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32)魔王の秘密



 タイジュ、ハルカ、シュンの3人が北の魔森に到着すると、そこは、どんよりと瘴気に塗れた、まるで魔族の森のような雰囲気に包まれていた。


 実際、魔族の森となりつつあるのだろう。

 禍々しさは、もはや隠しようもなく、魔王がひとり居るだけでこれほど変わるのかと呆気にとられる。


 魔王の魔力波動の元へ急ぐが、強靱な魔族や凶悪化した魔獣が行く手を阻む。


「凄いわぁ。

 ホントに、魔王戦が始まっちゃったのね」

 ハルカは疾風のごとく走り、ドゥルガで魔族を切りまくる。


「ハイになるなぁ」

 タイジュはカマイタチの嵐を呼び起こし、辺り一帯の魔獣を切り刻む。


 シュンは闇魔法を放ってくる魔族に、ブラックホールをぶつけ、魔族と周囲の魔獣もろとも闇の彼方に葬った。



◇◇◇



 3人は、魔獣と魔族を蹴散らしながら、魔王の魔力波動の源へ進撃し続けた。


 北の魔森で魔王戦に突入してから、10日が過ぎていた。


 ここ数日の戦闘で、魔王の周りの魔族は、激減している。


 ――これなら、午前中のうちに魔王のそばに行ける。


 シュンは炎撃を乱発しながら行く手を切り開き、走り続ける。

 タイジュとハルカも、ほとんど同じ速度ですぐそばを走っている。


 ふいに、数百メートル先に居たはずの魔王の魔力波動が消えた。


 ――逃げたか・・?


 3人は走るのを止め、辺りをうかがう。

 ハルカのレーザー、タイジュのカマイタチ、シュンの炎撃で、辺りは荒れている。

 その荒れ地には、魔族どもと魔獣どもの亡骸が散乱している。

 割合は、魔族1、魔獣9くらいで、魔獣が多い。



「ハルカっ、後ろだっ」

 タイジュの叫ぶような声。


 ハルカは、咄嗟に飛んだ。


 ハルカが居た場所に、どす黒いヘドロのようなものが、バチャリ、と投げつけられ、黒いヘドロは、シュウシュウと煙を上げた。


 ――すげぇ・・不気味な攻撃・・。さすが魔王。


 シュンは、怖気を抑えながら、ヘドロが飛んできた辺りに炎撃を撃ち込む。


 ウギャっ!

 と、汚い悲鳴が聞こえ、目をらんらんと輝かせた魔王が、シュンに鞭のような触手を放ってきた。


 タイジュがカマイタチで触手を攻撃する。

 触手は、タイジュのカマイタチを残らず弾き飛ばした。


「ちっ。

 雑魚の魔族とは、さすがに違うな!」


 タイジュに放たれた触手を、ハルカのレーザーカッターが切り飛ばした。


「光魔法が効くみたいよっ」

 ハルカは、魔王が飛ばしてきた黒いヘドロを避け、魔王にレーザーを撃ち込む。


 魔王は、再度、ウギャっと悲鳴を上げ、触手のような腕が根元から切り落とされる。


 3人は、攻撃を光魔法と聖魔法にしぼり、魔王を攻撃した。

 生き残りの魔族が不意打ちを狙い、突撃してくるため、シュンが魔族どもを担当し、ハルカとタイジュは、魔王に攻撃魔法を撃ち込み続けた。


 膨大な魔王の魔力は、いくら攻撃しても削り取られる気配がなく、何度腕を切り落としても生えてくる。


 ――くっそ、こりゃ、消耗戦だな。


 タイジュは、さすがに疲労を感じた。

 ハルカの顔色も、じゃっかん、悪くなっている。


 ――ハルカを休ませてやりたい。


 タイジュは、魔王に、再度、自分に出来る最大級の聖魔法を撃ち込んでやる積もりで、短杖を構えた。

 タイジュは、聖魔法は、それほど得意ではない。

 だが、魔王に効くのは、聖魔法が一番だ。


 聖魔法を撃ち込めば、あっさり斃れるだろう、と期待していたのだが、魔王は底なしに強かった。

 確かに、聖魔法を放ってやれば、魔王の身体はどす黒くへこみ、触手の攻撃もしばし止む。

 その隙にハルカも聖魔法や光魔法のレーザーで攻撃をしかけるのだが、魔王の周りに群れをなしている魔獣や魔族どもが、捨て身で魔王を護る。

 その間に魔王が復活してくる、という繰り返しが続き、もっと魔王に致命傷を与えられる攻撃を研究する必要があったと悔やまれる。

 これまでの勇者たちは、魔王を凌駕する圧倒的な「物理的な力」と、そして、なによりも、『聖剣』を持っていた。


 聖剣を持っていないために、これほどまでに消耗戦を強いられている。


 ・・と、再度、魔王の魔力波動が消えた。


 ――今度こそ逃げたか。


 魔王の魔力波動が、魔力探知で、王都の方に移動したことが判った。

 魔王を探している間にも、魔族どもが攻撃をしかけてくる。


「鬱陶しいわねっ」

 苛ついたハルカが、魔剣ドゥルガーに聖魔法を纏わせ、一振りすると、群れをなしていた魔族どもが霧消した。


「ハルカ・・凄い・・」


「凄くないわ! 今ごろになって成功しても遅いわ・・」

 ハルカが気落ちしている。


「今の攻撃、どうしたの?」


「何度も、やろうとして出来なかったの。

 以前に、イドリスの龍を斃したときに出来たから、やりたかったのに、出来なかった。

 今ごろ出来たってわけ。

 気負い過ぎてたのかも。

 魔法って、難しい・・。

 魔王、逃がしちゃうし・・」


「どんまい!

 その代わり、あのおびただしい魔族を殲滅できただろ。

 あとは、魔王だけだ。

 王都に行こう!」

 タイジュが微笑んで声をかけた。


「ラジャ!」

「うん!」



◇◇◇



 3人が王都に到着すると、王都の様子が妙なことに気付いた。


「塀が・・無くなってる?」

 とハルカ。


「魔王が居たわけでもないのに、こんな・・なんで?」

 とシュン。


 王都は、壊滅していた。



◇◇◇



 3人は、王都の外れでテントを張っていた王都のギルド長、キーラたちを見つけた。


 ギルドが壊滅してしまったので、こちらで寝起きしながら、王宮の様子をうかがっているという。

 様子を見ている以外に出来ることがなかった。


 キーラは、王宮から逃げ出した宰相の話を教えてくれた。


「あの王弟トラヴィス殿下・・魔族を殿下と呼ぶのは抵抗あるから、トラヴィスでいいかしらね。

 やっぱり、魔族とのハーフだったのがはっきりしたわ。

 以前にも、シュンを狙った魔族のハーフが居たでしょ?

 炎空の塔で暴れた奴」


「ハメスだね」

 とタイジュ。


「そうね。

 ハーフのくせに、相当の強者だったみたいね。

 だから、被害が大きかった。

 トラヴィスは、それ以上の魔族だったようよ。

 あの愚王の王妃が魔族だったわけね。

 トラヴィスは、魔王が出現してエルナートの瘴気が高まったおかげで、まるで魔王みたいな凄まじい魔族に進化してしまったのよ」


「・・それが、二人目の魔王?」

 とハルカ。


「魔王みたいではあるけど、魔王ではないと思うわ。

 魔力波動の強さは、魔王の方が段違いに大きいから。

 3人に知らせたかったんだけど、魔王討伐に集中して欲しかったから、知らせなかったのよ」



 トラヴィス王子の異変に気付いたのは、頻繁に会う機会のある宰相だった。

 魔力波動が、魔族のような禍々しいものとなっていた。


 そのうちに、トラヴィスのお側付きの侍従や侍女が行方不明になる案件が相次ぎ、トラヴィスの部屋から血の匂いがする、という訴えが、潜に宰相の元に届くようになり、宰相は、決断した。

 トラヴィス王子の魔力量は高い。

 あの、炎空の塔で何人もの騎士や冒険者を殺した魔族のものよりも強大だ。

 それが、魔王の瘴気に当てられたらどうなるか。

 阿鼻叫喚の事態となるだろう。

 まだトラヴィスが大人しくしているうちに、皆を非難させるべきと判断し、宰相は動いた。

 王宮で働く者たちや、王弟派ではない大臣たちにも密かに報せ、速やかに王宮を空にしていった。


 王宮に残されたのは、王弟派の重鎮や、高官たちだけになった。

 彼らは、王弟に付いている自分たちは、安全だと思っていたのだろう。

 王弟の変化に気付きながらも、危機感を持つのが遅れた。


 明くる日になり、唐突に王宮から爆音が響いた。

 遠巻きに騎士団が様子を見ていると、みるみるうちに、王宮が崩れていった。


 巨大な瓦礫の山となった王宮から、瘴気があふれ出てくる。


「待避! 待避だっ!」


 王宮の周りに立ち並ぶ豪邸に、瘴気が纏い付いていく。


 まるで、地獄があふれ出てくるような有様だった。


 王都の民の避難でキーラが忙殺されている、ちょうどそのとき。

 王宮の瓦礫の山が崩れ、中から、黒い悪魔が飛び出して来た。


 裂けた口からは赤黒い長い舌を垂らし、濁った金色の目には赤い線が縦に入り、ハ虫類の目のようだ。身体はごつごつと痩せ、筋張った筋肉の付いた長い手足。

 背にはコウモリの羽。ぐるりと巻いた羊の角。


 悪魔はギャァハハハハァと不気味な声で笑いながら、王都を破壊し始めた。

 たった3日で、このような有様となり、逃げ遅れた民は、みな、悪魔に食われた。


「その悪魔は、どこに?」


「夜闇に紛れて飛んでいったわ。

 判らないの」

 キーラの目に不安の影が落ちる。


「魔王が、こちらに飛んで来なかった?」


「いいえ、見ないわ」


「こっちに移動したのは確かなんだけどなぁ。

 今は、なぜか、魔力波動が消えてるけど」


「私たちを狙ってくるだろうから、ここに居るのは危ないわね」

 とハルカ。


「そうだね。みんなを巻き添えにする。

 ちょっと、そこらを探知しに行くよ」


「キーラ、またね」


「ええ、気をつけて」



 タイジュ、シュン、ハルカの3人は、魔王の魔力波動を求めて、瓦礫の街と化した王都を歩いた。


 ハルカが、アロンゾに連絡しておいたところ、夕方近くなってアロンゾが王都に転移してきた。


「魔王は、まだ見つかってないんですね」

 とアロンゾ。


「ダンジョンの中にでも入られたら、魔力波動は判らなくなるからね」

 とタイジュ。


「ここら辺というと、炎空の塔か、ゴミダンジョンかな。

 そういえば、ゴミダンジョン、探してなかったね」

 とシュン。


「行こうか」


 4人がゴミダンジョンに向かい、間もなく着くというころ。

 ゴミダンジョンの入り口が爆音とともに砕け、魔王が現れた。


「後ろに控えているのは、トラヴィス王子のなれの果てかしら」

 ハルカは、魔王の触手から一飛びで逃れた。

 魔王の瘴気に当てられ、魔獣どもがうごめき始めた森に降り立つ。


 ハルカは、深呼吸をひとつ。

 ドゥルガーに聖魔法を込める攻撃は、成功率が低い。

 聖剣ではないからかもしれない。

 だが、成功したときには、強力な聖魔法攻撃となる。

 おそらく、もっと手馴れれば、成功率が上がるのだろう。

 訓練を怠ったことが悔やまれる。

 ハルカは、ドゥルガーに纏わせた聖魔法を魔王に放つ。


 ――手応えあり!


 魔王は、辛うじて横飛びに避け、聖魔法の光が後ろに居たトラヴィスの胸を抉る。


 ギャァアァァァア!


 トラヴィスの胸に大穴が空き、頽れた。


「さすがっ」

 シュンが魔王にレーザーをお見舞いし、触手を一度に3本、切り飛ばす。


 タイジュとアロンゾは、群れをなして襲い掛かってくる魔獣どもに雷撃や炎撃を放つ。


 ハルカは、再度、ドゥルガーに聖魔法を纏わせる。


 一瞬、準備に手間取った。


 魔王との攻防は、一瞬が命取り。


 そんな師匠の言葉が胸をよぎる。


「ハルカっ、避けろっ」


 アロンゾの声を彼方で聞いたような気がした。


「ハルカっ、ハルカ・・!」


 ハルカが居た場所は、深くえぐれて焼け焦げた窪地となっていた。


「ハルカっ」


 アロンゾは、魔力切れでよろめく魔王に、ありったけの雷撃を撃ち込む。

 魔王は、身体に大穴を空けながらも、転移で姿を消した。


 アロンゾは、焼けた土にすがりつき、「ハルカ」の名を繰り返し呼んだ。

 いつしか声は傷ましい泣き声になっていた。


 ・・と、『アロンゾ、こっち、こっち来て』

 シュンの念話が届いた。

 アロンゾはそれどころではなかったのだが、

『ハルカはこっちだ!』

 というシュンの言葉に反応し、瞬時にシュンの誘導する場所に転移した。


◇◇


 アロンゾが転移から降り立つと、そこは、王都の瓦礫の山の中。

 崩れかけた石造りの建物と建物の間にある谷間のような場所。

 タイジュとハルカが並んで寝かせられていた。


 アロンゾは驚愕した顔をシュンに向けた。


「タイジュが大魔法を使ったんだ」

 疲れた様子のシュン。


「大魔法?」


「そう。

 時間をほんの2秒ばかり、遡った」


 アロンゾは呆気にとられて言葉を失った。


「ハルカを、なんとか救えた。

 それで、俺は、即座にふたりをここに運んだ」


「そうだったんですか」


「アロンゾには見えなかったんだね・・あ、そうか、アロンゾの角度からだと、確かに見えにくかったかな。

 あいつの攻撃魔法は凄まじかったから」

 シュンの声が疲れている。


「よく助かりました」

 アロンゾは、ハルカの傍らに跪き、ハルカの焼け焦げた服の上に、自分の上着をかけた。

 ハルカの白い肌が、焦げた服の破れから見えて、傷の癒やされた身体に安堵すると同時に、目のやり場に困っていたのだ。


「2秒の時間操作で、タイジュの魔力が尽きて、でも、ハルカは、それでも酷い火傷をしてたから、慌てて、ふたりをここに運んだんだ。

 それで、治癒魔法を繰り返しかけて。

 ようやく、ハルカの息が穏やかになったから、アロンゾを呼んだ」


「ありがとうございます」



 その日、4人は、ゴミダンジョンの中に入り、アロンゾが3階層のボスを斃して、ボス部屋を使えるようにし、さらに結界を張って休んだ。


 アロンゾが寝ずの番をする、と言うので、シュンはそれに甘えた。



 明くる朝。


 目を覚ましたハルカの目の前には、心配そうなアロンゾの顔があった。


「あら、アロンゾ、おはよ」


 のん気なハルカの声に、アロンゾは泣き笑いのような顔になる。


「心配させないでください。

 後を追って死にたくなりました」


「なんの話?

 あ、そっか、死にかけたのか」


「・・のん気過ぎます・・」


「でもね、あいつの炎撃、くらったおかげで、判ったことがあるの。

 あいつ、ミケーレだわ」


「・・ハルカ、魔王に知り合いが居るんですか・・」


「魔王に知り合いが居るんじゃなくて、知ってる奴が魔王やってるのよ」


「「「え?」」」


「アロンゾ、私の荷物、持ってきたんでしょ」


「ええ・・龍のヒゲを探させて貰いました」


「ミケーレの写真があるから、見せるわ」


 ハルカは自分の空間魔法機能付き袋から、アイリスに貰った日記帳を取り出した。

 小型タブレット型の日記帳の中からミケーレの写真を選んで開く。


「こいつよ、ミケーレ」


 ハルカが指し示したのは、バラ色の艶やかなヒラヒラブラウスを着込み、目にはアイシャドウ、唇はピンクに化粧し、腰をくねらせた下半身裸の男だった。


 タイジュ、シュン、アロンゾは、異様な男の痴態を見せられ、言葉を失った。


「ね、こいつが魔王」


 というハルカの言葉を、

「・・ハルカ・・なんていう写真を持ち歩いているんです・・」

 アロンゾの声が、氷点下ばりに冷たい。


「傑作でしょ?

 ねぇ、こいつ、私の教育係だったの」


 タイジュとシュン、アロンゾは、思わず頭を抱えた。


「でね。ね、聞いてる?

 聞いてよ」


「・・聞きます・・」


「ミケーレは、私の教育係だったもんだから、私、こいつから、念話通訳の魔法とか、かけられてて。

 だから、こいつの魔力波動は、よっく知ってるのよ。

 で、魔王の魔力波動が、どうも、なんていうか・・知ってる魔力波動だな、って凄い気になってたの。

 それで、昨日、魔王の炎撃くらって、はっきり判ったの。

 魔王は、ミケーレのなれの果てだって」


「なるほど・・。

 色々、合点がいくな」

 とタイジュ。


「そうなの? どういう風に?」


「・・私もお聞きしたいですね。

 シュンに驚いた様子がないことも意外ですけど。

 異世界では、そういうことが意外ではないんですか?」


「俺らの世界には、そもそも、魔王なんか居なかったし。

 でも、人間が人外の者に変化する、って物語は、昔から語られてたからさ。

 ま、昔話でも、ファンタジーでも、よくある話っつうか」


「僕はね。

 なぜ、エルナート国内で魔王が育まれたのか? ってところで、引っかかってたからね。

 材料は人間だった、と聞いて、謎が解けた」


「『材料』ですか・・」


「それに、魔王の精神操作魔法の件もあるしね。

 獣人には効かず、魔族にも影響がなく。

 ひとにだけ効く精神操作魔法。

 ひとの精神のことを根本から判ってるから、操作できるんだろう。

 魔王の元々が人間なら、そりゃ、判ってるはずだよね。

 自分の元の種族の精神なんだから」


「そうかもしれませんね」

 アロンゾが考えながら応えた。


「でも、アロンゾも、驚いた様子がなかったよね?」

 シュンが疑問を口にすると、

「コダナートで、少々、情報を仕入れてきましたので」

 アロンゾは応えた。


「なにか判ったの?」


「ええ、いくらか。

 二人目の魔王について・・」


「やっぱり、二人目が出てくるのか・・」

 シュンがうんざりした顔をする。


「二人目の魔王は、コダナートの領主夫人のお話が事実なら、斃さなくてもいいです。

 むしろ、斃すべきではありませんし、斃すのは難しいでしょう」


「どういうこと?」

 ハルカが眉を顰め、タイジュとシュンも不可解そうな顔をする。


「二人目の魔王は、どうやら、世界最強の魔王のようです」


「「「え・・?」」」


 タイジュ、シュン、ハルカは、3人同時に首を傾げた。


「領主夫人は、この話を、本当は、誰にも話したくなかったようです。

 ですが、勇者が3人もいる、と私がお伝えすると、私にだけは、教えてくれました」


 アロンゾは前置きをして話し始めた。


 時は700年前に遡る。


 世界最強の魔王が、忽然と姿を消した。


 その頃から、コダナートの領主家には、ひとつの秘密が生まれた。


 コダナートの邸の地下奥深く。

 世界最強の魔王は、封印された。


 コダナートの領主家に伝わる物語。


 ある日、領主家の次男が行方不明になったのが始まりだった。


 それから間もなく、王宮に、その年、出現した魔王から使者が送られてきた。


 イドリス領の砦で、騎士団と攻防を繰り広げていた魔王からの使者を、エルナート国国王は首を刎ねて殺した。


 激怒した魔王は、王都を見渡す限りの焦土にし、それでも怒りは収まらず、王都の東にあった小山に最大級の雷撃をお見舞いした。


 この年、現れた魔王は、規格外の魔王だった。


 『エルナートは、終わった・・』


 と、誰もが思った。


 ところが、魔王は、イドリス領の砦をさっさと片付け、ドルフェスに引きこもってしまった。


 いつものような魔王戦もないままに、日が過ぎ、月が過ぎ、年が過ぎ。


 時折、魔王は、類い希な美姫を娶り、幸せに暮らしていると、なぜか噂が聞こえてくる。


 その噂の出所は、実は、コダナートだった。


 当時の、コダナートの領主家が、「魔王は、幸せに暮らしているらしい」と、なぜか微笑ましく話していた。


 魔王と化した次男が、「自分は元気で幸せだ」と、家族に念話で伝えていた。


 300年後。


 コダナートの領主家に、魔王が訪れた。


 それまでも、時折、魔王は、懐かしいコダナートを訪れていた。

 姿を変え、魔力波動を抑え、ただ、散策し、帰る。

 それだけの訪問だった。


 いつものように、懐かしい故郷を、束の間巡り、帰ろうとした魔王に、裏切り者の側近が、封印の魔法をかけた。


 ホーデン家の魔導師が、魔族に協力した。


 魔王の秘密を知っていたコダナートの領主が、裏切り者の側近とホーデン家の魔導師を討ち取り、封印された魔王を、領主邸の地下室に匿った。


 コダナートの領主家は、最強の魔王の秘密を護り続けた。

 魔王を護るために。

 戦争を好まぬ魔王が地下に眠っていることが判れば、魔族に狙われる。


 魔族の者が、誰も彼も、戦争好きというわけではない、という。

 人間の捕虜をいたぶるのは、総じて、好む者が多いが、それとて、わざわざ、瘴気のない国に出向いて戦争してまでも欲しいわけではない。

 一部の好き者が、異様に好む。


 人間の捕虜が来ると、取り合いになり、魔族の国に内紛が起こる。

 たいていの魔族は、それが嫌だという。

 魔族だとて、地獄のような戦乱の世で生きたいわけではない。


 最強の魔王を封じたのは、人間の捕虜をいたぶるのが何よりも好きという、魔族の中でも変態的な奴だったという。


 その最強の魔王の封印が緩み始め、魔王の脈動が強くなり始めている。



「・・というわけで、最強の魔王が復活してくれれば、延々と続いた魔族と人間の魔王戦は、これで終わらせることが出来るのです」


「それは凄いね」

 タイジュが感心し、次いで微笑む。


「これは推測ですが、連中が『強すぎない勇者』を求めていたのも、関係があると思います。

 最強の魔王を封じ込めた逆賊は、コダナートの領主家によって殲滅されました。

 実行犯が殲滅されたので、コダナートに最強の魔王が封印されている事実は、知られていなかったようなのです。

 けれど、『魔王がどこかに封じられている』という情報は、知られていた。

 それから、700年が過ぎ、コダナートの魔王が、少しずつ、目覚め始めた。

 私どもの魔力探知には引っかからなかったのですが、魔族どもは、魔王の息吹に気付いていたんでしょう。

 そこで、一計を案じた。

 最強の魔王を殺し、『魔族にとっては好ましい魔王』を出現させるために。

 あまり強くない勇者を招喚し、最強の魔王を殺させよう、と。

 強い勇者を招喚してしまうと、最強の魔王を斃し、さらに、自分たちを滅ぼしかねない。

 それは困る。

 だから、ほどほどの勇者が良かった」


「ほどほどの勇者じゃ、最強の魔王なんか、斃せないのになぁ・・」

 とシュン。


「自分たちがとどめを刺せばいい、と思っていたんでしょう。

 自分たちが勇者に殺されるのは困るが、最強の魔王は殺したい、というところでしょうか」


「コダナートの領主夫人が狙われたのは、そういうわけか」


「そうです。

 魔王が目覚め始めるにつれ、最強の魔王が封じ込められた場所が、だんだん、特定できたんでしょうね」


「コダナートの領主家が、その情報を秘匿したのは、エルナート国自体も、信用できないからかな?」

 とタイジュ。


「色んな国王や、色んな大臣がいますからね。

 封印された魔王は抵抗できませんから。

 大事を取ったのでしょう」


「なるほどね。

 了解。

 そうと決まれば、あの変態魔王を斃して、この世界を平和にしてあげよう」


「うん、賛成」


「・・ところで、ハルカ。

 その、変態の写真なんだけどさ。

 ずいぶん、魔力操作まみれのタブレットなんだけど。

 どういう機能付きの日記なんだい?」

 タイジュが、タブレットを指し示す。


「鍵はついてるけど?

 あとは別に・・。

 ・・あれ・・? そういえば、なんか、変な痕跡がある?」


 ハルカは、タブレットを手に取った。


「あの・・ハルカ。

 そいつの写真をあんまり間近に見ないでください。

 痕跡を解析するのは、私がやります」

 アロンゾがハルカから日記を取り上げた。


「アイリス師匠がくれた日記帳なんだけどなぁ」


「アイリスが?」


「アロンゾ、知ってるのね。

 じゃぁ、レイラという女性を知ってる?」


 アロンゾがなにも言えないで居ると、ハルカは、ひとり、呟くように話を続けた。


「私の師匠が、亡くなったアイリス・ホーデンでは無いことは知ってるの。

 アイリス師匠が私にかけていた認識阻害の魔法が消えた時刻でね。

 魔法が消えたのは、アイリス・ホーデンが亡くなったあとだった。

 師匠は、アイリスが死んだと報せが来たので、魔法を解いたのね。


 誰が師匠だったのか、私は、ずっと考えていたの。

 なにか事情があって、別人がなりすましたんでしょ。

 それで、調べたらアイリス師匠によく似た容姿で、年頃も同じくらいの、ホーデン家の親類の人物が居ることが判ったの。

 レイラという。

 聖女組織で、教育係をしていた魔導師」


「ええ、正解ですよ。レイラは、ハルカの能力を探る、間諜だったんです。

 今、ディアギレフ領に居ます」


「ディアギレフ領は、ただの領地じゃなさそうだね?」


「そうです。

 600年前にホーデン家当主が、魔導師たちを殲滅しようとしましたが、大多数の魔導師たちは、逃げられたんです。

 当時、約80人居た魔導師の内、殺されたのは7人でした」


「約1割殺されたのかぁ」


 微妙な数字だな、とタイジュが呟く。


「不意打ちでしたし、魔王戦で魔力が消耗してたのでそれだけ死にましたが、ホーデン家の当主など、大したことはなかったようです。

 ただ、その後の事後処理で、魔導師たちは、王宮を見捨てたんです。

 ホーデン家当主に懐柔された王宮の連中が、事件を無かったことにしたので。

 魔導師たちの多くは、ディアギレフ領に住み着き、あるいは、フィレ国に逃げ込みました」


「なるほどね、そういう関係なのね」


「聖女たちは、ディアギレフ領からの出向魔導師ですよ」


「ハハ。

 了解。全ての謎が解けたね」

 とタイジュ。


「このタブレットの謎は?」

 とシュン。


「あぁ、そうだったね。

 なんか、これ、通信機能が付いているみたいだよ。

 たぶん、その、レイラ師匠が、ハルカの様子を日記を通じて伺ってたんじゃないかな」


「私が心配だったからだと思うわ」

 とハルカ。


「うん、それで、遠隔操作で、なにか情報を消したような痕跡があるんだよね。

 復活できるかな・・?」

 タイジュがタブレットに手をかざす。


 タイジュが頭の中で魔法を組み立て、指先から組み立てた魔法を放つと、タブレットに次々と、消されたはずの画像が浮かび上がった。


 呆気にとられて見ているうちに、初老の男の顔が大写しになり、


「うげ・・」

 シュンが思わず呟き、

「誰よ、これ」

 とハルカ。

「法務大臣です・・」

 とアロンゾ。

「おやおや」

 タイジュが苦笑した。


「なるほどねぇ。

 魔王の愛人ですか」

 タイジュが、じゃっかん、疲れた声で独り言を呟く。


「法務大臣は、お亡くなりになったと思いますけどね」

 とアロンゾ。


「王弟派の連中が、王宮に残ってたおかげで、死んだんだって?」

 とシュン。


「ええ。

 王弟のなれの果ての魔族に、瘴気の材料にされました」


「ホントに悲惨だな。

 早く終わらせるとするか」


 タイジュの言葉に、

「なにとぞ、死なないように闘ってください」

 アロンゾが真摯に応えた。





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