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5)王宮に潜む勇者の敵



 ハルカが招喚されてから、半年が過ぎた。


「これで、予定していた魔法スキルは、全て獲得できましたね」

 アイリスが朗らかに言う。


「ありがとうございました、アイリス師匠」


 王宮から馬車で20分ほど離れた平原。

 平原に隣接して森が広がり、その森の外れに警護の兵士が控えている。

 ハルカはいつもの訓練着で、アイリスは濃いグレーのローブ姿。

 ふたりは、柔らかな草の上に座っていた。

 草原の一部は黒焦げになったり、水浸しになっている。魔法の訓練をした跡だった。


「スキル取得の目標は達成されましたから、これからは、ダンジョンでの訓練を主としていきましょう」とアイリス。

「はい、師匠」


 ふたりは、これまでも、しばしば、組織に内緒でダンジョンに潜っていた。

 隠れて行くのは不便だったが、これからは大っぴらにできる。

 王宮の上層部は、初めのうち、「危険だから、ダンジョンには行くな」と言っていた。

 ハルカの訓練が進むと、今度は、「スキル取得を主とするために、ダンジョンには行くな」、と言い始めた。

 目標スキルの取得が終われば、ようやくダンジョン訓練を反対する理由はなくなる。


 ふいに、アイリスが、短杖を小さく振った。

 短杖の先が微かに瞬く。


「今、なんの魔法を発動させたんでしょう?」

 アイリスが問う。


 アイリスの短杖から、魔力が流れ出たのは感じられた。

 その魔力は、ハルカとアイリスを覆うように、ドーム上に展開されていた。


 ――結界・・では、無い。


 展開された魔力は、結界のように堅い感じがしなかった。もっと、柔らかく、動きがある。


「認識阻害魔法・・ですね?」

 ハルカが答えると、アイリスは微笑んだ。


「お話ししづらいことを、お喋りしたいと思いましてね」

 アイリスの口調は穏やかだが、瞳は、どこか哀しげだった。

 ハルカは、居住まいを正して師匠を見つめた。


 アイリスは、ハルカが取得すべき魔法が書かれた羊皮紙のリストを取り出して広げた。

「ハルカは、このリストを見ながら、スキルを取得していきましたよね」


「はい」


「実はね、ハルカと私に渡されていたリストは、本当は、これなんですよ」

 アイリスが短杖で軽くリストを叩くと、リストに書かれていたスキルの数が3分の1くらいに減った。


「これだけ・・、ですか?」


「ええ、そう。もとのリストにあった魔法は、わずか、これだけです」


「でも、これじゃ、魔王討伐に足りないのでは?」


「そうね、私もそう思うわ。だから、勝手に増やしたの」

 アイリスが、ホホホと笑う。


「えっと・・。

 でも、どうして、もとのリストでは、スキルの数が少なかったんですか?」


「そうねぇ・・私が聞いたところによると、『勇者にプレッシャーをかけるのはよくない』とかいう理由だったかしら」


「プレッシャー? 余計なお世話なんですけど」

 そんなにプレッシャーを心配してくれるのなら、魔王討伐なんか頼むなよ。とハルカは思う。


「魔王が出てくる前にスキルを獲得しておくのが、後々の絶望的なプレッシャーを回避する方法なのにねぇ」

 とアイリス。


 ――絶望的なプレッシャーかぁ。たしかに、それは、回避したいな。


 アイリスは、「それはともかく」と話を切り替えた。「まぁ、スキル獲得は、本来は、そう簡単なものでもないので、少なめに見積もったのも、判らないではないのよ」


 スキル獲得は、本来、勇者チートがあったとしても、難しい。


 ハルカは、スキル獲得の才能があったらしく、順当にスキルを得ていったが、過去には、どの勇者も、必要なスキルを得るのに手こずっていた。


 スキルを得なければ死ぬ、という環境を作るために、勇者の訓練には、ダンジョンを組み込むのが常套だ、とアイリスは言う。


「そうなんですか? でも、私、ダンジョンには、ほとんど入ってなかったですよね。

 それは、スキル獲得をメインにするためで、ダンジョンに通う手間と時間を節約したいからだ、って・・」


「確かに、そう言われました。

 私とクレオ尉官は、上からの命令で、ハルカをダンジョンに連れていけなかったのです。

 つまり、私とクレオ尉官が言われた指示は、これまでの勇者訓練の常識とは、違っていたんですわね。

 『呪いのダンジョン』だけは、軍部もオークやゴブリンの間引きを任されてますので、クレオ尉官の特権で、入ることが出来たんですけれどね。

 ところで、ハルカ」


「はい?」


「ハルカは、リストにはなかった錬金術のスキルを手に入れましたでしょ」


「はい」


「取得し難かったんじゃないですか?」

 とアイリス。


「そういえば、けっこう手こずりました」


「でしょうね。

 実はね、ハルカには、認識阻害の魔法がかけられてるんですよ。

 リストに無い魔法のスキルは、取得したいと思わないようになっていたのです」


「・・それは、なぜ? 誰が?」


「『なぜか』は、『リストに記された魔法を優先してもらうため』です。

 『だれが』という問いの答えは、『わたくしが』です」


「アイリス師匠が?」


「ええ。頼まれたのです。上の者に。

 ハルカに、脇目もふらずにリストの魔法を取得してもらうためには、必要な措置だと言われましてね」


「そうでしたか・・」


「私は、ハルカに魔法をかけるのを、他の魔導師に、やらせたくなかったのです。

 渡されたリストの魔法だけでは、不十分でしたからね。

 他の魔導師にやらせたら、不十分な魔法しか、ハルカは取得できなかったでしょう。

 私なら、必要と思われる魔法を付け足しておけますからね」


「それは、アイリス師匠が、上からの命令に背いた、ということですね」


「まぁ、そうなりますねぇ。

 でも、あまりにも納得のいかない命令でしたからね。

 国のためです」


「なるほど」


 ハルカがうなずく。

 アイリスは、そんなハルカの様子を見て、心が傷んだ。


 ――そうだ。私は、あのとき、『国のため』に命令に背いた。


 ハルカのため、ではなく。

 魔王討伐に失敗すれば、国は滅ぶ。ハルカも死ぬ。


 ――それなのに、あのとき私は、ハルカの命のことを考えなかった。

 ただ、国のために、命令に背いただけだった。


「これまでの常識では、勇者のスキル獲得のためにダンジョンでの訓練は、必須でした。

 ダンジョンで魔物を斃せばレベルアップが出来ますし、ダンジョンでの緊張を伴った訓練は、スキルを得るための魔法や剣技のイメージを意識に刷り込むのにも役立ちます。

 ところが、ハルカは、ダンジョンへ行くことを止められていました。

 私とクレオ尉官は、その代わりに、ハルカに、辛い特訓を強いなければなりませんでした。

 でも、ハルカは、必死に付いてきてくれましたね」


 ハルカは、素直で、卓越した集中力をもつ弟子だった。集中力の強さは、勇者であることとは関係なく、ハルカ個人の資質だった。それは、得がたい貴重な資質だと、アイリスはいつも思っていた。


「アイリス師匠、でも、スキルの件がバレたら、マズいですよね。

 師匠、左遷されたり、するんですか?」


「心配要らないわ。たいしたことじゃないですから。

 でもね、ハルカに、知って置いてほしかったので話したのよ。

 ところで、ハルカ。

 認識阻害の魔法を解除する方法と条件を知っていますね?」


「反魔法か、あるいは、解除の魔法を使います。

 でも、術者の魔力が、対象者の魔力を上回っているときは、解除は難しい。

 術者が死亡しても、解除されます」


「そうです。

 それでハルカは、私の認識阻害魔法をすりぬけて、どうやって、錬金術のスキルを手に入れたのかしら?」


「判りません。解除した覚えはないです」

 ハルカは、考えながら答えた。


「おおかた、力技で、スキルをねじ込んだんでしょ。

 ホントに、あなたは、楽しい弟子だわ。

 ハルカの認識阻害の魔法を解いておこうと思ったのだけれど、もう必要ないわね。

 ダンジョンで修行すれば、すぐにも解除できると思うから、自分でやってちょうだい」


「判りました、師匠」


「ハルカ、今の話で、勘付いたと思うけれど、ハルカの訓練には、妨害が入っていたんです。

 しかも、かなり上の方から。

 魔王討伐に必要なスキルの数を減らされ、ダンジョンに行くのも止められていたわけです」


「そうみたいですね。

 理由はなんでしょう?」


「調査中です」


「師匠が調査してるんですか?」


「私は、ずっと、出来る限り、納得できないところは、調べていたつもりなんですよ、ハルカ。

 でも、不十分でした。

 けっきょく、私は、ハルカに気付かされたんです。

 『勇者の訓練は、妨害されている』ということを。

 ここまで不自然な指示を出されていたのに、深く考えようとしていませんでした。

 我ながら、不甲斐ないことです。

 言い訳になりますが、エルナートの王都で生まれ育った貴族階級は、上からの指示に疑問を持つことはしません。

 視野が狭いんです。

 まぁ、それも、前王の愚行のおかげで、だいぶマシになってますけどね。それで、私も、自分の判断で、ハルカに、スキルを多めに取得させようと思ったわけです」


「ありがとうございます、師匠」


「実はね、ハルカ。

 私は、しばらく、他の任務で、ハルカから離れます」


「そうなんですか。

 いつまで?」


「半月くらいか・・。もう少しかかるかもしれません。

 ですが、ハルカの訓練が、ようやく、次ぎの段階に来たこのタイミングで、私が外されることは、偶然とは思えません。

 これまでのハルカの訓練に関する、さまざまな干渉を考えても、速やかには戻れないかもしれません。

 ですから、話しておきたかったんです。

 ハルカが、なにも知らないままに居ては、危険だと思いましたのでね」


「師匠・・」


「ハルカの教育係のひとり、ミケーレは、ハルカを手なずけるために、選ばれたんでしょう。

 魅了スキルを持った美青年がハルカの教育係だったのは、そういうわけです。

 ハルカの教育の役に立っていなかったのも、そもそも、教育用ではなかったからです」


 ――あの文官、アタシのハニトラ用だったのか。


「顔が女っぽい以外に取り柄のないアホを私にあてがうなんて。

 腹立たしいですね」


「ハルカは、ミケーレより、クレオ師匠の方に懐いていましたね」


「それはそうです」

 ――クレオ師匠は、く○モンですから。


「それから、ミーたんですが。

 あの子は、誰かの使い魔です」


「使い魔・・?」


「ハルカ、ミーたんは、どこで拾いましたの?」


「拾ったというか・・。

 ミーたんは、私が、王宮内を探検しているとき、調理場の裏で救ったんです」


「救った?」


「はい。

 王宮北の端にある出入り口から、調理場とかに荷を運び込むところがありますよね。

 毎日、たくさんの商人の馬車や衛兵や、総務部の下っ端官吏やらで、ごちゃごちゃしたところです」


「ええ」


「その馬車留めのところで、みんなが働いてるのを眺めていたら、荷車に紛れ込んでいた子ネコを商人の御者が見つけて、停車場の砂利に叩きつけようとしたんです。

 それで私が、あわてて御者の手からミーたんを救出したんです。

 魔法でミーたんを瞬間移動させたので、御者はなにがなんだか判らない様子でした」


「なるほど。

 では、誰かがあらかじめ使い魔の子ネコを寄こしたのではないですね」


「そう思います」


「でも、使い魔であることは確かです。私は、ティムのスキルを持っていますのでね。判るんです。

 ハルカに、ミーたんの、鈴のついた名札をあげたでしょう?」


「はい、ミーたんに付けてあげたやつですね」


「ええ。あれは、私が手作りした魔道具で、ミーたんから使い魔の主に、情報を行きにくくするものです。

 使い魔が見ている光景や、聞いている音は、主に送られるのです。

 つまり、そのままだと、ミーたんが見たり聞いたりしたハルカの情報は、筒抜けだったのです。

 ですから、それを阻止するために、私は魔道具を作って渡しました。

 使い魔の主は、ミーたんのエサ皿と、糞の箱と、絨毯の模様しか見られなかったでしょう」


「そうだったんですか・・」


「本当は、お伝えするべきだったのでしょうね。

 でも、背後関係が判ってからハルカに伝えようと思って、調べていたんです。

 ハルカが不安になると、スキル取得や訓練への集中力が損なわれてしまうのも心配でしたので。

 でも、けっきょく、ミーたんの件は、判らずじまいでしたわ。

 今日まで秘密にしていて、ごめんなさいね」


「いいんです。

 私のために、魔道具を作ってくれて、ありがとうございました」


「あのミケーレは、ミーたんがハルカの側に居られるよう、手配しましたね」


「はい」


「それも、偶然ではないと思いますよ。

 ミケーレのような者が重要な情報を持っているとは思えませんが、誰かにコントロールされている可能性があります。

 私は、ミケーレの上司にあたる総務大臣と、彼と個人的に付き合いのある法務大臣を、注視しているところです。

 気をつけてください」


「・・判りました」


「なるべく早く、戻って来られるようにしますから。

 待っていてください。

 それから、ハルカ。

 クレオ尉官は、信頼できます。

 なにかあったら、クレオ尉官を頼ってください。

 でも、もしも、クレオ尉官に助けを求めることができなかったり、身の危険を感じたら、迷わず逃げなさい」


「そんな危険があるかもしれないんですか?」


 さすがに不安になる。


「いたずらに不安を煽りたくないのですが・・。

 ですが、『無知な強者は、溶岩の海に飛び込む』と言いますからね」


 ――なに、その怖い格言。さすが秘密結社仕様。


「でも、私を始末したいのでしたら、いくらでも機会はあったと思うんですが。

 半年前までは、私は、ふつうの女子高生でしたから」

 とハルカ。


「私もそう思います。

 勇者の訓練を妨害するくらいなら、そもそも、なぜ、勇者招喚を邪魔しなかったんだろうと、疑問でしたから。

 ですが、不穏な動きがあるのは、確かです。

 おそらく、彼らなりの計画があるのでしょう。

 それは、まだ、見えてきていません。

 ただ、判ることは、彼らは、勇者が居るのは、かまわないのです。

 ただし、『あまり強い勇者は要らない』」


 ――強い勇者は・・、要らない・・。


「勇者を、魔王になぶり殺しにさせるつもりですかね」


「悪趣味ですね。

 ただの趣味のために、ここまで手の込んだことはしないと思いますよ。

 なにか、理由があるはずです。

 幸い、ハルカの強さを、彼らは知りません。

 クレオ尉官は、ハルカの訓練の進捗を、真面目には報告してませんし。

 ハルカは、小柄な女の子ですから、武術よりも、魔法の腕を、彼らは気にしていたのでしょう。

 使い魔の見張りは、私とハルカが魔法の訓練をしているときに、頻繁に来ていましたからね」


「使い魔に見張られてたんですか?」


「そうですよ。

 ハルカ、『気配探知』のスキルを今夜にでも得て下さい。

 そうすれば、判るはずです。

 あるいは、ティムされた使い魔が使役されているときは、ティムのスキルを持っていても、おおよそ判ります。

 『第六感』スキルも良いでしょう」


「判りました。

 『気配探知』、『ティム』、『第六感』ですね」


「それから、これを・・」


 アイリスは、ハルカに、自分の短杖を握らせた。


「師匠、これは・・」


「私の留守中、あなたの身が護られますように・・。

 この短杖が、ハルカと私を繋げてくれます」


「はい、師匠」


 アイリスは、その日のうちに、王宮から姿を消した。




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