表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

二話

第二話「うごきだす時。」


 そんな訳で三人になった戦隊ヒーロー部なのだが、並木道での新入生勧誘期間はあと二日。公式戦エントリー締切の五月初旬まではあと二週間以上の猶予はあるが、

「期間中になんとか、あと一人くらいは確保したいわね」

 と、部長殿はおっしゃる。今日は感心にも制服姿だ。

 昨日に引き続き、俺たちは葉桜並木道に椅子と机を並べて同級生に向かって勧誘の声をあげていた。

 人数が増えて部存続の可能性が見えてきた事もあり、俺もせいぜい頑張って声をかけた。まあ、結果は伴わなかったが。

 ところで。

「ご機嫌だな? アカネ」

 本人は冷静を装っているようだが、俺の目には丸わかりである。コイツは今、最高に機嫌が良い。

「わかる? まあね。まだまだ油断はできないけどさ。三人になったってのは……ね。素直に嬉しいっていうか」

 珍しく顔を赤らめている。うん、そういうところはミキを大いに見習いなさい。

 だってほら、一人より二人がいいし、二人より三人がいいって昔から言うでしょ? などと言い始めてしまった。やっぱりいつもどおりだ。

 ところで、疑問に思う人もいるかもしれないので説明しよう。

 ズバリ、なぜ五人必要なのか?

 戦隊ヒーローの長い歴史の中では三人編成の戦隊というのも多く、あとからメンバーが増えるのがお約束とは言え、初期設定は三人なのだ。

 なら、三人いればいいじゃん。

 そう思うよな? しかしながら、そうはいかんのである。なぜなら、ルールだから。

 アマチュア競技には、プロと違ういくつかの規定がある。それを守らないと、そもそも試合にエントリーすらできないのだ。

 その内の一つにメンバーは五人というものがあり、それより多くても少なくてもいけない。元祖に倣い、五人揃って……というわけだ。

 ついでに言うとメンバーのカラーが赤、青、黄、緑、ピンクの五色というのも決まり。また、五人のうち最低一人は女子選手が居なければならないという規定もある。これについては性差別ではないかという声もあるのだが、あくまでも競技の公平性確保のためとして、正式なルールと認められている。

 というわけであと二人。なんとか部員を……戦隊メンバーを増やさなければ公式な活動ができずに廃部になってしまう。

 昨日入部してくれた藍原実季は、さっそく勧誘活動に参加してくれて(アカネが当然のように腕をつかんでここまで連れてきたせいもあるだろうが)、隣でか細い声をあげている。

 確実に半径一メートル以内にしか届かないだろうな、という声量だがそこは気持ちを汲んで、俺もアカネも何も言わなかった。

「なあ、ミキ。聞いてもいいか」

 まだ少し照れはあるが、なるべく早く馴れるため意識的に彼女の名を呼ぶ。

「なんですか、マモくん」

 仲間と認識してくれているからなのか、勧誘の声よりはハッキリとした口調で隣のミキは答えた。

 相変わらず黒縁メガネと長い前髪で表情はよくわからない。

「その、何で戦隊ヒーローやろうと思ったのかな、って……ああ、もちろん大歓迎なんだけど。あまり人前に出たがるタイプでもなさそうだし」

 まだ彼女のどの辺に地雷があるのかわからないので慎重に聞いてみる。

「うん……それは」

 と、並木道の中央で俺の作ったチラシを新入生に押し付けているアカネの方を見る。

「ひら……じゃない。アカネさんが、すごく、その……輝いてたから」

 自分の言葉に恥ずかしくなってしまったのか、赤面してうつむいてしまうミキ。

「ひょっとしてあの、乱入騒ぎのこと?」

 あれを見て、やってみたいと? 人の感性ってそれぞれなんだな。

「私、昔から引っ込み思案で人と話すのも苦手で。だからその場の全員を敵に回しても自分を曲げずに堂々としているアカネさんはその……素敵でした」

 それに、と彼女は小声で続ける。

「顔がわからないなら、恥ずかしくないかな、って……」

 へえ。ちゃんと調べてきたんだなと俺は感心する。彼女が言っているのは、俺たちがこれからやろうとしている競技の内容に関わる事だ。

 プロ、つまりテレビ放送される戦隊ヒーローはもちろん違うが、アマチュアはプライバシー保護のため、プレイヤーの顔が隠されるのだ。

 どういう事か説明しよう。

 試合は、『予戦』と『本戦』の二つで構成される。

 まず、日本戦隊ヒーロー協会(NSK)内の大会運営本部が設定した敵(大抵は戦闘員と怪人)と戦うのが予戦である。最初は変身せずに戦いを始め、戦闘員を倒した時点で変身し、怪人を相手にする事になっている。

 コスチュームや各キャラクターの設定などは参加する選手側が自由に決める。ただし、公序良俗に反しない……わかりやすく言うと下品なものとか、女子選手の過剰な露出などは禁止だが、基本的にはどんな設定の戦隊にするのかは自由であり、それも評価ポイントになる。武器や個々の能力なども初期ポイント内で自由に決められるが、五人揃って発動させる強力な『必殺技』は必ず一つ設定すること、などの決まりもある。

 予戦終了後、収録されたバトル動画がNSKのHPで公開され、アカウントを持つ人は自由に閲覧してポイントを加算することができるようになる。プロと同様にそのポイントが、後日行われる戦隊同士で戦う本戦のパラメーター補正に使用できるのだ。

 で、ミキの言ったことに話を戻すと。

 本戦は変身した状態で始まるので顔が隠れているのは当然だが、生身で戦闘を始める予戦はプレイヤーの安全面も考慮してヴァーチャルリアリティ(VR)で行われるのである。仮想空間にて、選手は自分の外見を詳細にスキャンしてつくられるアバターを操って戦う。その際に顔の部分が隠されるのだ。また、ほくろやアザなど個人を特定しやすくする特徴もアバターには再現されない。インターネットに公開するにあたっての保護規定だ。

 つまり、選手は一切素顔を出さないのである。

「なるほど。恥ずかしいのは嫌だけど、こっそり誰かを投げ飛ばしたい、という事?」

 少し意地悪く言ってみると、それまで以上に顔を真っ赤にしたミキは、

「もう! そういうのじゃないです」

 かわいらしく抗議する。おお、普通の女子の反応だ。

 その様子を察知したアカネの怒声が飛んでくる。

「こらそこ! イチャイチャするヒマがあるならチラシを配りなさい! マモは正門前に出張! ミキに手を出すのは厳禁だからね!」

 大声で人聞きの悪いことを言うな。

「へいへい、じゃあちょっと行ってくるわ」

 ずっと座っていて尻も痛くなっていたのでちょうどいい、と俺はチラシの束をつかんで立ち上がる。

 戦隊ヒーローいかがっすかー、と適当に声をかけながらチラシを配る。クラスメイトや同じ中学出身の顔見知りも通りがかるので恥ずかしい。くそ、戻りたいがアカネが怒るからもう少し耐えてからにしよう。

「杉田。どうよ、ヒーロー志願者は集まったか」

 声をかけてきたのは同じ中学出身の中村だ。クラスは別だが高校でも付き合いがあるコイツは、すでに演劇部に入ったと聞いている。

「おう、あと二人集まらないと廃部だぜ!」

 無駄に笑顔になってサムズアップで応じる。

「……大変そうだな。掛け持ちでよければ入部してもいいぞ?」

 おお……。いい奴だなお前。

「ありがとな、もしもの時は頼むわ」

 じゃまたなと中村は去っていく。しかしあいつを勘定に入れても最低あと一人は何とかしなきゃな……。

 もう少し粘ってから桜並木の勧誘場所に戻ると、ミキが通りの隅に立って気絶寸前の様子で必死にチラシを配っていた。

「もう俺配り終わっちゃったよ。ミキ、悪いけどチラシ分けてくんないか」

 俺がフェミニストぶりを遺憾なく発揮して彼女に声をかけると、

「いえ……いいんです。これは試練なんです」

 真っ青な顔してるクセに、ふるふると首を横に。拒否られてしまった。

「マモ、優しさと甘やかすのとは違うのよ。覚えておきなさい」

 腕を組んで椅子にふんぞり返ったアカネが偉そうに言う。なんか知らんがスパルタ教育中らしい。

「へいへい」

 と、おとなしく引っ込んで暗くなってきた空を見上げる。並木道を歩く生徒の数も少ない。そろそろ今日もお開きか。

「なあアカネ」

 中村の事を一応伝えておこうかと口を開きかけたが、

「……マモ。明日が期間最終日、勝負かけるわよ」

 決意に輝く瞳で彼女は言った。長い付き合いの俺にはわかる。こいつまたロクでもない事考えてるな、と。

 

 翌日。昨日までと違い、放課後俺たちはまず教室で集合した。

「今現在、あたし達の部には問題があるわ。なんだかわかる?」

 アカネの席の周りに集まった俺とミキに問う。ある意味、存在の全てが問題なのかもしれないが、

「なんだ。知名度の低さか?」

 本当は部長が何をやらかすかわからないところ、と言いたかったのだが自重。

「それを補完するために説明会に乗り込んだんじゃない。既に新入生全員に知れ渡ってるわ」

 あ、じゃあ……とミキが手を挙げる。

「名前だけは知られたけど、何をするのかわからない、とかですか?」

 それよ! とアカネは大声をあげる。言われたミキはちょっと嬉しそうだ。

「言っとくけど、あそこで道具とか使うなって言われてるんだからな。着ぐるみ着てヒーローショーとか、活動停止モンだぞ」

 俺は先に言っておく。活動する前に停止になっちまう。

「わかってるわよ。だからまず、あたし達がヒーロー同好会じゃなくって体育会系の競技をやるんだって事をアピールするの」

 まともな内容のことを言っているのが逆にあやしい。

「という訳で、運動する服に着替えるわよ」

「え? でも、わたし今日体育ないから体操服持ってきてない……」

 ミキが言う。それは俺も同じだ。

「大丈夫、貸してあげるわ。あたしは私服を持ってきてるから」

 先に言っといてくれれば……いや。これはわざとだ。一体、何を考えてる?

「俺も体操服ないぞ。ちなみに新品の制服破いたりしたら母さんに殺されるからな」

「仕方ない。じゃあマモはナレーション役ね」

 ナレーション?

 俺たちの疑問符は完全に無視して、アカネは部室へミキを拉致。

 残された俺はいつも通り、机と椅子を並木道へ運ぶ。いつもの場所へセッティングし、手製の看板を立てるとやる事がなくなった。しばらく一人で椅子に座って女性陣を待つ。

「お待たせー」

 元気にやって来たアカネはタイトフィットな赤いプリントTシャツに膝上丈のスパッツ姿。スポーティっちゃスポーティだが、身体の線がはっきりと出ていて目のやり場に困る。

 そしてその後ろでモジモジとしているミキは学校指定の体操服なのだが……

「マモ、やらしい目になってるわよ」

 アカネがジト目で言う。

「ええっ!」

 ミキが赤面した顔をさらに赤くして声をあげる。いやそんなことない! 本当はあるけど。

「うーん、ちょっとサイズ小さかったかなあ? でも、あたしとそんなに身長変わんないのにねぇ?」

 そうなのだ。アカネの体操服を着たミキは、微妙にサイズが小さいようで、その豊かな胸のふくらみと、対照的に絞られたウエストと、魅惑的なヒップラインがはっきりと出ている。

 なんてこった! あの大きめサイズの制服はそういう理由か!

「そ、そんなに見ないでください……」

 消え入りそうな声で言うミキ。俺は慌てて目を逸らした。長い前髪で隠されていない顔の下半分が真っ赤になっている。少しかわいそうになってきた。

「それじゃ、これ原稿ね。メガホンとかもダメらしいから、大きな声ではっきりと聞き取りやすいように、よろしく」

 渡された紙には「新入生のみなさんこんにちは。戦隊ヒーロー部です」という言葉から始まる紹介文がアカネの自筆で書かれていた。


「新入生のみなさん、こんにちは! 戦隊ヒーロー部です!」

 俺は半分以上やけくそになって声を張り上げた。

 その前でラジオ体操第二を始めた女子二人。アカネは完全に楽しんで、ミキは失神寸前であろうことが後ろ姿でもわかる。

 ちゃーんちゃちゃーん、ちゃーんちゃちゃーん、ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ、ちゃー……

「まずは両足とびで全身を揺する運動からー!」

 俺の目の前で跳躍とともに揺れる、いろいろなもの……いや! アカネのポニテとか、そんなのだぞ。他は何も見てない、見てないぞ俺は!

 目に見えない敵と戦うかのように俺は声を張り上げた。

「我々は、子供たちに夢を与えるヒーローに変身し、敵と戦う競技『戦隊ヒーロー』を行なう部活です! そのために日々精進。心と体の鍛錬を怠りません!」

 俺が叫ぶように読み上げるそのセリフは、間違っちゃいない。いないが、目の前のJK二人が明らかに別の目的でやっている(のと、やらされている)のは明白だ。

 ラジオ体操に続いて各種ストレッチ、立位体前屈に伏臥上体反らしや反復横跳びなど体力テストのような運動が続いた。

 その間俺は、やれ皆の応援を力に変えて悪を倒す、ロマンあふれる他とは一線を画すスポーツだの、日本が生んだ世界に誇る文化の火を絶やさないためにも、あなたの情熱が必要です、だのとアカネの原稿を声を枯らして読み上げた。

 結果、誰ひとり入部希望者など来なかった。

「……意外だわ。男子なんて単純でスケベだから長蛇の列ができると思ってたのに」

 額の汗を拭いながらアカネは言う。一時間近く運動と羞恥プレイに付き合わされたミキは精神崩壊寸前。

「ねえ、こんな美少女とエロ可愛い女子が二人で汗を流していたら、男は本能覚醒しちゃうもんじゃないの?」

 え、えろかわ……? と、ショックを受けているミキに同情の念を抱きつつ、

「馬鹿だな、それじゃスケベ心で入部したのがバレバレじゃないか。そんな恥知らずなヤツいねえよ」

 核心を指摘してやると、アカネはガックリとうなだれた。

「そうか……。男子ってみんなマモみたいにムッツリスケベなのね。今日はあたしの負け」

 その言葉にさらに深くうなだれるミキ。そんな事のために彼女の受けた羞恥の大きさを思うと同情を禁じえない。比較して軽い、自分への悪口はスルーしよう。どうせいつもの事だし。

 そうして、二名部員不足のまま新入生勧誘期間は終了した。


「さて、今日はいよいよ練習よ」

 翌日の放課後、アカネは言った。場所は部室棟三階の戦隊ヒーロー部部室だ。

 長机の上の小ぶりの花瓶には、名前のわからない花が生けられている。 

 本棚にアカネ私物の戦隊関連の本が増え、ハンガーラックには見慣れた赤いナイロンジャケットがかけられた。ミキはポットやカップなどのティーセットを用意し、俺は漫画と文庫本を持ち込んでいた。

 殺風景だった壁にはカクトウジャーのポスターや歴代の戦隊ヒーローが集合したカレンダーなどが貼られ、だいぶそれっぽくなってきた。

「ああ、筋トレとかか?」

 俺が言うと、それも大事なんだけど、と思わせぶりな態度。

「二人に……特にミキに、これからあたし達がやろうとしてる競技がどんなものなのか知ってもらいたくて」

 と、帰宅準備をさせられた。なんだ、帰るのか?

「違うわ。校外活動よ」

 そして電車を乗り継いでやって来たのは、都内屈指の繁華街のあるS**駅だ。いくつもの路線が乗り入れる巨大ターミナルステーションである。下車したアカネは階段を下り、西口から外へ出る。

「歩くの早すぎだ、ミキが遅れてるって! どこ行くんだよ」

 俺の声など気にせずに、ずんずんと人混みをかきわけて歩くアカネ。

 いわく、移動するための時間などは無駄なものでしかないから極力速度を速めて短縮するべきなのよ早くしなさい、との事。

 長い付き合いから意訳してやると、『楽しみで仕方ないから早く行こう!』となる。そう素直に言えば、もっと可愛げがあるものを。

「置いてくわよ! 駆け足に限りなく近い急ぎ足になりなさい!」

 雑踏の中振り返り、大声で言う。周りから妙な目で見られてるからやめろ。

 とりあえず俺とミキは足を早めることにした。

 そうして到着したのはゲームセンター。それも、六階建ての建物すべてを占める大きな施設だ。そういやゲーセン来るの、久しぶりだな。

 ドアのないオープンな入口から店内へ。少し照明を落としたそこは、数々のゲームの筐体が発する音と光、店内BGMとゲームに興じる人々の熱気で満ちていた。平日の夕方の割に結構人がいる。人気あるんだなここ。

「わたし、ゲームセンターって来るの初めてです」

 嬉しそうな顔をしてついてくるミキ。予想通りというか何というか。

 一階のクレーンゲームには目もくれずにフロアを横切り、エレベーターに乗る。

 降りた六階はVRエリア。大型のゲーム機が揃っていて、某ロボットアニメのコクピットが再現されたシミュレーターに俺は興味を惹かれたのだが、

「良かった、空いてる」

 まっすぐにやって来たフロア最奥には、ひときわ大きな箱が鎮座していた。天井から下がる看板には現在テレビ放送中の戦隊メンバーが横並びでポーズを取っている写真と、『VR・刑事戦隊デトレンジャー』という文字。

 その前のロープで区切られた通路に順番待ちの人が三十人弱、並んでいる。この人数で空いていると言うのか。

「こんなゲームあったのか。知らなかった」

 俺の言葉にミキもうなずいているが、アカネは業界じゃ常識よ、などとうそぶいている。お前がどこの業界人だか知らんが。

「待ち時間を有効活用して、このVR機の事を説明しておくわね」

 と、得意げに語り始めた。色々と無駄なうんちくとか脱線が多いので要約すると、デトレンジャーのメンバーになって戦うゲームである、ということだ。以上。

「内容としてはVRだから予戦に近いわね」

 俺たちが無事メンバーを五人集められたとして、公式戦に臨むなら最初の戦いはVRを利用した予戦だから、アカネにしてはずいぶんと的を射た行動と言える。

「ただ、本物とは全然違うらしいから。雰囲気を味わう、くらいに思っておいた方がいいみたい」

 なんだ。しょせんゲームはゲームか。

「でも、かなり本格的だからね。面白いとは思うのよ」

 と、腕を組んであまり短くなっていない行列を眺める。

「へえ、楽しみですね」

 今日のミキは純粋に楽しんでいるようだ。まあ、昨日のような羞恥プレイはないだろうしな。

 これがカクトウジャーのVRだったら最高なのにね、などと言っているアカネのことは放置プレイ。

 順番待ちの列をつくっているのは約八割が男で、女性はカップルらしき人ばかり。その中で俺たちの男女比率は珍しいかも知れない。

 まあ、俺が二人の女子と同時に付き合っちゃうようなモテ男に見えなければだが。見えないよな、うん。わかってる。

 待つこと小一時間。次で入れる、というところまで来た。

「結構、一回ごとの時間が長いんですね」

「プレイ時間もそうだけど、始まる前の説明とか導入ムービーも時間かかるのよ。二度目以降はスキップ機能を付けて欲しいわね」

 ふー、と鼻からため息。女子として、あまり品がよろしくない仕草である。

「お待たせしました、次の方……四名様で良かったですか?」

 施設の制服に身を包んだお兄さんが言う。

「え? 三人ですけど」

 お兄さんの視線を追って振り返ると、そこには小柄な女の子が。長いまっすぐな黒髪、全身を黒でまとめたシンプルなスカートルック。全くの見知らぬ人である。

「お連れ様じゃないですか?」

「違います」

 えっと、でも……と言いよどむのはどうやら、その娘のうしろの一団が男五人のあからさまなグループだったからだ。このゲームの定員は五名。どうやら俺たちの後ろに並んでいた彼女は一人きりらしい。

「ねえあなた」

 人見知りしないアカネが声をかける。

「一人だったら、あたし達と一緒にプレイしない? 人数多い方が面白いよ。順番も早まるし」

 世の中には二種類の人間がいる。知らない人に平気で声をかけられる人間と、そうでない人間である。

 平野朱音は前者であり、そして声をかけられた相手もまた、前者であるようだった。

「お断りするわ。私はソロプレイでいい」

 取り付く島がありません、と首から看板をぶら下げてそうな物言いである。

 ふうん、とアカネは言った。その声色に怒りのオーラを感じ取ったのは俺だけではあるまい。

「ぼっちが自分勝手な事するとさ、後ろの人の順番が遅れるし、お店にも迷惑がかかるのよね。大体、ソロプレイって何よ。戦隊ヒーローは仲間と力を合わせて敵に立ち向かうものでしょうが!」

 怒りのポイントはそこか。ミキがあわあわと動揺しているが、女子同士の口喧嘩に割って入るような度胸もスキルもない俺は傍観を決め込む。

 初対面のJKに謎な理由で怒られた彼女は、全くひるまずに言い返した。

「聞いてないわ、そんな事。下手なメンバーに足を引っ張られるよりはNPCと組んだ方がマシだと言っているだけよ」

 多分一五〇もないくらい背が低いので幼く見えるが、俺たちと同年代くらいだろうか。

「あんた、戦隊ヒーローを何だと思ってるの!」

「貴女こそ、戦隊の何がわかっているというの?」

「そんなに聞きたいならあたしの熱い想い、たっぷり語ってあげましょうか?」

「自己満足の垂れ流しなんて聞きたくないわ」

 どんどんヒートアップしていく二人に、周囲は遠巻きに見ている、という以外の選択肢を持たなかった。

「貴女、かなりやるでしょう?」

 急にクールな口調で言い、小柄な黒ずくめの女子はアカネを正面から指さした。

「な、何を言っているのよ」

 思わず動揺してしまったアカネに、

「納得いかないわ。少なくともライセンス持ちなのに、わざわざ素人の二人に合わせてイージーなミッションに臨むのでしょう」

 ふう、とため息をついてその娘は、

「……くだらない。もういいわ」

 と、言い残してその場を立ち去った。何なんだ、本当に。

「おい、早く入らないと。俺たちが迷惑かけてるぞ」

 俺の言葉に状況を悟ったアカネは、次のグループに順番を譲った。

「……ちょっと、頭を冷やしてからにするわ。冷静にならなきゃ、敵に勝てない」

 まるで真剣勝負のような事を。

「……マモ、アンタわかってない。戦隊ヒーローの戦いはいつだって真剣なの。それは例えゲームであっても変わらないわ。ちゃんと覚悟を決めなさい」

 またワケのわからん事を。この列の中でそんなこと思ってるのお前だけだぞ、確実に。

「いい? ちゃんとデトレンジャーをデトレンジャーとしてゲーム化してるんだから、いわば公式ゲームなわけよ。つまりこれは戦隊ヒーローを創造した偉大な方々のお墨付きなわけ。言い換えれば擬似的とは言え本物の戦隊になるってことよ。わかる?」

 わからん。というかあまりわかりたくない。

 残念ながら戦隊メンバー適正者を見つけるためのものじゃないけどね、などとつぶやいているのも放っておく。

 そんなこと言っているうちに俺たちの順番が回ってきた。

 中に入る前に係りのお兄さんがVRについて、乗り物酔いのような症状が起こる可能性なども含めて説明する。ミキが不安そうな顔をしているが、俺も初めてなので結構不安だ。

「まずはプレイモードを決めてください。初心者はイージーがおすすめです」

 と、入口前に設置されたディスプレイの表示を示してアカネの顔をうかがう。モードはイージーとノーマルの二種類があるらしい。

「ちなみに、このライセンスがあるとプロフェッショナルも選択できるようになるけどね」

 ドヤ顔で取り出した金色のカードにはアカネの顔写真とデトレンジャーのロゴが見えた。累積出動時間(つまりゲームのプレイ時間)とスコアによって発行されるらしい。別に羨ましくねえからしまっとけ。

「ま、ビギナーはイージーで楽しくやってもらうのがいいかな?」

 と、偉そうな顔でディスプレイにタッチ。

 他にもいくつか注意点を告げ、お兄さんは再びディスプレイを示した。

「どのキャラでプレイするか決めてください」

 そこにはデトレンジャーの五人のメンバーが表示されていた。アカネは真っ先にレッドを選ぶ。

「あ、イエローも女の人なんですね」

 と、ミキも選択。俺は素直にグリーンを選んだ。ちなみに、劇中のディテクティヴ・グリーンは新米刑事で、皆の足を引っ張ったり、失敗して落ち込んだりする役である。

「では、中でヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着して、お待ちください」

 ゲーム機には一人ずつ分かれて入った。中は幅三メートル、奥行も同じくらいの小部屋になっていて、入ってすぐ右の壁にHMDがかけられている。周りは何もない暗い色調の壁。薄暗い照明で照らされた空間は、一人で入るには広く感じる。

『ようこそ、VRデトレンジャーへ。ディスプレイを指示に従って装着してください』

 女性の声の説明に従って頭に被る。大きさはちょっと大きめのゴーグルといった程度で、重さも気にならないくらいに軽い。コード類も出ていないので軽快だ。

 ジジッ、と小さなノイズが聞こえた後すぐに、俺の目の前に仮想現実の世界が開けた。


 俺が立っているのはどこかのオフィスらしき室内だ。事務用のデスクが並び、その上にPCや書類などが乱雑に置かれており、椅子の背にはトレンチコートやスーツの上着がかけられていたりする、男臭い雰囲気の空間だ。

 俺はその部屋に見覚えがあった。ここは架空都市ウドの警察本部、刑事科のフロアだ。

 デトレンジャーのメンバーは全員がここの刑事で、平行宇宙から地球を侵略に来た悪の組織、パラレルマフィアと戦うのが任務である。

「到着したか。着任早々で悪いが、緊急任務だ」

 渋い男性の声がしたのでそちらを見ると、『ボス』がいた。

 刑事課課長、と書かれたプレートのデスクに腰掛けた男性。劇中で部下からボスと慕われている、ベテラン刑事である。ちなみに番組中盤でこの人もデトレンジャーに変身するのだが、それはさておき。

「実は、緑川が急性虫垂炎で入院してな、君に代わりを頼みたい。 ……何の、だと?」

 俺は何も言っていないが、勝手にボスはかっこいい口調で続けた。

「もちろん、君にデトレンジャーになってもらうのさ」

 やや前かがみの状態でデスクに肘をつき、組み合わせた両手で鼻から下を隠す、お馴染みのポーズで言う。

 テレビで見るのと全く同じだ、とつい嬉しくなってしまう、にわかファンな俺。

 ……にしても虫垂炎って。もうちょっと深刻な理由で休めよ、緑川セイジことディテクティヴ・グリーン。

「それでは任務だ。出動せよ、デトレンジャー!」

 急に立ち上がったボスは、いい声で決めゼリフを言うと、くるっと振り返り背中を向け、ブラインドを指で下げて窓の外を見た。その演技は大体毎週お決まりのように番組内でやるのだが、どういう意味があるのかはよくわからない。

 ボスの後ろ姿が次第にぼやけ始め、俺の視界は緩やかに暗転した。

 やがて周囲が明るくなると、そこはコンクリ打ちっぱなしの無愛想な箱のような部屋だった。地下室のような窓がない空間。

 『プラークティース』と、ネイティブな発音の英語が聞こえる。練習、という意味だ。言うまでもなく。

 その声に呼ばれたかのように、目の前にサンドバッグが現れた。

 まず、パンチをしてみましょう、と綺麗な日本語で女性の声が告げる。

 俺は右ストレートをサンドバッグに叩き込む。

 サンドバッグはきしみながら揺れ動く。リアルだ。音も、衝撃も、サンドバッグの動きも。

 もう一度、今度は反対の手で、パンチ! という声に従い、左手でパンチを繰り出す。

 『グッジョーブ』とまたも英語。別に日本語でいいんじゃないかと思うが、次の練習へ。

 場所は移動したようだが、先ほどと変わらずコンクリート造りの部屋。しかし今度は奥行のある細長い空間で、遠くに黒い人型の的が見えた。射撃練習場だ。

 俺の前には拳銃が置かれていた。といってもリアルな感じのガンではなく、デトレンの劇中で使用される、リボルバー式の拳銃を思いっきり玩具チックなデザインにしたピストルだ。手に取ると、ちゃんと重みを持ってそこに存在しているように感じる。

 『ターゲット、ロック!』声に従い照準を合わせ、引き金を絞る。ファイア!

 一発で的の頭部を打ち抜く。続いて心臓。オマケに腹にも風穴を開けてやる。

 『コンプリート! エクセレントゥ!』

 ネイティブ英語に褒めてもらうと、次にボスの渋い声が続いた。

「訓練は、無事終了したようだな。だが、休んでいる暇はないぞ。パラレルマフィアの怪人が暴れているという情報が入った。直ちに現場へ向かってくれ!」

 その声とともに視界が暗転し、サイレンの音が鳴り響く。パトカーで現場へ急行、という演出だ。

「ここは……」

 明るくなった周囲を見渡すと、そこは番組内で歴代の戦隊ヒーローたちが敵と戦ってきたお決まりの場所……某スタジアム前であった。さすが公式、芸が細かい。

 すぐに見慣れた姿が不思議な光とともに現れた。どこかから転送されてきました、という感じの演出。俺と同じ武器を手に持ったアカネである。

「やっほー。どう? 面白いでしょ」

 とでも言っているかのように手を振る。パッと見はかなりリアルだが、よく見るとCGによる映像なのがわかる。

 少し遅れてミキも転送されてきた。銃を両手で構えたポーズがやる気を感じさせる。

 続いてあと二人、出てきたのはブルーとピンク役の役者さんである。なるほど、プレイヤーが五人に満たない場合はこうしてNPCでメンバーが補充されるのか。

 うちの部の不足分も補充してくれないかな、などと思ううちにパラレルマフィアが出現。

「わははは! この世界を犯罪者の天国、クライムヘヴンにするのが我々パラレルマフィアの目的だ! そのためにまず、一番の邪魔者であるお前らデトレンジャーを倒してやる!」

 第一話で出てきた怪人、ハサミと三角定規をミックスしたデザインのクリミナー(パラレルマフィアの怪人の総称)が簡潔な説明ゼリフを悪役ポーズで言う。

「そうはさせるか! 地球の平和を守るのがオレ達刑事の使命だ!」

 ディテクティヴ・レッド(本人)の声に続き、デトレン五人が「レディ・トゥ・チェンジ!」と叫ぶ。このあたりはオートで進んでいく演出なので実際の俺はただ見ているだけ。残り四人の刑事がポーズをとって拳銃(この武器の名前なんだっけ。なんとかリボルバー?)を空に向けて引き金をひく。そこから不思議な光が放出され、体を包む。

 デト粒子がデトスーツになり、俺たち五人の刑事は平行世界からの侵略者に立ち向かう刑事戦隊・デトレンジャーに変身する。

「赤く燃えるぜ炎の心! 平和を守る正義の力! ディテクティヴ・レッド!」

 CGのレッドがかっこよく名乗る。以下四人が続き、刑事戦隊デトレンジャー! と声を合わせてポーズ。この辺はプレイヤーはすることがないので傍観している。

「行くぞ!」

 再びレッドの声がして、バトルが始まる。俺の目の前に迫る、黒タイツの戦闘員。振り上げた棒状の武器で攻撃された。左肩に衝撃。痛くはないが、バイブレーションのような衝動でダメージを受けたことが伝わる。

「攻撃は、素早く動いてかわすんだ!」

 レッド(本人、声のみ)からアドバイス。よしわかった!

 次の攻撃はかわせた。手に持った武器で相手を撃つ。この武器の名前なんだっけ。

 戦闘員は一撃で倒れる。続いて向かってくる敵を撃つ。次は左手から新たな敵が。わざと「ひゃはははは」という笑い声を上げながら近づいてくるので、不意打ちを食らうことはない。さすが、イージーモード。

「とりゃっ!」

 試しに殴ってみるとクリーンヒット。戦闘員は後ろに吹っ飛び、爆発した。どんだけ腕力強いんだ。

 しかしこりゃ、本当に戦っているみたいで面白いな。

 見ると、レッドは余裕しゃくしゃくといった動きで戦闘員をなぎ倒している。イエローは腰の引けた姿勢で銃を撃ちまくっているが半分くらいしか当たっていない。

 やがて俺たちデトレンジャーの活躍によって戦闘員が全滅する。

「くそ、刑事どもめ!」

 と怪人が叫ぶ。俺たちは五人横一列に並んで怪人と相対する。

 怪人の手から出た、光のような光線。衝撃波のような攻撃が俺たちを同時に襲った。全身にバイブレーション。

「敵は強力だ。バラバラに攻撃しても通じない! 五人の心をひとつにして戦うんだ!」

 デトリボルバーを構えろ! という声に従って武器を構えると、それは合体してライフル状の武器になった。

「いいか、タイミングが命だ。ファイブ・フォー・スリー・ツー・ワン……」

「ファイナル・ディストラクト!」

 アルティメットデトライフルから放たれた光がハサミ三角定規怪人を貫く。


「どう? ま、まあ所詮はゲームだけどね。でも雰囲気は出てるんじゃないかな」

 VR機を出てすぐにアカネが言う。

「すっごく面白かったです! ドキドキしました」

 頬を紅潮させてミキが言う。素直だなこの娘は。

「おう。実際の予戦とは違うんだろうけど、面白かったよ。本当に戦隊ヒーローになった気分だった」

 俺たちの言葉に露骨に嬉しそうな表情になったアカネは、

「そうでしょ! これも戦隊ヒーローになるための……そう、イメージトレーニングのようなものと思って、プレイを重ねるといいわ。ノーマルモードはあんなに単調な攻撃ばかりじゃないし、ライセンスゲットしたらプロフェッショナルにもチャレンジできるからね」

 さっきのカード見せてください、えーしょうがないわねー、などと女子ふたりが盛り上がる。

「じゃあ、どうする? もう帰るか」

 まだちょっと早いからどっかでお茶でも飲んでってもいいし、などと思いつつ言ってみると、

「は? アンタ何言ってんの」

 と驚かれてしまった。

「今度はノーマルでプレイよ」

 再び行列の最後尾へ。

 ま、マジですか……。結局その日、我々石森高校戦隊ヒーロー部はVRデトレンジャーを五回、プレイしたのだった。


 翌日、金曜日。今日は真面目に筋トレでもしようか、などと言っているところへ、校内放送で呼び出しがあった。

「お呼び出しします。戦隊ヒーロー部の平野朱音さん、杉田護さん。至急生徒会室までお越し下さい。くりかえします……」

 わざわざ全校生徒に呼び出されたこと知らせやがって。また何か問題起こしたと思われるじゃないか。足早に生徒会室へ向かい、いきなりドアを開けてやる。

「早かったですね」

 佐倉会長は意外そうな顔をつくって言うが、俺たちの教室と生徒会室は同じ四階にある。三年生の彼女は二階の教室から階段を上って来ているはずなのに。一体どんだけ急いで来たんだ。

 何のゴヨーですかぁ? と不満丸出しの口調でアカネが聞くと、

「これです」

 と、机の上の紙を裏返す。いや、元々裏を向けて置いてあったのを反転させたので表返す、と言うべきか(そんな日本語はない)。

「それが何か? ちゃんと生徒会の承認をもらってますけど」

 そう、それは俺が自宅のPCで適当に……いや、一所懸命につくった部員募集のポスターだ。

「ええ。不適切な掲示物に誤って承認をしてしまったのは生徒会のミスです。謝罪の上、承認を取り消しさせて頂きます」

 慇懃無礼、とはこういう態度を言うのだろう。

「どこか、悪いところでも?」

 作成者としては聞かずにいられない。

「ええ。ここですね、世界の平和を守るヒーローになって云々、という子供じみた文言です」

「これが何か? 俺たちのやる競技は、本当にヒーローになって戦うんですよ」

 ふ、と短く小馬鹿にしたような息を吐くと、

「知っています、それくらい。ですが、あなた方がどれだけ競技の中で敵と戦ったところで平和を守るという目的は達せられません。世界平和と戦隊ヒーローの競技には因果関係などないのですから」

 さすがに、カチンと来る。完全な言いがかりじゃねえか。

「何か、反論はありますか? 生徒会規約の細かい所までよく読んで配慮のできる平野さんのことです。わかって頂けますよね?」

 一分のスキもない作り笑い。だが、うちの部長だって負けちゃいない。

「ええもちろん。副部長のつくったポスターの不用意な言葉でご迷惑をおかけしました。後日、修正したものを提出させていただきますので」

 完璧な笑顔で答える。

「そうしていただけると、助かります。お願いね」

 生徒会室を出た俺は、隣のポニテ女の様子をうかがう。

「よく、ガマンしたな。お前もだいぶ大人に……」

 言いかけた俺の言葉はアカネの黒い笑い声にさえぎられた。

「うふふふふ……覚悟しときなさいよ。いつか殺す」

 いや怖いぞマジで。

「あのメガネブス。ヤツが卒業するまでに殺すわ、社会的に。アンタも協力しなさいよ」

 その言葉になんと答えるべきか、口ごもった俺の後ろから助け舟がやって来た。

「アカネさん、マモくん! 大丈夫でしたか?」

 たたた、と廊下を駆けてくるメガネっ娘。

「ミキ、あんたも覚悟を決めなさい。生徒会は敵よ。奴らの息の根を止めるのはあたし達の使命だからね!」

 まったくヒーローらしからぬ事を言い、あーむしゃくしゃするとシャドウボクシングを廊下でやり始める。

「こんな所でやるな、危ないだろ」

「……今日はもういいや。やる気にならない。どうせ部員足りないし」

 へそを曲げてしまったらしい。むくれ顔で続ける。

「今週はいろいろあったし、とりあえずこの週末は各自で勉強しといて。戦隊ヒーローについての造詣を深め、自分が実際に戦うにあたってのイメージを固めるの。

 それと、あたし達がどんな戦隊になるか、案を出してもらうわ。ちゃんと決めるのは五人揃ってからだけど、ラフなたたき台としてね。月曜日に聞くから考えておくこと。じゃあ、解散!」

 こうして戦隊ヒーロー部の最初の一週間は終了した。部員二名不足という問題を抱えたまま。

 とりあえず週末は自由だ、などと俺はのんきに構えていた。


 土曜日。なんやかんやと忙しかった平日の疲れを癒すために俺は朝寝をし、ゲームや文庫本で時間を潰し、それなりに勉強もやったりしながらのんびりと一日を過ごした。

 つまり、特記事項なし。

 翌、日曜日。今日はなにかしよう、と具体的な案もないままぼんやりと思った俺は、

「そういや、なんか言ってたな。造詣を深めるだか、たたき台がどうとか」

 ふあぁぁぁ。寝すぎて眠い。

「……イメージを固める、か」

 その言葉で、自然と先日のゲームを思い出した。ソロプレイで腕を磨くのも悪くないか。ライセンスを取るのはまだ難しそうだけど。

 というわけで電車に乗ってS**駅へやって来た。しかしいつ来ても人が多いな。

 春先の、天気のいい日曜日。雑踏のなかをブラブラと歩いて、本屋に寄り大型電器店に寄り……気ままに道草を食っていたら目的地のゲームセンターへ到着したのは昼過ぎになった。腹減った。

「飯食ってからの方が良かったかな」

 ひとりごちながら六階へ。いや逆にメシ時の方が空いてるかも知れないしと思い直す。

 奥へと足を進めると、おお。列が短い。待ち時間三十分ってところか。

「あれ? 君は」

 列の最後尾に顔見知りを見つけた。以前来た時に俺たちの後ろに並んでいた女の子だ。

「あら。あの生意気な女と一緒にいたコね。今日は一人なの?」

 細かいプリーツやフリルなどがあしらわれた黒のブラウスに黒のフレアスカート、今日も真っ黒な服の彼女は、意外にも気さくに話しかけてきた。

「ああ。今日はプライベートだから」

 俺が答えると、更に意外に、プッと吹き出した。

「何それ。ゲームしに来るのにプライベートじゃない時があるの?」

 実は高校の部活で戦隊ヒーローをやっててさ、と説明。

「まあ、まだ実際に試合したことないし。そもそもあと二人集まらなきゃ廃部なんだけど」

 そうなの、と彼女は目をそらした。

「知らなかったわ。そんな部があったなんて」

 雑談しているうちに、彼女の番が回ってきた。

「貴方、一緒にやらない?」

 またしても意外な言葉だった。俺はこの黒い娘の事を誤解していたのかもしれない。

「いいのか? ソロプレイが好きだって言ってなかったか」

「だって、あれから何度かプレイしているんでしょう? 私の足を引っ張らない程度の腕があるなら構わないわ。たまには低レベルのプレイヤーと組むのもいい練習よ」

 何だか、誰かさんと違うベクトルで似たような事を言ってくるな。まあ、いいか。

「じゃ、よろしく頼んます」

 そうして、俺は名前も知らない彼女と一緒にゲームをした。


「ふう……。やっぱりまだまだね。格闘戦の反応速度も遅いし、銃撃戦は照準が甘すぎてムダ弾が多い。そんな事でライセンスが取れると思っているのかしら?」

 VR機を出てすぐに彼女は言う。

「いや、別にライセンスが欲しいわけじゃあ……」

 言いかける俺の言葉を腰に当てていた手を片方離し、ビシッと指を突き付けて遮る。

「言い訳なんて聞きたくないわ! 貴方、戦隊ヒーロー部とやらで本当に敵と戦うのでしょう? だったらこの程度のゲームで無双できなくてどうするの? 少なくとも私よりは強くならなければ話にならないわよ」

 はあ……。なんで日曜日にゲーセン来てガチで説教くらってんの俺。

「何してるの、さっさと来なさい」

 当然のような顔をして黒い人は再び列に並ぶ。

「あの……聞くまでもないかもしれないけど」

「なら聞かないで。私は泣き言なんて聞かないから」

 なんてこった。コイツ、ウチの部長と同類だ……。

 その後、俺は順番待ちの間延々とゲームのコツや戦隊ヒーローに関するうんちくなどを一方的に聞かされつつ四回のプレイを終え、あと少しでライセンス取れるんじゃないか、というくらいのレベルに到達した……らしい。彼女が言うには。

「ところで貴方、デトレンジャーについてどれくらい知っているの? 戦隊ヒーローの歴史の中で警察官の戦隊は三つ目。刑事ということに絞ると二つ目ね。忍者や恐竜などに比べると、あまり人気の高くない題材と言えるかも知れない。でもね、今回の戦隊メンバーのうちグリーン役の人は元警察官なのよ」

「へえ」

 知らなかった。実は本物だったのか緑川刑事よ。

「まあ、交番勤務の制服警官なのだけれど」

「それでもホンモノ、ってのはすげえよな」

 俺の相槌に、彼女はひどく嬉しそうな顔をした。

「そう思う? そ、そうよね。本物ですもの。やっぱり、ただの役者とは違うと思うの。彼の存在がデトレンジャーという戦隊のリアリティを底上げするのに一役買っていると、そう言わざるを得ないと思うの!」

 頬を紅潮させて話す彼女。そうか、緑川推しだったのか。

「同じグリーンとして鼻が高いな。まあ、俺はまだ(仮)だけど」

 何よそれ、という彼女にいつぞやのアカネの言葉を伝える。

「ふうん。なるほどね、あの女の言うこともわかるわ。人は常に今より上を目指さなければいけないのだから」

 なんだか本当に似てるなこいつら、などと思ううちにまた順番が回ってきた。

 そうして五回目のプレイを終え、結局俺はライセンスを取ることができなかったが、

「さすがにもう遅いし、終わりにしようぜ。昼飯食ってないし」

 ふう、と息をついて

「仕方がないわね。あと少しだとは思うのだけれど……まあ、日を改めてチャレンジするといいわ。その方がいい結果が出ることもあるかも知れない」

 じゃあ行くか、と店を出る。外はまだ明るい。雑踏の中を並んで歩き出す。

「あー、えっと……その。別にこれはそういうんじゃないんだが」

 俺の言葉に、黒ずくめの彼女は眉をひそめる。

「何? 遠まわしな言葉は聞きたくないわ。簡潔にわかりやすく話しなさい」

「いやつまり、ナンパとかそういうつもりじゃなくって。結構楽しかったからさ、また一緒にゲームできたらいいかなって思って」

 あーちくしょう。違うと言ってるのにやっぱり女の子口説いてるみたいになっちまった。

「……そうね。いいわ、また一緒に戦いましょう」

 それと、今更聞きづらいんだが……。

「まだ、名前聞いてなかったよな」

 俺の言葉に、彼女は目を丸くした。頭一つ分は低い位置から、こちらを見上げてくる。

「そうね。私も聞いてないわ」

 そして、クスッと笑った。

「俺は杉田……」

 意外に可愛げのある笑顔に気を取られていた俺は、誰かにぶつかってしまった。

「あ、すみませ……」

「いってえな……何すんだよテメェ」

 それは、最もぶつかってはいけない種類の人間だった。いかにもガラの悪い四人組。金髪を短く刈り込んだ男が肩のあたりを大げさに押さえている。

「ちょっと来いよ。昔から言うだろ? ゴメンですんだら警察はいらねぇって」

 四人の男に取り囲まれるようにして、俺たちは大通りから横に逸れて路地裏のような狭い道に連れ込まれた。見ると先は行き止まりになっている。いわゆる袋小路ってやつだ。

「なあ、人に痛い思いさせたんだ。それに対する謝罪ってのは必要だよな?」

 髪の毛を赤く染めて逆立たせた男が言う。からまれるのは初めてじゃないけど、今回のはかなりヤバそうだな……。

「なんとか言えよ、コラァ!」

 今時ロン毛の男が後ろから声を荒げる。

「はい、ぶつかったのはコチラの不注意ですスミマセン」

 とりあえず抵抗しない方が早く済む。主要道路からちょっと入っただけの場所でそんなに長く暴力行為が出来るはずないし。うまくすれば怪我せずに済むかもしれん。

「じゃあこれで」

 俺がぶつかった金髪が腹に一発。

「おあいこだよな?」

 ……イテェ。腹の奥から苦痛が沸き上がってくる。あー、気持ち悪ぃ。吐きそう。

 俺はそのまま脱力して倒れる。下手に耐えたり抵抗したりしても何の得もない。さっさとやられて相手のやる気がなくなるのを期待しよう。今までにこのテの輩に絡まれた事は二回ある。やり過ごすというのが最も賢い対処法だというのはわかっているのだ。

 固くてザラザラしたアスファルトは意外に冷たくて気持ち良かったりする。

 ……ああ、なんかもうどうでもいいや。早く帰って風呂入って寝たい。

 地面に頬を付けて脱力した俺の視界に汚いスニーカー履きの足が入ってきた。

「おいおい、もう終わりかよ? 情けねぇな。 ……じゃあ、いただくモンはいただくか」

 俺の尻ポケットから財布が抜かれる。今日は生徒手帳も持ってないし、カードはレンタル店とゲームショップのポイントカードしかない。今月の小遣いがなくなるのは痛いが、背に腹は……

 既に諦観の域に達していた俺の耳に、いかにも正義感にあふれた女の声が入ってきた。

「ちょっと貴方達、何をしているの! 人の物を盗るのは窃盗罪よ。そして、人を殴るのは傷害罪。どちらも刑事罰が課せられる犯罪行為だって、わかっているの?」

 ……バカ。このままおとなしくやりすごす事ができないのか? 大体、盗られたのはお前の財布でもないし、お前が殴られたわけでもないだろうが。

「はあ? なんですかぁ。俺たちバカだからさ、むずかしいこと言われてもわかんねぇんだよ。 ねえ、とりあえずムカつくから殴ってもいい?」

 クソッ!

 俺は立ち上がり、彼女に拳を振り上げていた金髪に体ごとぶつかる。

「逃げろ! 警察でもなんでもいいから助け呼んでくれ!」

 一息に叫んだ俺の望みは、彼女の行く手を塞いだ男達によって砕かれてしまった。

「行かせねぇよ? 二人とも痛い目みてもらうからな」

 ああ、最悪だ。

 せめてこの娘が怪我しないように……名前も知らないけど、そもそも俺のせいでこうなったんだしな。

 俺は震える足を踏みしめ、彼女を守るように立った!

 と言うとかっこいいけど、実際にはガクプルのヨレヨレである。

「やる気かよ。 ……おい、見張っとけ」

 一番下っぱらしき一人が大通りの方へ。あちらを塞がれると路地は密室になる。いよいよ危険だ。

 相手の目つきが更に鋭くなる。人を傷つけるのを楽しむヤツの目だ。

「おらあぁぁぁ!」

 俺の顔面に迫る、ごつい指輪が三つ付いた拳。俺は動体視力には割と自信があるので、その指輪に刻まれた英文字がラヴ&ピースだというのが読み取れた。いや、そんな事言っている場合じゃない。

 その時、俺の脳裏にある格言が閃いた。

 『攻撃は最大の防御なり』

 普段の俺からは考えられないような行動に出たのは一体、なぜか。後から考えても分からないが、とにかく俺は、その場面で一歩前に出た。殴りかかかってくるロン毛の腰のあたりに思いきり前蹴りをかましたのだ。

 普通、何の格闘技術もないような素人のキックが決まる可能性など非常に低いものなのだろうが、その時の俺は非常にツイていたらしい。

「ぐああぁぁっ!」

 盛大なやられ声をあげて倒れるロン毛。やった、という思いとともに『この後どないしょ』的な後悔もあったりした。実のところ。

「てめえ、やってくれたな?」

 赤毛が青筋を浮かべて俺をにらむ。

「いや、今のは不可抗力というか」

「ざけんな!」

 赤毛の攻撃を、ギリギリでかわす。ことわっておくが、俺はケンカは強くない。ていうかケンカなんてまともにやったこともない。

 だからこれは、ビギナーズラックってやつだ。

 たまたま。偶然。

 腰の引けたみっともない姿勢で攻撃を避けた俺の左足に、相手が勝手につまづいて転んだ。

 俺の目の前で地面に転がった相手に、体重を乗せて思い切り踏みつける。

「うぐおぉぉっ!」

 地面に横たわった赤毛は、白目をむいて気を失った。恐るべしビギナーズラック、略してBL。

 残るは二人、金髪と見張り役をしていた男だ。

 ここまで来たら何とかするしかないと、なし崩し的に覚悟を決めた俺は、二人の男達と向き合った。俺の背に隠れるようにする黒髪少女。

 これは、あれだな。いわゆるヒーロー的な立ち位置というか。俺も戦隊ヒーロー部などという部に所属している影響が出てきたのかもしれん。

「覚悟しろよコラァ!」

 金髪が血相を変えて殴りかかってくる。

 俺はそれを回避……できなかった。見事に顔面に一発。これを『運の尽き』という。

 情けない声をもらして倒れた俺。

「死ね!」

 倒れた俺の体を蹴る金髪。痛え! マジ痛えって!

「やめ……!」

 名前も知らないく黒ずくめの女の子が俺をかばおうと体をかぶせてきた。

 嬉しくないと言えば嘘になるが、やっぱり女の子が痛い思いするのはいい気がしない。

「…………!」

 俺はもう、何も考えずに立ち上がり、彼女の手を引いて下がった。抵抗をやめたと思っていた相手は意外だったらしく、慎重な顔つきでこちらを睨んだ。

 そんな顔されなくても、本気でもう倒れそうなんだが。

 俺たちは路地の奥、行き止まりを背にしている。二人の男は路地の出口、大通りへ続く方を塞いで俺たちと相対している。仲間を二人も、こんな弱そうな男にやられて頭にきているらしい。

 金髪が懐から何か取り出した。都会の闇に光る鈍い光……ナイフだ。

 これは非常事態だ。仕方ないと俺は彼女の手を握って小声で伝える。

「目をつぶって、絶対に開けるな」

 戸惑う彼女の反応は無視して、いいから言うとおりにしろと強く手を握る。

 横目で彼女が目を閉じたのを確認した俺は、

「あ! あんな所に」

 斜め上を指差して、何かを見つけたように叫んだ。二人の男たちの視線がそちらへ向く。 

 俺は彼女の手をつかんだまま一気に二人の男たちの後ろへと回り込んだ。

 男たちが俺の意外な俊敏さに驚く間も与えずに、

「走るぞ!」

 彼女の腕をつかんだまま、薄暗い路地から人であふれる大通りへと脱出した。

 ……さすがに、バレたか? 俺は隣の彼女の様子をうかがった。


 そのまま人ごみの中を走り、駅まで来た。俺はあちこち殴られて蹴られたダメージはあったが、見た目は顔が少し腫れて、唇が切れているくらい。そんなに目立つものではなかった。下手すればかなり危なかった状況なので、この程度で済んでむしろ幸運と言えるかもしれない。

「なんか、疲れたな……俺、電車だけど」

 黒ずくめの彼女に言う。

「私はバスで帰るわ。今日は、ありがとう」

 彼女は真っ黒い装束に身を包み、俺のことを上目遣いに見た。

「ねえ、さっきの……」

 何か言いたげな彼女の視線から、俺は目を逸らした。

 ……やっぱりバレたか。

 実は俺には、ラノベ主人公のような超能力がある。

 ……って、あえて冗談ぽく告白してみたが、本当に生まれつき特殊な能力があるのだ。

 名づけて、ショートカット。

 距離にして三メートル弱の短距離を瞬間移動できる能力だ。それ以上は無理。

 しかしいくら短くても空間を飛び越えて移動するなんてのは人間業ではないので隠している。

 実を言えば俺が北海道から引っ越してきたのも、友達との鬼ごっこの最中にうっかり能力を使ってしまったからなのだ。両親は目撃したのが子供だけだからと迷ったらしいが、先のことも考えて決断したという。

 そしてこの能力のことをアカネだけは知っている。あいつはそれを、小五の時からずっと秘密にしてくれているのだ。

「あー! さっき、さっきな! そう言えばさっき俺、財布置いてきちゃったよ。悪いけど、交通費貸してくれないか」

 俺は強引にごまかしてみることにした。

 すると、彼女はふっと息をはいた。了解、と書いてある吹き出しみたいな息を。

「いいわ。じゃあ、今度会った時に返して」

 まっすぐに俺の目を見て言う彼女。夜の繁華街、人ごみの中。

「ありがとう。助かるよ。じゃあ連絡先を」

 実は、謝らなきゃならない。この時俺は嘘の連絡先を教えようとしていたのだ。

 別に電車代を踏み倒したいわけではなく、自分の能力を知られた相手と関わりを持つのは危険だからだ。正直、もう引っ越したくない。

「必要ない。またすぐに会えるわ」

 断定的に言い切る彼女。名前くらいは聞くほうが良いか、とちょっと迷う。

「いいのか? じゃあ、次に会えた時に」

「ええ。助けてくれてありがとう。本当に感謝している。だから必ず、恩は返す」

 内容とは裏腹に、復讐します的な口調で言う。

「いや、俺が原因で絡まれたんだしさ」

 俺は居心地の悪さを感じながら、

「じゃあ。元気で」

 迷った挙句、極力当たり障りのなさそうな別れの言葉を選んだ。

「ええ。じゃあ」

 軽く手を振ると、小柄な彼女の背中はすぐに雑踏の中に消えた。


 そして翌日。教室に入るとすぐにミキが声をかけてきた。

「おは……マモくん? どうしたんですかその顔」

 心配そうに眼鏡の奥の瞳を見開く。

「ああ、いや。転んだだけ……とか言っても信じらんないよな」

「え。違うんですか?」

 純真無垢、と説明書きが付いていそうな表情で言われてしまって答えに困る。

 アカネももちろんすぐに気づき、問い詰められた俺は即ゲロした。

「ふうん。まあ、イメトレとして自主的にVRゲームをしに行ったのはいいわ。そこであのちっちゃい女に偶然会ったのも、一緒にプレイしたのもまあ、大目に見ましょう」

 大目に見る、ってどういう事だ?

「でもね、許せないのは女にうつつを抜かして、そんな輩にぶつかってしまったアンタのうかつさよ!」

 びしっと、指を突きつけられた。予鈴も鳴ったし、そろそろ席に着きませんか?

「いい? そんな街のごろつきみたいな連中とストリートファイトなんて、ばれたら出場停止になるんだからね! ……それと、アンタまさか」

 語尾が小さくなる。彼女の言わんとするところがわかったので、俺は小さくうなずき、

「いや、逃げるために致し方なくというか。 ……でも、バレてないと思う! 多分」

 はあ、とアカネは大きくため息をついた。

「バレてんのね。何にしろ、行きずりの相手なんだからもう関わらないことよ。それと」

 ちょっと口調を変えて続けた。

「怪我は、本当に大丈夫なのね?」

 本鈴が鳴った。俺は話を切り上げて席に着いた。

 まあ、もう二度と会うことなんてないさ。あのゲーセンにも行かないようにするしな。


 放課後。俺たちは三人揃って部室へと向かった。今日は自分たちがどういう戦隊になるのか、最初の会議を行なうのだ。

「マモくん、何か考えてきました?」

 隣を歩くミキが聞く。

「ま、一応は」

 本当に一応なのだが、人の感性はいろいろだからな。ひょっとすると俺の案が好評かも知れないし。

「ミキは?」

 聞き返すと彼女はうーん、と小首をかしげて、

「戦隊ヒーローていうのがどういうものなのか、あまり詳しくないから……きっとズレてると思うんですけど」

 いやいや、意外に斬新な発想が生まれるかもよ、などと自信のない者同士の会話に、先頭をきって進んでいる部長が振り返る。

「何でもいいのよ。今日は最初のラフ案、たたき台みたいなものだからね。それにまだメンバーも足りてないし」

 確かに。あと二人、どうすれば部員を増やせるだろうか。歩くたびにぴょこぴょこと揺れる馬のしっぽを見ながら、こいつは何か考えてるのかな、また妙なことだったら嫌だな、などと思う。校舎を出て、部室棟へ。部活用に用意した室内履きで階段をあがる。

 すっかり馴染みになった部室の前に制服姿の女子が立っていた。明らかに俺たちを待ち構えている様子。

 前髪をまっすぐに切り揃えたロングの黒髪、小柄で色白な細身の体つき。俺たちに気づいて、一重の大きな瞳がこちらに向けられた。

「また会えたわね、杉田くん」

 昨日の彼女である。俺たちと同じ制服を着ているということは、この学校の生徒ということで、襟元のリボンがえんじ色という事は二年生。年上だったのか。

「君は……えーと、ごめん名前聞いてなかった」

 俺の間の抜けた返答に、

「二年A組、佐倉玲奈。約束通り返しに来たわ」

 両腕を胸のところで重ねた決めポーズのような姿勢で言う。

「返しに? いや、返すのは俺のほうだよ電車賃。えーと佐倉……先輩。ん? 佐倉?」

 ちょっとあんた、とアカネが前に出る。

「あら久しぶり。貴女がここの部長なんですってね。じゃあ、はい」

 佐倉は一枚の紙を差し出した。

「何よこれ」

「貴女の日本語読解能力はどうなっているの? 入部届けよ」

 俺たち三人は揃って目を丸くした。

「恩は返す、って言ったでしょう。部員が足りなくて困っているなら、入部してあげるわ。戦隊ファン歴十二年の私の知識は、必ず戦力になるわよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた佐倉、って言ったわね。まさか生徒会長の」

 アカネが気にしているのはそこだ。もちろん俺も気になっていた。意外と少ない苗字だからな。

「生徒会長の佐倉里奈は、私の姉よ。それがどうしたの」

 露骨に嫌そうな顔で言う。

「敵!」

 アカネは叫ぶと、謎なファイティングポーズをとった。

「どうしたのよ、私は生徒会とは何の関係もないわ」

 余裕の表情で手を広げ、やれやれというゼスチャー。

「信用できないわ。あんた二年なんでしょう? なんで今更入部するのよ?」

 妙な構えを崩さずにアカネが言う。

「そうよ二年生よ。わかってるなら少しは上級生に敬意をはらいなさい。私は杉田くんに恩を返すために入部するの。それだけよ」

 佐倉玲奈の視線と話の矛先がこちらに向いてしまった。アカネも振り返り、鋭い目を向ける。

「マモ。あんた信用するの? この女を」

 この裏切り者が、と顔に書いてある。ミキはハラハラしながら状況を見守っている。

「いや、生徒会長の妹だからって疑うのはどうかと」

「ああん?」

 いや怖いって。完全に恫喝になってんぞ。

「部長。アカネっていったわね。あと二人、部員が集まらないと廃部なんでしょう? だったら人の厚意はありがたく受けなさい。私のは杉田くんに向けたものだけれど」

 こっちは挑発になってるし。

「言っとくけど、あたしが部長だから。マモはただの副部長だから!」

「だったら何? 私は上級生だと言っているでしょう」

 腕を組み、斜に構える二年生。

「ああそうですか、分かりましたぁサクラセンパーイ。これでいい?」

 もはや口喧嘩。

「いいわけ無いでしょう。むしろ不快だわ」

「贅沢すぎんのよこのチビ」

「なんですって!」

 さらにヒートアップの様相。

「あ、あの……」

 おそるおそる、といった様子でミキが手をあげた。この娘にしては驚くべき積極性である。

「部員が足りないのは、確かですし……その、生徒会長の妹さんだからといって敵、というのは」

 すると、アカネは急に表情をやわらげた。

「そうね。あたしが悪かったわ、ミキの言うとおり。佐倉先輩、よろしくお願いします」

 と、彼女の入部届けを受け取った。

「え? ええ、よ、よろしく」

 戸惑いつつも目的を達した先輩も言葉を返す。

「むしろあたし達の仲間になるって事は、生徒会の弱みとか、表に出せない情報とかを探ってきてくれるって事ですよね?」

「何を期待しているの。私は姉とは仲が良くないし、生徒会とは本当に無関係だから」

「ああ。出来の良い姉に嫉妬する出来損ないの妹っていうパターンね」

 本当に失礼ね、貴女! と憤る佐倉さん。まあまあ、と俺は場を収めようとする。

「とにかくこれで、四人。あと一人だな!」

「まあね。一応人数に入れといてあげるわ。まだ認めたわけじゃないけど。あーあ、でも男女比がなぁ。男子が来てくれれば良かったのに」

「悪かったわね」

「やだな、そんなんじゃないですよサクラセンパァイ」

「貴女にそう呼ばれると、自分でも不思議なくらいに癇に障るわ」

 延々と続く口喧嘩のため、入室すらできずにいた俺たちの背後から声が。

「なるほどなるほど! 話は聞かせてもらいました。いやー、いいタイミングで来ちゃったみたいだなー」

 その声の主は、俺より少し背が高かった。髪はやや長く、さらっと流すように整えている。細面の、半分くらいの人がイケてると形容するかも、というルックスの男子生徒だ。

「はいどーもー! ご希望の新入部員。それも注文通り、男子ですよ男子」

 ね? と近くに居たミキに笑顔を向ける。ずさっと後ずさる彼女。

「えっと、新入部員?」

 俺が口火を切ると、そうそう、とうなずいたその男は、

「一年E組、木戸譲壱。ジョーイって呼んでね」

 じゃあジョーイ、とアッサリ受け入れたアカネは

「今すぐに入部届けを持ってきなさい」


 はいはーい、と軽いノリで出ていったジョーイの背中を見送り、俺たちは部室で待つことにした。

「私も入っていいの?」

 俺に黒目がちな目を向けて殊勝な態度で聞く彼女に、

「もちろん。もう部員なんだからさ、佐倉先輩は」

 一重かと思ってたけど奥二重だった。

「先輩なんて、やめて」

 ああそう言えばサクラセンパイ、とアカネが言う。仲良くやる気ゼロだな。

「だから先輩とか……もういいわ、何よ」

「あんた、ピンクね」

 最初は何もなかったこの部室にも、いつの間にか物が増えた。ミキの持ってきたぬいぐるみとか花瓶とか、あちこちに敷いたり被せたりしているマット的なものとか、アカネの持ち込んだフィギュアとか変身グッズとか。

 そんなアレコレを眺めているうちに、どれだけの時間が過ぎたのか。数秒か。数十秒か。それとも一分くらいか。一つだけ言えることは、その間誰も一言も口をきかなかったという事だ。

「え?」

 ものすごく嫌そうな表情で短い疑問符を口にする佐倉さん。

「なによ、嫌なのパイセン?」

「私、その言い方とても嫌いなの」

「そう? じゃあセンパイはピンクね」

 ちょ……

「ちょっと待って! ピンクって戦隊女子の花形ポジションじゃない! 貴女がやればいいでしょう? 部長なんだから、一番いいところ取りなさいよ」

 なぜか、顔を真っ赤にして訴える。

「あたしはレッド。それ以外なら価値がないの。わかった?」 

 轟然と言い放つ。

「じゃ、じゃあ貴女は? 私のほうが後から入部したのだから、貴女に譲るわ」

 今度はミキに矛先を向ける。

「い、いえいえ! わたしはそんな目立つポジションは無理です……。それに、アカネさんからブルーになるように言われてますので」

 ぱたぱたと袖を振って拒否。

「なんでブルーなのよ!」

 先輩の疑問に、アカネは「ミキは合気道女子なのよ」と答える。

「合気……そうか、貴女カクトウジャー推しなのね。じゃあグリーンは誰? さっきのアホそうな男の子にやらせるの」

「グリーンはマモよ。これも決定事項」

 そうだったわね、と先輩は、

「杉田くん。貴方この女に強引に誘われて入ったのよね? かわいそうに」

 憐れむように俺を見た。なにゆえ?

「カクトウジャーは三人戦隊。カラテレッド、アイキブルー、キュウイエローの三人で始まり、あとからジュウゴールドとケンシルバーが加入するの」

 それは俺も知ってる。

「わかるでしょ? この女は自分の好きな戦隊になぞらえて合気道経験者をブルーにしようとしている。でも、カクトウジャーにグリーンとピンクは居ないのよ」

 なるほど。俺たちはいらないという事か?

「妙な言いがかりはやめなさいよね。マモはメンタル弱いんだから、自分がいらない子だと思ったら絶望して家出するかもしれないでしょうが!」

 いや別にショックじゃねえよ。

「そうだ! 私は玲奈よ。キュウイエローの三田村レイナと同じ名前じゃない。イエローになってあげるわよ。その方が貴女の願望に近づくんじゃなくって?」

「じゃあ、さっきの軽薄男をピンクにするの?」

 いや、それはさすがに……。そういえば。

「アカネ、ずいぶんアッサリとあの男のこと受け入れたけど……」

 なんだか、不自然な気がしていたので聞いてみた。

「ああ、アイツあたし達が体操してる時に、何度も並木道往復してたから。てっきりその場で入部するかと思ってたのに、遅かったなって」

 そういう事か。

「おう、やったなお前ら。ついにメンバーが揃ったか!」

 部室のドアが開き、弾んだ調子のイケボが飛び込んでくる。戸口にはいつものジャージ姿で頭にタオルを巻いたガラの悪い英語教師が笑顔で立っていた。

「センセー、そーなんすよー。ついさっき、このオレが入部したことによって廃部寸前だったこのスーパーヒーロー部が救われたワケなんです! いやー、俺って救世主的存在っすよねー」

 巨体に半分ぐらい隠されたジョーイが軽い口調で話を合わせる。

「これは、俺からの存続祝いだ」

 と、廊下からキャスターを転がして運び入れてきたのは、どこかの備品らしきホワイトボード。

「さっすが先生、顔に似合わず気が利いてますね!」

「平野、お前も少しは気をつかえ」

「何のことですか?」

「まあいい……さあ、せっかく五人揃ったんだ。お前らがどんな戦隊になるのか、決めてしまおうじゃないか。公式戦のエントリーシートには戦隊名と概略は記入しなければならないからな。それだけは早めに決めておいたほうがいい」

 ちょうど、今日話し合おうと思っていたことだ。一気に全員揃った事だし。

「それじゃあ」

 とペンのキャップを外してアカネがホワイトボードに

 『戦隊名』『武器』『必殺技』

 と、三項目を書き込んだ。

「こんなもんかな」

 ちょっと、と佐倉先輩が手をあげる。

「まずは、どんな戦隊にするのか、テーマ、あるいはモチーフにするものを決めた方がいいわ」

「テーマ?」

「つまり、忍者の戦隊とか、刑事の戦隊とか。あるいは恐竜をモチーフにしてメンバーそれぞれに恐竜の名前をつけたり」

 なるほど。確かにそこから入った方が決めやすそうだ。

「そうね。さすが歳くってるだけはあるわ。それじゃ、あたし達三人は考えてきた案があるから、それを発表しちゃいましょう。それを聞いている間に、二人は考えておいて。じゃあ、ミキから」

 ペンで指して指名する。

「ええ、わたしからですか? ……じゃ、じゃあ。えっと、モチーフは魔法使いです」

 昔に一回だけ使われているわね、と小さい先輩が呟く。

「そうなんですか? あの、魔法使いっぽい衣装で、とんがり帽と魔法の杖を持ってる感じで」

 たどたどしく言いつのるミキに、

「いいね! かわいいじゃん! 採用しよう」

 ジョーイが拍手して賛同。アカネは冷めた目で一瞥すると、

「そうね、悪くないわ。じゃあ武器は杖で戦うのかしら。魔法による遠隔攻撃と、杖で直接打撃する二種類の攻撃とか」

「いえ、あんまりちゃんと考えてないんですけど……」

 ホワイトボードに『魔法使い戦隊』と書き込み、

「ミキ、この戦隊の名前は考えてある?」

「と、とりあえずなんですけど。マホウレンジャーとか、マホウツカエンジャーとか」

 まんまや。

「オッケー。じゃあ次、マモ」

 ご指名を受けて俺は立ち上がる。別に座ったままでいいわよ、と言われて再び腰を下ろす。

「モチーフはスポーツだ。ベースボールレッド、サッカーブルー、みたいな感じで」

 バランスが、と先輩が呟く。ちっ、とアカネが小さく舌打ちしたのが聞こえた。

「そうね、バランスが難しい。野球とサッカーの人気が高すぎるのよ。他の三つとの競技人口の差がありすぎるわ。例えばイエローにバスケ、ピンクにフィギュアスケート、グリーンにゴルフとでもしてみましょうか。どう? 戦隊ヒーローは子供たちに愛と夢と勇気と希望と、仲間が力を合わせて戦うことの大切さを伝えるものなの。自分が実際にやっているとか、身近に感じる競技との差がありすぎるわ。要は、メンバー同士のバランスが悪くなるの」

 随分たくさん伝えるんだな、と俺は内心思ったが、確かにそれは俺も感じていたのだ。どのスポーツにしようかと考えたときに。

「戦隊ヒーローは、子供が初めて見るドラマ。小さい子の視点を忘れてはいけないわ」

 小さい先輩が重々しい口調で言う。

「佐倉センパイ、なるほど! でも俺はセンパイのフィギュア衣装、見てみたいなー」

 ジョーイの言葉を完全にスルーした彼女は、再び手をあげた。

「ちょっといいかしら。私、もうここの部員なのよね?」

 立ち上がり、室内の全員の顔を見回して言う。

「ああ。お前の入部届けは確かに受け取った。ちゃんと手続きしておくぞ」

 イケボが答えると、佐倉センパイはひとつ頷いて、

「つまり、私たち五人は戦隊として共に戦うメンバー。私だけ学年が違うからといって特別扱いしないでほしいわ」

 つまり、自分も仲間に入れてってことか。よし。ここはこの部で一番の常識人である俺がまとめ役を買って出よう。

「その通り、俺たち五人は仲間、一緒に戦う戦友だ。ジョーイも、そうだよな?」

「もっちろーん」

 相変わらず適当な口調だが、これが彼のデフォなのだろうと解釈。

「ピンクとして一緒に戦ってくれるか? サクラ」

 俺は彼女の目をまっすぐに見て、精一杯のキメ顔で言った。

「…………!」

 サクラは俺のイケメンぶりに圧倒されたのか、うつむき気味に「ま、まあそう言うなら仕方ないけど……変身後は仕方ないとしても変身前の衣装がどうせピンクになるだろう事が容易に想像できて云々……」などと心の声をダダ漏れにしながらも納得したらしい。

「ちょっとマモ、なんでアンタが仕切ってんのよ」

 横槍を入れるアカネを、まあまあとミキがなだめてくれる。

「わかった、ピンクでいいわ。本当はブラックがあれば良かったのに……って、サクラ? どうして私だけ苗字なの」

 なかなかのノリツッコミを決める彼女に俺たちは暖かく声をかける。

「ピンクでいいならまあ、いいわ。よろしくねサクラ」

「サクラさん、いろいろ教えてください! お願いします」

「オレもオレも! 戦隊とかよくわかんないし、サクラっち教えてよね、手とり足とり」

「……じゃあ貴方は、なんで入部したの?」

 サクラのもっともな疑問に、「ラジオ体操がエロかったから!」とストレートに答える。

 いたな、恥知らずがここに。

 そろそろ、とヤンキー中年が声をあげる。

「本題に戻ろうか。平野、お前はどんな戦隊を考えてきたんだ?」

 そうね、そろそろ真打ちが登場しないと、などと偉そうなことを言う。

「あたしが考えたのは、ひとことで言うと『いいとこ取り』戦隊ね。まずレッドは、空手の達人で正義感に満ちた子供たちのヒーローで頭脳明晰でスポーツ万能の美少女で、それからえーと」

「おいおい平野。レッド以外はどうなってるんだ?」

 稲田先生の言葉に、

「あ、他の? えっと、ブルーは隠れ巨乳の合気道少女で」

 ちょ、ちょっとアカネさん! とミキが抗議。いいねー、さすがぶちょーとジョーイが軽薄に賛同。

「あとイエローはバカでスケベのコメディー要員で、グリーンはおっちょこちょいで、いつも敵に捕まる人質要員で」

 おいこらテメエ。

「ピンクは、女子高生なのになぜか赤いランドセルを背負ったおさげのロリっ娘なの。どう? ガチの戦闘力とコメディ路線、萌え要素もしっかりとフォローした、いいとこ取りじゃない?」

 ふざけんなよ、という俺の言葉にアカネはめずらしく、へへと笑った。

「冗談よ。場を和ませるためのね」

 もうわりと和んでるから必要ないぞ。真面目にやれって。

「じゃあ、サクラ。そろそろ本命の意見を聞かせてくれよ」

 俺が代わりに仕切ってやると、黒髪を後ろに払って颯爽と立ち上がる。いや立たなくていいんだが。

「さっきも言ったように、戦隊ヒーローは子供が初めて見るドラマなの。それを忘れてはいけないわ。つまり」

 子供の好きなものをモチーフにするべきだと。

「そう。それも基本は男の子ね。定番どころをあげるなら車、忍者、動物、恐竜……まあ、今までにも取り上げられたもの、それも複数回採用されたものは無難でしょうね」

 なるほど。

「他には、そうね……警察、レスキュー、宇宙とか。何にしろ子供がわかりやすく憧れたり、イマジネーションをかきたてられるようなものが良いと思うわ」

「それで?」

 アカネが机に頬杖をついて言う。

「うん? 何が聞きたいの」

「アンタの意見よ。サクラが何をやりたいか、聞いてるのよ」

「何を、やりたいか?」

 彼女は困ったような顔をした。

「そうね、私は勝つ可能性の高い戦隊になりたいわ」

 ふうん、とアカネはつまらなさそうな顔をした。

「ジョーイは? 何かあるの」

 指名されて、ほいほいと立ち上がった。

「なんつってもやっぱり女子のコスチュームは露出多めで、なるべく肉弾戦が多い方がいいかなー。もし遠隔攻撃で銃とか撃つなら膝立ちでパンチラしながらで!」

 コイツに聞くのはやはり間違いだったな。ミキがどんどん離れていってるぞ、距離的にも精神的にも。

「そう。参考にするわ」

 意外にあっさりと聞くアカネ。

「他には? 何でもいいわよ。自分のやりたいものを言ってみて。まず、自分が楽しいと思えるものにしましょう。自分が楽しまなきゃ、子供でも大人でも、他人を楽しませる事なんてできないから」

 その言葉にサクラは口を開く。

「異世界異能バトル戦隊……いえ、なんでもないわ」

 ふうん、とアカネは表情を緩める。

「いいじゃない。参考にするわ」


 その後、過去にあったものや思いついたものを次々とホワイトボードに書き込んでいった。

「どうかしら。もう決めちゃわない? これだけ出てるから多数決でもいいし」

 魔法使い、スポーツ、恐竜、忍者、電車、自動車、自転車、星座、警察、怪盗、レスキュー、アンドロイド、冒険、海賊、スパイ、昆虫、爬虫類、魚(海の生き物)……確かにこれだけあれば、どれかに決めても良さそうだ。

「それじゃひとりずつ、自分がいいと思うものを発表して。ミキから」

 はい、と起立。

「さっきは魔法使いって言ったんですけど、星座ならメンバーそれぞれの個性が出せていいんじゃないかと思います。お子様が学校で習ったり、プラネタリウムで見たりして興味を持ちやすいと思いますし」

 いいねー、コドモ目線もバッチリ! などとはやしたてるジョーイ。はい星座ね、と書き込むアカネ。じゃあ次はジョーイ。

「あ、オレ? なんでもいいけど、女子のコスは布少なめで!」

 ほんとにストレートだなお前。

「子供向け、って言ったでしょ。真面目に考えなさい」

「えー、でもオレ他に要望はないんだよね本当に」

「じゃあ却下。次、マモ。まともなのを頼むわよ」

 アカネはホワイトボードに何も記入せずに進めた。

「そうだな。やっぱり男の子の好きなものといえば車じゃないか。パトカーとか、救急車とかメンバーの個性も出せそうだし」

 クルマ、とだけ書いて次へ。明らかに流しただろお前。

「だって他のチームとかぶりそうなんだもの。次、サクラはどう?」

「私は、そうね。やっぱり恐竜かしら。メンバーは皆前世は異世界の狩人で、かつて自分が倒した恐竜の力を封じ込めたアイテムで変身するの。……いえ、恐竜というか魔獣ね。魔獣戦隊」

「いいね! 深夜にやってそう」

 ちょっとジャンルが違うような?

 するとアカネが小さく咳ばらいをして、じゃあ今度は真面目に言うけど、と前置きして話し始めた。

「あたしはね、昆虫がいいと思うの。それも、甲虫。カブトとかクワガタみたいな固いやつ限定ね」

 アカネが、確かにまともな事を言った。

「虫も男の子に人気あるよね、いーじゃん!」

 ジョーイはとりあえず女子の発言にはいいねするらしい。

「虫か。戦隊ではほとんど取り扱わないわね。その分個性もあるけど、スポーツと同じくメンバー間のバランスが難しいんじゃない?」

 サクラの反論に、

「あたしもそこは考えた。だから、人気の高いカブトとクワガタは除いて、司令とかの偉い人にするか、あるいは武器にしちゃうか。で、他の甲虫のてんとう虫とか、ホタルとかゲンゴロウとかをメンバーの力にするの」

「微妙ね。華がない」

 気乗りしない様子のサクラをアカネは、そうよねと受け流し、

「じゃあ、甲虫をもじって攻虫とか、そういう造語をつかうのはどう?」

 とドヤ顔をキメるが、どうと言われてもな……と他の人の反応を窺うと、やはりミキもよくわからない、という顔をしていた。ジョーイは、いいじゃんいいじゃんと言っているが、こいつは話を聞いているかどうか怪しい。

 ところが、残りのふたりはハッとしたような表情になっていた。

「なるほど……攻虫、硬虫……うん。攻虫戦隊かしら」

 ひどく真剣に考え込むようにして呟くサクラ。

「それだな。そこで造語が来られるとやばいな。つまり実際の虫じゃなくて攻虫という何か不思議な存在のチカラで変身して戦う、っていう設定なんだろう? その時点で個性が出ているな」

 稲田先生まで、そんな事を言い出した。

「センセー、わかってるじゃない。実は好きなの?」

 アカネが意外そうに聞くと、ちちちと指を振り、

「伊達に顧問をやっているわけじゃない。アメリカでも人気あるんだぞ。特に、アフター・ヤツデものはショーアップされた格闘技としても人気だ。俺は日本語がわかるから、日本版の番組もネットやDVDで見て、大いにハマったもんさ。俺のハイスクールライフは戦隊ヒーローと共にあったと言ってもいい」

 またひとりオタク発見、逆輸入版。

「じゃあわかるわよね? 当然、攻虫は巨大化して合体しちゃうわけよ」

「それな!」

「そうでしょうね、そうなるべきだわ」

 三人で妙に盛り上がり始めてしまった。これは決まりかしら、とか言っている。

 俺たち三人の一般人は、決まったならそれでいいんじゃね? くらいの気持ちで傍観を続ける。

「でも先生はアメリカ育ちなのに巨大戦も好きなの?」

「俺は日本人だ。スピリットは常に、な」

 何言ってんだ?

「ねえセンセ、甲虫は英語で?」

「Beetle」

 ネイティブな発音が告げる。ああ、ビートルズのビートルか。

「ビートルレンジャー、ビーテンジャー、ビートルフィーバー……」

 サクラは候補を口に出して考えをまとめようとする。

「違うわ」

 アカネはホワイトボードに何やら書きはじめた。


『攻虫戦隊 ビートレンジャー』


「これが、あたし達の戦隊よ。どう?」

 ……いや、どうと言われてもな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ