4)ミケーレの秘密
ハルカは、いつものように、訓練のあとの休憩で、アイリスにグチっていた。
アイリスは、密かに、辺りに防音結界の魔法をかけて、会話が漏れないようにした。
ハルカが、どんなグチを漏らすか、判ったものではない。
「ゴミダンジョンは、もう、つまらないんですよ」
「でしょうねぇ」
アイリスがうなずく。
「それで、クレオ師匠と北の魔森に行くんですけど、遠いんですよね。馬で2時間ですから」
「北の魔森は、ダンジョン化してますから転移魔法が使えないですものねぇ。
でも、近くの町までは、転移魔法を使えばいいんじゃないかしら?」
「なぜか知りませんが、転移魔法は、王宮の庭でしか、使っちゃいけないそうです」
「ああ、そうでしたねぇ。失念してました」
「どうして転移魔法を自由に使えないんですか? 師匠」
「勇者どのが、間違えて変なところに転移しちゃったらマズイから・・と聞いてますけど?」
「そういう冗談じゃなくて、本当の理由を・・」
「いえ、本当の理由がそれで・・」
「間違えないから、使わせてくれって、交渉できないですか、師匠」
「上は、頑固ですからねぇ」
アイリスは溜め息をついた。
「あるいは、他の近場のダンジョンに潜らせてほしいです」
「それは、クレオ尉官もさんざん交渉してますけど、だめみたいですね、あの『呪いのダンジョン』以外は・・」
「たしか、『危険だから、他のは行ったらダメ』でしたよね」
「そうです」
「もう、そんなに危険じゃないです。ジェネラルオークくらいなら、鼻歌歌いながら、生きたまま皮を剥げます」
「そうですよねぇ。でも、上の方は、ハルカが、そんなに強いと思っていないらしくて」
「どうしてですか?」
「クレオ尉官の隊は、間諜が潜入していませんし。クレオ尉官は、マメな方じゃないので、ハルカの訓練の進捗状況の報告を、省いてますし」
「はい?」
「私も、色々事情があって、報告できないところは誤魔化してますし」
「はい?」
「と、いうわけで、なんとか、今のまま、工夫するしかないですねぇ。
あるいは、こっそり、ダンジョンに行ってしまうか・・」
アイリスの後ろの方の言葉は、ごく小さく潜められていたが、ハルカの地獄耳スキルはしっかり聞き取った。
「それで行きましょう、師匠」
ハルカも声を潜める。
「さすがに準備が要りますわ」
「冒険者ギルドに登録したり、ですか?
この間、冒険者ギルドの建物は見てきました。
中はまだ見学してませんが」
「あら、冒険者ギルドを知ってるんですか」
「クレオ師匠が、ダンジョンに行くときは、冒険者ギルドに登録するのだ、と言ってましたから。
それで、その、冒険者ギルドに関しては、なんとなく判るのですが、私がギルドに行って、『冒険者になりたい』と言って、問題は無いのでしょうか」
「問題ないと思いますよ。ハルカは、まだ、有名人ではありませんからね。
なにしろ、ハルカの情報は、王国の極秘情報ですから」
「極秘ですか?」
「ええ、そうです」
「なぜでしょう?」
「たぶん、勇者の教育に失敗したら、国民が不安になる、とでも思ってるんでしょうね」
「私、失敗作ですか?」
ハルカは不安になった。
「いいえ。
最高傑作の弟子だと、私は、思っていますよ」
アイリスは自信満々に答えた。
「良かった・・」
「とりあえず、冒険者ギルドの件は、考えておきます」
アイリスは、再び、声を潜めて答えた。
◇◇◇◇
ハルカは、ここのところ、王宮の図書館で、錬金術について調べている。
昨晩、「賢者」のスキルを手に入れておいたせいか、調べ物がサクサク進む。
――「賢者」スキル、役に立ってるのかな。ちょっと、実感ないなー。一応、調べ物に便利な気がしたから手に入れてみたけど。
でも、私としては、あまり難しいことを考えないで、直感頼りに、気ままにいきたいから、「賢者スキル」を極めるのは止めとこうかな。
目指す魔道具について、関連する考察が載っている文献を見つけた。
『使い魔が見ている光景を水晶に映し出す魔法を、魔道具に置き換える』
つまり、たとえば、使い魔の鳥が空から見ている光景を、水晶に映し出す、という高難度の技術がある。
これを、使い魔の鳥の代わりに、凧にくくりつけた魔道具を使う、という手法。
――これだ~。
案外、簡単な魔道具らしい。
光魔法で光景を写しとり、写し取った映像を送る、というもの。
元の世界でも、青写真なんかは、小学生でも作れる。
ゆえに、カメラ機能自体は、単純な魔道具で作れる。問題は、映像を送る部分だ。
「因縁」の魔法を使うという。
「因縁」の魔法とは、呪いの魔法に近しい魔法で、ふたつの魔道具を繋げることができる、うんぬん。などと、本に書いてある。
――・・だんだん、めんどくさくなってきた・・。眠い。この本は眠りの呪いに侵されてるんだろうか。変だな、賢者スキルが効いてないのかな。
そういえば、あまりにも自分本来の能力にオーバースペックなスキルは、なかなか使いこなせないんだっけ・・賢者が苦手って・・。おい、アタシ、まさかの脳筋なのか。え? まさか。
――もういいや、力技で行こう。
錬金術スキルを極めて、必要な魔道具を無理矢理つくればいい。
なるべくリアルに想像して、それを魔方陣に変換するのだ。
魔方陣が魔法を発動できるのなら、魔法から魔方陣も作れるさ、きっと。
――そんなことできるかな。
いや、出来ないと思ったら出来ない、出来ると思ったら出来る。ガンバレ、アタシ。
ハルカは、それから、1週間ほどかけて、念入りに、錬金術のスキルを進化させていった。
◆◆ ハルカの訓練日記 ◆◆
【緑の月4日】
王宮の図書館で、錬金術について調べた。
目指す魔道具は、正攻法では、作れないことが判った。
魔道具作りには、魔方陣の、知識が要る。
知識が要る。
大事なことなので、2回書いた。
ゆえに、裏ワザ(力技とも言う)で作ることにした。
部屋に戻ってから、とりあえず、試しに、今持っている錬金術スキルで、オークの魔石にカメラとデータ送信機能のイメージをねじ込んで見た。
・・魔石が粉微塵になった。
【緑の月5日】
錬金術スキルをワンランクアップさせた。
また錬金術で魔石の工作をする。
魔石が燃え上がった。
テーブルが焦げてしまい、磨いて焦げを落とすのが大変だった。
明日から、結界を張った中で工作することにした。
【緑の月8日】
魔石が爆発した。
右手が、焼けた。
ヒールを連発して治した。
日記書くのがしんどいので、明日にする。
【緑の月11日】
魔道具作りは、思ったより時間がかかった。
錬金術スキルは、昨晩までに6つ取得した。工作に失敗した魔石は30個くらい。
ゴミダンジョンで拾ったオークの魔石がいくらでもあるので、たくさん失敗できる。
魔石+魔方陣 = 魔法の発動
ゆえに
発動した魔法のイメージをねじ込む+魔石 = 魔方陣
という式が成り立つ。はずだ。きっと。おそらく。
この仮説に基づいて、魔石を工作し続けること1週間。錬金術スキルは、かなりの高レベルまで取得してある。
おかげで、これまでの工作の失敗原因が判った。
私は、カメラ+発信器の魔道具をまず作り、それから、受信機の魔道具を作るつもりだった。
けれど、受信機が無いのに、受信機と繋がる機能を作ろうとしたしたため、発信器の魔石が、存在しない受信機をもとめて、暴走してしまった。
そこで、受信機も同時に作ることにした。
まず錬金術で鏡を作る。それに魔石を装着。これが受信機の本体になる。
発信器の魔石は飾りボタンの大きさのものを選び、あらかじめ、綺麗に丸く磨いておく。
ここまで準備してから、結界を張り、工作を始めた。
結果、成功した。
ふたつの魔石の中に、螺旋状の金色の線のようなものが現れた。
試しに魔力を注入してみたところ、みごと、画像送信機能付き盗撮カメラが出来上がっていた。
ボタン型の盗撮カメラは、ブラウスに縫い付けられるように、白銀で加工。なかなか綺麗に出来た。
そうだ。ポーカーフェイスのスキルと、防音の結界も要る。
待ってろよ、アホ文官。
【緑の月12日】
準備は整った。
また、発信器の作り直しもしておいた。
アホ文官は、王宮の寮に住んでいる。
ゆえに、魔法を発動しっぱなしの魔道具を持たせると、バレる怖れがあるからだ。
おそらく、鏡を見ながら着替えるだろうから、着替えを終えたころに、目の前の光景を撮影対象として、2回シャッターを切れば十分、と推測。
盗撮画像の送信機能の起動は、人間の魔力波動をカメラが直近で感じてから、1分後と、1分30秒後の2回、起こるようにした。
指で触っただけでは起動しないようにするため、感知する魔力波動の対象を、上半身くらいの大きさに調節しておく。
受信側の鏡は、画面が小さくなるけれど、画像2つ分、見られるようにした。
細工したボタンをブラウスに縫い付けた。
綺麗に畳んでエリザに用意して貰った袋に入れて、出来上がり(*´∀`*)。
明日、「サイズ間違えて買ったんで妹さんにあげてください」と渡そう。
ワクワクする。
【緑の月13日】
大成功!!!(o゜▽゜)o
最高傑作画像が、受信機の鏡に送られて来た。
あのアホ文官が、鏡の前で、バラ色のひらひらブラウスを着てポージングしている。
涙無くしては見られない大傑作だ――笑いの涙だけど。
あのアホ文官は、露出狂のヶがあるのか、なぜか、下半身裸だった。
下半身剥き出しで、バラ色のブラウスを着て、腰をくねらせている文官は、一見の価値がある。
しっかり口紅も塗ってあった。また買って上げよう。今度はもっと赤いやつ。
惜しむらくは、受信機に保存機能を持たせなかったこと。発信器から新しい画像が送られて来たら、古い分は消えてしまう。
傑作が消えるのはもったいないので、日記に写し取っておくことにする。
◇◇◇
ハルカの日記を覗き見ていたアイリスの部屋から、爆笑する声が漏れ聞こえてきたのは、同日夜のことだった。
◇◇◇◇◇
◆◆ ハルカの訓練日記 ◆◆
【緑の月20日】
アホ文官は、すっかり目覚めてしまった。
軽く責任を感じる。
あくまで、軽く、だけど。
あれから、しじゅう、画像が送られてくるようになった。
なぜか知らないが、必ず、下半身が剥き出しになっている。
見なきゃいいのに、どうしても見てしまう。
なぜなら、「もうたくさんだ、見飽きた」と思っているのに、アホ文官のやつは、そんな私の気持ちを嘲笑うように、新たな境地の傑作を送りつけてくる。
この度は、いつもの、下半身剥き出しのブラウス姿に、薔薇の花を唇に咥え、目元にアイシャドウを塗る、という離れ業を見せつけてくれた。
危なかった。
笑い死ぬかと思った。
こういう傑作が、私の留守中に送信されると、私がまだ見ないうちに、画像の重ね画きで消されてしまう可能性がある。
そこで、受信機に、送信用魔道具を付け足して、日記帳に自動的に送信され、記憶させるようにしておいた。
あとで、駄作は消すようにすればいい。
これで、傑作を見落とすことはないだろう。
一安心だ。
◇◇◇
――たしかに、猥褻で下品な画像なのだけれど、つい、目がいくわ・・。
我が弟子は、私を、とんでもない趣味に目覚めさせてくれ・・いえ、これは、弟子を護るためであって、趣味ではないわ、決して違うから。
アイリスは、つい目が行きがちな魔道具の水晶玉を、仕舞ったほうが良いのかしら、と思いながら、また、つい目をやった。
すると、いつもとは違う画像が、映し出されていることに気付いた。
――なにかしら・・?
画像は、次々と送られてくる。
ハルカの日記は、その奇妙な画像で埋まっていく。
ミケーレのブラウズのボタンに、人間の上半身の魔力反応があった場合に、魔道具が反応する、とアイリスは知っていた。ハルカの日記に記されていたからだ。
――これは・・ミケーレが脱ぎ捨てたブラウスのボタンに、誰かの身体が触れたのだわ。
男の顔が、どアップで映し出され、アイリスは、思わず、「げ・・」と品の無い声をあげた。
――法務部大臣・・。
初老の男の顔におののいているうちに、いまにも喘ぎ声が聞こえてきそうな、ふたりの痴態が、次々と映し出されていく。
――そうだったの。ミケーレと・・。
アイリスが茫然としている間にも、さらなる画像が送られてくる。
中には、ふたりが、もつれ合っている様が、あからさまに判る画像まであった。
――ハルカは、これを見てるのかしら・・。
これは、危ない情報だわ。ハルカには必要のない情報であるだけでなく、万が一、知ってることが判れば、・・ただじゃ済まない・・。
エルナートの大臣が男色であることは、あってはならないことなのだ――たとえ真実がどうであれ。
アイリスは、窓を開け、バルコニーに立つと、ハルカの魔力波動をサーチする。
ハルカは、訓練場に居ることが判った。
――急がないと。
アイリスは、まず、遠隔操作で、法務部の大臣が映っているハルカの日記帳の画像を消した。
しかし、次々と画像は送られてくる。
――キリが無いわ。
そのうちに、画像の送信は、唐突に終わった。
ブラウスから、ミケーレと大臣が離れたのだろう。
アイリスは、使い魔の小さな羽虫を放った。
王宮内や寮や宿舎には、要所要所に使い魔避けが施されているが、廊下や庭園を飛ばすことくらいは出来る。
アイリスは、使い魔避けの魔道具に、羽虫の使い魔を留まらせ、短時間だけ、魔道具の発動を止めた。
羽虫にミケーレの部屋のドアを見張らせていたところ、間もなく大臣が部屋を出た。
幻惑のローブで顔をすっぽりと隠し、掃除夫を装っている。
――そうやって誤魔化していたのね・・。
しばらくして、ミケーレが部屋のドアを開けた。
すっきりとした顔をして、いかにも機嫌が良い。
――こんな男を、よくもハルカに付けたわね・・。
ムカムカするわ。
さらに使い魔を操作して、ミケーレがドアを閉じる直前に、使い魔の羽虫を部屋に忍び込ませた。
羽虫をベッドルームまで飛ばす。
ベッドの上に脱ぎ捨てられた緋色のブラウスがあった。
羽虫を、ボタン型の魔道具に留まらせる。
アイリスは短杖を取り上げた。
軽く振り上げ、遠隔操作で、ブラウスに付けられた魔道具の魔石の力を吸い取る。
ほどなくして、魔石の魔力は消え、魔道具は、ただのボタンになった。
次いで、羽虫を浴室の排水溝へ飛ばす。
アイリスは、再度、短杖をふるう。
羽虫を灰にして排水溝へ落とし込む。
――証拠隠滅。
ハルカの日記帳から、残りの法務大臣の画像を消去し、全ての作業を終えた。
◇◇◇◇◇
ハルカとアイリスは、密かにダンジョンに通い始めた。
エルナート国には極秘だ。
クレオ尉官にだけは、話してある。
以前に、冒険者ギルドの前でハルカが出会った迫力美女のキーラは王都のギルド長で、クレオ尉官とは顔見知りだった。キーラは、ギルド組織連合の副会長でもある。
おかげで、色々と便宜を図って貰った。
それでも、上層部には内緒ゆえに、かなり制約がある。
変わり身を置いて、王都の平原で訓練しているフリをし、ダンジョンに行く。
ゆえに、時間をかけられない。
今、攻略中のダンジョンは、王都の西、砂漠の真ん中にあるダンジョン、「炎空の塔」。
赤い石を積み上げた巨大な塔が、ダンジョンになっていた。
エルナートのダンジョンは、洞窟型のダンジョンが多いが、塔などの建物型ダンジョンもいくらかある。
「炎空の塔」は、塔型ダンジョンの代表格であり、難攻不落のダンジョンと言われている。
「今日は、40階層の階層主を倒します」とアイリス。
「了解です、師匠」
ハルカは緊張の面持ちで応えた。
肩には、大剣ドゥルガーを担いでいる。
最近、ナグプール山のダンジョンで手に入れたものだ。
ダンジョン攻略は、30階層くらいまでは、まだ余裕があった。
クレオ尉官に仕込まれた武術と、アイリス師匠直伝の魔法、勇者チートのおかげで数多あるスキル。これで倒せない敵などなかった。
しかしながら、さすがに難攻不落と謳われるダンジョン。
空気が変わったのは、30階層の階層主、リザードマン(トカゲ人間)の亜種が出て来てからだった。
リザードマンの亜種は、転移魔法が使えたのだ。
しかも、炎魔法は強力な上級クラス。
何度か死にかけて、ようやく倒した。
死にかけたときに意識を失い、転移魔法のランクアップしたスキルを手に入れたおかげで助かった。
――あのときはヤバかった。アイリス師匠が結界で追撃を防いでくれなかったら、トカゲのエサになってたわ。
30階層を抜けると、階層主以外の魔物の質も一気に上がっていた。
――40階層主かぁ。超怖いんですけど。
「炎空の塔」の攻略は、最高が45階層。最上は60階と言われているが、制覇されたことがないので、あくまで、推測だ。
一階層がやたら広く、上階に向かう階段がそう簡単には見つからないことも、攻略を難しくしている。
それに、暑く、熱い。
出てくる魔物も、暑苦しい奴らばかりで、見てるだけでイラっとくる。
40階層主の居る扉は、昨日、ようやく見つけたが、時間切れで、王都に帰らなければならなかった。
今日は40階層の仕上げだ。
扉を開ける。とたんに、むっとくる熱気が顔や身体にまといつく。
ハルカとアイリスは、結界を張り、中に進む。
「ワイバーン・・か」
中に居たのは、真っ赤な竜種だった。
「これはまた、熱そうな・・」
ハルカがのんきに感想を呟いていると、ワイバーンは、炎を吐き出してきた。
アイリスとハルカは、速やかに横飛びで逃げる。
ハルカは一気に距離を詰めると、大剣を振りかざす。
首を狙う。一度では切れない。竜の身体は硬い。
ハルカは、瞬時に何度も切りつけ、離脱。斬風のクレオに仕込まれた技だ。
ワイバーンは、半ばまで切れた首を振り回し、ブレスを放ってくる。
避けながらワイバーンの懐に入り、足を切りつける。
深紅のワイバーンの身体が熱い。
――焼けた鉄板を相手にしているみたい。
足を狙い、何度も切りつけ、ブレスから逃げ回る。
防熱スキルのおかげで、なんとか耐えているが、長引くと保たない。
――この程度で手こずっていたら、魔王には勝てない。
片足を切り裂かれ、バランスを崩したワイバーンの首を、ハルカは、再度、切りつける。
半ば切れていた首が切り落とされ、ワイバーンは頽れた。
――焼け鉄板大トカゲめ、手間取らせやがって。
息を整えてから、ワイバーンが残した魔石を手に取る。
深紅の魔石だった。かなり大きい。
「余裕でしたね」
アイリスが微笑む。
「いえ、ぎりぎり、ようやくです」
「立っていられるのですから、余裕ですよ」
「足腰ガクガクですけど、早くここから出て涼しいところに行きたいので、耐えてます」
「『炎空の塔』から出るまでは、涼しいところはお預けですねぇ。
今日はまだ、時間があるから、次ぎの階まで行きますよ」
「なんか、冷房の効いた部屋で、氷をしゃぶってる自分の幻が見えます・・」
「現実逃避は、なんのタシにもなりませんよ、ハルカ」
◇◇◇◇◇
40階層は砂漠だった。
――砂漠に立ってる塔の中に、わざわざ砂漠を作らなくってもいいのに。
サボテンがぽつんぽつんと生えている。
さらに歩いて行くと、サボテンの林が見えてきた。
なんとなく、のどかだ。
赤いリザードマンが、サボテン林の影から飛び出して来た。ハルカは雷魔法で焼き切って倒した。
「あ、そういえば・・」
――ワイバーンを倒すとき、魔法使うの忘れてたなぁ。
大剣かついでると、つい振り回したくなるから・・。いかんいかん。
「どうしたんですか? ハルカ」
「いえ、先ほどのワイバーン。雷魔法とか使えば良かったかなって。今、思い付いて・・」
「大剣の練習のために、そうしたんじゃなかったんですか」
「うっかり、魔法使うの忘れてただけです」
「・・どうやら、訓練方法を、変えた方がいいかもしれませんね。
もっと、ちゃんと、頭脳を使うように・・」
アイリス師匠が、なにやら、ぶつぶつ言っているが、聞かないことにした。




