通路を駆け下りる俺たちを迎え撃つ、黒タイツの戦闘員達。
走りながら前方のザコに向けてビートシューターを撃つ。
ビートシューターは、やや大ぶりな拳銃型の武器である。攻虫の力を秘めたビートクリスタルをセットする事によって起動する。
正義を愛する心の強さに比例して、ビートシューターは威力を増大させる。俺の一撃はアッサリと戦闘員を葬り去った。横目で見ると、他のみんなも敵を次々に倒しているようだ。負けてはいられない。
練習試合の時から変更して、戦隊としての統一感を出すために、全員で同じシューターを持ち、そこから変形させてそれぞれの武器にするようにした。ちなみに俺のは練習試合の時の特殊警棒型から、片手持ちのフェンシングの剣のような形に変更した。
顔の部分が緑色ののっぺりとしたお面のようでベレー帽を被った戦闘員。
けけけー、みたいな声をあげて襲ってくる。
そいつらを横払いに一閃。続けて突きの連打で相手を串刺しにする。機関銃による攻撃を横っ飛びにかわし、サクラの遠距離からの援護射撃によってできた相手の隙をついて一気に間合いを詰め、気合とともに突きまくる。
「けけきゃー!」
奇妙な悲鳴(?)と共に消え去る戦闘員。
死角から攻撃を受ける。くそっ、と俺は距離を取る。そこへピンクビートの遠隔射撃。
片手をあげて感謝を伝える。幸い大したダメージではない。俺はシューターを拳銃型に戻して戦闘員を撃つ。
相手の懐にジョーイ、いやイエロービートが飛び込んでステップを踏むように連続で三人の戦闘員を倒す。レッドビートはロングソード型に変形させたシューターをぶんぶん振り回して戦闘員を数人まとめて相手にする。さすがに囲まれて不利になるが、他のメンバーの援護射撃が作ったスキをついて一気に相手を倒す。
そうして俺たちは今までの練習でもなかったくらいにキレのある攻撃で、あっという間に戦闘員を全滅させてしまった。
「おのれビートレンジャー! こうなったらこのオレ様みずからがキサマらを葬り去ってくれるわ!」
ステロタイプな悪役セリフを吐く怪人。コウモリとカエルをミックスしてちょっと機械っぽくしたようなデザインの怪人は、手に持った黒い杖のようなものを構えた。
統一感演出のため全員で持ったビートシューターは、変身アイテムでもある。全員、元の拳銃型に戻して構える。
「ビートパワー、スタンバイ!」
レッドの声に従い、俺たちはビートクリスタルをシューターにセットする。さっきセットしたじゃん、というツッコミはしないでほしい。
「攻虫チェンジ!」
シューターを上に向けてトリガーを引く。その銃口からそれぞれのカラーの光が放たれ、頭上から反転して俺たち五人の全身を包んだ。
「Transfar by the power of battle beetle!」
先生のイケボに導かれるようにして俺たちは正義を愛する戦隊ヒーロー、攻虫戦隊ビートレンジャーに変身を遂げた。
「(Fire fly!)燃える炎は正義の誓い! 熱き攻虫戦士、レッドビート!」
ちなみに最初のセリフは先生のネイティブイングリッシュに差し替えた。
「(Diving!)水面にそよぐ正義の心! 流れの攻虫戦士、ブルービート!」
「(Ground!)大地を揺るがす正義の力! 破壊の攻虫戦士、イエロービート!」
「(Long horn!)悪を貫く正義の角! 突破の攻虫戦士、グリーンビート!」
「(Lady bird!)羽ばたき目指すは正義の道! 太陽の攻虫戦士、ピンクビート!」
攻虫戦隊、というアカネの言葉に合わせて俺たちはくるっと一回転、正面に向くや否やそれぞれのポースをとる。
「ビートレンジャー!」
俺たちの息の揃った声に続いて、かっこいい効果音。
「こしゃくな!」
日常生活ではまず耳にすることのないセリフを言った怪人は背中のコウモリのような翼をひろげて空へ飛び上がる。
「くらえ!」
空から次々と放たれる光の球が俺たちを襲う。
「うわあああ!」
火花を散らして吹き飛ぶ、ビートレンジャー。
「ブルー、準必いくわよ!」
立ち上がったピンクが言う。
準必殺技は、二人から四人の複数人でおこなうコンボ技だ。全員で発動させる必殺技には及ばないものの、通常攻撃よりも大きなダメージを相手に与えられる。
これはあらかじめ誰がどうすると発動するかを申請しておく。人数を多くしたり条件を厳しくするとダメージは大きくできるが、当然成功させるのが難しくなる。
ダメージを受けながらも立ち上がったピンクビートの声に、はい! と答えたブルービートは宙を舞う敵を見据える。
「ビートシューター、ロングショットモード!」
ピンクはシューターをライフルに変形させ、上空へ遠距離射撃。その一撃が怪人の翼にヒットした。コントロールが効かなくなり、ふらついた怪人は地面に降りる。
そこへ、ブルーのシューターから水しぶき。おいおい水鉄砲かよと思わないで欲しい。その水は彼女のビートパワーを伝える触媒である。怪人の体の周りで渦のように水が巻き上がり、全身にダメージを与えた。
「今です、ピンクさん!」
ブルーの声に、
「さん付けはやめなさい!」
ピンクビートの連射攻撃。怪人は火花を散らしながら吹っ飛ぶ。
二人の準必殺技が決まり、大きなダメージを与えた。
さあ、次は俺たちだ!
俺とイエローは左右に分かれて回り込むように怪人へと走る。何度も練習してきた、男ふたりの準必殺技だ。走りながらシューターをさらに伸ばして変形させる。
「ビートシューター・バインドフォーム!」
全身を使うようにして釣竿状のシューターを思い切り振るう。先端からレーザー的な光が波打ちながら怪人へ飛ぶ。
よし、かかった! 光が巻き付き、怪人の動きを完全に封じ込めた。
「いくよー、ガトリング・ビートラッシュ!」
イエローがサンドバッグ撃ちの要領で連続パンチを撃つ。コンボによる準必殺技なので人間業じゃない速度で左右のフックが繰り出される。もはや怪人は立っているのがやっとだ。
そして俺たちの必殺技の発動条件が揃った。条件は、敵の戦闘不能状態。要は既に勝負が決まって最後の仕上げ、お決まりのようなものだ。
「ビートフォース、フルチャージ!」
俺たちはそれぞれのビートシューターを組み合わせ、カブトとクワガタの合成虫のような形の武器に変形させた。
「完成、BSBストライカー!」
全員で構え、怪人にロックオン。
「エイム・アット・ザ・ターゲット!」
発動条件をクリアしているため、相手はそれを避けることができない。怪人は慌てるような素振りをするだけでBSBストライカーの照準から逃れようとしない。
ピンクから順にカウントダウンしていく。
ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン!
「BSBストライクアウト!」
派手な断末魔の声をあげ、怪人はステージ中央で爆発する。
俺たちはそれに背を向け、横並びで立つ。勝利のポーズは自然体で。
「はい、お疲れさまです。予戦終了となります」
のんきな、と言いたくなるようなスタッフさんの声がアナウンスで流れ、俺たちは全身から力を抜く。
「お疲れ様でした!」
口々に言いながら俺たちはディスプレイをはずし、メンバーと顔を見合わせる。それぞれにやりきった感があるのが表情から容易に読み取れた。
「えー、導入ムービーは後日学校で撮影、内容はショートドラマでよろしいですか」
アナウンスの確認にはい、と答える。
来週始めに夏休み中の学校で撮影が行われる俺たちの『普通の高校生が攻虫に出会って不思議パワーを授かってヒーローになる』ショートドラマは、NSKのホームページに今日の戦闘の動画とともにアップロードされる。
合わせて見ると戦隊ヒーローの一話のようになるわけだ。それを見た人が高評価するとポイントがチームに入る。
もちろんそれは他のチームも同様で、対戦相手の東栄学園も同日に公開されてファンからのポイントを募ることになる。
はたして俺たちビートレンジャーは、どれだけの人気を集めることが出来るのか。
後日、部室にて俺たち五人は時が来るのを待っていた。
本日正午ちょうどにNSKホームページ内特設サイトに予戦の動画がアップされるのだ。デザリングでネット接続したノートPCの前に集まった五人。
あと、十分。試しにサイトを開いてみるが、やはりまだだ。
「うう、早く見たいわね」
「まあな。でも自分のは見たいような見たくないような」
「わかります……。わたしも自分のところだけカットして欲しいです」
「いやいや何言ってんの。ミキちゃん一番演技うまかったじゃん。ショートドラマ楽しみだよオレ」
「はあ……。あれは確実に私の黒歴史ね」
それぞれの思いはともかく、時は流れて正午になった。
「おっ、きたきた!」
第十一回・高校生戦隊ヒーロー選手権大会というロゴの下にサムネが表示された。
「ど、どっちにしようかしら。自分たちのを先に見る? それとも東栄?」
うわずった声になったサクラがマウスをウロウロと動かしながら言う。
確かにこれは難問だ。
「じ、自分たちのからにしませんか? ……その、相手チームって強いんですよね」
ミキの言いたいことはわかった。先に見たら自信を失うかもということだな。
それじゃあ、と『石森高校・攻虫戦隊ビートレンジャー』をクリック。
「……いや、意外に良かったんじゃないか?」
見終わっての感想である。最初のドラマ部分も自分たちの顔が隠れているからかあまり恥ずかしくなかったし、野外音楽堂でのバトル映像はプロが編集しただけあって迫力あるものになっていた。まるで本当にこういう番組が放送されているような気になったくらいだ。
みんなも同様だったようで、まんざらでもない表情でうなずく。サムネの下の高評価ボタンをクリックして一ポイント足しておく。すでにポイントが六になっているのは前もって宣伝しておいた友人たちの入れてくれたものだろう。
「おい、ちょっと待て。なんだそれ」
俺は隣のサムネの下のポイント数に目を疑った。
「一万ポイント超えてるじゃねえか! なんだこのあからさまな組織票!」
俺は憤るが、サクラとアカネは冷静だった。
「まあ、これが三年連続優勝チームということね。学校をあげて応援しているのでしょう。マイナー競技とは言え全国優勝には違いないのだから」
そうか。全校生徒に卒業生、職員などの関係者とその親類縁者……と、広めていけばこれくらいの票にはなるかもしれない。
「気にしても仕方ないわ。さあ、相手の動画を見てみましょう」
すでに自分たちの動画を見た後の微妙な恥ずかしさを伴った高揚感は薄れ、相手チームがどんな戦隊なのかが気になるばかりだった。
東栄学園・特任戦隊スワットレンジャーの文字をクリック。
動画を再生すると、俺たちと同様にまずはキャラ設定紹介などのためのショートムービーが始まる。うさんくさい制服に身を包んだ高校生の俺たちとは対照的に、東栄メンバーは全員が特殊任務を任されるエリート部隊『スワット』の隊員だった。どうやらカタカナのスワットはアメリカの特殊部隊とは別のもの、という設定らしい。
それぞれに特殊技能を持つ五人の個性的なメンバーは、ナイフ使いの元軍人のリョウ、狙撃のスペシャリストのシン、ネゴシエイターのタケル、爆発物処理と機械整備を特技とするツバサ。そして紅一点のカオリは世界トップレベルのハッカーだ。
この国の平和を守るため、法律では裁けないような悪を人しれず倒す、アンダーグラウンドなヒーロー……それが特任戦隊・スワットレンジャーだ。
設定も映像の雰囲気も、なんとなくアメリカのTVドラマっぽい。
「わりと、大人向けじゃないか? これでいいのか」
サクラに聞いてみる。
「NSKから加えられる非公開のポイントは、あくまで戦隊ヒーローのコンセプトに則った評価によって加えられるはずよ。でもこれは……協会より一般からのポイントを稼ぎにいっているのでしょうね。もうネット上で拡散し始めているわよ」
とスマホの画面を見せる。SNSなどでスワットレンジャーは早くもファンの間の話題になっているらしい。
「すごいですね。固定ファンがたくさんいるってことですか」
ミキは素直に感心しているが、これは想像以上の強敵だ。戦う前からものすごい差がついているじゃないか。
圧倒される俺たちの見つめるPC画面上に、見覚えのある野音が現れた。まったく同じ場所で同じ敵と戦っている東栄チーム。キャラ設定に関わらず、戦闘時の装備は全員が同じらしい。黒のタクティカルスーツ(戦闘服みたいなやつ)に身を包んだ五人はそれぞれのカラーすら身につけず、まったくの没個性で冷静沈着な戦闘を繰り広げていく。基本的にライフルとハンドガンで敵を倒すが、どうやら赤堀が演じているらしいキャラだけはナイフを投げたり、後ろから戦闘員の首を切ったり(なぜかそれでも戦闘員は爆発する)という戦闘スタイルを得意としていた。
瞬殺で戦闘員を全滅させ、コウモリカエル怪人との戦いに。
「……特任チェンジ」
冷静な赤堀の声に全員がロージャザットと答えてパスカードのようなものを取り出して身構える。このカードはスワットアイディーという変身アイテムであるらしい。
五人は胸元のライセンスホルダーにスワットアイディーを挿して変身した。
変身後のコスチュームは、意外と戦隊ヒーローの常識に沿ったデザインだった。ただし胸のあたりに装備類の付いたベスト状のデザインがあったり、腰のベルトにハンドガンやそのマガジンが付いていたり、頭部に通信機器っぽいアンテナのようなデザインがあったりと、特殊部隊っぽさが加わっている。
「レッドワン」と、あまり声を張ることなく赤堀リョウの変身したヒーローが名乗りをあげる。片手で一本指を立てて。
「ブルーツー」久保田シンも同様に名乗る。指は二本。
「イエロースリー」城西タケル。三本指、以下略。
「グリーンフォウ!」西浦ツバサは、ほかのメンバーよりは若干テンションが高い。
「ピンクファイヴ」常磐カオリは女性ながら冷静なトーンで。
特任戦隊、というレッドワンの声に続いて全員でライフルを構える。変身前とは違う、若干のおもちゃっぽさがある全員共通の武器だ。
「スワットレンジャー!」
五人揃っての戦隊名はさすがに少し声のトーンが上がる。
「ミッション、スタート」
レッドワンの冷静な声で戦闘開始が告げられる。
「こしゃくな!」
怪人は翼を広げて空へ飛び立つ。上空からの攻撃が戦闘機の爆撃のようにスワットレンジャーを襲う。ライフルで迎撃する五人。怪人の光の玉の全てを撃ち落としてしまいダメージはないが、このままではいずれやられてしまうだろう。
「任せろ」
ブルーツーがライフルにスコープをマウントして長距離射撃用の武器にする。
上空の怪人に向けて狙撃するが、相手の動きが早すぎて当たらない。
「サポートする!」
グリーンフォウがポケットから取り出した小型端末を操作する。
「相手のここまでの動きをデータ化して予測プログラムを設定した。スワットライフルにインストールするよ!」
そうして再び狙撃。今度は一発で怪人を撃ち落とす。
「おのれ、スワットレンジャーめ!」
ステロタイプなセリフを吐く怪人の周りにブルー以下四人が素早く移動し、怪人を中心に等距離でライフルを構える。すると怪人はもがくようにしながらも、そこから動くことができなくなった。
これは、準必殺技か?
皆が注目するのにタイミングを合わせるようにして、視点がぐうっと上に移動する。それまで地上で撮影していたカメラをクレーンアクションで持ち上げたような感じだ。上空から見ると、四人のメンバーは正確に正方形を形作っていた。それをわかりやすくするように赤い線が表示される。怪人はその中心、つまり正方形の対角線の交わる位置にいた。
「そうか、この配置にすることが発動条件なのね」
アカネがつぶやく。
「スクエア・ダイアゴナル・ショット!」
対角線をそれぞれのカラーの光が走り、その交点で眩い光を放つ。そこに居た怪人は大きなダメージを受けて倒れた。発動条件が大掛かりだし、四人がかりの大技なので相当の痛手を負わせているはずだ。
「とどめだ」
五人が並んでライフルを構える。既に必殺技の条件も満たしてしまったらしい。
「スワットライフル、リミッター解除。スペシャルウェポンモードへ移行」
「エクスクルード・ザ・ターゲット!」
ファイヤ、と一斉射撃で消し飛ぶ怪人。
「ミッション・コンプリート!」
あまり派手な決めポーズは取らない。最後まで、大人が見ても恥ずかしくないような出来だった。その分、戦隊ヒーローとしては消化不良のような気もするが。
しばらく、皆無言だった。その動画だけでも相手の強さが充分にわかった。
そして、今も着々と増え続けているポイントを加算してさらに強くなるのだ。
「……これは、対策が必要ね」
サクラが静かにつぶやいた。
「そうだな。今からでも声かけて、応援頼んでみようぜ。 ……まあ、夏休み中だからな。知り合いに連絡してみるくらいしかできねーけど……いや、この際家族でも親戚でも頼ってみるか」
「そうですね。わたしも、お父さんの会社の人に頼めないか、聞いてみます」
ミキの父は海産物加工業の会社を経営しているそうだ。
「ええ……。子供の頃はそれで、かまぼこってあだ名つけられて。イヤで泣いていましたけど」
はにかんだように笑う彼女。
「オレは……どうしよ。昔の仲間に声かけてみよっかな」
ジョーイも言い出した。俺は中学の時の友人くらいか。野球部の後輩でも何でもいい、とにかく連絡してみようと思った。
やれるだけやってみよう、と話が前向きに盛り上がってきた。
「……じゃあ、それぞれ心当たりにあたってみましょう。ちょっと早いけど、今日はもうこれで解散しようか」
と、アカネが締めるように言った。別におかしな事は言っていない。でも俺はその時、アカネの様子がおかしいことに気がついた。
「アカネ? どうした」
「え、何が?」
「いや……。何か、気になることでもあるのか」
まあね、と視線をそらす彼女。だがその顔は明らかにそれ以上の追求を拒んでいた。
「じゃあ、とにかくなりふり構わずに声かけてみようぜ」
予戦動画を見たあと、自分たちの応援ポイントを増やすために俺たちはとにかく心当たりへ声をかけまくった。成果があったりなかったり、メンバーそれぞれのようだったが俺たちは前向きに努力を続けた。
だが、翌日アカネが部活を休んだ。稲田先生に体調不良という連絡があったらしいが、
「昨日までなんともなかったのに」
「あ、でもちょっと元気なかったように見えました」
ただの夏風邪かなにかであれば良いが。俺は何となく不安になった。
「それじゃ、今日は四人で練習。二人ひと組の準必殺技を中心にやりましょう」
サクラが代わりに仕切ってくれる。先生に代理でレッドやってもらおっか、などと軽口をたたきながら練習場へ。とにかく今できることをやろう。五人揃っての必殺技は言わば最後のとどめなので、むしろ大事なのはそれまでだ。東栄チームをどうすれば倒せるか。どう攻撃するか、どう防御するか。
練習機器の敵の設定を最強に設定し、繰り返しコンボ技を練習する。一人ずつの攻撃ももちろん大事だが、効率的にダメージを与えられる準必殺技は、ここぞという時に確実に決められるように練習しておくべきだ。
その日の練習は終了、スッキリしないものを感じながらも帰路に着いた。
しかし、次の日も、その次の日もアカネは部活を休んだ。
「誰か連絡した人いる?」
朝、部室で集まったものの今日も四人しかいない。さすがに不安になった俺たちは運動着に着替えたものの練習場に行く気にもなれなかった。
「いや……病気なら悪いと思って」
誰も連絡はしていないようだ。試しにメッセージを送ってみるが、既読もつかない。
その時、部室のドアが開いた。全員が期待を込めて振り返ると、
「なんだ、稲田先生か」
なんだとはなんだ、と言いながら巨体が入室すると、その背後にもう一人いた。
「大変なことになったわね」
と、その人物は気遣わしげに言う。
「姉さん。どうしたんですか、大変なことって?」
二人目の来客は生徒会長の佐倉里奈だった。姉妹そろって黒髪のショートだが、印象はだいぶ違う。
敵意むき出しで突っかかっていくアカネがいないので、今日は静かだ。
「例の件で、学校側の許可申請に来たのです。そうしたら稲田先生とお会いして」
たった今、と先生が口を開く。
「平野が、退部したいと言ってきた」