33)終焉と復活
今回で最終回になります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
少し、しんみりした終わりになりました。
4人は、ゴミダンジョンから、様子をうかがいながら外へ出た。
速やかに魔王の魔力波動を探す。
1時間ほども、4人がかりで探査を続けたのち、
「・・見つからないわね」
ハルカがぐったりとうなだれて木の根元に座り込んだ。
3人とも疲れが出てきた顔をしている。
たしかに、ここ半月ほど、連日、緊張を強いられる魔王戦で、精神力がごりごりと削られている。
体力と魔力は一晩寝れば快復する。
さすが勇者仕様の身体だ。
だが、精神がついていかない。
招喚されて以来、修行の日々を送ってはきたが、戦争のない国で生まれ育った3人には、この状況は過酷だった。
「またダンジョンに隠れたのかな・・」
タイジュがハルカの斜め前に座り、愚痴るように呟く。
「どうせ、隠れ家から出てきたら判るはずだから、探し回らなくてもいいんじゃね」
とシュン。
シュンはタイジュの隣に座った。
「魔族の魔力波動が、魔王戦の最中のわりに少ないですね。
タイジュたちが討伐してくれたおかげです。
このたびは、被害が最小限で済みそうです」
アロンゾはハルカのすぐ隣に陣取った。
「イドリスの砦を壊滅出来たのが良かったよね」
とシュン。
「ところで、魔王も心配ですが、コダナートの領主邸に行きませんか」
と、突然に、アロンゾが申し出た。
「封印された魔王の件?」
とタイジュ。
「そうなんです。
魔王戦の最中なので、少々、言いにくく、話が遅れましたが・・。
領主夫人が、手助けをして欲しいそうなんです」
◇◇◇
道々、アロンゾから事情を聞いた。
最強の魔王は、領主邸の地下、棺の中で眠っている。
700年の間、なんら、変化無く、仮死状態のままだった。
それが、5年ほど前から、徐々に、魔力波動が漏れるようになっていたという。
領主夫人は、魔王を護るために、結界の魔道具を設置し、魔力が漏れないようにしていた。
ところが、溢れる魔力は月日とともに増え続け、隠蔽が難しくなっている。
魔王は仮死状態のままなので、いつ魔族にまた襲われるか、気が気でないという。
「なるほど。
魔王を護らなきゃいけないようだね」
とタイジュ。
4人は、コダナートの領主家のほど近くに転移し、歩いているところだった。
「そうですね・・。
もう一人の魔王も斃さなければならないし。
悩ましいところですが」
とアロンゾ。
「とりあえず、どちらにしろ、様子を見ておいたほうがいいよね」
とシュン。
アロンゾに導かれて領主家に到着した。
アロンゾが魔道具で領主夫人に知らせておいたおかげで、速やかに中に通された。
焦げ茶に白髪の混じった髪を品良く結い上げた夫人は、ほっそりとして、知的で勝ち気そうな雰囲気を纏っていた。
領主夫人は、タイジュたちを品定めするように視線を走らせた。
「ジーナ・コダナートと申しますわ。
主人亡き後、領主代行をしておりますの。
息子がまだ学生なものですからね。
実質、私が領主をしているとお考えくださいな」
「勇者のタイジュです」
「同じくシュン」
「私はハルカです」
3人はそれぞれ応えた。
「前置きはしませんわ。
アロンゾ様が説明して下さったということですので。
助けていただきたいのです」
夫人はそう告げると、すい、と立ち上がった。
「こちらにいらして」
夫人のあとに続き、部屋を出て長い廊下を歩く。
質素な邸だった。
古い家具調度品は重厚で質の良いものだが、華美ではない。
廊下の途中で細い通路に曲がり、突き当たりのドアを鍵を差し込んで開く。
中は下り階段になっていた。
湿気た地下の空気の中、地階に下りていく。
かなり長く下りた。
細い階段は、暗く、冷たい。
下りきったところに、重厚なドアがあり、夫人は、そのドアも解錠してから開いた。
地階には、細い通路の片側に、3つのドアがあり、夫人は、その中の一つのドアを、これもまた解錠してから開けた。
石造りの部屋の真ん中に台が置かれ、その上に棺があった。
石の棺を、ぎぎぎ、と夫人が開けた。
半ばまで開けて中が途中まで見えるようになると、夫人が「どうぞご覧になって」と脇に避けた。
魔王が眠りについていた。
途方も無い魔力により、魔王だと判るが、見た目は年若い美丈夫だった。
「魔族に見えないわ」
ハルカが呟く。
「ええ。
でも、これが、魔王の真の姿であり、普段の姿です」
夫人が応えた。
「この魔力波動は、確かに不味いな。
ダダ漏れだね」
とタイジュ。
「目を覚ます兆候とかはないの?」
とシュン。
「今にも目を覚ますところだとは思うのですが・・。
そう思いながら、もう、5年経ちますの」
「無理に目覚めさせたら、身体に悪いかもしれないしなぁ・・」
「無理に目覚めさせることが出来ますの?」
タイジュの言葉に、夫人が食いついた。
「普通に覚醒の魔法を使おうかな、って思ったんだけどね」
「そうですか・・」
夫人は迷うように魔王を見、タイジュに視線を戻し、再度、魔王に視線を走らせた後、
「少しだけ・・お願いできないかしら」
と呟く。
「良いのですか?」
「ここのところ、夢で魔王と話が出来るのです」
「へぇ、夢で?」
「ええ。
人間を魔王に変える薬は、100年に一度実る、魔妖樹の実を使うそうです。
魔王は、その樹を燃やしてやる、と仰ってました。
それで、目覚めてください、とお伝えしたのですが。
微笑まれるばかりで、応えはないのですけれどね」
「ふうん。
そうしたら、半ば覚醒し始めてるのかな。
ごく軽くだけ、覚醒魔法で、働きかけてみるか・・」
タイジュが躊躇していると、
「お願いします」
夫人がタイジュの手を握った。
タイジュは、頷いて応え、
「まずは、念話で、声をかけてみます」
と夫人に伝えてから、魔王の傍らに腰を屈めた。
『魔王・・。
そろそろ、目覚めませんか』
タイジュは語りかけ、しばらく待つ。
返事はないらしい、と諦めかけたころ、
――今日は日が良くない。
明日の満月の夜に起きる。
・・と言うような返答が、おぼろげに聞こえた。
はっきりとではなく、ぼんやりと、くぐもったような応えだった。
タイジュが驚いて顔を上げると、夫人やアロンゾ、シュン、ハルカにも聞こえたらしく、頷いて応えた。
「明日の晩まで、俺たち、ここで、護衛やった方が良さそうだね」
シュンの言葉に、皆、同意した。
◇◇◇◇◇
タイジュたちは、大量に持っていた魔石を加工し、まずは、魔王の魔力波動を、さらに強力に、結界で覆う作業をした。
すでに、領主夫人が、幾つもの結界をかけてはいたが、さらに4重にかけると、さすがに魔力が外に漏れなくなった。
「これでなんとか、明日の晩まで誤魔化せたらいいな」
とタイジュ。
「魔族どもは、だいぶ減ってるし、なんとかなるよ」
とシュン。
3人が邸の外の様子を見るために地下から上がると、魔王の魔力波動が遠くに感じられた。もうひとりの魔王、ミケーレのなれの果ての魔力波動だ。
「あ・・魔王・・」
「ホントだ」
コダナートからずっと西の方角にあるようだ。
遠いために、かなり判りにくいが、魔王に間違いない。
トゥムサル辺りと見当を付けた。
タイジュたち3人は、「魔王を見つけた」と領主夫人に報せるために、また地下に下りた。
「こちらは、結界をさらに重ね掛けしていただいたので、大丈夫です。
魔王退治に行って下さいな」
夫人は、先ほど出会ったときよりも安心した様子で力強く答えた。
3人は、魔王討伐が終わりしだい、すぐに戻ってくることを約束して、トゥムサルに向かった。
王都の東にある町、トゥムサルの湖。
タイジュたちは、魔王を見つけた。
透明度がエルナート国一、という美しい湖の畔に、醜悪な魔王は佇んでいた。
跪き、湖にその姿を映した格好で。
身動きひとつしないまま、じっと、湖に見入っている。
タイジュたちが討伐したおかげで、周囲に魔族の姿はない。
この辺りは魔獣も少ないため、遠巻きに牙の黒い狼や、角を生やした兎がちらりと見えるのみ。
魔王から漏れ出る瘴気は、なぜか禍々しさがなく、ただ、どんよりと重く暗い。
――悲しみ・・?
感じられるのは絶望的な悲しみ。
――その姿に?
魔王がミケーレだとしたら。
あの美しい青年だとしたら。
湖に映る我が身の姿に、自らがどれだけ醜くなってしまったか、悟ったとしたら。
どう思うだろうか。
魔王は、身じろぎもせず、ただ湖を見つめている。
アロンゾが雷撃を放って傷つけた身体は、今もまだ、えぐれたままだった。
魔力は相変わらず膨大だが、生命力が感じられない。
いつまで待っても、魔王に動く気配はなかった。
「楽にしてやろう」
タイジュが呟く。
「うん・・。
ハルカ、あれ、お見舞いしてやってよ」
とシュン。
「・・判った」
ハルカは、ドゥルガーを構え、聖魔法を纏わせる。
それでも、魔王は、動かない。
ドゥルガーが眩い金の光を放つ。
ハルカが、ひゅんっと、剣を振るうと、聖魔法の瞬きが魔王の首を刎ね、瞬間、魔王は、刹那の間、幻のように、あの美しい青年の姿を取り戻してから、塵となって消えた。
◇◇◇◇◇
魔王を斃したのち、3人はコダナートに飛んだ。
美しい最強の魔王が、無事に目覚め、ドルフェスに発ったのは、明くる日の晩のことだった。
◇◇◇◇◇
王弟によって王都が壊滅したために、勇者の凱旋などはなかった。
ギルドの長が、勇者に褒美を賜る、と言ってくれたらしいが、タイジュたちは断った。
それよりも、一日も早くフィレ国に行きたかった。
◇◇◇
「呆気なかったよね」
シュンが呟くと、
「最後はね」
ハルカが応える。
その隣には、アロンゾがぴたりとくっついている。
フィレ国でふたりは、結婚式を挙げる予定だった。
すでに新婚状態で、シュンは、ふたりのいちゃいちゃぶりを見ていると落ち着かなくなる。
そんなシュンの隣には、エリザが微笑みながら寄り添っている。
エリザの救出のとき、シュンがずっと側に居たからか、エリザは、この旅の間、甲斐甲斐しくシュンの世話をしてくれている。
可愛い女の子に尽くされるのは嬉しいけど、恥ずかしい。
タイジュは、エリザがフィレ国に建てる予定という料理屋を「手伝ってあげる」と言っている。
シュンもそれに付き合わされそうな雰囲気だ。
――うん、まぁ、いいけど。
報奨金も貰えなかったし。働かなきゃならないし。
魔石がすげぇあるから、働かなくても良いような気もするけど。
それじゃ、退屈だもんな。
エルナート国では、良い思い出がなかったよな。正直、最悪なことばかりだった・・いや、良いこともあったか。
最強の魔王が微笑みながら、「世話になった」と言ってくれたこと。
[了]
感想やブクマをありがとうございました。
ようやく、「了」と記すことが出来て、ほっとしております。
m(_ _)m




