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三話



第三話「ためされる時。」


 俺は目の前の『敵』に渾身の右ストレートをぶち込んだ。

 ダメージを受けた『敵』は体勢を崩しながらも、手に持った棒のような武器でこちらを攻撃してくる。俺は腰に装着していた武器『ビートロッド』を手に取り、軽く振って伸ばした。伸縮式の特殊警棒のような構造になっているのだ。

 ただし、このビートロッドはただの警棒じゃない。太古の地球で人類と共存の道を歩んでいた種族『攻虫』の封じ込められた不思議な石、ビートクリスタルが仕込まれており、その力が俺たちの正義を愛する熱い心を通して発揮されるのだ。

 青白く発光し、電流のようなものがまとわりつくロッドで敵……荒いドットで描かれた昔のゲームキャラのような人型を打つ。

 アニメのような爆発とともに敵は消えた。

 よし、と俺は次の敵を求めて周囲を見回す。

 ほぼフラットな円形のそこは、まるで古代ローマのコロッセオ……というのがわかりにくければ、観客席も含めて設備の類を全部なくした小さめのドーム球場だ。

 全身真っ青の人の形をしたものが、ベルトで強化した力で敵を投げ飛ばしている。黄色い人型がナックル型の武器で次々と敵を殴り倒している。ピンク色の人型は遠距離からライフル型の武器で敵を次々に狙撃している。

 そして真っ赤な人型が、とりゃあっ! という気合とともにロングソードタイプの武器で敵を二体まとめて爆発させ、こちらを向いて怒鳴った。

「こらマモ! あんた一番倒した数が少ないわよ! わかってんの? もっと覚悟を決めて練習に臨みなさい!」

 へいへい、すみませんね。

 俺たち石森高校戦隊ヒーロー部は現在、VR機器を使用して練習中である。場所は学校の敷地の奥。運動部が交代で練習に使う運動場の奥の……地下。

 地下なのである。用具室やトイレなどの、よくあるコンクリ造りの小屋が並んだうちの一つに大きな錠前がはまったドアがあり、そこを開けるといきなり地下への階段が伸びている。実に秘密基地的な雰囲気たっぷりだ。その階段を降りると、広くて丸い地下空間がひらけるのである。

 練習でもこんなフザけた規模のものを必要とするから戦隊ヒーロー部のある高校は増えないのだろうと納得。

 そのフザけた練習場で、ほぼ毎日『攻虫戦隊ビートレンジャー』となった俺たちはVR機器が作り出す戦闘員たちと戦っている。

 変身後なので、各種パラメーターにポイントを割り振って肉体能力が強化されている状態での戦闘だ。この辺が少しややこしいので、改めて説明しておこう。

 変身、つまり肉体強化スーツを着ることによって普通の人間には不可能なこともできるようになる、というのが日本が生んだリアルヒーローの要なわけだが、俺たちがやろうとしているアマチュア競技としての『戦隊ヒーロー』も同様に肉体強化して行なう。

 実際にスーツを着る『本戦』、VRで戦う『予戦』どちらも所持ポイントを各種パラメーター、つまりすばやさ、攻撃力、防御力……実際にはもっと細かい項目になっているのだが、要は自分の体の強化と武器の強化に分かれる。武器は単純に敵に与えるダメージを大きくすることもできるし、たとえば電気ショックで敵の動きを止めるとか、煙幕で目くらましなど特殊機能を与えることもできる。

『よし、休憩にしよう』

 イケボの顧問が場内アナウンスで言うと、俺たちの周りを取り巻いていたドットの荒い敵が消えていく。そして、それぞれのカラーの人型になっていた俺たちメンバーは、両腕両足にモーションセンサーを装着して頭にHMDを被ったジャージ姿の見慣れた面々に戻った。

 我が校の練習用VRは十年以上前の機材でソフトのアップデートも怠っていたため、グラフィックは大昔のゲームのような有様だが、それでも練習には十分な性能である。

 時は五月半ば、俺たちは七月後半……夏休み最初の土曜日に行われる、公式戦に向けて本格的な練習に日々取り組んでいた。

「ちょっとミキ、いいかしら」

 アカネがタオルで汗を拭きながら声をかける。揃いのトレーニングウェアはないので、それぞれが個人で用意したジャージ姿である。

「はい、なんですか」

「あのさ、もっと積極的になっていいと思うのよ。ミキの戦い方って、相手の攻撃を受け流すばかり。相手に合わせるんじゃなくて自分のペースで戦うべきじゃないかな」

 もっと回し蹴りとか派手な攻撃してさ、などと言っている。

「いえ……あの、合気道は相手の力を利用するものなので」

 ミキの正論に、

「わかってるわそれくらい! でもさ、アイキブルーはチョップとか飛び蹴りとかやってたし。あるんでしょ? 合気道にも打撃系の技が」

 委細承知、とばかりに言うアカネに、いえあのないですごめんなさいと恐縮するミキ。

「サクラちゃーん、どうかなオレの攻撃? もっとアクション大きくしたほうがいい? オレ的にはこう、パンチしたあとに斜め四十五度で顔のアップとかさ」

 初対面から馴染んでいたジョーイは相変わらず馴れ馴れしいが、既に他の全員がそういう奴だと受け入れていた。

「顔は隠れると言ったでしょう……でも、そうね。特に予戦はショーアップの要素も加味した方が良いのは確かね」

 運動用にまとめている黒髪を払ってサクラは言う。

「どこかのおバカな女の意見はともかく、派手で、わかりやすい戦闘は視聴者の人気をとりやすい。ポイントを投票するのは戦隊ファン。格闘技の専門家じゃないわ」

 なるほどー! じゃあ、なるべくカッコ良く敵を倒して女性視聴者のハートをつかむべし、って事だね」

 戦隊ヒーローのファンは、と言いながら稲田先生が近寄ってくる。

「約八十六パーセントが男性という調査結果が出ているぞ」

 練習機材の操作などをしてくれていた先生の後ろにもう一人、見知った顔が。

「……なんで部外者が居るんですか?」

 とても嫌そうな顔と声で部長が言う。

「学校側からの要請です。ここの機器が電力を使いすぎているのではないかという訴えがあったため、視察に来ました」

 生徒会長はいかにも下らない、とでも言いたげに言い、円形練習場を見回す。

「電気の使いすぎって……そんなのあたし達のせいじゃないでしょうが」

 聞こえるような小声でアカネが言う。

「責任がどうこう、という話ではありません。学校側の予算配分の問題で……」

 と、そこで見つけてしまった。

「玲奈……? 貴女何をしているの」

 さっきから俺たちの後ろに隠れるようにしていたサクラを見つけた会長。

「何って、練習です。部活の」

 どうやら入部したことを言ってなかったらしい。

 はあっ、と会長は息をついた。

「まさかとは思っていたけど今更……だから廃部にしてしまいたかったのに」

 え?

「ちょっとアンタ、公私混同って言葉知ってる?」

「知っています。でもそれが悪いことかどうかは状況によると思いますが?」

 またもにらみ合い。

「佐倉……ああ、姉の方な。生徒がどの部活に入るかは個人の自由だ」

 稲田先生が言う。

「ええ、もちろんそうです。妹がいつまでも子供じみた趣味を捨てられずに、ついにこうして部活に入ってしまったとしても、それは本人の自由です」

 ひきつった笑みを浮かべて答える佐倉姉。

「ええそう、私の自由です。姉さん、わかっているなら用を済ませて早く帰ってください。練習の邪魔です」

「玲奈……これが、本当に貴女のやりたかった事なの?」

「ええ。そうです」

 姉妹の会話は、これまでに色々とあったんだろうな、という雰囲気で、俺たちは口を挟めなかった。

「……そう。先生、この機器のメインシステムはどこですか?」

 こっちだ、と会長を連れて出ていく顧問。

 気まずそうにしているサクラ。それでも顔をあげて殊更に何事もないような顔をして、

「これでわかったでしょう。私と姉は本当に仲が悪いのよ」

 そんな事聞いてないわよ、とわざと興味なさそうな顔でアカネは返す。

「練習の続きしよう。休憩は招かれざる客のせいで潰されたけど」

 よし、やろうと俺たちは再びVRによる練習を再開しようとした。

「あ! 先生がシステム操作してくれなきゃできないじゃん!」

 間が悪い。せっかく仲間の絆みたいなものができかけてたのに!


「ちょっとみんな、集合してくれ」

 練習終了して、円形地下練習場の隅に集まる部員と顧問の六人。

「既に公式戦にもエントリーし、日々の練習を通してチームワークも深まってきた。決戦までの限られた時間で出来る限りのことをしておこうじゃないか」

 もったいぶった物言いだな。

「実戦こそ、最高の練習であるという。ミュージシャンで言うと、スタジオで何時間練習するよりも一度ライブをやった方がうまくなる、というヤツだな」

 知らねえよ。

「というわけで、週末に練習試合を行なう。相手は静岡の藤野山高校だ」

「静岡? もっと近くの高校とじゃダメなんですか?」

 俺の素朴な疑問に、先生は妙な表情になり、

「まあ、そうだ。都内にはあと一校しか戦隊ヒーロー部のある高校はないからな」

 ふうん? そこには断られたってことか?

「他には、名古屋、仙台、広島、福岡、奈良……だったかしら」

 指折り数えて言うサクラに、

「よく知っているな。つまり、もっとも近いのが静岡というわけだ」

 初試合で、はたして素人ばかりの俺たちがどれだけやれるのか。不安でもあり、少し楽しみな気持ちもあった。

「試合……試合ね。ついに決戦の時が来たってことね!」

 ばきばきと指を鳴らしてアカネが言う。背景に派手な炎とかあったら似合いそうだ。

「みんな、覚悟はいい? 攻虫戦隊ビートレンジャーの初陣よ!」


 土曜日の朝、俺たちは制服姿で正門前に集合した。

「お、もう集まってるな。よしよし」

 五人のメンバーを見回して満足そうに言う稲田センセーはスーツ姿。

「今日は、ジャージじゃないんすね」

 おう、と嬉しそうにネクタイに手をやり、

「先方には無理を言って練習試合を頼んだからな。失礼がないようにしないと」

 なるほど。でも、ブラックスーツの裏地に派手な刺繍が見えてるし、赤いカラーシャツにドラゴン柄のネクタイというのは……。

「さあ、行くか。ちょっと早いが、遅れたら失礼になるからな」

 意気揚々と今日のために用意したレンタカーへ。8人乗りの大きなミニバンだ。

 運転席に乗り込みサングラスをかける。オールバックに撫で付けた根元の黒い金髪の先生は、

「完全にヤクザよね」

 言うんじゃない。みんな黙ってるんだから。

 石森高校戦隊ヒーロー部、初の練習試合のため静岡へ出動!


 途中一度サービスエリアで休憩をはさんで、東名高速を降りた車はそのまま順調に走り、目的地である私立藤野山高校へ到着した。

 あいにくの曇り空だが、富士山が近くに見える立地。周囲には畑や空き地が多く、俺たちの住む東京とは明らかに違う雰囲気だ。

「何にもない所ね」

 アカネの第一印象は俺たち共通のものだった。

「まあ、そんなものさ。この国にはまだまだ自然が多い。それも緑と水に恵まれた自然がな。それは幸せなことだぞ」

 稲田先生の言葉に俺たちは適当に相槌をうちながら車を降りる。ゆったりとした駐車スペースには他に三台しか停まっていない。

「あー、空気がうまいっすね」

 本当にわかってんのかよ、というジョーイのひとこと。スマホで連絡していた先生は通話を終え、

「直接練習場へ来て欲しいらしい。こっちだ」

 と、先頭を切って歩き出す。芝生とか、偉い人の銅像とかの脇を通り、三階建ての校舎を迂回して校庭を横切り、奥にあるプールの脇を抜けて敷地の端まで歩く。

「なんで、戦隊ヒーローの練習場は一番奥にあるんだろうな?」

 俺の素朴な疑問。なんだか、隅に追いやられているようじゃないか。

 そんなの決まってるでしょ、とアカネが振り返る。

「変身ヒーローは、世間に正体を隠すものだからよ!」

 な、なるほど?


 この高校は俺たちの学校ほど正体を隠す気はないらしく、敷地の隅に小ぶりなドーム球場のような施設を、地上に設営していた。

「遠いところをありがとうございます。顧問の石野です」

 女性教師が丁寧な仕草で頭を下げる。休日でもきちんとスーツ姿で(まあ、うちのもスーツなのだが)、フチなしメガネにひっつめ髪の、お堅そうななルックス。

「これはご丁寧に。本日はお世話になります」

 見た目に反して常識人な稲田先生も頭を下げる。俺たちもバラバラと続く。

「選手たちはもう準備を始めてますので、そちらから入ってください」

 あれ。相手チームと挨拶とかしないのか?

「こういうものみたいよ」

 アカネが俺の顔を見て言う。

「相手チームとは試合前には顔を合わせない。戦いの中で相まみえるというのが基本らしいわ」

 となりでサクラも頷いている。ルールではないが慣例的にそうするものらしい。

「女子更衣室はこっちね」

 初めての場所でも躊躇せずに入っていく。

「こっちね」と、ついて行こうとするジョーイのみぞおちに鋭い肘打ちをキメるアカネ。

「さあ、さっさと着替えて試合だ試合」

 悶絶するジョーイの襟首をつかんで男子更衣室へ連れて行ってやる。

 十人くらいはいっぺんに着替えられそうな、明るく小奇麗な部屋だ。鍵のかかるロッカーが壁際に並んでいる。

「いつもどおりジャージでいいんだよな?」

 制服を脱ぎながら聞いてみる。今更ダメと言われても他に用意なんてないので、単なる場つなぎの会話だ。

「いーんじゃね? ヤローの服なんてどーだっていいし」

 バサバサと服を脱いで着替えるジョーイ。

「なあ、お前ってボクシングやってたんだろ?」

 引き締まった体つきと、これまでの戦い方を見ていれば誰でもわかる。こいつは明らかにボクサー、しかもかなり本格的にやっていたはずだ。

「うん、まーね。でももうやんない。てか、できねーから」

 言葉のはじっこの方に微妙にブルーな感じが混じっていたので、あえてスルーする。

「ふーん」

 俺は了解、というふうに流してやった。

「…………」

 着替え終わり、更衣室を出ていこうとすると、

「いやちょっと待ってよ! そこ、もっとつっこんでもいいんじゃないの?」

 涙目で引き止められた。

「なんだよ! 聞いて欲しいならそう言えよ!」

「自分から言うのもカッコ悪いじゃん!」

「知らねーよ! 何だよ、言いたきゃ言えよ!」

「そんな言い方ないだろー」

 と、めんどくさい一幕があって。

「……で、要は事故で左手に後遺症が残ってるってワケだな?」

 そこに至るまでの努力と挫折やらライバルたちとの熱闘と確執、恋愛関係に発展しそうだった女子との恥ずかしいエピソードやら結構長い話を要約すると、全国ジュニア大会に出場が決定した直後に交通事故にあい、人生の目標を失ってしまったと。そこから立ち直ったジョーイは心機一転して自分に正直に、やりたい事をやりたいようにやろうと決め、現在に至るそうだ。

 コイツのオープンスケベにはそんな過去が……なんて感心するわきゃない。

「そうかわかった。じゃあ行こうぜ」

 ちょっとまってよー、あきらかに棒読みじゃーん、と追いすがるジョーイはほっといて練習場へ。もう女性陣はとっくに着いているはずだ。

「遅い! 女の子を待たせるとは何事よ! 覚悟が足りないんじゃないの、二人揃って!」

 予想通り怒られた。すまんと言いつつ中を見回すと、ここ藤野山高校の練習場も俺たちの学校と同じく円形だが、真ん中についたてが立てられ、半分に仕切られている。

 つまり。

「相手と直接戦わないってことね」

 つまらなさそうな顔でアカネが言う。実際には離れた所に居る相手とヴァーチャルで戦うという事だ。普段自校でやってるVRの練習がNPCからプレイヤーの操るアバターに変わるだけ。

「ま、いいんじゃないか。安全で」

 ふう、と鼻から息をはくと、

「アンタって、ホントつまんない男よね……まあいいわ」

 アカネが見下すように言うのに、横からサクラが口をはさむ。

「たとえVRであっても、人が操るのとプログラムによるものではまるで違うわ。それに、ウチの学校のVRプログラムは時代遅れの上にまるで手を加えていないプリセットに近いもの。舐めてかかると痛い目にあうわよ」

 わ……

「わかってるわ! 別になめてる訳じゃないわよ。ちゃんと覚悟決めて来てるわ」

 痛いところをつかれたのか、顔を赤くして抗議するアカネ。それならいいわと流すサクラ。

 全員バラバラのトレーニングウェア姿に、HMDと両腕両足のモーションセンサーを装着する。ディスプレイを付けずに肉眼で見てしまうと出来損ないのアンドロイドか改造人間のような格好である。

「始まる前に注意事項です。当校のシステムに変身前のデータがありませんので、開始から変身しての戦闘でお願いします」

 練習用のシステムだからそうなるのは一緒か。

「それでは、これより藤野山高校と石森高校の練習試合を始めます。先攻・石森高校、戦闘開始して下さい」

 さっきの真面目そうな先生が場内スピーカーのアナウンスで告げる。

 それじゃあと既に装備万全のアカネが構える。慌てて俺もディスプレイを装着した。

 目の前に、それまでとは違う世界が開けた。

 周囲は殺風景な採石場のような岩場に。そして前方に全身黒タイツの戦闘員と、その中心に怪人が立っていた。

 黒くてツヤのある、悪魔っぽい造形の怪人がマントをバサッとやりながら宣言する。

「ふはははは、この星は我々が頂きます! 邪魔する者は全て実力で排除しますのでそのつもりでいて下さい! 以上!」

 なんかキャラ濃い怪人来ちゃったけど。

「あたし達がいる限り、そんな事はさせないわ!」

 ビートレッドの姿のアカネが叫ぶように言う。

 デザインがまだ出来ていないので、初期設定のままの全身タイツにヘルメット、グローブ、ブーツの没個性コスである。

 五人が横並びになり、怪人たちと向き合って立つ。戦隊ヒーローのお約束『名乗り』の時間だ。

「ファイヤフライ! 心の炎を力に変える! 熱き攻虫戦士、レッドビート!」

 アカネがキメキメのポーズで名乗った。

 ……おい、ちょっと待て。

 隣のミキが激しく動揺している。青のコスチュームに身を包んだブルービートの姿だが、完全に素に戻って周囲をキョロキョロ。となりの俺に小声で聞く。

「あ、あの……そんな自己紹介なんて、決めてました?」

 いや、と俺は首を振る。それぞれがレッドとかブルーとかだけ名乗って最後に戦隊名を全員で名乗るはずだったのだ。

 アカネはまるで気付かないフリ。いきなり抜け駆けかよ。

「ブ、ブルービート!」

 結局、決めた通りにするミキ。

「イエロービート! ……えっと、カレー大好き!」

 雑に盛るんじゃねえ。

「グリーンビート!」

 俺アドリブとか無理だから、絶対。

「レディバード! 羽ばたき目指すは天の道! 太陽の攻虫戦士、ピンクビート!」

 サクラ、お前もか。

「攻虫戦隊!」

 ポーズを変えたアカネに俺たちも続く。このへんは打ち合わせどおりである。

「ビートレンジャー!」

 デフォの効果音。準備完了とばかりに怪人たちが動き出す。

「それではワタクシの権限により実力を行使いたしますのでご了承ください。以上!」

 まずは戦闘員達が俺たちに襲いかかる。その数ざっと十五人。一人あたり三人を倒す計算だ。

 まずは一人一殺。俺は目の前に迫る戦闘員の顔面に渾身の右ストレートを叩き込んだ。拳に伝わる衝撃。リアルだが本物とは違う、微妙に軽い衝撃。戦闘員はダメージを受け、ヨロヨロと後ろへ。よろける足を踏みしめ、気を取り直したように剣をにぎって切りつけてくるのをビートロッドで受ける。

「くらえ!」

 俺の一撃は戦闘員の左肩あたりにヒットした。相手は大きくダメージを受け、再び後退する。そこへどこからか銃撃が。そのまま爆発する、戦闘員と書いてザコと読む存在。

 振り返ると、膝立ちでビートライフルを構えたピンクビート。離れたところからの援護射撃だ。

「マモくん、打撃が浅いわ! 手加減せずに最後まで振り抜いて!」

 戦闘指導を受けてしまった。やはり俺の優しい心は戦いに向いていないのか。

「マモ、ボーッとしない! 戦いの中で油断は死を招くのよ、そしてアンタの死はあたし達全体の問題なの! ほら右よ」

 ロングソードで敵をなぎ払いながら俺に指示するアカネ。その言葉に従い、右から武器を振り上げて襲ってくる戦闘員の頭を狙ってビートロッドを振り下ろす。

 その一撃で戦闘員は真っ二つに。一瞬遅れて爆発。

 最後まで振り切る、か……。なんとなくわかった気がするぜ。

 サクラはひとつ頷いて次の敵に照準を合わせる。ミキはマイペースに自分に襲いかかってくる敵を投げ飛ばしている。彼女は肉体強化用の武器しか持っていない、接近戦に絞ったキャラなので、離れた敵へはサクラが遠距離射撃でフォローする。

 ジョーイもナックル型の武器で拳を用いた肉弾戦スタイルだが、ナックルの手の平側からビーム的な光線(名称未定)を出して遠距離攻撃をすることもできる。その分肉体強化に振り分けるパラメーターは減るが、それを補う戦闘力を持っているので両用スタイルにしてあるのだ。

 このように、戦隊ヒーローという特殊な競技では得意なことを伸ばす、不得意なことを補填する、など自在に決定して戦い方自体を変える事ができるのだ。まともなスポーツではトレーニング等による強化しか手段がないものを、プラスアルファで戦略を組むことが出来る。これは他の競技にはない魅力だと思う。

 それはともかく、俺は初めて一撃で敵を倒した達成感をそのまま維持して次の敵へと目を向け……たかったのだが。

「我が部下たちが全て倒されてしまいましたので、ワタクシ自ら戦闘に参加致します! 覚悟していただきとう御座います! 以上!」

 いつの間にか戦闘員はすべて倒されており、残っているのは怪人だけ。ていうか誰だこの怪人のキャラメイクしたの。

「ヘルズ・ストリーム!」

 さすがに決めるべきところは決めるようで、怪人はそれっぽい技名を叫ぶ。

 バサっと払われたマントと共に放たれた、真空波的な何かが俺たちビートレンジャーを襲った。

「うわあぁぁぁ!」

 俺たちは様式美に従って吹っ飛ぶ。飛び散る火花も相まって、今まさに俺たちは戦隊ヒーローとしての伝統芸能的バトルを体現していた。

「……まだよ」

 全員が地に突っ伏した中、力を振り絞って立ち上がったレッド。

「あたし達ビートレンジャーの、正義の炎は消えてない。みんなの明日を……未来を守るため、こんな所で負けるわけにはいかない!」

 その言葉に応じて、俺たち四人も立ち上がる。

「……俺たち」

 俺のセリフ。皆で話し合って決めた段取りだ。

「私たちの!」

 サクラがよろよろと立ち上がりながら言う。

「心が震えるとき!」

 ミキが意外にはっきりした声で言う。

「みんなのココロに!」

 なぜか、ジョーイのセリフは胡散くさく聞こえた。

「強い敵にも打ち勝つ、奇跡のパワーが生まれる!」

 アカネの言葉に応じるように、俺たちのビートブレスが眩い輝きを増していく。

「何度倒されようとも、あたし達は信じることをやめない。正義は勝つという素晴らしい言葉を!」

「あたし達」

「俺たち・私たちは!」

 ザッ、と足を開いて立つ、石森高校戦隊ヒーロー部のメンバー五人。

「正義と平和を愛する戦隊ヒーロー!」

 全員が両手を広げ、そこからそれぞれのポーズ。

「攻虫戦隊 ビートレンジャーだ!」

 俺たち五人のうしろで五色の爆発。やや昭和な感じは否めないが、やはり燃える。

 部室や地下練習場でセリフとかポーズを決めて練習していた時、最初は恥ずかしさがハンパなかったのだが、いつの間にか平気に……いや、もっと言えば気持ちよくなってしまった。

 暑苦しくも恥ずかしい……だけどかっこいいセリフを全員で声を合わせてポーズをとったりするなんて、サイコーにバカみたいで、おもしろいじゃないか。

「みんな、行くわよ!」

 レッドの声に、俺たち四人は力強くうなずく。今こそ、俺たちの力を合わせる時だ。

 怪人をミキが投げ飛ばす。倒れたところを狙撃するサクラ。ダメージは大きかったはずだが、再び立ちあがる黒い人。

「今度はこちらから攻撃させて頂きたい所存です!」

 再びマントバサーの全体攻撃が俺たちを襲う。

 五人揃ってダメージを受けるが、

 俺とジョーイの二人は素早く立ち直り、息を合わせて攻撃する。

 俺のロッドでの打撃で生まれたスキに、ジョーイが黄色い光をまとったナックルの拳で連打を叩き込む。

 こうした、複数人での攻撃は前もって決めておいた条件を満たしていると、ゲームで言うところのコンボのように威力を増す。戦隊ヒーローの競技においては、これは『準必殺技』と呼ばれる。二~四人での連続あるいは同時攻撃で、条件を厳しくするほど威力は大きくなるが、その分発動させるのが難しくなる。

 今のは単純にビートロッドによる打撃に続いてジョーイのナックルで攻撃する、というだけで技の名前すら決まってない。

 俺たち二人の準必殺技を受けて火花が飛び散り、怪人はよろめく。続いてサクラのロングショット。

「ぐうぁぁぁっ!」

 そこで、俺たちの腕のビートブレスが光り輝いた。これは、必殺技を放つ準備が出来たという合図だ。

 必殺技はその名前通り、五人で揃って発動させる最強の一撃である。基本的に食らったら負け、というものなので通常は敵が戦闘不可能の状態とか、勝敗がはっきりした場合に発動する。そうでない発動条件を設定することもできるが、相当厳しい条件を課すか、自分たちに割り振られたポイントを大量に消費することになる。

 俺たちの必殺技も、相手の体力が戦闘不能まで減っていることを条件にしている。

 必殺技発動で動けなくなった怪人。「よし! 今よ、みんな!」とアカネがロングソードを天に掲げて全員に声をかける。

「マキシマム・バトルビートル・フォーム!」

 俺たちはそれぞれの武器……ビートガジェットをひとつに組み合わせた。それはカブトムシとクワガタを組み合わせた合成虫のような形の、究極の威力を秘めた必殺武器に変形する。

「完成、BSBストライカー!」

 声を揃え、合体した武器を全員で構える。俺は前方右側で肩に銃身を担ぐポジションだ。

「くらえ、正義の力! エイム・アット・ザ・ターゲット!」

 アカネのセリフに続き、俺たちは声を合わせる。

「BSBストライクバースト!」

 合体武器から目もくらむような光が放たれる。

 怪人は一瞬で消し飛んた。俺たちビートレンジャーの勝利である。

 俺達が勝利のポーズをキメていると、緊急事態を告げるようなサイレンが鳴り響いた。

「それでは後攻・藤野山高校の戦闘に移ります」

 石野先生の真面目なアナウンス。円形練習場の奥に五人の人影が現れた。

 全員が、それぞれのカラーの衣装を身にまとっている。

 中央に赤いハッピ姿の男。頭にも真っ赤なねじりはちまきをして、江戸時代の火消しのような衣装である。CGで作られたその姿の胸のあたりに『ファイヤレッド・ススム』の文字が浮かんでいる。右隣には青いツナギ姿の『レスキューブルー・サダトシ』、左隣に黄色い作業服の『ダンプイエロー・カツヒコ』、その隣に緑色の帽子にジャケットとスラックスの『バスグリーン・ヒカル』、そして右端にピンクの女性警察官姿の『ミニパトピンク・ヤスミ』。

 彼らが今日の対戦相手、藤野山高校の戦隊ヒーロー部員だ。アバターの顔の部分はぼやけた感じになって隠されているが、それぞれが職業に応じた服装なので非常にキャラクターがわかりやすくなっている。

「なるほど、変身前の服装もよく考えたほうがいいわね。ただでさえ顔無しなんだから、少しやりすぎなくらいでいいのかも」

 アカネがつぶやくのが聞こえる。こちらの声は相手チームには届いていないらしい。続いて、俺たちに背中を向ける姿勢で先程と同じ戦闘員と怪人が現れた。

 どうやら俺たちはその場に存在しない事になっているようだ。つまりさっき俺たちが戦っていた時には相手チームが幽霊のように見えない状態で見ていて、今度はこちらが相手の戦いを見せてもらうターンということだ。

 彼らはそれぞれの職業で使用する特殊車両をモチーフにした戦隊だった。

「てやんでえ。行くぜェ、テメエら!」

 火消しのススムは江戸っ子キャラらしい。その呼びかけに、「了解、緊急出動!」「おう、任しとけ!」「バス発車いたします、次は変身、変身でございます」「(無言で敬礼)」という、完全にバラバラな返事。

 こういうのもアリか、とちょっと感心しながら見ていると、

「だーかーら! 息を揃えろってんでェ!」

 レッドがべらんめえなツッコミを入れる。どうやら毎回お決まりのくだり、という設定のようだ。なかなか仕上がってるな。

 全員がブレスにそれぞれの車両の形をしたミニカーのようなものをセット。

「特車チェンジ!」

 打って変わって完全に揃った声とともに変身する、相手戦隊。

「火事と喧嘩は江戸の華! 正義の町火消し・ファイヤレッド!」

 歌舞伎の見栄を切るようなポーズ。

「緊急救命、我が使命! クールに救助・レスキューブルー!」

 ちょっと斜に構えて、こちらを指さすキザなポーズ。

「街をつくるぜこの腕で! 土木でハッスル・ダンプイエロー!」

 両手で力こぶを作るようにするポーズ。

「交通インフラ担います! みんなの暮らしに・バスグリーン!」

 右手を胸に当てて、なぜか執事のようなポーズ。

「平和と安全守ります。職務ですので! プリティポリス・ミニパトピンク!」

 変身してからもやっぱり敬礼。

「みなぎる正義のSVスペシャル・ヴィークルパワー! 特車戦隊 ビークルファイブ!」

 全員のポーズはしっかりと合わせて。普段バラバラなのに決めるところは決めてくる、というのが見ていて小気味良い。これも狙って設定しているのだろうか。

「でしょうね。音楽でもダンスでも、ここぞというところでビシッと揃うと全体が引き締まるものだから」

 サクラが言う。なるほどと同意。

 コスチュームもそれぞれの車両の特徴を取り入れてデザインされており、実に本格的だ。いやウチの完成度が低いのか。

「行くぜェ!」

 レッドの声で戦闘開始。怪人のキャラも俺たちと同じだった。さっきと同じセリフを言っている。つまり全く同じ条件で戦って、いかに見ている人の気持ちをつかめるかという事だ。公式戦ではそれで獲得できるポイントが決まり、本戦でパラメーターをどれだけ強化できるかが決まる。

 つまり、予戦は『勝つか負けるか』ではなく、『見ている人にどれだけアピールして勝つか』が勝負なのである。

 それぞれが自分のキャラを活かした攻撃で戦闘員を次々に倒していく。バラバラな戦い方だが他のメンバーと偶然のように協力したりする。途中にグリーンとイエローがちょっとユーモラスな動きも入れたりして、経験と余裕を感じさせる。

 そして悪魔っぽい黒い怪人との戦い。五人の息の揃った連続攻撃に、たまらず後退する怪人。しかし立ち直り、マントをバサーの全体攻撃がビークルファイブを襲う。

 うわーと吹っ飛び、火花が散る。やはりお約束は守らねば。

 地に伏した五人の戦士たちは、再び立ち上がる。

「じいちゃんが言ってたぜェ、火事は消しても、心の炎は死ぬまで消しちゃあいけねェってな!」

「全ての人を救うのがレスキュー魂。決して諦めたりはしない」

「悪い奴ぁとにかくぶっ壊すぜ。街の平和を乱す奴は許さねえ!」

「定時運行を乱す者は排除です!」

「職務ですので、逮捕します!」

 後半二人のキャラが微妙だが、それぞれ個性的な『諦めません宣言』を力強く叫ぶ。

 ブルーとピンク、イエローとグリーンがコンビになって攻撃。二人一組の準必殺技が連続で決まり、さらにレッドが攻撃する。

 一気呵成に怪人を攻撃し、追い詰めていく。そして、必殺技の条件が満たされたようだ。

「集え! 正義のSVパワー!」

 五人は言葉とともに、前に突き出した腕のブレスからミニカー的なヤツを発射(発車)した。それは五色の光線になり、絡み合うようにして天に向かって登っていく。

 上空で合わさったそれは、輝く真っ白い光になった。

「スペシャルヴィークル・スクランブルレイド!」

 一気に天からくだる、神の怒りの如き眩い光の矢。

 断末魔とともに消し飛ぶ、黒い怪人。

「任務完了!」

 カッコ良くポーズを決める五人。

 なんてこった。相手チームの必殺技かっこ良すぎじゃないか。全体的な設定やキャラの完成度なども高く、俺は圧倒されたような気分だった。

「お疲れ様でした。これよりハーフタイムに入ります。両チーム、装備をはずして控え室へ戻ってください。後半戦は三〇分後に開始します」

 藤野山の石野センセーのアナウンスに従って、俺たちはHMDとモーションセンサーをはずした。トレーニングウェア姿のメンバーと、敵の怪人など跡形もなくなった半円形の練習場が目の前に広がる。

 夢から覚めたような気分でお互いの顔を見合わせる。寝言を全て聞かれていたような、寝顔をずっと見られていたような恥ずかしさが伴い、なんとなく言葉少なになってしまった。相手チームの完成度に圧倒されたのもあるかもしれない。

 無言のまま練習場を出て、チームごとに用意されている控え室へと戻る。

 戦隊ヒーローの練習試合のハーフタイムは単なる休憩時間ではない。

 さっきまでの俺たちの戦いはショーとして、第三者の評価を受けるのだ。実戦であればネットで不特定多数のポイントを集めるのだが、今回は両校の顧問がそれぞれの独断と偏見によりポイントを付ける。

 そのポイントで、それぞれの戦闘力にプラス補正を行ない、後半戦に臨むのである。

「あ、来た来た。 ……ふうん。やっぱり、教育者の評価ってつまんないわね」

 普段通りの口調でアカネが言う。横から見ると納得。両チームにまったく同じポイントが加算されていた。両顧問が相手チームに自分の持ち点を全て与えた、という事だろう。

 つまり、チームとしてのポイントはまったくの互角であり、この後はそれぞれがどのようにポイントをパラメーターに振り分けるかによって優劣がわかれる。

 とはいえ、

「時間ないから、決めた通りにいくわよ。いいわね?」

 わずか三〇分、いやあと二〇分少々しかない時間ではじっくりと考えている暇などないのだ。決めていた通りに自分たちの持ち点を加算していく。

「それでは、後半戦を始めます。両チーム、練習場へ向かってください」

 石野センセーのアナウンスに従って再び半円の練習場へ。

 俺たちは装備を整えて後半戦の開始を待つ。視界を占領しているヘッドマウントディスプレイには、まだ何も映し出されていない。

 一瞬、全てを覆いつくすように真っ白な光が溢れ、そして砂漠のような場所になった。

「それぞれの世界を守る、戦隊ヒーローたち。本来交わることのない彼らが出会ってしまった時、戦いは避けられない。なぜなら、彼らは『自分たちの世界を守ること』が、使命なのだから……」

 誰かの声でナレーションが入る。説明になっていないような気もするが、とにかくふたつの戦隊は相容れない存在であって、戦うしかない運命であるという事だな。うん、了解。そのつもりだった。

 いつの間にか、俺たちの前に藤野山高校のチーム、ビークルファイブの五人が横一列に並んで立っていた。

「悪く思わねェでくれよ? 俺たちゃ自分らの世界を守らなきゃならねェんでな」

 真ん中に立つファイヤレッドが言う。それに答えるのは、炎でキャラかぶりしてしまったレッドビートだ。

「そっちこそ、覚悟は出来てるの? あたし達は自分達の正義のために戦うわ!」

「上等だァ! 行くぜ野郎ども!」

「行くわよ、みんな!」

 そうして、二つの戦隊、十人の戦士が入り乱れての戦いが幕を開けた。

 実際の本戦も、このように戦隊同士の戦いとなるのだ。それぞれの戦隊の設定によって戦う理由というのをNSKの人がシナリオで決めてくれるらしい。今回は藤野山高校の誰かが考えてくれたようだが。

 俺はまず、敵のグリーンと戦う。同じカラー同士の戦いもやはり、宿命なのだろうか。

 飄々とした性格のバスグリーンだが、実際に戦うとやはり強い。

 しかも、あくまでもキャラを続けながら攻撃してくる。

「お待たせしました発車しまーす、ワタクシ達の勝利行きでございまーす」

 とぼけた声で言いながら、手に持ったピストル状の武器を撃つ。

「うおっ!」

 必死に避けて、相手との距離を取る。

「お立ちのお客様はつり革におつかまり下さーい」

 連弾。とにかく逃げる俺。

「発射しまーす。発射しまーす」

 どんどん追い詰められていく俺。

「お降りのお客様はお手元の降車ボタンを押してお待ちくださーい」

 そんなボタンねえよ!

「扉が開いてから席をお立ちくださぁい」

 もう俺をおちょくってるとしか思えない。すでに体中あちこちにダメージを受けて、限界が近づいてきていた。ダメージの蓄積によって、体の自由は効かなくなっていき、やがて活動限界を迎えると動けなくなる。そうなったら、おしまい。そのまま倒れているしかないのだ。

 そうならないうちに何とか相手に一撃を入れたい。それも、一気に形勢を逆転できるような一撃を。

 俺はバスグリーンの猛攻を避けながら、腹から低い声を発し続け、密かに気合ゲージを貯めていた。

 ハーフタイムでパラメータ加算した、俺の新たな攻撃だ。接近戦用の武器であるビートロッドに追加した、中~近距離攻撃用の能力。

 ただしこれは、すぐに撃てるような代物じゃない。ロッドの下にあるスライダーを引き出し、そこに俺の気合を貯めてからでないと発射することができないのだ。

 デメリットを設定することによって、パラメーターの値以上の力を引き出せる。これも、戦隊ヒーローという競技の面白さである。

 あともう少しでゲージが溜まる。待ってろよ、目にもの見せてやる!

 その時、俺の手のビートロッドがひときわ強い輝きを放った。

 今だ!

「くらえ! マキシマムビートドライヴ『煌』!」

 ちょっと自信があるんだが、あえて漢字の名前にしてみたグリーンビートの単独技だ。

 宙にロッドを鋭く一閃。その軌道に生まれたグリーンの光が相手を切り裂く……はずだったのだが。

「閉まるドアにご注意くださーい」

 バスグリーンの正面に展開された、緑に光る二枚の壁がプシュー、と音を立てて閉まり、俺の『煌』はアッサリとガードされてしまった。

「はい発射しまーす」

 続く攻撃に、俺はなすすべもなく倒れた。

 完敗だ。俺はもう活動限界を超えて立ちあがる力もない。脱力して仰向けに地面に横たわるみっともない状態である。

 そんな俺を見たバスグリーンは、新たな敵を求めて戦いの輪に足を向けた。

 冷たい床に大の字になった俺は、残った人たちの戦いを力ない目で眺めていた。

 ミキは既にやられていた。うつ伏せで床に倒れている。

 ジョーイは敵イエローと互角の戦いを繰り広げていた。相手の怪力というアドバンテージを殺すために、軽いフットワークで距離を取りつつ左ジャブで牽制して相手の攻撃をいなしている。

 サクラはピンチのようだった。遠距離攻撃に特化した彼女は、他の誰かと組んでこそ本領を発揮するのだが、一対一のバトルに持ち込まれ、中距離まで踏み込まれてしまっている。相手のミニパトピンクは小型ピストルと警棒を両手に持ち、サクラの射撃の合間を縫って攻撃し、更に距離を詰めてきている。

 そして今、サクラの一撃を完全に見切った敵は一気に距離を縮めて警棒型の武器を振り下ろした。火花とともに倒れる、ピンクビート。

 そして今、バスグリーンがダンプイエローとコンボでジョーイに攻撃。準必殺技が決まってイエロービートも倒された。

 一人残ったアカネは敵レッドと交戦中。

 彼女のビートソードがファイヤレッドの持つ棒状の武器『火消しのマトイ』とぶつかり合って火花を撒き散らす。

 そこへ、既に勝利を収めていた四人が駆けつける。

 五人が揃って横並びになった、特車戦隊・ビークルファイブ。

 一対五の圧倒的な状況で、相手チームの発動条件が満たされたようだ。

 床に倒れていた俺たちは何か目に見えないものに引っ張られるように立ち上がり、一人でビークルファイブに対峙していたアカネのもとへ駆けつける。

 そして、横一列に並んだ俺たちは為すすべもなく相手チームの必殺技を受けさせられる。

「集え、正義のSVパワー!」

 さっきのかっこいいヤツが来る。来るとわかっていて待たなきゃいけないって、スゲー嫌な気分だな。悪役の気持ちがよくわかった。

「スペシャルヴィークル・スクランブルレイド!」


「試合終了、藤野山高校の勝利です。両チーム、装備を外して退出してください」

 完敗であった。アナウンスに従って練習場を出る。

 更衣室で着替えを済ませ、廊下に出ると稲田先生が待っていた。

「着替えが済んだら、もう一度練習場に集合するように、女子にも伝えておいてくれ」

 と言い残して自分は先に行く。

 制服姿の俺たち五人は再び円形の練習場へ戻る。中に入ると、中央の仕切りはどけられ、ちょうどその仕切りがあったあたりに両校の顧問と、つい先ほどまで戦っていた相手チームが並んでいた。

「お疲れ様です。改めて自己紹介をさせてもらいます。部長の碇谷進です」

 藤野山高校の制服は明るいベージュのジャケットにグリーンを基調としたチェック柄のスラックスだった。

 先程までの江戸っ子口調もなく、ごく普通の男子高校生が礼儀正しくそう名乗った。

 続いて、ブルーの市村貞利、イエローの仲元勝彦、グリーンの高樹光留、ピンクの加東保美。みんな素顔はごく普通の高校生にしか見えない。ちなみに女子の制服は白ベースのおしゃれなデザインのセーラー服である。

 俺と戦ったグリーンは、どんだけ人を食ったヤツかと思っていたが、むしろ冗談とか言わなさそうな物静かなタイプだった。銀縁メガネかけてるし。

 俺達も自己紹介する。まだ始めたばかりの初心者チームということに相手は驚いて、これは本番までに化けるかもな、などとお世辞混じりに言っている。女子選手が三人いるのも珍しいようで、ピンクの加東さん(三年生のさらさらロングヘアーの綺麗なお姉さんであった)が何かと話しかけてくれて、コミュ力低めのウチのブルーとの会話も盛り上がっていた。

 試合後こうしてディスカッションを行ない、お互いの良いところ悪いところを話し合い、今後に繋げるのが練習試合の恒例らしい。俺たちの方が明らかに未熟なので、一方的に教えてもらったというのが正直なところだが。藤野山のメンバーはイエローとグリーンが二年生で、残りは三年。他にも部員は四人居て、今日の試合も機器のチェックや会場の準備など裏方仕事をこなしてくれていたそうだ。

 正直、後輩とか裏方とか、うらやましいな。

 予戦で気をつけるべき事や、本戦に向けてのパラメーター配分についてなど、実践的なことをたくさん教えてもらい頭が下がる思いだ。ではそろそろ、と稲田先生も石野先生との話を切り上げたようだった。

「ありがとうございました!」

 俺たちは笑顔で手を振ってくれる藤野山高校のみなさんに別れを告げ、東京への帰路に着いた。


「先生の言うとおりだったわ。練習をいくら重ねても実際に相手が居る戦いとはまるで違う。色々と課題が見えたわね」

 高速道路を走る車中でアカネが口火を切った。

「そうね。私もまだまだ甘かったと思う。公式戦ではもっと、貪欲にポイントを取りに行きましょう」

 サードシートに座ったサクラが決意に満ちた目で言う。

「どうかしら。私がピンクのフリフリ衣装でロリータなキャラになればポイントは稼げると思う?」

 真剣な表情で言うので、残りの全員が言葉に詰まってしまった。

「あー、サクラ。その覚悟はいいと思うけど、似合わないわ」

 アカネが代表して言いにくいことを言ってくれる。うん、サクラの気の強そうな顔には似合わないな。やるならドSキャラとか?

「じゃあオレはどうかな。エロは封印したほうがいい? それとも出し切ったほうがいい?」

 俺の隣のジョーイもそんな事を言い出した。

 そうね、とアカネは考えてから

「どうなの? 男から見て、どストレートなスケベっていうのは」

 と、助手席から振り返って俺を見る。

「そうだな。正直言うとそっちの方がいいと思う。自分がなかなか表に出せないのを堂々とやってくれるのは好感度高いんじゃないか」

 そう、とアカネはうなずき、

「じゃあ、ジョーイは素のままで行ってもらいましょう。それじゃあ、日々悶々とスケベ心を抱えているマモはどうしようかしら。熱血キャラになれそうもないし、かと言ってクールな雰囲気もないし」

 すみませんね、無個性で。

「まあそのままでいいか、つまんない男ってのはどこにでもいるし。良く言えば、平均キャラね」

 いや、良く言ってんのかそれ?

「ミキはどうしよう? やっぱり目立つのは恥ずかしいよね?」

 アカネが一番後ろの席の彼女を気遣うように言った。言葉通りに受け取るなら、それは相手の事を思っての言葉だ。チームとしての勝利を目指したいのはもちろんだが、羞恥心の強いメンバーに『無理にとは言わないよ?』と言ってあげているのだ。

 だがしかし。

 誰もがチームの勝利のために自分を捨てようとしているこの状況で、わたしは嫌です、などと言えようか。いや、言えまい。それが日本人というものだ。

「いえ、わたし頑張ります! ちょっとくらい恥ずかしいのなんて……」

 健気な彼女の言葉に、アカネは笑顔を向けた。

「そう。じゃあ、任せてくれる? 衣装とか考えておくから」

 既に陽は暮れて、高速道路の街灯が彼女をオレンジ色に照らしていた。

 その表情に邪悪なものを感じたのははたして、俺の考え過ぎか。

「まずは、変身前のキャラ設定ね。予戦ではそれがメインになるんだし……それと、変身後の武器とか、必殺技も全面的に見直し。メンバーそれぞれのパラメータ配分にも関わるから、よく考えましょう」


 公式戦まで二ヶ月を切っていることもあり、俺たちは定期試験の部活休止期間以外ほぼ毎日、練習場でのVR練習、第二体育館を借りてのトレーニングなどに取り組んだ。

 お互いの戦闘スタイルについての意見交換や武器、技の設定についても話し合いが進み、俺たちは日々、「攻虫戦隊ビートレンジャー」をつくりあげていった。

 最初は俺のような一般人には設定とかよくわからん、と思っていたのだが、いつの間にか自分の担当するグリーン以外の事にも口を出したりして、まるで文化祭の準備をしているように全員でひとつのものをつくる喜びにハマっていった。

 それはどうやら皆同じだったようで、元々戦隊好きで始めたアカネやサクラにしても自分たちが実際に変身して戦うのは初めてだし、相手が居て、戦って勝たなければならない、となると単なる脳内妄想とは訳が違う。自分たちが盛り上がる、かっこいいと思うだけでなく、その戦いを見る人たちがいいと思うものにしなければならない。そう思ってもらえれば、それはポイントというわかりやすく数値化されたものとなって自分たちの強さに変わるのだ。

 時は過ぎ、六月になった。まだ関東地方に梅雨の気配はなく、夏の暑さも感じさせない爽やかな気候のころ。

「じゃあ、いよいよ今日で話し合いは最後にするからね。設定資料で言えば、今までは仮案だったけど、今日のが決定案になるからそのつもりでいて」

 部室にて、アカネがホワイトボードの前で宣言する。俺たち四人も、やや緊張した表情でうなずく。

「と言っても、今までにあたし達が話し合ってきた事をまとめるだけなんだけどね」

 と、表情を緩めるアカネ。

「じゃあ、あれか。俺たちはごく普通の高校生で、ある日攻虫という不思議な存在の力を秘めたクリスタルを渡され、正義を守る戦隊ヒーローとなった、ていう設定で行くんだな?」

 そうね、とアカネはうなずく。

「それでいいでしょう? 演技の得意な人も苦手な人も、素のままが一番リアリティがあるから。背伸びしたって仕方ないし」

 肩の力を抜くように言う。

「どうしてそこで私を見るのよ……まあ、でもそうね。自分たちの身の丈にあったもの、というのはいいと思うわ。無理をしすぎない方が実力を発揮しやすいと思うから」

 サクラのご意見番らしい意見に全員がうなずく。

「だね。じゃあオレはみんなにエロいことをしまくるという事で……」

 ジョーイの言葉に、

「その言葉を冗談の範疇に収めなかった場合は、殺すわよ。言葉通りの意味で」

 サクラの鋭い視線。

「はーい、ご褒美いただきましたー」

 はいはい。

「じゃあ、まずは衣装ね。約束通り用意してきたから。男二人のも持ってきた?」

 アカネが言う。女子三人のは用意するから、男子は中学の時の学ランで、との事だったのだ。中学もブレザーだったというジョーイのために俺は友人の中村から借りてきた。しかしなんで男はこんな扱いなんだよ。

「決まってるでしょ、予算の都合よ……ほら、これで色わかるでしょ」

 と、手渡された黄色と緑の布地……腕章だ。これを付けて衣装完成? 随分手抜きな……まあいいけどさ。

「じゃあ、いよいよ衣装合わせ! 着替えるから出て行きなさい」

 と、廊下へと追いやられる俺たち二人。ドアが閉まり、ガチャリと施錠の音。

「そこで着替えときなさいよ!」

 室内から部長の指示が。

「ここでかよ。誰か来たらどうするんだ」

「だね。セクハラだセクハラ。これはあとでやり返さないと」

 俺たちの声に、

「聞こえてるわよ。アンタたちの裸なんて誰も見たがらないから、さっさと着替えなさい!」

 おとなしく着替える野郎二人。誰も部室棟三階奥の廊下になんてやって来なかった。

「ちょっと、キツイな」

 中学時代の制服。ほんの半年前まで毎日着ていたのに、何だか久しぶりのような気がする。

「オレは平気。細マッチョだからねー」

 ジョーイはそう言って体を動かしている。本当に余裕がありそうだ。素直に自分たちのカラーの腕章を左腕に装着して完成。

「……まだかな」

 室内の様子を窺う。実はさっきから、気になる声が聞こえてきているのだ。

 ……ええっ! これですかぁ? ちょっと、短くないですか?

 ……貴女、何考えてるの。どこで買ったのよこんなもの。

 ……見えちゃいます、見えちゃいますよ!

 ……何だか、戦隊ヒーローというよりアキバでチラシ配っている人みたいだわ。

「マモ、どうなんだろ。制服、なんだよね?」

 ひどく真剣な表情で言うジョーイ。

「ああ。普通の高校生、だからな」

 でも。

 室内の声は明らかに普通の服装を指定されたものではなく、どっちかというと……

「ねえ、写真撮っても怒られないよね? ていうか怒られてもいいんだけどスマホ壊されたりしないかな」

 鼻息を荒くしたジョーイが言う。知るか。

「おまたせー」

 ばあん、とドアが勢いよく開き、危なく俺たちは弾き飛ばされるところだったが、なんとか回避できた。

 振り向くとそこには、セーラー服姿のアカネが立っていた。

 中学の制服はセーラー服だったので、別に今更コイツがそんな格好していてもなんとも思わない……はずなのだが。

 セーラー服の襟の部分、袖口の切り替え部分、胸元のリボンとミニのプリーツスカートが鮮やかな赤なのである。これは、明らかに本物の制服ではない。

 室内に視線を移すと、同じセーラー服の色違い、つまりベースは白だが切り替えやスカートのカラーがスカイブルーのミキ、パステルピンクのサクラが居心地悪そうにモジモジとしていた。

 これは……

「いい! いいねアカネちゃんさすが! 流れる石と書いて流石! わかってるなぁ」

 ジョーイが目を輝かせているが、それは俺も内心同感であった。

 明らかなコスプレっぽさがありつつ、ギリギリ「ただの制服ですけど何か?」というまっとうさも併せ持つそれは、そんな格好でアクションとかされたら絶対見ちゃうでしょ的な短さという魔力を備えていた。それに、

「ミキ、その髪……」

 普段彼女の顔を隠している長い前髪がサイドに流されてピンで止まっていた。メガネも外している彼女の予想以上に大きな瞳と、小ぶりな鼻が露わになっていた。

「……あの。真剣に恥ずかしいので、見ないでください……」

 必死に手で隠す彼女に、

「いや、普通に可愛いし! なあジョーイ」

 ついテンションが上がってしまい、普段の俺らしくない調子で隣のオープンスケベに同意を求めると、

「う……うん、そーだね」

 めずらしく、まともなリアクションをされてしまった。コラコラ、それじゃ俺一人ではしゃいでるみたいじゃないか。

「こら、そこのオトコども! やらしい目で見るんじゃないっつーの!」

「……そんなにミキがいいの?」

 女子ふたりの陽と陰のオーラに包まれた言葉が俺たちを非難する。

「いやでもホントサイコーだよアカネちゃん! でもそのスカートの丈は大丈夫なの」

 自分を取り戻したジョーイが聞きにくいことをアッサリと聞く。

「ふん、やっぱり見るところはそこね」

 と、自分のではなく隣のミキのスカートをひらりとめくる。

「ほら、ちゃんとマイクロミニはいてるから」

 と、黒のスパッツが露わに。

 うおおオオォォォ!

 心の中でメンズのソウルが雄叫びをあげるのを必死に隠す俺と、イエー! 生きてて良かったなどと表に出すジョーイ。そして膝を抱えてうずくまったミキ。すまん。

「よ、よし! じゃあ、衣装はこんな感じか? すげーなアカネ。こんな衣装どこで買ったんだよ」

 空気を変えようと俺は明るく言う。

「もちろんネットよ。便利な時代よねホント」

 そうだなー、と俺は話を合わせつつ何とか軌道修正。

「じゃ、じゃあさ。全員で並んで写真撮ってみようぜ。全体の雰囲気、っての? 客観的にどう見えるのか確認しないと」

 部室の長机にスタンドに立てたスマホを置き、タイマーをセット。

 パシャ、と音がして、画面を確認。

「やっぱ、この並びでいいよな?」

 戦隊ヒーローたるもの、横一列に並ぶのは基本である。その並び順をどうするか、今までに何度か話しあっていたのだが、中央にアカネ、その両隣に女子、両端に男子が良さそうだ。こうして制服で男女が分かれるとバランスがよくわかる。

「じゃあ、変身後のコスチュームデザインだけど。サクラ、お願い」

 置きっぱなしにしている俺のノートPCを手馴れた動作で起動するサクラ。NSKのサイト内にテンプレがあり、そこからデザインできるらしい。歴代の戦隊を参考にして考えてきたという。

「お。いいじゃん、さっすがサクラちゃん」

 いつもの調子でジョーイが言う。

「そうね。それぞれの攻虫のエンブレムは胸に付いてるし……やっぱり戦隊コスチュームは無難なのが一番よね。でも何で番組後半で強化フォームとか出てくると格好悪くなるのかしら。特に最終形態とか大抵ありえないくらいダサいよね」

 アカネが脱線すると、

「そうね。まるで子供の感性を歪めようとでも言わんばかりのデザインがまかり通っているわね」

 いやバイクに乗る方のがもっと、などと更に線路外へと走っていく。

 俺はPCの画面のコスチュームに見入った。これが、俺たちの戦隊だ。下へスクロールするとそれぞれの武器もきちんとデザインされて、これまでに皆で決めた技の名前や特殊スキル、二人ひと組の準必殺技、本戦でパラメータを補正するときに何を優先するかなど、細かい設定が書き込まれていた。

「いいな。なんか、本当に勝てそうな気がしてきた。優勝、しちまうか?」

 ついテンションが上がってしまって口走った俺に、

「何言ってるのマモ。当然でしょ、目標は優勝! 全国制覇、世界征服よ!」

 盛り上がった雰囲気のなか、おずおずと手をあげたミキ。

「あ、あの……この髪型でないとダメなんでしょうか? 予戦は顔が隠れるんですよね? でしたら別に、その……」

 するとアカネは厳しい表情になり、

「ダメよ」

 と短く言い放った。

「ミキ。あんたは自分を変えなくちゃだめ。これからはその髪型でメガネも禁止。女の子は変われるのよ。見た目を変えれば、心も変われる。自分が可愛い、美しいと思えればそれは自信という心の糧になって、内面から輝くのよ!」

 どっかのビューティーアドバイザー的なことを言い出したアカネに、

「でもあの……メガネ無いとほとんど何も見えなくて」

「じゃあコンタクトにしなさい」

 ええ、持ってるんですけどあれ目に入れるのが怖くて使ってないんです……などというミキの言葉に片眉をあげた部長は、

「恐怖に打ち勝ちなさい。それでもあなたはヒーローなの? コンタクトが怖くて怪人と戦えるの!」

 びしっと、指を突きつけて言った。

「今まで戦ってきたんですけど……」

「口ごたえしない! そんな反骨精神があるなら自分の羞恥心と戦いなさい」

 最後は、気合負けである。これからはずっと顔出しで生活することを承諾させられたミキであった。

 まあ、普通に可愛いし、本人が慣れればすべてオッケーという気がするが、当の本人はどうしようそんなああわわわ、とか言っている。

 こうして俺たちの戦隊は完成した。みんなで作り上げたビートレンジャーに、それなりの自信はある。精一杯練習もした。なんだかんだとチームワークのようなものも生まれた気がするし、公式戦での勝利もありうるんじゃないか。

 俺の胸に充実感のようなものが芽生えた。

 俺は窓に近寄り、無意味に外を眺めた。体育館と校庭が見えたが、それだけだった。

「何やってるの、マモ」

 いや別に。


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